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作品名:斎藤マリー ストーリー 作者:なおちー

第6回   第6回   「マルクス・レーニン主義は聞こえが良いものさ」
第6回   「マルクス・レーニン主義は聞こえが良いものさ」

「高野ミウという汚れた売春婦の恋人だった男だよ。
 確か、苗字は堀君だったかな。
 下の名前が当て字だね。彼は最低の女たらしだった」

氷割りしたウイスキーのグラスをもてあそび、飲む。

「3号室の報告は受けているよ。彼は当時、ボリシェビキに
 なる前のミウと交際をしていながら、囚人仲間の
 小倉カナに平気で手を出した。彼は美人には容赦しないね。
 彼が女を抱き締めて耳元で甘い言葉をささやけば、
 どんな女もイチコロじゃないか。

 橘エリカを取るか、ミウを取るかで職員の間で
 話のタネになっていたんだよ? エリカ君の実兄である
 アキラ君が粛清された後は、ミウを捨ててカナに手を出すとは。
 実に笑える展開だね。おや? そういえば、斎藤君。君も彼の……」

マリエが勢い良く立ち上がったので椅子が後ろに転げた。

大きな音が立ったので一同に緊張が走る。
校長は、それはもう驚いていた。

「それ以上続けたら怒りますよ?」

「すでに怒っているじゃないか」

軽口をたたいているが、校長はちびりそうになっていた。
強制収容所生活の経験があるマリエから
発せられる殺気は獣のごとくだった。

彼女があの時どんな思いで太盛との再会を願っていたか。
どれだけ高野ミウを憎悪していたか。
校長に女心が分かるわけがなかった。

「太盛先輩のこと馬鹿にしないでよ!! 彼の優しいところ
 何も知らないくせに!! 私が失語症で苦しんでいた時、
 毎日お見舞いに来てくれたんだから!!」

惚気話とも受け取れる内容に会場がしらけてしまった。

他の委員は斎藤マリーの態度を責めるわけでなく、
ただ黙っている。それがマリエには逆に気まずかった。

マリエは会長の命で生徒会の委員部へ勧誘されている身だから、
表だってマリエの態度を注意できる人はいなかったのだ。
何より今回は校長にデリカシーがなさすぎる。

「6号室の囚人の一部開放の件ですが」

三つ編みの少女・サヤカが沈黙を破る。
真面目な委員長タイプの彼女は
時間を無駄にするのが嫌うのだった。

「同志・斎藤の意見をお聞きしましょう」

(同志?)

ボリシェビキ風の呼び方をされたので
違和感が半端ではなかった。

階級差別を廃した共産主義者達は、
呼び名においても地位の上下をつけない。

「ていうか、私が意見を言う権利があります?
 一応部外者だと思っているんですけど」

これにも周囲は沈黙で答えた。
今さら何を言っているんだ? と視線だけで訴えていた。
仕方ないのでマリエは率直に述べる。

「旧2年1組の囚人を解放するのは賛成。
 だってミウのアホが勝手な理由で逮捕したんでしょ?
 マリカって人も生徒会に必要なら説得してみたら?
 あと太盛先輩も……」

「あの方は諜報委員部で事務をされておりますが」とサヤカ。

「この際だから聞いておきたいんですけど、
 諜報委員部で太盛さんを洗脳したとしか…。
 反ボリシェビキの彼が自ら生徒会に
 入るとは思えないんですけど」

「洗脳だなんてとんでもない」

とトモハルが言う。

「洗脳したというならミウ殿でしょうな。
 ミウ殿の拷問の後、保護された太盛さんは
 自分が真のボリシェビキだと言い張って聞きませんでしたよ。
 一応入部するのにペーパーテストと面談があるのですが、
 彼は余裕で受け答えをしましたよ。テストもほぼ満点でした」

マリーは全く納得できない。
拷問に耐え切れず、別の人格を作り出したなら話は分かる。
しかし諜報委員部に入る条件の難関テストまで
さらっと合格するのには、高校生のレベルを超越した
政治知識、マルクス主義的教養が必要になる。

(どうでもいいが、かつてソ連のモロトフ外務大臣は
 アドルフ・ヒトラーと会談した際に、
 マルクス主義的教養のかけらも感じない凡人だと称した)

マリーの知っている限り、太盛が共産主義や社会主義の
勉強をしていたとは思えない。あるいはミウの影響で
ボリシェビキの思想に染まってしまっていたのか。

「残念なこと太盛殿は、
 同志斎藤のことをすっかり忘れてらっしゃる」

「うん…」

沈んだ声でマリーが答えた。今思い出してもショックだった。
あの日、太盛との再会が叶った瞬間に言われたことは、
「そこにいる女の子もボリシェビキですか?」だった。

「我々は、太盛殿は一時的なショックによる記憶喪失だと
 認定しておりますから、当分の間は様子見をしましょう」

「様子見か……。治療とかは、できるわけないか」

「それこそ同志斎藤の失語症のようなものでしょうな。
 皮肉にも今度はあなたが太盛殿の面倒を見る立場となるのか」

良く口の回る一年生だなと、マリエは思った。
話しぶりから頭の回転の速さがうかがえる。
さすがは元野球部のエース候補にして諜報広報委員部の代表。

「太盛殿はかなりのペースで事務作業をこなしてくれている。
 仲間たちも喜んでいますよ。立派なことです。彼のそばにいるためにも、
 ぜひとも同士斎藤も諜報広報委員の一員として……」

「そうやってなんでも勧誘する方向にもってくんじゃねーよ。
 うぜーな。斎藤さんも嫌がってるんじゃねえの?」

生徒会が誇るチャラ男・モチオである。
トモハルは不愉快そうに目をそらした。
生真面目なトモハルはチャラ男が苦手なのだ。

「とにかくよぉ、俺らは2年1組の連中を
 解放することで話はまとまった。
 来週の本会議で会長閣下をちゃんと口説けよな。 
 頼んだぞハゲ。トモハル」

「私をハゲと呼ぶなと何度も言っているだろ君ぃ」

「ハゲはハゲだろ」

(ぷっ、ちょっとだけ面白いかも)

マリエが会議中に見せた初めての笑みだった。




井上マリカ17歳。
趣味は読書。書店と図書館通い。活字中毒。
小柄なのがコンプレックス。
身長は149センチ(本人は150だと言い張る)

父の職業は弁護士。
母は小学生向け学習塾の講師をしている。
妹は中学三年生。これといった特徴はない。

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その日のマリエは、生徒会の職場見学として、
諜報広報委員会のトモハルと行動を共にしていた。

「収容所は廊下の奥です。壁際の鉄条網に触れると
 電流が流れますからお気を付けてください」

少し早足ではあるが、堂々とエスコートするのはトモハル。
斎藤マリーと並んで歩くのは楽しかった。

学園の花と称される少女と歩くのは、
同性に対して優越感に浸れる瞬間である。

ボリシェビキになる前は、他の野球部員と同じく
小倉カナマネージャーに恋していた時期もあった。
カナが3号室送りになってからというもの、
三か月近く話をしていない。

夏休み明けから会ってないから、もっとかもしれない。

(こんなところに6号室があったんだ…)

C棟の校舎は、マリエの一学年があった校舎だ。
進学クラス1〜5組の教室は収容所として改装された。

2年1組の人が収容されているのは、
『理系コース旧1年5組』である。

扉は指紋認証。廊下にはコイル状に巻かれた鉄条網が並ぶ。
そのためスペースを圧迫し、
廊下はギリギリ人が通れるくらいの広さしかない。

ベランダから見下ろす先には、
花壇に見せかけた地雷原が仕掛けてある。
窓から脱出することは不可能だ。

教室内に設置された監視カメラと盗聴器。
教室とは名ばかりの完全なる収容所であった。

旧2年1組の生徒達は、この圧迫された空間の中で
共産主義的教育を受け、模範囚として過ごしてきた。

一日三度の生産体操を始めとして、
マラソンなどの基礎体力作り。

ロシア語や英語を鍛える訓練。
G7の全ての国の閣僚の名前と政治制度を把握した。

囚人達にとっての奇想天外だったのは、
外国の視点から見た日本国の存在だった。

日本は、その弓上列島の形をもって
ソ連(ロシア)海軍の太平洋への出口を塞いでいる。
台湾、フィリピン、アリューシャン列島。
いずれの方面に進出するにしても日本国の周囲を通ることになる。

ソ連から見ると日本とは全く邪魔であり、
存在そのものが不愉快である。
(中国、北朝鮮も同様の認識)

島国で軍事力の強い日本は、外部からの攻撃ではなく
内部工作によって崩壊させるのが得策という、
KGB(ソ連国際スパイ組織)の時代からの構想を引き継いだ。

囚人達はマルクス系の文献を読破し、革命的情熱を高めた。

(と生徒会は思っていたが、実際は全く逆である。
 誰一人マルクスの思想に染まってはいなかった)

このような有力なボリシェビキは、
卒業後に軍隊で訓練を受ければ特殊部隊の兵隊となる。
あるいは外務省所属のエージェントとして
敵対国に潜入させることができる。

知的エリートの多い1組の生徒は、
後者の道を歩むことになるであろう。
テロ、大衆の扇動、破壊工作をするに
最も必要なのは知性、体力、気力である。

ここまで書くと6号室も7号室同様に過酷な
環境に思えるが、7号室と決定的に違うのは
夕方になると帰宅することが許される点だ。

ちなみに翌日に登校しない場合は
連帯責任で家族や親戚を誘拐、拉致すると脅されている。
(病気などやむを得ない場合は除く)

親族を人質にとるのは共産主義者の常套手段である。

前作でも述べたが、彼らの住んでいる県は
警察や裁判所などの公的機関もボリシェビキであり、
町全体に広大な監視網が敷かれている。
そのため県外への脱出は容易ではない。

SNSは諜報部にチェックされているから、
友達同士のやりとりも慎重に行わなければならない。

次年度以降の入学予定者に家族を誘うように強制もされていた。
もちろん生徒会の悪口を言いふらすのは危険である。

それでも、家に帰れるのは大きい。
家族と食卓を囲むことができる。
家にはテレビやネットがある。
甘いものが食べられる。漫画が読める。

こういった息抜きがなければ、やがて死んでしまう。

「正式には強制収容所6号室、第五特別クラス。
 現在の収容人数ですが、34名です。
 うち6名は欠員となっております」

「欠員が多いんだね。太盛先輩と売女ミウ他には?」

「2号室行きになった柿原、田中です。どちらも男子です。
 女子は小倉カナ。同士・斎藤にとってはどうでも良い話だと
 は思いますが、私が野球部だった頃のマネージャーでした」

マリエが無関心なのは田中と柿原の方だった。
彼女は見逃さなかった。トモハル委員が小倉カナのことを
語る時に優しい瞳をしていたことを。

あれはボリシェビキの顔ではなかった。
憧れの人とか、遠く離れてしまった友を想うような感じだった。

「その女の人は、君にとって大切な人だったんだね」

だから自然と口にした。トモハルは驚いたようにマリーを見てから

「そうです。本当に大切な人でした。
 だからだろうか。僕はあなたが太盛殿を
 失った悲しみを少しは理解しているつもりです」

言っているうちに恥ずかしくなったのか、ぶ厚い手帳を
懐から取り出して、ペラペラとめくり始めた。
マリエには少しおかしかった。
トモハルの目が明らかに泳いでいるからだ。

「ありがとね」

トモハルの頬はトマトのように真っ赤になっていた。

(カナ……か)

あとで、小倉カナのことを詳しく聞こうと思った。
今はまだその時ではないが、太盛の浮気相手の一人なら
マリエも知る必要がある。今は三号室に
収容されているという話だが、一体どんな生活を送っているのか。

トモハルが扉を開けると、6号室の囚人たちは騒然とした。

「看守が来たぞぉ」

トモハルの襟のバッジが光る。
ひとつの委員部の代表ともなれば、
政治家で例えると閣僚(大臣)である。

トモハルは彼らに対して下級生であるが、
その地位の差は歴然。
男子達が女子を守るように立ちはだかっていた。

(エリカがいる……)

マリエは、特に目立つオーラを
発している橘エリカを見落とさなかった。
彼女はボリシェビキとは目を
合わせないよう、うつむいている。

太盛を失った悲しみからか、顔に覇気がない。
勝気だった彼女だが、今は憂いがあって前よりも
魅力があるとクラス内では定評があった。

ミウがいなくなった今、クラスで一番の美人はエリカだった。
それ以前はミウの美しさとは
甲乙がつけがたいと男子が評していたのだ。

「騒ぐのはやめなさい。私は無実のあなた方を
 処罰しに来たわけではありません。むしろ逆であります。
 我が生徒会は本会議の結果を伝えに来た。あなた方
 第五特別クラスのみなさんを解放することに決定したのです」

ざわつきは、止まった。
彼らが、なぜざわついていたのか。
トモハル委員が怖いこともあるが、何より7号室行きになったと
もっぱら噂だった斎藤マリーがそこにいるからだった。

「どうせ嘘でしょ?」

女子の一人が言った。

「本会議の結果は会長のご意思と考えてよろしい。
 これは中央委員会から提出された議題であり、
 正式に可決しました。もはや我々にはあなた方を
 収容所へ拘束するいかなる理由も存在しない」

トモハルが、壁際に集まり、距離を取っている生徒の
群れの先頭にいる女子に紙を手渡した。
高倉ナツキ会長の署名が入った指令書である。

「確かにこれは間違いないわ」

その人こそ、井上マリカだった。

「みんな、これはうれしい知らせよ。
 みんなの努力は無駄じゃなかった。
 私達は今日から解放されて一般生徒に戻れるのよ!!」

教室は歓喜の怒号に包まれた。
男子達は、人生初のプールを
体験したゴリラのような顔ではしゃいでいる。
プールの水の冷たさに喜びのダンスを踊っているかのようだ。

このクラスの特徴の一つとして生徒会よりも
マリカの言葉を重視することにあった。
クラスの代表として選出されたマリカから
正式に開放を告げられたとなれば、
歓喜しないわけにいかない。

(なんて結束力の高さなの)

マリーはただ圧倒されていた。
クラスで一番の背の低い、一見すると
平凡そうに見えるマリカのカリスマ性。

弁舌の天才だと生徒会で評判だった。
マリーはナツキ会長や中央委員会の人など
エリートといわれる人はたくさん見て来たが、
マリカはまた一味違う気がした。

それもそのはず、マリカは人心をつかむのに
暴力や脅迫の類は一切用いらないからだ。
科学と理性を重視する代わりに人命を冒涜する
ボリシェビキとは対照的で、宗教の創始者のような人物であった。

「ただし」

トモハルが静かに告げる。

「条件がございます」

「はい?」

これにはさすがのマリッカ様も同様する。

「井上マリカ殿。貴殿は我が生徒会内部で
 高く評価されております。大変に名誉なことでありますぞ。
 貴殿には、ぜひとも我が生徒会の一員となっていただきたい。
 この条件を受け入れれば、クラスのみなさんは解放する」

歓声は終わり、クラス内がまた静寂に包まれる。

「あの男は今なんと言ったんだ……?」
「マリカ様を生徒会に……?」
「私のマリカ様を悪の組織に?」

ある意味、本末転倒だった。
彼らが6号室での生活を余儀なくされた当初は
激しく混乱し、内部分裂の恐れがあった。

今日まで内乱も脱走も紛争もなく、平和に
解放の日を迎えられたのはマリカの統率のおかげである。

クラスの女神ともいえるマリカを悪の組織に
売り払い、自分達だけが一般生徒に戻るなど、
認められるわけがなかった。

トモハルにつかみかかろうとした男女が数名いたので、
マリカは急いで制した。

「みんな、お願いだから待って。私が決めることだから」

また、クラスが静まり返る。
マリカが静かにしろと言ったら静かにする。
騒げと言ったら騒ぐ。本当に分かりやすいクラスである。
ちなみにマリカのファンには危険な意味での同性も存在した。

「相田トモハル委員。
 あなたの質問に答える前に、
 こちらから一つ質問してもいい?」

「遠慮なくどうぞ」

「あなたの隣にいる女性は、斎藤マリエさんだよね?
 確か7号室に収容されていたはず」

「いかにも。彼女は無事解放され、
 現在では生徒会の一員になろうとしています」

「なろうとしてる?」

「おっと。正確には職場見学をしていただいております。
 中央委員か、我々諜報委員部のどちらかに
 加入していただきたいと思っておりまして」

「それはあなたが決めたこと?」

「会長のご意思であります」

「ふむふむ」

マリッカはあごに手を当て、少し間を置いた。

「爆破テロ未遂犯。重罪人のはずの斎藤さんが
 解放された理由が分からない。
 ミウ閣下のお許しは得たの?
 それと生徒会を憎悪しているはずの
 彼女から生徒会に入る意思を示したとは思えない」

鋭く、えぐるような指摘の連続に

「むう」

トモハルはうねる。

深呼吸してから、ミウの内部粛清の件、
太盛の自主的生徒会への加入をくわしく説明した。

当時ミウの粛清は大ニュースとして校内を駆け巡ったのだが、
極端に外部との接触の少ない第五特別クラスの
彼らの耳には入ってなかった。
そのためこのビッグニュースにクラス中が
天と地がひっくり返るほど驚いていた。

「ミウの粛清は……まあ分かるよ」

マリカが周囲を沈めてから続ける。

「いくら副会長でも自己中すぎたからね。
 死んでほっとした。
 本当は私が殺してやりたかったくらいだけど」

マリエも心の中で大きくうなずいた。
ミウは数え切れないほどの人に恨みを買ってきた。
それこそ全校生徒の大半が彼女に殺意を
持っていたとしても過言ではない。

「あの堀君が自分からボリシェビキになった理由が
 ちょっとね。3号室と6号室を経験している人が
 なんで自分から? しかも勤務態度が優秀なんだ」

「それは自分達にも詳細は分かりません。
 とはいえ、人材不足の折に加入していただけるの
 は助かっております」

「なるほど。人材不足なのか」

トモハルは嫌な予感がした。
マリカの目が今日一番鋭くなったからだ。

「結論を言うね。私は生徒会に入らないよ」

「な……」

「だって優秀な人が欲しいんでしょ?
 私は自分が優秀だとは思ってないし、
 ボリシェビキになるつもりはない
 それでも私が欲しくてたまらないのは
 生徒会が内部崩壊しつつある証拠だよ」

「内部崩壊ですと……?」

「うん。まず組織ってのはね。中核となる人間が
 内部で殺されてるようじゃだめだよ。
 ミウ副会長はバカだったけど、学園一の権力者だったでしょ?
 前会長のアキラ派を革命裁判で一掃したわけだし。
 今回もそれに近いことが起きる気がする」 

「ずいぶんとはっきりおっしゃる方だ。
 マリカ殿でなければ地下室送りになるところですよ。
 その発言はのちに会長の知ることになることを
 もちろんご存知ですな?」

「だからなに? 好きなだけ話してくれて構わないよ。
 会長殿に私を痛めつける気がないのはわかり切ってる。
 だから斎藤さんを解放したんでしょ?
 私と斎藤さんに共通するのはミウのわがままで
 収容されたってこと。穏健派のナツキ君が
 無実の私を殺すとは思えないなぁ」

「ナツキ、くん? 会長閣下にずいぶんと……」

「悪い? だって昔あの人と友達だったから」

この事実にトモハルは凍り付く思いがした。
マリカは一年生の時にナツキと同じクラスだったのだ。

勉強熱心。物静か。読書が好きなどの共通点があった
二人は仲良しだった。生徒会のナツキ。帰宅部のマリカ。
政治思想の違いはあったが、周囲からは恋仲と
噂されるほどには親しかった。

「別に無理に開放してくれなくていいよ。
 そんな条件を飲んだところでこっちにはメリットがない。
 私が共産主義者になったらみんながバラバラになる。
 私はまだ囚人のままでいるからね。ここにいるみんなと共に」

トモハルには、返す言葉が思い浮かばなかった。

 マリカが収容所に残ると言えば、他の生徒も喜んで
 残るのだ。旧2年1組とはそういう組織だった。

「諸君、聞いたな!! マリッカ様のご決断を称えよう!!
 マリッカ様万歳!! 生徒会の権力に屈しない
 彼女の勇気をみんなで称えよう!! さあ歌え!!」

音頭を取るのはクラスの代表の一人であるマサヤである。
太盛の親友だった彼は、権力者に媚を売るのがすっかり得意に
なってしまった。仮にトモハルが生徒会長になったら
喜んで靴の裏を舐めることだろう。

2年1組は怒涛の勢いで拍手の渦に包まれた。
その拍手の音は、床に亀裂を生じさせ、
教室を倒壊させかねない勢いだった。

拍手の輪の中心にいるのは、マリカであった。
彼女は10センチ以上の身長差があるのに
トモハルを見下ろすように見つめながら言う。

「まだ仕事が山ほど残ってるんでしょ?
 いつまでも囚人なんかに構ってないで
 さっさと職場へ戻ったらどうなの。
 時間を大切にするボリシェビキさん」

トモハルは、肩を落としてその場を去ることにした。
廊下にひかえる警備兵が、トモハル委員の憔悴した様子に
驚いていた。マリーは教室を去る際にマリカと目を合わせた。

小声で「すごいですね」と言ったが、
マリカは聞こえないふりをした。

初対面なのに嫌われているのかなと思いながら、
マリエは静かに扉を閉めた。





「そうか。井上マリカがそう言っていたのか」

ナツキはティーカップを傾けながらそう言った。
会長室は日当たり良好。執務室の椅子を窓際に向けると、
カーテン越しに心地よい日差しを浴びることができる。

12月を迎えても日中の屋内は暖房がいらない。
新築したばかりの会長の執務室は快適そのものだった。

「トモハル君は二度ト話したくないと嘆いていたそうヨ。
 よほど苦手な相手ナノでしょうね」

副官のナージャもソファに体重を預けてティーカップを持っていた。
二人ともブラックコーヒーを好む大人っぽい高校生だった。
会長室にコーヒー豆の香りが漂うのは日常である。

「やはりマリカを口説くのは容易ではない。
 もちろん想定できなかったわけではないが」

「こちらの弱みを正確についてくるあたりが
 怖いところネ。あの子の洞察力ハすごい」

「だからこそ、なんとしてもこちら側に
 組み込まないといけない人間だ」

強制収容所7号室では、にわかに反乱の気運が高まっていた
斉藤マリエのみが、特別に解放されたことを
納得した囚人は一人もいなかった。

彼女が特別扱いされたのは、会長の好みだったから
なのかと、ますます反感が高まった。
もしマリエが再び7号室に戻ったら、
八つ裂きにされかねないほど殺伐としていた。

男子と違い、今まで大人しくしていた彼女らが結託して
動き出したら予想がつかない事態になる。

そして執行部員の怠惰である。
ミウの時代から指摘されていたことが、
最近ではますます悪化してきた。

あの夜、マリエと酒盛りをした看守三人は
翌日口頭で注意を受けたが、体罰は行われなかった。

本来の生徒会の規則ならば即粛清である。
看守の立場で囚人と仲良くすることは、
スパイとして認識されてしまうのだ。

しかし執行部員は法の執行を担う手足。
最前線で戦う人材である。
2号室を中心に囚人の反乱は日常的に発生している昨今、
執行部員を過酷な拷問で再起不能にするわけにはいかない。

生徒総数三千を超える学園において、
管理する側の生徒会側の人数が慢性的に
不足しているのは過去作で何度も述べた。

スパイ摘発を促進させるため、
生徒会への通報による報酬システム。
各クラスで月ごとに強制させているクラス裁判
カメラや盗聴器を張り巡らせた監視網。

諜報広報委員部はあらゆる知恵を出して
生徒の人権を奪い続けたが、
生徒のボリシェビキへの憎しみは増す一方だ。

最高権力者のナツキは
支配と暴力を好む人間ではなかった。

前会長のアキラ。右腕のアナスタシア。
続いて権力を握った副会長の高野ミウ。
彼らのような冷酷さがあれば、
生徒を恐怖で服従させることができる。

マリカの指摘は的外れではなかった。

ナツキはミウ亡き後に
彼女に変わるカリスマを求めていた。

7号室の200を超える男女の囚人
2号室の狂暴な囚人。
最も恐ろしいのは、6号室第五特別クラスの
人間が、一斉に反乱を起こすことだった。

今まで模範囚だった彼らが、マリカの統率の元に
どんなたくらみをしてくるか分かったものではない。
だからこそ、早めに解放して毒抜きをしたかった。

(苦肉の末にネップ経済を採用した時の
 同志レーニンもこんな気持ちだったのだろうか)

ナツキはいっそ恐怖政治を改めて、ある程度の
自由な思想を認めるべきだと考えたが、
ナージャに絶対にダメだと止められた。

徹底した粛清のみが革命を存続させることは
歴史が証明しているからだ。

「考えすぎてはダメよ」

ナージャがナツキの肩に手を置いた。

「ナツキには優秀な部下がたくさんいる。
 今はミウが死んだ混乱で一時的に規律が乱れているだけ。
 イワノフが怠惰取り締まり委員会を作ったから、
 すぐに執行部員たちの規律は改善されるはずよ」

「ああ」

ナツキは窓の外を見ていた。手入れされた芝は
日光を浴びてキラキラと輝いているように見えた。
吹き荒れる風が窓ガラスをかすかに揺らす。

外と中で体感温度に相当な差があることだろう。

「生徒会は、こんなに大きな組織になる必要はなかった」

ナージャが無言で続きを促した。

「僕はアキラ会長の時代にあったものを引き継いでいるだけだ。
 僕は根っからの共産主義なわけじゃない。
 一年生の時に生徒会に入ったのも、たまたまだ」

「アナスタシアが推薦したのよね」

「そうだ」

若き日の自分。今より1年若いだけだが、
まるで別人のように思えた。

「マルクス・レーニン主義は聞こえが良いものさ。
 差別のない社会。資本家の奴隷にならない労働者。
 労働者と農民のための国家。人種・言語・宗教による
 区別なく全ての国民がソビエトのために団結する」

ナツキは幼い頃にカイロの英国スクールで育った。
その経験から日本人離れした国際感覚を身に着けていた。
外国人と分かりあうことが、いかに困難なのかは熟知している。
地球人類にとって思想や宗教は、共通の言語であり便利なツールなのだ。

1年生の時のナツキは組織委員部に所属していた。
当時、新鋭のボリシェビキとしてすでに頭角を現していた。

彼は組閣や管理業務に才能を発揮した。
生徒会へ加入するためのペーパーテストは
彼が問題集を作った。それが現在でも使われている。

収容所の囚人の管理では、執行部の一方的な虐待と
ならないように、組織委員部との共同管理とさせた。

組織委員部は常に囚人の体調に気を配り、思想を教え、
有望なボリシェビキとして成長した者は進んで解放した。
暴力だけで生徒を屈服させないようにと、
校内で共産主義のビラを配布させていた。

このように人道的な処置を次々に考えたことが
アキラに認められ、二学年時に組織委員部の長に任命された。

『私があなたをお兄様に推薦したのを忘れないでね』
『ナツキ君は委員の責任者になってもお人よしのままなのね』
『休みの日はデートしてくれるんでしょ?』

花のように明るいアナスタシア。彼女に共産主義を
薦められなければ、今頃マリカのように
健全な生徒のままだったのかもしれない。

あのアナスタシアが、爆破テロ犯らと組んでいた。
そしてミウに粛清される。
アキラも消えた。ミウは最近死んだばかりだ。

ミウのことは好きだった。
ミウの母公認で彼氏彼女の関係にもなれた。
だが彼女は心の奥底で太盛だけを追い求めていた。

失恋することが前提の恋。
皮肉が過ぎて、頭を掻きむしりたくなる。

「会長になって思うことは、ただむなしいだけだ。
 僕は大した目標もなく革命の成果を
 守り続けることしかできない」

「それでいいのよ。全世界の社会主義・共産主義同盟の
 拠点が日本にある。カール・マルクスの肉体は滅びても
 思想は永遠に生き続ける。素晴らしいことだと思うワ」

ナジェージダ・アリルーエワはソファから立ち上がった。
ナツキの空のカップを取り、コーヒーメイカーから
新しいコーヒーを注いだ。
彼女が時間をかけて戻るまで、ナツキは一言も話さなかった。

「ねえ。ナツキ」

小さな音を立ててナツキの机にカップを置いた。

「ドウシテ斎藤マリエを救っタノ?」

不思議なことに、ナツキはその理由を
生徒会の誰にも話してはいなかった。

「あの子がミウに陰険ないじめを受けていたからだ。
 僕はミウの身勝手さが許せなかった。だから会長として…」

「半分嘘ね。あの子のことガ好きなんデしょ?」

ナージャの雰囲気に軽い嫉妬が含まれていることを
ナツキは悟った。好きかと言われれば、おそらく好きだ。
ミウを失った悲しみを癒したいだけなのかもしれないが。

もちろんナージャのことも好きだが、恋人として
意識はしていない。彼女もそれは分かっているはずだ。

ナージャはナツキの瞳の奥に、純真無垢だった頃の
高野ミウが今も生き続けていることを知っている。
出会って間もない頃からナージャはミウを嫌っていた。
一刻も早くミウのことを忘れてほしかったが、
まだまだ時間がかかりそうだ。

「ナツキの好きな人は、コロコロ変わる」

ナツキはあえて返事をせずに、
いつまでも窓の外を眺め続けていた。


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