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作品名:セカンド・プラネッツ 作者:織田 久

第24回               第7話 死後の世界
 出発の前の日に、ダブが心配そうな顔をして来た。
「ねえ治、お婆様の葉が散り始めただろう。赤森の谷に行く途中で鬼にならないかな?」
「どういうことだい」
「治は餓鬼の話を聞いてないの?」
「知らないよ」
「昔の事だよ。餓鬼という男がいた。ムシの祭りの前に餓鬼の葉が散り始めたんだ。祭りの日、気がつくと餓鬼が消えていた。餓鬼のいた場所には、ムシの食べかすと散った葉がいっぱいあった。そして・・・角が落ちてた。餓鬼は食べ過ぎて鬼になったんだ」
「角が落ちると鬼になるのか?」
「そうだよ。角が無ければ僕達は鬼になるんだ。鬼になったら魂も無くなる。角と一緒に魂も落ちてしまうんだ」
「鬼になると消えるのか?」
「違うよ、鬼になって森に逃げ込んだんだ。もしも、お婆様が鬼になったら・・・大変だよ。どうしよう」
「なあ、ダブ。落ち着いてちゃんと話してくれ。お婆様どうして鬼になるんだ?」
「お婆様が毎日大きな実を一個食べたら、きっと鬼になる。だって葉が散っているもの」
「俺達が一緒に行くんだ。少ししか食べさせなければ良い」
「ああ、そうか。そうだね、治が一緒だと心強いよ」
 ダブは元気を取り戻すと帰って行った。

治には謎ばかりが残る。お婆は俺を鬼だと言った。角が無く雷と共に空から落ちてくる者だ。それとは別の鬼がいるらしい。赤族は死ぬか、枯れるか、木になるかの三つだと思っていた。さらに鬼にもなるらしい。
そして鬼になれば魂が無くなる。ならば、他の三つの場合には魂はどうなるのか?治は立ち上がった。だが迷った。お婆は鬼になるかもしれない当事者だ。アシジは建前しか話さないだろう。誰か他にいないか、と考える。そうだ一人いた。若いが聡明な子だ。

 ニーナは家にいなかった。橋を見にいったらしい。ニーナは自分が結わえた箇所を点検していた。治は餓鬼の話を聞かせて欲しいと頼んだ。ニーナは笑って答えた。
「森の実が少ない年は餓鬼が食べたからだといわれます。餓鬼は角がなくて大食らいで」。そこまで言うと、ニーナは笑い過ぎて言葉が出てこない。治はその理由が判った。
「まるで俺みたいだ」
 ニーナは治の言葉にうなずくと息を整えた。
「ニライ様は生まれ変わる時に角を失くされたのだ、と皆は言っています。もしかすると餓鬼は本当にいるのかもしれない、とも言っています」
「えっ、餓鬼はいないのか?」
「もちろんです。いると信じているのは子供だけです」
「ダブは信じていたが」
「あはは。あの人は子供みたいな所があるから。餓鬼は枯れた者の大食いを戒める話です」
「何だ、そうだったのか。では魂を信じているのも子供だけなのかな?」

 ニーナは真面目な顔に戻って治を見つめた。
「ニライ様は不思議なお方です。青族よりも強い力と奇跡の技を持ちながら、その心は赤ん坊のようです」
「その知識は赤ん坊並みという事だな」
ニーナは返答せずに微笑んだ。
「では教えてくれ。死んでも魂は生き続けるのかな?」
「死ぬと魂は海の上を四十九日間漂った後、御山に行きます。枯れれば森で七日間過ごした後、御山に昇ります」
「枯れれば森で葬式をするのか?」
「いいえ、葬式はしません。枯れた者は森に返すのです」
「死んだ者と枯れた者で、何故違うのだ?」
「さぁ、昔からの慣わしです」
 そう言ったニーナが何か考えている。治は次の言葉を待った。
「多分、こういう事だと思います。枯れるのは前もって判ります。枯れる者にも家族にも心構えが出来ます。でも、死ぬのは突然の事です。心構えが出来ていません。家族の心を落ち着かせるために葬式をするのだと思います」
 治はうなずいた。思った以上に賢い子だ。
「もう一つ。死んだ者は、この世に未練を残しています。その未練が災いとならないように海で成仏してもらうのです。枯れた者には未練はありません。土から生まれた者が土に還るのは自然なことです」

「なるほど、良く判った。ではお婆様の場合は?」
「御先祖様のように木になれば、数百年後にその木が枯れると魂は直ぐに御山に行きます。さらに、こうも言われています。御山の頂上には丸い広場がある。広場の中央に円卓があって十三の席がある。そこへ行かれるのは御先祖様の姿、木になった者だけ。そして十四番目の者が来たら、一人が地上に降りてきて赤ん坊として生まれ変わる」
「お婆様の望みは生まれ変わることか」
「数百年の孤独に耐えるのも、生まれ変わりを信じての事でしょう」
「それは皆の望みなのか?ニーナもそれを望んでいるのかい?」
「いいえ、私は普通に枯れようと思います。木になるには、お婆様のように強い意志と長寿という運も必要です」
「枯れようと、思う?」
「はい。たいていの老人は自ら枯れていきます」
「年取って枯れるのではないのか?」
「若い時は葉が散ると若葉が出ますが、老人は葉が散るだけです。葉が少なくなると歩けなくなり食欲に苦しみます。そうなる前に葉を落とすのです。すると食欲も失せ静かに枯れていきます」
「元気なのに枯れることを選ぶのか?」
「葉を落とすには体力が必要なのです。老いが進むと自ら葉を落とす力は無くなります」
「老人の大食らいは恥さらしと聞いたが」
「家族は食べさせたいのですが、食べれば苦しみが長引くだけです。それに食べ物は少ないし」
老人と家族を引き離した方が・・・口に出そうとして治は気が付いた。大食いで歩けなくなった老人を森に捨てるのではないか?ニーナは賢いとはいえ子供だ。妖怪を信じない年齢にはなったが、大人のルールは知らない。だから餓鬼はいないと簡単に断じた。アシジが餓鬼の話をしなかったのは触れたくなかったからだ。だがこれは治の推測でしかない。真実はニーナが大人になる時に知るだろう。

治は話を戻した。
「お婆様は何故枯れずに百歳になれたのだ?」
「長寿を目指す方は、気持ちを集中して葉が落ちるのを防ぐそうです。お婆様は気丈な方で葉が多く残っています。たいていの方は葉が落ち食欲に苦しみながら枯れていきます」
「長老様は食べ過ぎて死んだ」
「はい、残念なことです。木になる強い意志とは、望みが失せた時に食欲と戦う覚悟でもあります。私たち凡人は穏やかに生き、穏やかに枯れたいのです」


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