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作品名:斎藤マリー ストーリー 作者:なおちー

第5回   第5回   「私は囚人ですから、絵を飾る部屋などありませんでした」
第5回   「私は囚人ですから、絵を飾る部屋などありませんでした」

「マリエさん。君を生徒会の一員として任命する。
 どうか君の力を僕たちに貸してほしい」

とにかく腹が立つ。気安く下の名前で呼ばれたこと。
自分を殺人集団の仲間にしようとしていること。
他にもたくさんある。マリエは唇を強く噛み、
目にいっぱいの涙をためてナツキ会長をにらんだ。

「誰が。あんた達なんかと」

マリエは地声が高いことを知っていたから、
自分でもこんなに威圧感のある声が出せたことを驚いていた。

「気持ちはわかる」

「なにが? 何が分かるっていうの?
 あんたみたいに強力な権力に守られて
 好き勝手やっている奴に、
 囚人だった私の辛さがどうして分かるの!?」

ナツキはマリエから視線をそらし、押し黙った。
興奮したマリエの息遣いだけが、会長室にむなしく響く。

ここは会長室である。学校にはABCの三棟があって、
それらが通常の授業を行う場所になっている。

各委員部の執務室、尋問部屋、簡易収容施設なども
用意されている。太盛のいる諜報広報委員部はB棟である。

会長室と副会長室は全く新しい棟に建てられた。
棟と言っても、一階建ての小さな建物であるから、
全体からしたら目立つほどではない。

周囲からは『本部』と呼ばれている。
敷地の周りは有刺鉄線と重機関銃のあるトーチカで
囲まれているから、簡単に入ることはできない。

本部の天井や壁は、旧ドイツ軍の作戦参謀室を模倣して
厚さ4メートルのコンクリートで覆われているから、
爆弾程度ではびくともしない。

正面玄関、廊下、各部屋に警備兵を立たせている。

「僕と食事をする気にはならないかな?」

「ええ。まったく。あいにく私は
 これっぽっちもお腹がすいていませんので」

会長室には部下に任せて運ばせた食事が並んでいる。

会長室にはデンマーク製とオランダ製の家具が並んでいて、
一種のリビングと化していた。一角に大きな本棚、
オシャレなカーテン、絨毯、ペトゥカ(暖炉)、風景画、
執務用の机、キングサイズのイス、仕事用の電話機。

20畳を超える広さの部屋には、
まだまだ物が置けそうだったが、会長は質素な部屋を好んだ。

マリエには特に上等な椅子に用意してあげた。
彼と向かい合って座っており、品の有る丸テーブルに
パスタ、スープ、サラダが並べられている。

「それならスイーツでも用意しようか?
 露国人のシェフでフランス帰りの男がいてね。
 味は保証するけど」

「けっこうです」

すぱっと。ナイフで切るかのように会話の流れを打ち切った。

ナツキは、テーブルに置物のように置かれたリンゴを
手に取り、果物ナイフで器用に皮をむき始めた。
マリエは彼から視線をそらし、
壁に掛けられた田園風景の絵画を眺めていた。

夕暮れのオランダ北部の田舎の風景だった。
画面手前に農夫が枝木を大量に背負っており、
農道をまっすぐに家に帰っていく場面だ。

寂しさとか、はかなさとか、日々のむなしさなど
全てを包み込んだ絵画だった。
額縁の下に画家の名前がピサロと書いてある。

マリエにはナツキの顔を見るより、絵画の世界に
引きまれるほうが何百倍も有意義に感じられた。

「マリエさんは美術部だったよね。
 その絵が欲しいなら特別にプレゼントしようか?」

ナツキとしては『特別に』の部分に含みを
持たせたつもりだったが、マリエには通用しない。

「あっそうですか。
 ならこの部屋にある絵画をすべてください」

「わかった。いいよ」

マリエは真顔で冗談を言う人間を始めて見た。
少しの間待ったが、ナツキは前言を撤回しなかった。

「すみません。やっぱりいりません」

「どうして?」

「私は囚人ですから、絵を飾る部屋などありませんでした」

それはナツキの提案を否定したのと同じだった。
マリエは生徒会の一員となるよりも
むしろ囚人でい続けるほうがマシだと考えているほどだ。

それを正しく認識したナツキは、女性をとりこにする時の
柔和な笑みを浮かべながら、ゆっくりとこう言った。

「残念なことに、副会長の部屋は主が不在に
 なってしまったね。君にあの部屋を与えよう」

マリエは20秒かけてその言葉を受け止めたあと、

「は?」

と言った。怒りと呆れが交じり合っていた。

今まさに生徒会へ勧誘されているのはまさしく事実であるが、
なぜミウの部屋が自分に与えられるのか。言うまでもなく
高野ミウの部屋は『副会長』の部屋である。

仮に今日から生徒会に入る予定の人間に
与えていい場所ではない。
そもそもマリエは7号室の囚人だったのに。

「よっと。思ったよりも重いんだな」

彼はマリエの返答など待たず、自ら額縁を壁から外して
廊下へと運び始めた。すぐに警備兵たちが騒ぎ出す。

「閣下。お部屋の模様替えでございますか?」
「呼んでくだされば、私どもがやっていたものを」

マリエもそう思った。なぜ会長自らが絵画を運び出すのか。
質素な廊下のすぐ先に、ミウの部屋があった。

会長室と同じ作りの西洋風の扉のドアノブを回すと、
同じ広さの部屋がそこにあった。執務机や電話などは同じだが、
男女の違いがあるので置いてある物が違う。

ミウは絵画よりも写真を好むのか、太盛の写真が机に建ててある。
クローゼットには高そうな洋服がいくつも並んでいた。
靴もたくさんあってお店の売り場のようだった。

仮眠用に使われていたと思われる大きなソファが快適そうだった。
堅苦しい本が中心に並ぶ本棚だが、少女漫画も置いてある。

(あんな奴でも少女漫画を読むんだ…)

皮肉なことに趣味が合う。
マリエがあとで揃えようと思っていた
作品が最終巻まで置かれていた。

「マリエさん。絵の位置はここでいいかい?」

マリエは会長など全く無視して、
執務机の椅子に座って窓の外を眺めていた。
全てが面倒臭く、ここにいるだけでイライラして仕方なかった。

普通ならば会長に無礼な態度を取ったら、
指導の対象を超えて即尋問室送りになるのだが、
会長は全く気にしていない。

だから部下の警備兵たちもマリエを責めることはない。
むしろ腫物を扱うような態度だった。

会長達は、壁に額縁を並べ終えた。

女の子らしさのあったミウの部屋は、
一気に落ち着いた雰囲気になった。
ナツキは事前の調査でマリエが印象派や抽象的な絵画を
好むことを知っていたので、色彩豊かな絵を中心に配置した。

「ふぅん。鮮やかな色ね」

ルノワールの描いた作品を見てマリエがつぶやいた。
ナツキは目ざとくその言葉を聞き逃さなかった。

幼い二人の姉妹が、小さな木の下で花飾りを作って
戯れているシーンである。
少女たちを見つめる画家の優しい視点。豊かな色の重ね方。
巨匠の絵には言葉以上に人の心に訴える力がある。

「いつ見ても素敵な絵だね。
 僕は仕事で疲れた時は絵を見て癒さているんだよ」

マリエは反応せず、さらに横にある絵画を見ていた。
彼女は気が付いたらソファから立ち上がり、
絵から50センチほどの距離を取ってしっかりと観賞していた。

絵を『読んで』いるのだ。
ナツキはそんな彼女の様子を微笑ましいく思った
彼も美術は幼いころから大好きだった。

「これはアンリ・マティスの作品だね。
 彼の時代はピカソやブラックなどのキュピ…」

「うんちくなんて言われなくても知っているよ。
 これでも美術にはそれなりの知識がございますから。
 気が散るので黙っていてくださる?」

あまりの無礼さに警備兵たちは震えあがるほどだった。
ナツキの護衛は女性のロシア人ばかりだ。

外国語に堪能で美形のナツキには自然と女が集まる。
ロシア人達は自ら率先してナツキの護衛となったのだ。
もちろんいきなり現れたマリエが
特別扱いされて気にならないわけがない。

彼女らが露語でひそひそと話し始めたのが、
マリエには不愉快だった。マリエにとって
ボリシェビキの象徴であるロシア語は抑揚(よくよう)から
アクセントに至るまで全てが癇(かん)に障るのだ。

「そこ、コソコソ話すな。黙れ!!」

マリエの怒号である。
ロシア女達は、日本語で謝罪して頭を下げた。
会長直属の護衛を示す襟章まで震えているように見えた。

「すまないが、お前たちは廊下で待機してくれ」

ナツキはそのあとに空気を読んで自分も部屋を
出るべきかと思ったが、あとはマリエの反応次第だ。

マリエはやはりナツキなど存在しないものとして
扱っているのか、部屋に並べられた計8つの作品を
順番に鑑賞し、満足したところでまたソファに座りこんだ。

「少し心が落ち着いたわ」

「そ、そうか。それは良かった」

「お腹すいた」

「え?」

「お腹すいたって言ったの。もう一時過ぎでしょ。
 さっきの食事、残すのもったいないから
 この部屋に持って来て」

ナツキは廊下を駆ける。自分で食事を運ぶことにした。

しかし護衛達も手伝わないわけにはいかないので、
テーブルやお皿を手分けして運ぶことにした。
時間にして2分もしないうちに
全ての皿がマリエの部屋に用意されたのだった。

「じゃあ。僕はあっちに行っているから。
 用があったら、そこの電話で2番(内線)を押して」

「なんで?」

「えっと…」

「あなたも一緒に食べたいんでしょ?」

「……いいのかい? 
 君が僕に気を使う理由はないはずだけど」

「素敵な絵画を見せてくれたお礼。
 絵の良さが分かる人間はそんなに嫌いじゃないから。
 早くあなたの分の椅子も持ってきたら?」

ナツキはまた大急ぎで椅子を戻って帰って来た。

辛気臭い雰囲気にならないようにと、ミウの部屋の
小さなPC用スピーカーでモーツァルトのピアノ曲を流したが、
スピーカーの性能が及ばないためにナツキは不満だった。

「なつかしいなぁ」

「え?」

「私もピアノが弾けるんですよ。
 収容所に入ってからしばらくピアノを弾いてなかった」

「さすがマリエさんは才女だね。
 絵が描けるだけじゃなくてピアノの演奏まで
 できるとは。すごく素敵だと思う」

「絵はしょせん部活レベルだし、演奏も子供時から
 無理やり習わされていただけですけど」

「それでもすごいよ。生徒会の人間は
 政治や仕事のことばかりで芸術系はさっぱりな人が多いんだ。
 君は可愛いし、とっても魅力的な女の子だよ」

「口が良く回るんですね。
 女を口説く時の決まり文句ですか?」

「僕はマリエさんを素敵だと思ったから
 口にしただけだよ。嘘偽りない僕の本心だ」

よく顔を見ると、確かに頭の軽い女なら
すぐに落とせてしまうほどの男だとは思った。

身長は太盛よりずっと高くて、おそらく175は超えている。
長い前髪の間から除く瞳は、とにかく知的で優しい感じがする。
話し方も高校生とは思えないほど落ち着いている。

一言で言うと、若いエリートサラリーマンの雰囲気。
能力以上に人望で会長職に選ばれたのが分かる気がした。

「少し疲れたから、午後はここでお昼寝してもいい?」

「もちろんだよ。邪魔にならないように僕は自分の部屋に戻るからね。
 好きな時間まで寝ていて構わない。お風呂やベッドも
 別室に要してあるから、泊まり込みも可能だからね」

ナツキが上流階級を思わせる品のある動作で
皿片づけをし、扉を綺麗に締めた。
マリエは、やっぱりスイーツを頼んでからに
すればよかったと思いながら、
ソファのクッションに顔をうずめて寝た。




強制収容所での生活から一変して副会長室を手に入れたマリー。

ナツキは返事を急がなくていいと言っていたが、
遅かれ早かれ生徒会の一員として働く身になることだろう。

地獄から天国へと送られたのか。
いや、あるいは更なる地獄へと招待されたのかは分からない。

彼女はナツキの護衛達に『マリー』と呼ばせることにした。
マリエとしての自分は、七号室に置いてきたつもりだ。

囚人仲間は今も苦しんでいるはずなのに
自分だけが楽をしていいのかと思うと胸が痛くなる。
だが人間は快適な生活を味わってしまうと後に戻れなくなってしまう。

彼女はここで自由にシャワーを浴びれたし、
好きな時間に食事をすることができた。

ケーキやチョコレートなど甘いものが
こんなにもおいしく感じたことはなかった。
授業に出る必要もない。

「マリー様、入ってもよろしいでしょうか。
 生徒会のお仕事の件でお話があるのですが」

「おっけー」

マリンが明るく返すと、ドアを開けてナジェージダが入って来た。

「マリー様ハ、生徒会の組織を詳しくご存じないかと思いましテ、
 こちらに分かりヤすい組織票をご用意させていただキました」

ところどころで日本語のアクセントが狂っている。
問うまでもなくロシア系なのがマリエには分かった。

日本語はピッチ(高低)でアクセントとリズムを作るが、
露語など欧州言語はストレス(破裂音)でリズムを作る。
さらに露語はアクセントの母音を伸ばす傾向にあるのを
マリエは知っていた。

人の言語とは、言うなれば演奏している楽器の種類が違うのだ。
話す音が楽器の音色だとしたら、文法規則は譜面のごとし。
(少し違うだろうか…)

「Вежливые, благодарю
 вас очень много」
(ご丁寧にどうもありがとう)

「Ну черт Как вы слышали
 Россия тогда говорить о.」
(あらすごい。聞いていたとおりロシア語が話せるのね)

マリーは自分でも気づいていなかったが、
ロシア語の発音が格段に向上していた。

それこそネイティブのナージャが聞いても違和感がないほどに。

収容所生活で露語の発声練習を繰り返し(強制)
看守らの露語を日常的に聞いていたことで
リズムとイントネーションが頭に入っていたのだ。

(なお、これは小説の設定であり、
 実際に発音がうまくなるのは最低でも二年以上はかかる)

ナージャは長い金髪を後ろで束ねている。
長身。小顔。モデル体型。

制服越しにも腰がくびれているのが分かる。
近くに寄ると香水の匂いがするロ系の美女だった。
あまりに落ち着いた雰囲気なので本当に高校生かと思った。

マリーはプリントアウトされた紙をよく読んだ。

学園ボリシェビキの支配者である『会長』その下に『副会長』
この学園における最高位の意思決定を行うための地位である。

今までミウの横暴を見逃し続けたナツキの失態により、
副会長が支配体制の実権を握っていた時期が続いた。
現在の副会長のポジションは不在である。

彼らの下に三つの委員会(部)がある。

・中央委員会    (校長)     
・諜報広報委員会 (トモハル)
・保安委員会   (イワノフ)

『中央委員会』は、学内の校則(法律)を制定する機関である。
月ごとに定例会議を行ない、意見を出し合い、
会長や各委員の代表が出席する本会議に提出する議題を考える。
主な法案を提出するのはここだ。

かつて存在した組織委員会は解体され、中央委員に組み込まれた。
組織委員の本来の仕事である学内の管理業務は、中央委員が行う。
各収容所を監視するための看守は、ここから派遣される。

業者に収容所の建築を依頼したのも彼らである
7号室を始めとする収容所の建築費用の
見積もりから、内部のレイアウトも担当した。

中央委員部は特に頭脳を必要とする部署とされており、
校長は貴重な大人ボリシェビキとして重宝されていた。
革命裁判時に必要な人材もここから出されることが多い。


法を執行する頭脳となる機関が『保安委員会』である。
下部組織に実働部隊となる執行部がある。

拷問の方法を決めるのは保安委員会。
生徒を拷問するのは執行部員である。
ここからも収容所へ監視役として人員が送られる。


内部犯の取り締まり、スパイの摘発を主導するのが
『諜報広報委員会』である。

諜報部と広報部をまとめている機関である。

諜報部の活動は、学内の防諜活動を主とする。
取り締まりの対象は、教員を含む
学園の全ての関係者とその親族にまで及ぶ。

生徒会に支配に耐え切れず、不登校になった生徒の
自宅訪問から親族への脅迫も担当する。
学校外での仕事は、栃木県の秘密警察と
共同で行うことが推奨されている。

広報部は学園の宣伝活動を担当する。
次年度以降の新入生歓迎のための宣伝。
また生徒会の闇が外部に知られないための工作。

共産化教育を促すための全校生徒へ配布する冊子、
電子メールの作成、推奨書籍の検分。
ソ連の軍事パレードを模倣した体育祭など
イベントの計画、実施など。

この学園は法人経営だが、年度ごとの予算は自治体
(この作品の栃木県は共産主義に支配されている)
から多額の援助をもらえる。
収容所に鉄条網や監視塔があるのはそのためだ。

現在人手不足なのは、諜報広報委員部と中央委員部であった。

アナスタシアがスパイとして逮捕されて以来、
諜報広報委員部は腐敗した組織として内部粛清が相次ぎ、
人手の補充が間に合わない状態だった。

中央委員部も委員長の校長がミウに粛清(入院した)
されたので新しい人材が入ってこなくなった。

「校長はもうすぐ復帰するわ」

「そうなんですか?」

「ミウが消えたからネ。
 あの人はミウを恐れてずっと病院にイた」

ナージャはどちらかの委員を選んでほしいとマリエに言った。
いよいよ本格的な勧誘である。
しかしマリエには、大まかな組織図が分かっていても
細かい仕事内容まで文章から想像できない。

なにより内容が学校ではなく国の行政機関のレベルである。
明らかに高校生の生徒会の次元を超えている。

「職場見学しテから決めてもイイヨ」

「えっと、じゃあそうします」

礼儀正しいナジェージダには、
マリーも不思議と悪い気はしなかった。

ナージャは前代の会長から副官を続けていたこともあり、
人の心を誘導するのは得意だった。




中央委員部は校長が戻ってから息を吹き返した。
彼も組織の長であるからには、
膨大な仕事に追われる身である。

男女半々の人員が配置された中央委員部は、
総勢で20名にも満たない小規模な組織だった。
(保安委員部が約70名。
 諜報広報部は新規参集者を集めて40名を超えた)

11月の下旬に差し掛かった。
まもなく学園が年末を迎えようとしている。
来年度に向けて問題は山積みであった。

中央委員部が処理するべき事案は下記の通り。

・新年度の予算案(4月)
・7号室の囚人の管理
・6号室の囚人は一部開放するべきか
・卒業生への対応
・来年度の新入生の人数
・在校生の弟妹、いとこなど親戚の子供の強制入学
・外国から入学者の募集
・そのための告知、ビラの布告、テレビ、ネットを使用した宣伝

「さてと。まずは卒業生への対応ですな」

禿げ頭が光る。校長。職務に復帰である。
折れた歯は入れ直し、砕けたあごは整形して直した。

休職中に起きたことは部下から報告を受けたので
おおむね情勢を把握していた。
複雑な情勢を瞬時に理解するところは
さすが校長の地位にある人間だとして委員らから称賛された。

「毎年1000名規模の人間が卒業するわけですから、
 彼らの思想をきちんとチェックしなければなりませんな?」

ちらっとトモハル委員を見ていった。

今回は中央委員部で開かれた小さな会議であり、
会長や各委員部の代表は呼ばれないのだが、
参考人としてトモハルが招集されていた。

校長は久しぶりに職務に復帰することもあり、
アナスタシアの後任として諜報広報委員の長に
選ばれた相田トモハル委員を試す意味もあって質問したのだ。

「無論であります。冬休み明けに彼らに対し
 ペーパーテストを実施いたします。
 また4万文字以上の社会主義論文を書いていただきます。
 それが書けないようでしたら、
 思想的に軟弱だと言わざるを得ません」

「ほう」

校長はにやりとした。

「4万文字以上の論文とは驚いた。
 大学の卒業論文のようなものかね?」

「そのようなものです。こちらが納得できる内容が
 書けない場合は、マルクス・レーニン主義者として認められません。
 わが校は資本主義のスパイを卒業させるわけにはいかない。
 その場合は6号室にぶち込んでじっくりと、
 軟弱な思想が変わるまで拷問をします。
 それから卒業していただきましょう」

校長はよほどトモハルの話が面白かったのか、
両手を叩いて褒めたたえた。

「アキラ君の時代でもそこまで徹底してなかったな!!
 彼の時代は直接生徒会に逆らわない人間は放置し、
 好きに卒業させていた。ミウは彼女が個人的に
 気に入らない人間を拷問していた。奴らは拷問が趣味だった」

校長は、ナツキ新会長が、この一年生のボリシェビキに
光るものを感じていたという理由がよく分かった。
トモハルは、ボリシェビキとして『徹底している』

権力を手に入れても公私混同せず、
革命の継続と防衛のため、
生徒から容赦なく人権を奪う。

(まさにラブレンチー・ベリヤ。すなわちスターリン時代の
 大粛清を担った内務人民委員の長官を彷彿とさせる。
 あるいはニコライ・エジョフかね?)

校長は個人的な好意でトモハルに握手を求めたら快諾された。
校長が利害の関係なしに生徒を気に入るのは珍しいことだった。

他方、そんな彼らのやり取りを黙って見守っている中央委員の人間らは、
みな学園を代表するエリートであり、ボリシェビキでなければ
日本の最高学府にさえ進学できるほどの人材であった。

現にマリエはこの小さな会議室のテーブルに居並ぶ人材が
ただ者ではないことを悟っていた。

眼鏡をかけている女性がマリエの隣に座っていた。
黒髪の三つ編みで一見すると地味だ。
油断のなさそうな顔で、ノートPCに校長らの会話をメモしている。

彼女の背筋はぴんと伸び、高速タイピングする音が
大きく響くので、マリエは何度も彼女を見てしまった。

「議事録の内容が気になるのでしたら、
 ご覧になりますか?」

「い、いえ。けっこうでございます」

マリエが緊張して言うと、女子はすぐにPCに
目を戻して校長に苦言した。

「校長閣下。歓談されるのもほどほどに。
 6号室の囚人の件が急務なのをお忘れなく。
 なんのために諜報委員部から相田委員をお呼びしたのですか」

「う、うむ。そうだったな」

校長はまるで奥さんに叱られた夫のような態度で

「トモハル君に頼みがあるのだが、我々中央委員部は
 6号室の一部囚人を解放するべきだと思っている。
 具体的には2年1組で収容されている者たちだ」

「2年1組というと、堀太盛氏やミウ氏らのクラスでありますね」

「そうだ。あのバカ女の勝手な判断で彼らはクラスごと
 収容所に送られた」

今作でも2年1組はクラスごと収容所に送られていた。
愛する太盛さえ容赦なく拷問したミウへの反抗心から、
橘エリカが中心となって反生徒会的な
機運が高まりつつあったのを理由に収容所送りにした。

「そちらの委員部へすでに報告書を送っていると思うが、
 ご覧になったかね? 例の女、井上という少女だが」

「井上マリカ殿はぜひとも
 中央委員部が欲しがる人材でありましょう!!
 彼女の聡明さとカリスマは我が学園の宝です」

つまり『井上マリカ』の勧誘の件であった。

6号室へ収容された生徒達をまとめあげ、
人徳による凄まじい人望によって
民主的に独裁者になったという恐ろしい少女である。

(そんなにすごい人なの?)

マリエが初めて純粋な興味を示した。
正直この会議に参加しても
無駄に緊張するだけで何一つ面白くなかった。

しかし愛する太盛のクラスに有名人の
少女がいたとは意外だった。
しかも民主的に独裁者になるという
聞きなれない表現にも惹かれた。

「マリカの写真があるんだぜ。見てみるか?」

向かい側のテーブルに座る男子に声を掛けられた。
高校生だから当然なのだが、明らかに若い。
襟(えり)章をみると、マリエと同じ学年だった。

「顔は普通だね……」

「ああ、まあどちらかというと可愛い方だけどよ、
 一度しゃべりだすとカリスマが止まらねえんだ」

理性的な人間がそろう中央委員にしては、
粗暴な話し方をする男だった。
だらしなく髪を伸ばしており、濃い茶髪に染めている。
どう見てもチャラ男ルックのこの男は、おしゃべりだった。

「俺がこの前6号室の防諜活動をやったんだが、
 あいつらすっかり指導者に骨抜きにされやがって。
 アホみてーにマリッカ、マリッカ様ってコールしやがる。
 オバマ大統領の就任式でもあそこまで盛り上がらなあかったね」

「へ、へえ」

「おまえさんも一度会ってみるといい。
 良い意味でも悪い意味でも刺激になるぜ? 
 俺はぜひともマリカをガッチガチの
 ボリシェビキにしてみてえんだ」

すると、例のメガネをかけた女子が咳払いした。

「モッチー。今は仕事中だからその辺にして」

「へへ。分―ってるよサヤカ」

マリエは初めて二人の名前を知った。

山本 モチオ 通称モッチー(高1)
近藤 サヤカ(高2)

2人はカップルだった。

「ふははっ。生徒会内は恋愛自由ですからな」

校長が楽しそうに笑った。
昼間だというのにウイスキーのグラスを口に運ぶ。

「アキラ君(前会長)の時代からそうなっているのです。
 カップル申請書を会長殿に提出し、受理されれば
 正式な交際を始めてよい。そういう規則ですな」

「カップル申請書なんてあるんですか。
 どうしてわざわざ会長に許可を?
 自由に付き合ったらまずい理由でもあるんですか?」

「それはそうだよ君。学生の恋愛とは自由が過ぎるもの。
 相手の家柄や収入を考慮せずに、想いの力だけで
 恋できるからね。中には浮気ばっかりして
 女の子達を困らせている男がいたじゃあないか」

まさか、とマリエが眉をひそめる。


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