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作品名:斎藤マリー ストーリー 作者:なおちー

第9回   第9回   「僕が夜勤ですか?」


「このような不甲斐ない報告をするのは
心苦しいのだが……」

早朝に保安委員部のイワノフ代表が
本部を訪れ、ナツキと緊急の会議を開いた。

朝なので幹部はナツキとナジェージダしかいない。
トモハルや校長はまだ出勤(登校)していないのだ。

(いったい何の騒ぎなの)

ただならぬ雰囲気である。マリーも会議室に入った。

本来なら革命的ニートのマリーが入るのは
ご法度かもしれないが、注意する人はいない。
扉前の護衛もすんなり通してくれた。

「執行部員の宿舎から22名が消えているのが今朝確認された。
昨夜のうちに集団脱走したことが考えられる」

イワノフは、消えた部下のリストを会長に手渡した。
リストに載っているのは、中国系やロシア系など
幅広い国籍の部下たちだった。みな今年の秋から
生徒会に加入したばかりで日が浅いボリシェビキである。

「メンバーの30%近くが離脱とは。非常にまずいな」

ナツキが無意識に爪を噛んだ。
これは彼が幼い頃によく母親に注意されていた悪い癖だった。
とても組織のトップがやる仕草ではない。

「この事実が学園に広まったら取り返しのつかない事態となりますな」

「脱走者の行方の捜査と同時に、全校をあげて事実を隠ぺいしろ」

保安委員部は総員70名。頭脳となる保安部が約12名で
残り約58名が執行部員。このうち22名が消えたのだ。

執行部は7号室の管理は交代制で泊まり込みになっている。
昨夜、夜勤のシフトのメンバーが全員逃げてしまったのだ。

まさか囚人でなく取り締まる側の人間が集団脱走するとは。
生徒会始まって以来の大事件である。

「それと、これ以上の脱走を防ぐために直ちに
 既存のメンバーの確保に努めろ」

確かに脱走が連鎖でもしたら、それこそ
生徒会は『行政の執行』ができなくなる。
イワノフが部下に指示を出すために携帯をかけまくる。

原因はだいたい分かっていた。
ナツキが連れて来た軍事顧問が、校庭にキャンプ場を作って
全ての執行部員に2週間の軍事訓練を施したのだ。

武器を持たない生徒を取り締まるのには
過剰と思われる訓練内容に、
執行部員たちの不満は最高潮に達した。

アナトーリー・クワッシニーの派遣は、
ナツキ会長の最大の失態だったとして
学園の歴史に残ることだろう。

『生徒会はいずれ内部崩壊するから』

井上マリカの言葉だ。
まさにそれに近い状況となりつつある。

保安委員部は絶対に必要な組織だ。
法を作っても諜報網を作っても、
反逆者を取り締まる人間がいなければ学園を支配できない。

中央委員部や諜報広報委員部の人間に戦闘力は皆無だ。
なぜなら彼らはデスクワークが主であり、
戦闘訓練を行ってないからだ。

それは反乱が起きた場合に、執行部員なしで
鎮圧ができないことを意味している。
もしこのタイミングで以前のような
爆破テロ犯が現れたら、今度こそ生徒会は終わる。

「直ちに全閣僚を招集して会議を開くぞ」

そして午前の8時半。
会議室にメンバーが集まった。
各委員の代表とその部下が招集されたから、
総勢で20名を超える。

「ボリシェビキ内で問題を起こすのは
 決まって保安委員部ではないか。
 イワノフ君の管理能力のなさに呆れるばかりだよ」

校長は、自分がミウに粛清(暴行)されて
短期入院していたことを棚に上げ、イワノフを叱責していた。

「ナツキ君もそうですぞ。保安部の新規メンバーを
 安易に外人ばかりに頼ることを認めたのは君だ」

ナツキへの批判も忘れなかった。
会長に直接文句が言えるのは、
古参ボリシェビキの校長のみである。

ナツキは自己批判を要求され、その通りにした。

「僕は自らの過ちを認めます。すなわち僕の判断は
 失敗であったと自己批判します」

階級では最上位に当たるナツキが、
多くの部下が見ている前で頭を下げることになった。

※自己批判
 ボリシェビキが自らの過ちを客観的に認めること。

ナツキは屈辱とは思ってなかった。
むしろ逆だ。アキラの時代から続いていた生徒会を
自分の代で終わらせたくない。自らの不甲斐なさを呪っていた。
彼は権力欲が少ないという点で井上マリカに似ていた。

トモハル委員は重苦しい顔で一言も
発言しないままに会議は終わった。
保安委員部の慢性的な人手不足をどう解決すればいいのか
結論は翌日の会議まで引き延ばすことになった。

まず問題になるのが、収容所の管理である。
残存の執行部員は36名。彼らが各収容所の
看守となり、監視、教育、取り締まりを担当していた。

収容所の一覧。人数は収容数

1号室 22名  (模範囚。生徒会への引き抜き実績多数)
2号室 67名  (非常に狂暴。脱走者、粛清者多数)
3号室 3名   (模範囚。少数精鋭。将来の生徒会幹部候補)
6号室 89名  (2号室以上に危険分子がそろう。脱走者はなし)
7号室 200名以上 (粛清された人数が最多。男子の脱走者あり)

囚人 計381名(学園の生徒総数の約一割以上に相当。
        囚人の中には教員も含まれている)

なお、今までに粛清された生徒の数は400を超える。
当初、総数3000名を数えた学園だったが、現在の
一般生徒の数はせいぜい2000名程度。
(生徒会は脱走者が出たので110名程度に減少)

2000でも膨大な数である。
執行部員は、諜報広報委員と共同で一般生徒の
厳重な監視に当たらなければならない。
教員を含めるとさらに100名を追加することになる。

たった110名程度のちっぽけな生徒会が
学園全体を管理することは非常に困難である。
むしろ今までよくボリシェビキが勢力を維持できたものだ。

※粛清
 虐待や拷問によって再起不能になること。
  死亡した者は当然として、重度の精神疾患、植物人間になって
  入院した者も含める。圧政による精神的な消耗とストレスで
  一般生徒の多くが精神病になってしまった。

収容所の話に戻るが、今のところ4、5号室はない。
収容所は番号順に作られたわけではないのだ。
当初は1〜3号室の順で作られていた。

一年生の進学コースによる爆破テロが
未然に防がれ、彼らを収容するために7号室が建築された。
7号室は野球部の寮を改築、増築して作られた泊まり込みの
収容所である。生徒は卒業するまで帰宅は許されない。

さらにミウの支配下で6号室が作られた。
これは、単純にミウが気に入らない生徒をまとめて
収容するための施設である。多くの生徒が
彼女のその時の気分や思い付きで逮捕された。

C棟の一年生進学クラスの教室を丸ごと改築して作り上げた。
最大収容可能人数は200名以上。通称『ミウの楽園』
彼女の管理下にあることが生徒たちを恐怖させていた。

マリカ率いる第五特別クラス以外の囚人は
生徒会に対し反乱を頻発させており、
執行部員に負傷者が出ている。
2号室の囚人も同様に血の気が多い。

1号室は軽犯罪者(思想犯)が収容される。
刑期は短く、早ければ2週間程度で釈放される。
トモハルもかつてはここの出身だった。
無論思想的に問題ない囚人以外は釈放されないが。

2号室は絶滅収容所といわれる場所である。
最も罪の重い囚人が収容される所だ。

20キロ近い荷物を背負って山登りや、
数時間にわたる貯水池での遠泳を強制され、
心身に深い傷を負って再起不能になる者は少なくない。
訓練中に自殺者も出ている。

3号室は、かつてアキラがお気に入りの
ボリシェビキ候補をまとめて『保護』するための場所だった。
俗世間の思想に毒された一般人から隔離するのだ。
アキラは将来の生徒会幹部を
ここから輩出するべきだと考えていた。

堀太盛、小倉カナ、松本イツキ(三年)が
収容されていた。現在では太盛と元担任の
横田リエが入れ替わっている。

あれから数日後、学内で目立った変化はない。
ナツキは情報統制を徹底していたため、
一般生徒や囚人にはボリシェビキの混乱を
知られていないはずだった。

会長が恐れていたのは反乱である。
最も危険な2号室や6号室には
男子の看守を中心に配置する必要がある。

特に井上マリカ率いる勢力は、会長の支持で
厳重に警戒するよう指示が出されている。
マリカを敵に回したらどうなるか予想がつかない。

執行部員のほぼ全力をそちらに回してしまうから、
他の収容所が手薄になる。

1号室と3号室は模範囚ばかりなので問題ないが、
夜勤が必要な7号室はどうしても人が必要になる。
当たり前だが、脱走者が出る危険性が高いのは夜なのだ。

「仕方ない。諜報広報委員から人員を回すことにしましょう」

トモハルは自分の部下たちと話し合った結果を
ナツキ会長に申し出た。
今までは執行部員がシフト勤務で監視にあたっていたが、
暫定措置として諜報広報委員が負担することになるのだ。

「僕が夜勤ですか?」

まず白羽の矢が立ったのは堀太盛だった。

「しかもしばらく専属で?」

執行部員の補充ができるまでと頼まれてしまった。
人の良い太盛は簡単に受け入れた。
彼は自分が名誉あるボリシェビキだと思っていたし、
そろそろ単調なデータ入力にも飽きて来た。

太盛は新人ボリシェビキなので
責任のある仕事は任されていない。
執行部へ派遣されるには都合の良い人材であった。

太盛以外にも勤務経験の浅い男女が
数名選ばれ、夜勤のシフトに入ることになった。

「え? 俺も夜勤すかwwww別に構わねーっすよww
 もともとデスクワークは得意じゃねえんでwww」←モッチー

各委員部から平等に選ぶようにという上からの
命令で中央委員部でも投票が行われた。

夜勤は眠いし、体の消耗が激しい。
女子の場合は肌への悪影響もある。
当然誰も手を挙げなかったが、
山本モチオだけは例外だった。

「はぁ……。あのバカ」

彼女の近藤サヤカも心配なので着いて行くことにした。

「じゃあ私も行こうかなぁ。気分転換にちょうど良さそう」
「君まで何を言っているんだね、クロエくぅん!!」

クロエも乗りで参加を表明。
新人委員のエリカも空気を読んで手を挙げた。

これに校長は激怒した。

「うちの部から4人も派遣するとは正気かね!!
 年末の仕事はどうなるだ!!
 うちは売るほど仕事が残っているだぞ!!」

「ごめーん。ナツキに頼まれたら断れないのよねー。
 それに後学のために現場仕事もしておかないとね。
 校長たちは長時間残業頑張ってね♪」

クロエは気楽そのものだ。
収容所の監視業務をピクニックと勘違いしているのか。

ボリシェビキたちもまもなく冬休みを迎える。
人手が足りない中央委員部は年末まで
出勤して事務処理や会議に追われる。
この時期に人が減るのは
ボディブローを食らうようなものだった。

会長と保安委員部から泣くほど感謝されたので
結局この派遣を取り消すことはできなかった。



太盛らは「臨時派遣委員」として保安委員部へ出頭し、
1時間程度の座学を受けてから、直ちに現場に配属となった。

「太盛様。お慕い申しておりました」
「君は誰だ?」

太盛とエリカはこんな感じで再会を果たした。
やはり太盛は記憶を失っている。
なんともカオスであった。

あと三日で冬休みである。一般生徒は半日授業だが、
部活のある生徒や、囚人達は夕方までいる。

完全下校時間の後に全校を回り、全教室の見回りと
施錠をすることになった。担当するのは臨時派遣委員である。
アナトーリー・クワッシニーも連帯責任として
臨時派遣委員への加入を強制させられた。

この放課後の時間に執行部員は順番に会議室へ連れ出されて
「再教育」と「思想のチェック」をされていた。
彼らの頭脳となる保安委員部員も同様である。
これは、かつてアナスタシアが提案した制度である。

ナツキは、副官のナジェージダと共同で
彼らにペーパーテストを受けさせ、
共産主義系書物の読書、論文の執筆など、
およそ囚人にやらせるのと同様の内容を強いた。

そして30分にわたる個人面談を毎日行っていた。

「会長殿も忙しい時期みたいだね。
 あの方はいつも辛そうな顔をしているよ」
「ええ。そうね」

太盛とエリカは肩を並べて歩いていた。

臨時派遣委員は、手分けして校舎の見回りと施錠を行う。
この仕事は必ずペアで行う決まりになっている。
クラス数にして約50。音楽室や美術室などを含めると
さらに増える。ABCの三つの棟に分かれている。

それとは別に外の見回りもあって、校庭など学校周辺に
爆破物などが仕掛けられてないかを確認するのだ。
これらが保安委員部の日課であり、
人数をかけないと永遠に終わらない仕事である。

「俺達は外の見回りなんてついてないよな。
 風が強くて凍えそうだよ」
「ええ。そうね」

夕方6時過ぎ。日はとっくに暮れていて、吐く息が白い。
校舎の屋上から強力なライトで照らされているから明りには困らない。
夜間に襲撃された場合に備えて照明器具には予算を掛けている。

球場のカクテル光線を思わせる幻想的な雰囲気の中で
二人は仕事していた。

「エリカはさっきから相槌を打ってばかりじゃないか」
「だって、うれしいんだもの。
 あなたと一緒に歩けてるだけで十分」

太盛は、自分の腕にしっかりと絡ませた彼女の腕を見た。

「こんなに密着して歩いていると、あとで怒られるかもな。
 たぶんボリシェビキっぽくないと思われるぞ」

「この学園は恋愛が推奨されているから問題ないわ。
 恋人同士が腕を組むのは当たり前のことよ」

「そんなもんかね」

校舎の裏に回った。太盛は物陰にスマホをかざす。
アプリに金属探知機能がついているのだ。
広大な学園の敷地もアプリで地図化されている。

怪しそうな場所を次々に回る。
駐輪所にはゴミ一つ落ちていない。
中庭の広大な芝の上にも、不審な物はなかった。
自販機の裏もライトで照らしたが、

「君は俺の彼女らしいけど、悪いね。
 あいにくすっかり記憶が抜けていてさ。
 俺がボリシェビキだったことは覚えているんだけど」

「これからゆっくり時間をかけて思い出していけばいいわ」

「ん? あそこはもしかして」

空き家と化した、小さな一階建ての建物があった。
旧組織委員部の事務所である。
事務室の奥に仮眠室と給湯室がある。

会長になる前のナツキはここの責任者だった。
仕事の合間にナージャとお茶を飲むのが楽しみだった

組織委員部が中央委員部に組み込まれたため、
事務所は廃棄されたのだ。

「はは。中はすっかり使われなくて
 ボロくなっちまってるな」

「クモの巣だらけで雰囲気あるわね。
 深夜に来たら肝試しになりそう」

事務室は余計な物がなくて広々としている。
一方で給湯室は物が散乱していた。
泥棒が入った後のようだ。
ガラスのコップが床で粉々になり、
壁のカレンダーがビリビリに引き裂かれている。

太盛はライトで部屋中を手当たり次第に照らした。

「書類の束の中に図面みたいなものがあるぞ」

「なにかしら」

なんとプラスチック爆弾の詳細な図面だった。
アラビア語と英語で書かれたものであるが、
その下に日本語で翻訳が書かれている。

(あの時の爆破テロ犯達の……)

エリカは全身の毛が逆立つ思いがした。
11月の革命記念日の少し前、爆破テロ犯が
一斉に逮捕された。内部スパイのアナスタシアが
一年生と結託して生徒会の転覆を企んでいのだ。

アキラ派が一掃された後にミウが全校朝礼で
図面の存在を公表した。エリカは、あの時プロジェクターで
拡大された図面が、これと全く同じことに気づいた。

それにしても廃墟に等しい事務所跡で
こんなものが見つかる理由が分からなかった。

「あれ、おかしいな。この図面を見ていると
 何かを思い出しそうになるんだ。
 一年生の……。サイ……トウ……」

エリカは急いで図面を二つに引き裂いた。
さらに二度と内容が読めないように細かく千切った。

「会長殿に提出しなくて良かったのか?」
「こんなものはこの世から消えればいいのよ」
「でも…」

エリカは太盛の背中へ手を回し、自分の唇で唇を塞いだ。

「……いきなりキスされるとは思わなかった。
 君は人気のない場所に来ると積極的になるんだね」

「お願い。今日のことは忘れて」

「今日のことって、図面のこと?」

「そうよ」

「どうして君はそんなに図面にこだわるんだ。
 さっきだって人が変わったように…」

「お願い!!」

エリカの迫力に太盛はひるんだ。
エリカは唇を強く噛んでおり、
今にも泣きそうな顔をしていた。

女の涙は武器である。
太盛はそれ以上質問するのをやめた。

「分かったよ。エリカ」
 エリカを安心させるために笑顔になった。

「僕は君を困らせるようなことをしたくない。
 なぜだか分からないけど
 君は僕にとって大切な女性な気がするよ」

「太盛君……」

ギュッと抱き締められた太盛。
太盛は167センチと小柄だから、
エリカ(162センチ)とほとんど身長差がない。

ところでスワロフスキーというメーカーをご存じだろうか。
オーストリアにある高級クリスタル・ガラスメーカーである
宝石を始めとして100万を超える双眼鏡も作っているのだ。
私は双眼鏡マニアだった時にこのメーカーを知った。

私はたまたまスワロフスキーの通販サイトで「コアラ」の置物を見た。
クリスタル製の精巧な作りで、なんと40万もする。
とても私のような貧乏人に手に入る代物ではない。それはいい。

気になったのは、コアラの母子が抱擁している
ポーズを取っていることだ。
慈愛に満ちていて、実にほのぼのする。
抱擁したエリカと太盛の様子はたぶんこんな感じだ。

……。訳の分からないことを書いてしまった。

太盛はエリカの髪の匂いと肌の暖かさに
懐かしさを感じていた。幼いころからこの匂いを
知っている気さえした。考えてもその理由は分からなかったが。

見回りが終わった後は、いよいよ夜勤のシフトが始まる。
二交代制のシフトで、A勤は8〜20時。B勤は20時〜8時。
診療所の看護師のようなシフトである。
(三交代より二交代の方がキツい)

もっとも囚人が悪さをしなければ
待機室にいる時間が多いから、読書など好きなことができる。
途中で仮眠室を利用することも出来る。

臨時派遣委員は、強制収容所7号室で
夜7時の夕食に参加することになった。



「あなたが堀太盛君っすか? チョリーッスwww
 お会いできて感激っていうかwww芸能人に
 会えた気分なんすけど。まじうれしーっすww」

「は、はあ…」

「俺、モチオって言いますwww
 フルネームは山本モチオっすwww
 自分で言うのもなんだけど、
 覚えやすい名前だと思いませんかwwww」

女子の収容所の大食堂に臨時派遣委員が集まっていた。
太盛の他は、エリカを初め中央委員会のメンツである。

看守の立場なので囚人達から
離れたテーブルに座り、そこで食べていた。

モチオのチャライ挨拶をさすがにサヤカがたしなめた。

「堀君。ごめんなさい。こいつ初対面の人に
 全然人見知りしないタイプだから」

「僕なら構いませんよ。むしろ楽しそうな人で
 安心しましたよ。こんなこと言うのもあれだけど、
 僕ら諜報部と中央委員部って普段からギスギスしてるじゃないですか。
 お互い臨時派遣委員となったのも何かの縁ですし、
 仲良くしましょう」

太盛は初対面の人に笑顔を見せるのを忘れなかった。
立派なボリシェビキになるために
どんどん交友関係を広げていきたいと思っていた。

一方でメニューに関しては残念だった。
出されたメニューは囚人と同じ質素な日本食。
ご飯とみそ汁と申し訳程度の野菜炒めのみ。
黙々と食べていたら10分以内に完食してしまうだろう。

頼めばご飯のお代わりがもらえるらしいが、
初の夜勤の緊張感から食欲は出ない。

「あの、君」

「はい?」

「さっきから俺を写メるのはやめてくれないか」

「太盛君は撮られるのに抵抗あるタイプ?
 エリカとツーショットだから
 記念に撮っておこうと思ったんだけど」

クロエだ。マイペースな彼女は堀太盛を写真に収め、
あとで中央委員の仲間に自慢しようと思っていた。

「さっきからみんな言うけど、俺って有名人だったの?」

「うん。それはもう。むしろなんで気づいていないの?」

クロエがさらっと言う。

この学園で堀太盛の名前を知らない者はいない。
恐怖の副会長・高野ミウが執着をし続けた相手だからである。

彼らの恋の行方が、学内の政治にまで影響を
与えるのだから全校生徒が動向を注目していた。
同じ理由でミウの恋敵の斎藤マリーも超有名だった。

(まじかよ)当の太盛には青天の霹靂であった。

「さすが私の太盛様。有名人」
「よせやいエリカ。それに様付なのも違和感すごいぞ」
「未来の旦那様だから今から様を付けるの」
「照れるじゃないか。これから初勤務だってのに…」

エリカと太盛は隣同士で座り、
ささやくように語り合っている。
その様子から嫌でも親密さが伝わるというもの。

「うはwww何二人でこそこそ話してるんすかwww
 俺らを置いてきぼりにしないでくださいよwww
 二人ともマジでラブラブなんすねwww
 堀君www記憶喪失じゃなかったんすかwww」

「そうなんだけど、エリカとは本当に
 恋人だった気がするんだ。なんとなくだけどね。
 他の女子にはこんな感情持ったことないと思う」

「のろけ話、あざーっすwwww
 初々しくてうらやましいっすwww
 エリカさんみたいな美人の彼女がいるなんて
 堀君、勝ち組じゃねえっすかwwww」

「あはは…」

「だからいい加減にしなさいよ。
 あんたの口調だとバカにしてるようにしか
 聞こえないのよ」

「ぐはwwwまじいてーwwww」

わき腹に肘鉄を食らう。
自分の彼女に叱られてもモチオはいつもこんな調子だった。

「それよりエリカさん」サヤカが真剣な顔をした。

「堀君と再会できてよかったね。
 最初はどうなることかと思ったけど」

「ありがとう。みんながいてくれたお礼よ」

「エリカさんは仕事頑張ってたもんね。
 もう立派なボリシェビキの一員だよ。
 中にはあなたのお兄さんたちのこと悪く言う人がいるけど、
 気にしないでね。私たちはエリカさんの味方だから」

(サヤカさんは何て良い人なの…)

思わず涙がこぼれるのだった。
自分たちはこれから不穏分子の摘発をする立場なのに、
こんなに心温まる話をしていていいのだろうかと思ってしまう。

ここにいる五人は偶然にも全員2年生なので話しやすかった。

「そういえばさ」太盛が言う。

「みんなはどうしてボリシェビキになったの?
 君らはミウみたいな冷徹さがないというか、
 残虐なイメージがないんだよ」

(この人はミウのことは覚えてるのね……)

と黒江(漢字表記)が思いつつ、質問に答えた。

「あたしの家族はフランスの共産主義政党に所属しているの。
 革命的共産主義者同盟って名前なんだけど」

※革命的共産主義者同盟
 
 フランスの極左政党。
 反新自由主義・反グローバリズム、反資本主義がモットー。

 フランスは欧州文明の中心にして
 共産主義のメッカなのはあまり知られていない。

 共産主義の元になった思想は、フランスのルソーなどが思想として広げた、
 『啓蒙思想』である。この思想は「自由・博愛・平等」で、
 フランス革命の原動力になった。アメリカの建国の理念でもある。 

 レーニンのロシア革命はフランス革命を手本にした。
 彼は史上初のテロリストにして
 独裁者ロベス・ピエールをよく研究していた。

「ロベス・ピーエルの独裁政権が崩壊し、
 ボナパルティズムの台頭を許した理由が分かるか?
 それは粛清が足りなかったからだ。
 ジェルジンスキー。僕は君に命じる。
 ソ連国内から全ての反対主義者を殺し尽くせ。
 一切の情け容赦は不要だ」
 
 フランスは建国の理念を考えれば社会主義的な国
 (というか元祖)だが、民主主義・資本主義国の形態も
 持っているので選挙の結果でどうにでも国政が変わる。
 歴代の政府は右寄りで資本主義を採用している。

 つまり国家の『柔軟性』がある。
 『寛容性』と言い換えてもよい。

 フランス革命の結果、世界で初めて『国民国家』という概念が生まれた。
 軍事では史上初の国民皆兵制度を採用した。
 そしてナポレオンが地上最強の大陸軍を指揮し、欧州を席巻した。

 全世界の陸軍士官学校でナポレオンの戦術は、
 ハンニバルやアレキサンダーと並んで必修項目となっている。

『自由とは、思想を異なる人々が共存できる自由である』

 これが1000年間、欧州第一の国家として君臨した
 フランスの政治が導き出した英知である。

 日本にはそれがない。
 実質的に自民党一党独裁が続く現在の日本を、
 議会制民主主義の国と定義するのは不可能であり、
 我が国はその後進性を全世界へ露呈している。

 国家としてのフランスはアメリカの大先輩である。
 理論、思想、文化など米は多大な影響を受けている。
 
 軍事においても第一次大戦時の米軍は弱く、
 ドイツ軍相手に惨敗を続けていた。
 フランス軍に訓練されてようやく前線で戦えるレベルになった。

 戦後の日本はGHQ(米国)の指導の元、国家を一から作り直した。
 憲法の基本的人権、民主主義、自由主義を押し付けられたが、
 元はフランスが作り出した概念であることは上でも述べた。
 つまり現在の日本の先輩の先輩にあたるのがフランスである。

(筆者は別の作品で日仏の社会保障制度の比較を書いたが、
 日本とフランスでは先進国としての
 成熟度におよそ100年の開きがある)

黒江の日本語は完璧だった。
今の内容をすべて日本語で説明できるほどなのだから。
とてもフランス生まれのフランス育ちとは思えない。

 クロエの説明は日本に対する批判が目立った。
 フランス人特有のプライドの高さを感じさせる。
 だからエリカは日本が嫌いなのかと訊いてみた。

「うん。日本の政治は大嫌い。
 でも漫画とかアニメとか文化は大好き。
 休みの日は秋葉原とか行くよ」

※漫画やアニメなどのサブカルチャーの市場規模、
 日本に次いで二番目がフランス。アメリカは三位。
 欧州最大のアニメ大国としても知られる。
 クロエのように日本のサブカルが好きな若者はどこにでもいる。

「あたしの部屋の画像みる?」

いかにもオタッキーな部屋かと思いきや、
白くて小ぎれいな部屋にフィギュアや漫画が置かれている。
物であふれているわけでもなく、空間にたっぷり
余裕があって過ごしやすそうな部屋だった。
 
ユーチューブに投稿するためか、
高そうなハンディカムや 三脚、化粧品があった。
 
この際だから気になることはどんどん質問することにした。

「私はね、クロエのような親切な人が
 ボリシェビキなのを不思議に思っていたのよ。
 クロエは人を殴ったりできるの?」

「あたしが優しいのは味方にだけだって。
 エリカは品が会って礼儀正しいから応援したくなる。
 こう見えて敵には容赦しないよ?」

そう語る瞳からは、内に潜む強い信念が伝わった。

エリカはサヤカにも同じ質問をした。

「自慢じゃないけど、うちの父親が政治家なの。
 表向きは衆議院議員なんだけど、
 裏で所属してる組織が革マル派って名前で…」

※日本革命的 共産主義者同盟 革命的マルクス主義派
 
 過去作の〜学園生活ミウの物語〜で書いた気がするが 
 要約すると非常に危険な思想を持つ左翼であり、
 この学園の生徒会のことである。

 夢は富の均等な分配。政府による衣食住の保証。貧困の撲滅。
 労働者のための国づくり。多くの共産主義者が目指す道筋である。
 もちろんお金稼ぎが大好きな資本主義者は抹殺の対象となる。

 なんと近藤サヤカの親は衆議院でかなりの大物であった。
 ここはもともとお嬢様が多い学校ではあるが、
 次元の違うお嬢様だ。富豪のレベルである。

 サヤカは幼い頃から親を通じて思想的な影響を受け、
 将来国家を転覆させることを夢見てこの学園に入学したのだという。
 もっとも父からの強制でもあったが、
  今では道を選んだことを後悔していない。


「モッチー君はどうして生徒会に?」←エリカ

「あ、ついに俺の番っすかwww俺はですねww」

彼はなんと共産主義者ではなかった。
ではなぜ生徒会に入ったのかと訊くと
『恋人のサヤカがいるから』ただそれだけである。

「俺はサヤカと一緒にいたくてこの学園に入ったんすよww
 偏差値めちゃ高いんで苦労しましたけどwww
 ギリギリで合格できたっすwww
 受験よりボリシェビキ入学試験の方が
 難易度高かったのは気のせいっすかwww」

「エセ主義者なのに逮捕されたりしないの?」

「サヤカの親が守ってくれてるから余裕っすよwww
 前の会長もサヤカには強く出れなかったんでww
 親の権力マジサイコーwww」

しかしながらモチオもただの馬鹿ではなく、
外国語に才能を発揮していた。
彼は英語とロシア語の他にフランス語も話せる。
クロエとは仏語で趣味の話ができるレベルだという。

「なんつーか、俺ってボリシェビキの中では
 国際的チャラ男って感じなんすかねww
 もしくは革命的チャラ男を名乗ってもいいっすかwww」

ちなみに英語を話す時は10単語の内1単語に
Fuck(性交)を付けるほどアメリカンな人である。
「ケツの穴」「売春婦の息子」「売女」「いきり立ったあそこ」
「しょんべん」など米国人が好むスラングをよく使う。

「俺、昔ミウ閣下と英会話したことあるんすよwwww
 そしたらwww5分以上話を聞いてもらえなかったwww
 下劣すぎて耳が腐るとか言われてwwwww
 なんなんすか、あの冷たい目はwwwwうぜーwww」

モチオは日本語を話す時も身振り手振りが激しく、
アフリカの民族舞踊を連想させる不思議な動きをしていた。

太盛はそれがツボに入ったのか、
先ほどから机を叩いて爆笑している。
女子たちはしらけていた。

とにかく彼のぶっ飛んだキャラのおかげで
太盛たちはすっかり打ち解けてしまった。


「ご歓談中に失礼するが」

保安委員部のイワノフ代表がやってきた。

「そろそろ仕事について説明をしたい。
 今夜は私も夜勤のシフトに入るので
 直接指導させていただく」

「あ、もう仕事の時間なんすかwww
 おkwww 俺ら、ゆとり世代なんで、優しくおなしゃーすwww」

「こら!! 私たちはお手伝いで来てるんだからふざけるな。
 それにあの人は上官だよ」

「さーせんwwwでも堅苦しいのよりはいいじゃんかwww」

恒例のモチサヤの漫才にもイワノフは眉一つ動かさず、
口調を注意することもなく、
監視室、待機室、仮眠室を案内してくれた。


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