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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第25回               第8話 赤い実と青い実
ニーナは家に戻り、治は橋を渡った。森の奥に進みながら治は一人で笑った。この広い土地が実でいっぱいだ。これで食料問題は解決だ。しかし、赤族が倍に増えれば食料は不足するかもしれない。やがて、ここも貧しい森に変わってしまうのだろうか。

突然、治の目の前を黒い物が横切った。大きなハエだ!目で追うがすぐに見失う。と、二匹目が飛んできた。気が付けば何匹ものハエが同じ方向を目指している。治が走りだす、そして見つけた。
枝先に黒い塊がぶら下がっている。そこへハエが群がる。ハエの重さでか塊が揺れだし落ちた。素早くハエが飛び立つ。ビチャッと音がする、赤い物が潰れて広がった。甘酸っぱい芳醇な香りが漂う。すぐにハエがたかり真っ黒になる。治は呆然と見ていた。やがて雨が降り出すとハエは飛び去った。赤い実はほとんど食い尽くされ、雨に流れて跡形も無くなった。
治は見上げて確かめた。赤い実が生っていたのは大きな実の木だ。鬼族が食べていた青い実はやがて赤く熟するのだ。

その時、治はひらめいた。赤く熟した実から生まれるのが赤族ならば、青族は青い実から生まれるのではないか?昔は豊かだった森もやがて食料が少なくなった。そして飢饉の年、栄養不足で赤族の実は熟さなかった。
未熟な青い実から生まれた青い赤ん坊がカインとノドだ。稔りの少ない赤森の谷を捨て、赤族は豊かな森へ移った。やがてその森も収奪され、さらに青族に食料を略奪され、赤族は飢饉に近い暮らしだ。
これがカインの復讐だ。赤族に青い赤ん坊が生まれる、それはカイン神話の再現だ。赤族の子供の半分しか育たないのは、半分の赤ん坊が青いのだ。

 いや、少し違う。赤族の儀式がそれを示している。畑に実を植える儀式は村人が全員参加だ。この時点では、子供の色は赤か青かは判らないのだ。未熟児も実の色は赤いのだ。
その後、両親以外は立入禁止になる。キャベツから生まれてくる時に、初めて赤ん坊の色が判るのだろう。母親が畑にしゃがんでキャベツに話しかけていると見えたのは、祈っていたのだ。赤く生まれますように、と祈っていたに違いない。
治はお婆の言葉を思い出した。アシジが生まれた時の様子だ。「赤子が生まれた」とアシジの親は喜んだ。赤子とは赤ん坊ではなく赤い子のことだったのだ。

 赤族に青い子が生まれたら、どうするのだ?神話のように捨てるのか?カインの一族が拾って育てるのか?違う。それならば青族の子供がもっと多いはずだ。まして敵対関係にある青い子だ。育てば赤族の敵になるのだ。
ならば、どうする?子供の誕生には両親が立ち会う。赤い子なら母親が抱き上げる。青い子なら父親が・・・いや、そんなはずはない。これは俺の妄想だ。
二つの種族はDNAが違うのだ。赤族からは赤い子が、青族からは青い子が生まれるのだ。未熟児として生まれた青族の方が大きく、強く、賢いのは矛盾している。性格だって逆ではないか。治はそう考え直し、おぞましい妄想を頭から払いのけた。

 出発の日になった。お婆は家の前で担架に乗せられた。これは葬式と同じだ。お婆は村外れでダブの背負い籠に移された。村人たちは泣いてお婆と別れを告げる。ダブに背負われたお婆は、村人に向かって手を振りながら遠ざかって行く。
誰も口を聞かずに黙々と歩く。お婆は目を閉じて揺られている。それが辛そうに見える。川に沿って登って行くと、お婆が目を開けて治に話しかけた。
「この川はな、赤森の谷から流れてくるのじゃよ。この川に沿って行けば自然と赤森の谷に着くんじゃ」
「お婆様、辛くはありませんか。俺が抱きましょう」
お婆は何も言わなかった。拒否はしなかった。治はダブに声をかけてお婆を受け取った。お婆は目を閉じて、されるがままになっている。間近にお婆の顔を見ると、めっきり弱っているのが判った。そして軽くなったように感じる。ダブの足が速まった。治には好都合だ。ニーナもしっかり歩いている。
暗くなってお婆を降ろすと、もう眠っていた。
「ねえオサム、お婆様は死んでないよね」
「大丈夫だ、寝ているだけだよ」

 翌朝、治はお婆にささやいた。
「お婆様、元気がありません。雲固をほんのひと舐めしましょう」
お婆は頷いた。ダブとニーナも舐めると、二人は元気に歩き出した。お婆は朝から治が抱いて進む。三日目にも雲固を舐めるとお婆が元気を取り戻した。葉がだいぶ散っている。四日目はお婆の雲固の量を増やした。お婆が元気なのでダブの背負い籠に移ってもらう。治は森に入って実を探しながら歩いた。

 一人になると捨てたはずの妄想が浮かんでくる。二つの種族が同じDNAの可能性はあるのだろうか?森の中は日の当たる明るい場所と、木の陰で薄暗い場所がある。光合成に不利な青族は、常に光不足を感じているはずだ。そういう時に植物はどうした?
日向に芽を出した種からはすぐに葉がでる。日陰に芽を出した種は葉を出す前に、茎を伸ばして光を求めてから葉を出す。同じ種から芽生えた植物でも、環境次第で違う育ち方をするのだ。そうやって育てば青族の身体は大きくなるだろう。だが、そうならば青族は背が高いだけのモヤシっ子になるはずだ。

治は森を歩き続ける。栄養が足りない植物はどう育つ?栄養を求めて根が発達するのだ。だが鬼族に根はない。口が発達する、つまり大食らいになる。男の子はたっぷり食べて大きな身体になる。だが、大人になると少ししか食べない。それは青い子を産むためだ。そして栄養不足で長生き出来ないのだ。
未熟児で生まれ、なおかつ食欲を制限し、常に欲求不満で育つ種族が青族だ。青族が青い子を生むのは難しいだろう。発育不良で死ぬか、順調に育って赤い子が生まれるか、その間を冷徹に計算しなければ子孫を残せないのが青族だ。

 治は立ち止まって空を見上げ、大きな溜息をついた。DNAが同じでも赤族と青族、二つの種族の違いは説明できる。橋があれば青族から赤い子が産まれやすくなる。村人はそこまで考えずに、空腹が満たされるから橋を喜んだだけだ。治が去ると長の命令で橋はすぐに流された。赤族は逆だ。
子供が生まれる前に、カインの話で互いの憎しみを増幅するのは必要な事に違いない。カインの復讐か。青族の目的は赤族の食料を奪い、青い子供を生ませるのだ。赤族の長期的な自滅、恐ろしい復讐だ。

 ダブとニーナに合流しお婆を受け取ると、治は妄想を心の奥に閉じ込めた。ダブは友達だ。ニーナも良い娘だ。そして治はお婆を敬愛している。三人とも愛すべき仲間だ。
五日目の朝、お婆は雲固を拒否した。あまり食べると根の出が悪くなると言う。お婆の分は若い二人が食べた。治がお婆を抱き三人はどんどん歩く。その日の夕方に赤森の谷に着いた。七日の日程を五日で歩いたのだ。ダブの荷が無かったのと雲固の力だった。


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