20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:斎藤マリー ストーリー 作者:なおちー

第8回   第8回   「毎日こんなに美味しいものが食べられるなんて幸せ」
午前10時55分

「クロエはご両親がフランス人なのね。
では人種国籍もフランス人?」

「そうよ。黒人の血もアルジェリアの血も入ってない。
うちの家系は完全なフランス系とされてるわ」

「日本語ペラペラなのがすごいね」

「あっちにいる時に勉強しまくったからね。
 あたし、ユーチューブのチャンネルとか持ってるんだけど、
 見たことない? これでも七か国語がペラペラだから」

「七か国語も話せるの!?」

「小さい時から勉強すれば余裕っしょ。欧州語が五つ。
アジアの言語は韓国語と日本語が話せるよ」

橘エリカはクロエと肩を並べて歩いていた。
A棟一階職員室の隣にある中央委員会の事務室。

そこから外へ出て、生徒会本部へ向かう。
本部があるのは、学園の敷地の中で
一番目立たない場所である。

「あたしさぁ、ずっと前から日本人の女の子に憧れてたんだよね。
 ゴシックロリータとかああいうの超可愛いじゃん?
 私中学の時から黒い髪に染めて、黒いカラコン入れて、
 日本人になり切ろうと頑張ってたの」

「じゃあその髪も染めているの?」

「もちろん。フランスではリヨンに住んでいたんけど、
 あっ、あたしリヨンの生まれなのね。通販で
 日本の黒毛染めをわざわざ取り寄せて染めてたんだよ。
 この高い鼻も気に入らなくってさ、化粧で
 なんとかアジア人風の顔になるよう努力してたの」

※リヨン
パリに次いで二番目の規模を誇る大都市。
フランスの金融センターであり、多くの銀行が集まる。
ワインを中心に世界有数の食通の町としても知られる。

その結果が日本人形風の美少女ルックなのだった。
エリカはこういうタイプの外国人と話すのは
初めてだったので彼女の話すことのすべてが新鮮だった。

「日本語難しすぎ。特に発音が。あたしらのリズムだと
 どうしても合わないのよね。日本語がすらすら話せる
 ようになったのに6年かかったかな。
 漢字の勉強は拷問に近かったけど、読むのだけはすぐ慣れるね」



日本語学習の難易度

 米国の言語学習の専門家らは
 日本語とアラビア語を最高難易度のレベル8に認定した。

 これは、英語を母国語にする人にとって
 もっとも習熟に時間のかかる言語という意味である。
 フランス人のクロエにとってはもはや「宇宙人の言語」だ。


山本モチオもそうだったが、
クロエもどう見てもボリシェビキにはみえなかった。
天真爛漫で人懐っこそうだ。
エリカともすぐに仲良くなってしまった。

「日本人の彼氏欲しーなぁ。
うちの学校、なかなか良い人いなくてさぁ」

「あはは。うちは人数だけは多いけどね」

多弁な少女。エリカは粛清されたアナスタシアを
思い出してしまった。姉もよくしゃべるから、
エリカは聞き手に回ることが多かった。

エリカはこのフランス人の少女と
話すのを心地よく感じていた。

話に夢中になっていたら、あっという間に本部に近づいていた。
林に囲まれていて、一見すると散歩道のように
思える少し先に入り口がある。
そこには二人の警備兵が立っている。

クロエが生徒手帳を見せて入場許可を得る。

「オツカレサマです。同士よ」

(この人の日本語…。聞いたことのないアクセントだわ)

エリカは気になったので国籍を聞いてみた。
なんとモンゴル系の警備兵だった。
遠目からは日本人に見えたのだが、
蒙古人特有の頬のふくらみがある。鼻も少し赤い。

「君はドコの国のヒト?」「グルジア。北アジアよ」
「ほー。執行部にもグルジアの人イルヨ」「そうなの?」

蒙古人たちは、ナンパするような口調で
エリカとおしゃべりをしていた。

厳重な警備がされているこの学園では会長のいる
本部まで襲撃する輩はいない。だから警備兵たちは
暇で仕方ないのだろうとエリカは思った。

「そろそろ中へ入りましょう」クロエが扉を開けてくれた。

赤いジュータンが敷かれた長い廊下が並んでいる。
左右にいくつもの扉が並んでいるが、
会長室は一番奥にあるという。
エリカはクロエの後をついて歩き続けた。

廊下の壁には金色の額縁に入れられた
西洋絵画がずらりと並んでいていた。

ピカソ以降の時代のシュールレアリスムなど
とても一般人には理解不能な抽象絵画が並ぶ。
ナツキ会長が趣味で購入したものだ。

私費ではなく学園の予算を使っていた。
無論違法であるが、副官のナージャを初め
中央委員部も黙認していた。

会長になると多少の汚職にも目をつぶってもらえる。
独裁者の特権といえるだろう。

もちろん本物ではなく複製画であるが、油絵特有の立体感や
厚みが良く伝わる。絵画以上に額縁にこだわりが
あるのだろうか。やや華美すぎる趣味だと思った。

エリカはそこまで絵画に興味はない。
ここに飾ってある中で知っている画家といえば、
ロシアのカディンスキーなど有名どころだけである。

バタン。扉が絞められてナージャが会長室から出て来た。

「面談予定の方?」

「あ、はい。そうです」

「ナツキは突発の仕事が入ったから
 来るのガ15分くらい遅れる。
 もうチョット待っててね。
 廊下に椅子を持ってくるから、座っテいて」

エリカは言われるままに座ることにした。
折り畳み式のレザーチェアは
座り心地がよくて高級感があった。

「それじゃあ、仕事があるからまたあとでね。
 面談が終わったら迎えに来るから」

「うん。色々ありがと」

クロエは早足に去って行った。
忙しいのに時間を割いてくれたことに
エリカは心から感謝した。

ナージャも別の仕事があるのか、ナツキの部屋と
反対側にある部屋に入っていった。
エリカは知らなかったが、そこは副会長室だった。

やがて中から口論する声が聞こえて来た。
女同士の喧嘩のようだ。日本語とロシア語で
ヒステリーな怒鳴り声が廊下まで響いてる。

一体何が起きたのかとエリカが注目していると、
勢いよく扉が開き、小柄な一年生が出てきた。

その人は肩を怒らせながら早足で歩いていたが、
椅子に座っているエリカに気づいて足を止めた。

「エリカ……先輩?」
「斎藤マリー?」

予期せぬ再開だった。

両名はかつて美術部の先輩後輩で親しかった。
マリーが面白半分で太盛に接近したのを
きっかけに関係が急速に悪化。

夏休み前にマリーはアキラ率いるボリシェビキに捕らえられ、
エリカに拷問された。その後ショックで失語症になる。

「なんで先輩がここに?」

「面談を受けに来たのよ。
 私は今日からボリシェビキになるから」

「どうして自分からボリシェビキに? 
 てか先輩は6号室にいたはずなのに」

「あなたこそ7号室にいたはずでしょ。
 まずそっちから説明してよ」

「いやですよ。めんどくさい。
 正直、貴女の顔を見るだけで不愉快です。
 お願いですから今すぐここから消えてください」

「まあそう言わないで。あなたもここにいるなら
 ボリシェビキの仲間じゃない。
 昔のことは忘れて仲良くしましょうよ」

「だったら今すぐ床に頭をこすりつけて
 今までのことを謝罪してくださいよ。
 プライドの高い先輩にできますか?
 できませんよね? ならあなたと話すことは
 何もありません。むしろ収容所に戻ってください」

エリカはこの一年生がミウの次に
嫌いだったので絞め殺してやろうかと思ったほどだ。
膝の上で品よく重ねた手のひらで、
ギュッとスカートをつかみながら言った。

「私はね。太盛君に会いたいのよ。
 太盛君は諜報広報委員になってるでしょ」

「太盛さんは記憶喪失ですけど」

「それでも会いたいのよ」

「ふっ」

マリンはエリカを侮蔑する目で見てから噴き出した。
腰を折り、手を口に当てながら高笑いを始めた。

「今の、笑う所だったかしら?」

「それは笑いますよ。
 良い暇つぶしの道具ができましたから」

「暇つぶしですって?」

「はい。エリカさんが太盛さんに会えることは
 多分一生ないですよ。というか。
 私からナツキに伝えておきますね。
 あなたを収容所へ連れ戻すように」

「な……」

ツッコミどころが多すぎた。
エリカは情報を処理するために
脳をフル回転させていたのだが、
ちょうどいいタイミングでナツキが戻って来た。

「やあ、お久しぶりだね。エリカさん。
 遅れてしまってすまない」

温厚そうな話し方は依然と同じ。
だがやはり会長らしい貫禄が付いてしまっている。
エリカとナツキは他人ではなかった。

アキラ以上にアナスタシアがナツキを気に入っていたから、
橘家の夕食に何度か招いたことがあった。

アナスタシアは飽きっぽくて彼氏を
入れ替えるのを好んでいたが、
ナツキには飽きずにアプローチし続けたものだ。

「ほう。噂通りの美しい女性だ。
 会長のお知り合いの女性は美人ばかりですな」

リップサービスをくれたのは、
ナツキの隣を歩く軍服姿の男だった。

エリカは保安委員の代表のイワノフかと思ったが、
自己紹介されたのは別人の名前だった。

「アナトーリー・クワッシニーと申します」

バシコルトスタン共和国・ソビエト出身の
先祖を持つ、軍人の家系の男だった。

※バシコルトスタン共和国
 ロシア連邦を構成する、
 沿ヴォルガ連邦管区に含まれる共和国。
 地理はウラル山脈南部とその周辺の平原地帯。

 この男の出身は首都のウファ。
 公用語は露語とバシキール語。
 彼は日本語と北京語も話せる。

ナツキが説明する。

「彼はうちの学園の生徒ではないよ。
 19歳。向こうの陸軍大学で士官教育を受けている」

共産主義者のコミュニティーは全世界に存在する。
かつてレーニンが作り出したコミンテルン
(第三インターナショナル)が有名だ。
65か国の共産主義政党と繋がりがあった国際組織である

史実ではコミンテルンは名前を変え、別の組織へ
変貌したが、この作品ではまだ生きている。
ナツキはコミンテルンを通じ、ロシア連邦から
参謀教育を受けている若者を顧問として招集したのだ。

ナツキは肩をすくめた。

「はっきりって学園の保安委員部はふぬけている。
 人種国籍を問わず外人を雇いすぎたせいで規律が乱れたんだ。
 まあミウの影響も否定できないけど、
 収容所の囚人を好き勝手に暴行したり、
 勤務中に酒を飲んだりとやりたい放題だ」

「甘ったれた根性を直すために鉄の規則が必要ですな」

「そうだ。アナトーリーには
 午後から現場の視察を頼みたい」

「了解した。それよりそちらの女性の
 面談をするのだろう? 
 私は別室で待機すればいいのか」

「いや。君も参加してくれ」

とナツキが言うので、会長室には百戦錬磨の
軍人を思わせる堅物も一緒に入って来た。
19歳と説明されたが、顔が老けすぎて
40過ぎのおっさんにしか見えない。

彼がいるだけで威圧感が半端ではなく、
エリカを余計に緊張させていた。

マリーも面談に参加したいというので、
なんと四名も集まってしまった。

「ナージャは来ないのか」
「仕事が忙しいんじゃないですか?」

ナツキはマリーが不機嫌そうだったので
それ以上聞かないことにした。

「さて。エリカさん。君の聡明さには驚かされたよ。
 ベトナム戦争の米軍の敗戦を分析したレポートを
 読んだが、実に端的で分かりやすい内容だった」


 ベトナム戦争でアメリカが敗北した最大の理由は
 「アメリカ国内の政治問題」にある。

 単純に軍事力同士がぶつかり合う戦争ではなく、
 中ソ陣営を敵に回した複雑な国際情勢の下で
 米軍は北ベトナム・中国国境で積極的な攻勢に出れなかった。

 米軍の徹底的な空爆を受けた北ベトナムだったが、共産主義陣営
(ソ連中国など)から無制限の武器弾薬の供給を受けて戦争を続けていた。
 祖国と社会主義革命を守ろうとするベトコンの戦闘能力は
 極めて高く、国民の反米感情は最高潮に達していた。

 ベトナム兵の勇敢さは世界有数である。
 アメリカは日本兵以来のアジアの強兵との戦闘を強いられていた。
 これも敗戦の理由の一つになった。

 米国では反戦世論が高まり、ジャーナリズムのペンの力が
 が敗戦を後押ししていた。兵士の多くは貧困層の黒人であり、
 帰国後は心身ともに戦争後遺症に悩まされていた。

 米国は『泥沼』にはまり、8年間の戦争の末に
 全兵力を撤退せざるを得なかった。

 このように民主主義国は独裁国家と違い、
 『国内世論』で政府が方針を転換せざるを得ない。
 そうでなければ政権が転覆する
 よって戦争にも負けてしまうのである。

いつもより長い余談になってしまった。
 
ナツキは執務室の椅子に座っている。
その隣にマリーとアナトーリー。
机越しにエリカを座らせて話していた。
この状態だと3対1で面接をしているようだ。

「前回の米国大統領選にロシア内務省の関与があったことも
 正確に見抜いているな。選挙期間中に民主党の
 クリントン陣営から電子メールが大量流出したのは、
 ロシアのサイバーテロによるものだ。
 
 君の分析は正しい。CIAは米露の二重スパイの巣窟。
 ムニューシン財務長官が国際社会への
 ポーズとして露国に金融制裁を加えていることもね」

エリカは6号室時代にいくつも論文を書いていた。
代表のマリカが熟読し、特に素晴らしいと
認めたものを中央委員部へ提出してくれた。

「校長の報告通り素晴らしい見識をお持ちのようだ。
 君の知識は大学生のレベルに達している。
 政治、経済、国際、軍事など
 幅広い分野でよく勉強をされているね。
 ペーパーテストは不要とさせてもらう」

「ありがとうございます。大変に光栄なことですわ」

「一つだけ誓って欲しい。君のお兄さんと
 お姉さんが粛清されたことで僕らを恨まないこと」

「もちろん誓うわ」

「それと契約書に目を通してほしい。
 面談が終わった後でいいから、
 署名と捺印をしてから僕かナージャに渡してくれ」

契約書には、堅苦しい文言が永遠と続いていた。
全世界の同時革命のために卒業後も全力を尽くすこと。
資本主義と民主主義に妥協しないこと。
最低でも三か国語の精通に努めること。
コミンテルンとの連携を密にすること…etc。

ボリシェビキでは、このような努力の
全てを『革命的情熱』と呼称する。

また話がそれるが…

時はソビエト連邦内戦時。反対勢力によって破壊された
鉄道を、無賃金にもかかわらずボランティアで
復旧させた鉄道員たちがいた。しかもたった一日で。

その日は土曜日だったため、レーニンは
『革命的土曜出勤』と呼び、褒め称えた。

また、ボリシェビキが捕らえた反対主義者のグループを、
看守が移動中に撲殺してしまったことがあった。
レーニンはそれを部下から報告された際も

『なかなか元気があってよろしい。
 革命的情熱というものだ』
 とうれしそうに語り、コーヒーを飲んでいた。

ソビエト人のユーモアのセンスは独特である。
我々日本人には聞きなれない表現をよく使う。

しかも人民委員会議(政府のこと)は
国家を巨大な実験台にして奇想天外な政策を実行し続けた。
レーニンが政権を握ってからのソビエトは、
農民の餓死者を初め阿鼻驚嘆の地獄が続いたものだ。

彼らは小説の中でしか起こりえないことを日常的に
するために、むしろ小説の題材にぴったりでは
ないかと筆者が大学生3年の頃によく思っていた。

しかしながらレーニンは稀にみる天才であり、
人類史に残る『革命家』であることに違いない。

この作品の本編ではレーニンに対する批判は基本的に行わない。
ちなみに筆者は、スターリンを含むレーニン以降の
最高権力者は好まない。

「君の要望で一点だけ叶えられないことがある。
 所属先の希望は諜報広報委員部になっているが、
 君はほぼ確実に中央委員になる。
 中央委員部は深刻な人材不足だからね」

予想通りの回答だったのでエリカは肩を落とした。

「君は優秀な人材だが、太盛君にこだわり
 過ぎている気がするな。恋のために
 狂ってしまった悪い例があった。
 うちの学園は自由恋愛が推奨されているから、
 一概に悪いとは判断できないのだが」

ここでナツキは、アナトーリーと
マリーに視線を投げかけた。

「そこで君たちの意見を聞こう。
 まずアナトーリー。君はどう思う?」

「どう思うと言われても、
 私はこの学園の生徒ではないのだが…」

「いや、そういう意味じゃない。
 君から見てエリカさんは
 ボリシェビキになれると思うか?
 素質があると思うか?」

アナトーリー・クワッシニーは執務机に
肘をつき、「うーん」とうねってから

  「кЭто настолько важно,
   любовь к другим?
   Он огда-то заняты,
   если у вас есть возможность」
   (他人の恋愛には興味はないが、
     能力があるなら採用してしまえばいいだろうに)

つい露語が出たので、すかさずエリカが返した。

  「Я тихо и я намерен
    работать усердно」
   (私は精力的に仕事に励むつもりですわ)

アナトーリーはまさに意表を突かれたといった感じだ。
エリカの人種国籍などを確認し、

祖先が同じソビエト国民だったことを知ると、
大きな声ではしゃぎはじめた。

「なんだナツキ。この学園にはソ連人の子孫が
 残っているじゃないか。何をためらうことがある。
 俺だったら即時採用だ。恋愛の件も認めろ。
 生徒会内は恋愛が自由なんだろうが」

「うん。君の意見は分かった。
 次にマリーはどう思う?」

(なぜこいつに訊く?)

エリカとアナートリーが眉をひそめた。

アナトーリーは、雰囲気からしてマリーが
ボリシェビキではないことを察していた。
彼の国ではマリーの容姿は小学6年生だ。

エリカはマリーが爆破テロ未遂犯なのを知っている。
どう考えても生徒会本部にいるべき人材じゃない。

「私は反対。むしろ私が賛成するとでも思った?
 この女は私を拷問したことがあるのよ。
 ナツキも知っているよね」
  
「ああ。報告は受けているよ」

「肉親が粛清されたくせに、今さら
 どの面下げて生徒会に入ろうとするんだか。
 こんな奴は一生収容所にいるのがお似合いだよ」

エリカは事務用ペン立てに入っているボールペンで
マリーの目を刺してやろうかと思った。
面談中なので耐えるしかないのだが。

「はは…。マリーはやっぱりとげのある子だね。
 ナージャとも全然仲良くしてくれないし、
 僕以外の人とは話そうとしてくれない」

「当然でしょ。ボリシェビキなんて大っ嫌い。
 不満だったら今すぐ7号室に戻してくれても構わないよ」

「そういうわけにはいかないよ。
 君は気が済むまでここで過ごしてくれて
 いいんだよ。僕はマリーに近くにいてほしいだ」

遠回しに告白しているような言い回しだった。
エリカは驚いた。ミウにぞっこんだった彼が、
今度はロリキャラ人気ナンバーワンのマリーを
恋人候補に選んでいるのだから。

マリーは明後日の方を向きながら、「ふん」と言った。

「私は自分の部屋に戻ってるから。
 どうせ私の意見なんて聞くまでもなく
 そいつの採用は決まっていたんでしょ?
 あーバカらしい。ムカつく」

  扉を乱暴に締めて出て行った。

それからナツキは中央委員部の規則や仕事内容の詳しい
説明をした後、エリカを正式にボリシェビキに任命した。
配属先はもちろん中央委員部である。
職場の見学を兼ねて太盛に会う機会を作ることも約束してくれた。




マリエは職場見学の末にどの部にも所属しないという
とんでもない結論を出し、
それがなんと会長に認められてしまった。

つまりマリーはボリシェビキでもないのに、
生徒会本部へ好き勝手に出入りしている状態にあるのだ。

授業はナツキが免除してくれたため、
勉強もしていないし、仕事もしていない。

この状態を皮肉ってナージャは革命的・ニートと呼んだ。
人類が未だかつて達したことのないジャンルである。

もちろんマリーは怒ってナージャと口論になった。
初対面の時は礼儀正しかったナージャも、
マリーの身勝手な言動が次第に許せなくなってきたのだ。

マリーも好きでここにいるわけではないし、
ナツキの寛容さに甘えるのも一つの生き方だと思っていた。
何より彼女は人と関わるのが極端に面倒になっていた。

「あんたには私の気持ちなんてわからないくせに。
 一度でいいから収容所に入って見ろよ。ロシア女」

「ナツキの周りにまとわリつくお邪魔虫。
 チビ。小学生。貧乳。調子ニ乗るナ」

「うるさいデカ女。老け顔!!
 高校生に見えないんだよ!!」

二人は本部で出会うたびに何かと口論になり、
つかみ合いの喧嘩にまで発展した。最初の頃は
ナツキや護衛が止めに入っていたが、やがて
馬鹿らしくなったのか、言葉を交わさなくなった。

マリエは人間嫌いが悪化してしまい、
副会長の部屋で引きこもるようになっていた。
家からDSを持ってきてドラク〇をやっていた。
このドラ〇エだが、実はこっそりトモハルから借りていた。
会長もトモハルとマリーが友達なのは知らなかった。

(なんかむなしいな。すぐ飽きちゃったよ)

そんな生活を3日も続けると、
ラストダンジョンの目前で投げてしまった。
ここまでくると先の展開が予想できる。
ラスボスを倒して世界が平和になるだけなのだから。

(絵でも描こうかな)

美術部準備室に行けば、昔使っていたイーゼルが
残っているかもしれない。ナツキの護衛に頼めば
すぐに持って来てくれるだろうが、美術部を思い出すと
エリカの顔が浮かんでしまう。

あんな奴と同じ部活だったなんて今では信じられない。

(イライラする。なんかストレス解消する方法でもないかな)

かといって間違っても囚人を痛めつけたりはしない。
人としての道を踏み外すことはしないと神に誓ってある。
彼女は自分がボリシェビキでない証拠に
副会長室の本棚にぶ厚い聖書を置いていた。

『君は何もしなくていいんだよ。
 そばにいてくれればそれでいい』

それは魅力的な提案だったのかもしれない。
マリーはあれから何度も太盛に会いに行ったが、
まともな会話は一つもできなかった。

彼に自分の名前を教えてもすぐに忘れられてしまい、
「あの小柄な女の子」と呼ばれてショックを通り越し、
太盛への愛がすっかり冷めてしまった。

収容所時代は太盛との再会を夢見て
頑張っていたはずなのに、
今の自分の心が不思議で仕方なかった。

太盛のことがどうでも良くなると、
学園にいる意義が見いだせなくなった。

今さら一般生徒になって普通の授業に戻るつもりもない。
かといって転校するのはナツキが許してくれない。

ナツキは仕事に追われる毎日で、お昼ご飯だけは
時間を作ってマリーと一緒に食べるようにしていた。
マリーは話し相手がいなくて暇だったので応じた。
いつしか彼と食事するのが楽しみになっていた。

本部にはユニットバスもベッドルームもあるから、
泊まり込みが可能だ。

ナツキは家に帰る時間が惜しいので毎日泊まった。
マリーもホテルみたいに快適なこの生活を
気に入っていたので進んで泊まることにした。

すると夕食も一緒に食べることになる。
二人が食事をするのは決まって副会長室だった。
特に決めたわけではないが、最初に食事をしたのが
そこだったので次からもそうした。

「マリーはワインを飲まないんだね」

「気分が落ち込んでない時以外は飲まないようにしてるの。
 もともとお酒はそんなに好きじゃないから。
 それに私まだ高1だし」

ナツキは白ワインのグラスをテーブルに置き、
フランス産のチーズを手に取った。

マリーはティラミスとにらめっこをしている。
ナツキお気に入りのシェフに作らせた自信作だ。
クリームチーズとマスカルポーネを使った濃厚ティラミス。
いかにもインスタ映えしそうな一品である。

「食べないの?」
「食べたら太るじゃない」

マリーは勉強も運動もしない日々を送っているので
食事を制限していた。夕飯には炭水化物ダイエットをする旨
シェフには伝えてあるのだが、ケーキを出すなとは言ってない。
しかしこのティラミスは一人当たりの摂取カロリーが300を超える。

「すごく美味しいのにな」 

ナツキが見せつけるようにティラミスを味わっている。
フォークで軽く触れるだけで崩れそうな繊細さだ。
見ているだけでクリームチーズや
ココアパウダーの甘さが伝わってくる。

「えいっ」

マリーはやけになってフォークをケーキに刺した。
食べてみたら思っていた以上の完成度だった。

「毎日こんなに美味しいものが食べられるなんて幸せ」

恍惚とした表情で平らげてしまう。
シェフがティラミスをワンホール作ってあるから、
頼めば追加でどんどん持ってきて貰える。

マリエは太るのを気にしないでどんどん食べることにした。
ここでの生活を始めてからすっかり食通になってしまい、
甘未中毒になりつつあった。
女の子は甘いものを食べると
幸せな気持ちになり、心が安らぐのだ。

実はナツキはそれを知っていたから毎食後に 
ケーキを用意するように指示しておいたのだが。

ナツキもマリーにつられてスイーツを食べる量が
増えたのでお腹が出て来た。生徒会に入ってから
ダイエットを意識するのは初めてだった。

「ナツキはどうして私を好きになったの?」

ナツキと呼び捨てにしても怒られないのを
知っているから、そう呼んでいた。

「前から君のことは好きだったよ。
 一応ファンクラブにも入っていた」

「さすがに嘘でしょ。
 ナツキはミウと付き合っていたじゃない」

「そんな時期もあったな」

「あっ、ごめん」

「気にしてないからいいよ」

「ナージャと付き合おうとは思わないの?」

「ナジェージダは気の利く優しいお姉さんだな。
 大切な仕事仲間だけど恋愛対象じゃない」

「私チビだし、胸もないよ。
 普通の男性だったらナージャの方が
 魅力に感じるんじゃないの?」

「僕は女性の体だけを見ているわけじゃないよ。
 君は君にしかない魅力を持っている。
 マリーは僕にとって十分に魅力な女性だよ?」

(く……。その顔で言うな)

いつもの口説き文句なのだが、聞くたびに
魔法にかかってしまいそうだった。
ナツキのような美少年に笑顔で言われたら
うれしくないわけがない。

マリーはこの現象にナツキ・マジックと名前を付けた。
皮肉にもかつてのミウと全く同じ発想だった。

「ど、どんなところが魅力的なのか教えてよ」

「君は7号室時代にしっかりとボリシェビキの
 訓練を受けていたじゃないか。知力体力共に優秀で
 模範的な人だった。エリカさん以上に共産主義の
 知識を持っているんじゃないか?
 露語の発音もネイティブ並みだし、それに…」

「もういい。その辺で十分だから。
 なんか聞いててこっちが恥ずかしくなってきた」

「あはは。マリーの顔が真っ赤だ」

ナツキは酔うと普段の三割増しで女たらしになる。
だからマリーは話半分に聞くようにはしているが、
一度意識してしまうと、日に日に彼への想いが強くなっていった。

そんなマリーだからか。

(君と一緒の時を過ごしていれば、
 いつかきっとミウのことが忘れられるはずだ)

ナツキの瞳の奥に存在し続ける、
別の女性の存在まで推し量ることはできなかった。

(ミウを組織委員会に誘ったのは僕だった。
 全ての元凶は僕だ。僕が彼女を殺したようなものだ。
 僕は太盛君をエサに彼女の人生を狂わせてしまった)

高野ミウ。元生徒会副会長。
ナツキは初めて彼女と話した事務室での
出来事を昨日のように思い出せた。
ミウの笑顔を守ることができなかったのかと、
後悔しない日はなかった。

マリーとナツキは本部での生活を続けながらも
男女の関係になったことはない。
おそらく今後も一生ないだろうとナツキは思っていた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1298