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作品名:斎藤マリー ストーリー 作者:なおちー

第4回    〜三人称視点〜
                      〜三人称視点〜

収容所七号室の設備は広大であり、
敷地内を四角く囲うように監視塔と鉄条網が設置してある。
鉄条網には常に高圧電流が流れている。

監視塔には機関銃を構えた監視兵が交代で見張っている。
昨夜、珍しいことに女子の脱走者が出てしまった。
執行部員と囚人が捜索したところ、
鉄条網に絡まった状態で死んでいたのを発見された。

第二バラック第四班に所属していた囚人だった。

公式発表では夜のうちに脱走しようとして鉄条網に近づき、
感電死したとされた。実際は違う。彼女は深夜奇声を発しながら
下着姿で鉄条網まで走ったのだ。手足に網が絡みつき、電流が流れ
続けた彼女の髪はついに燃えてしまい、やがて全身にまで燃え広がり、
最後は丸焦げの死体となった。

脱走者を出した連帯責任として、第四班の人員は彼女の墓を掘らされた。
敷地の外にうっそうとした林が広がる。林の少し先に見晴らしのよい高台がある。
「死者の丘」と呼ばれた。そこの土の中に死体を埋めておくのだ。

ボリシェビキは反共産主義者には容赦しない。収容所の囚人に
人権がないのは分かっている。それでも若い高校生達に仲間の死は
耐えきれるものではなく、嗚咽しながらスコップを握るのだった。
地面に涙がこぼれ落ち、鼻水を囚人服の袖でぬぐう。

「おぉーい、こっちにも二体いるからな。ついでに頼むぞ」

男子の執行部員たちが、大きなタンカに乗った死体を運んできた。
死体は黒い袋にくるまれていた。

都合の悪いことに、学園地下の拷問施設からも
昨夜2名の死者が出たという。
地下は学園の敷地内にある最も過酷な場所として知られ、
ミウ副会長のお気に入りの場所だった。

マリエたちのいる収容所七号室は、本来なら野球部が
使用する寮を改築した物であり、学園からは車道を
挟んで700メートルほど離れた場所にあるのだ。

ひとつのタンカを男四人がかりで運んでいるが、
死後硬直した死体は重い。さすがに息が切れていた。

タンカを降ろすと、男達はすぐに去って行った。
これで死体が二体追加された。
女の力で合計で三人分の墓を掘ることになった。

人がすっぽり入るほどの穴を掘るのは骨が折れる。
しかも男子の死体は体格が良いので余計に苦労する。
掘れば掘るほど土の感触が硬くなっていき、
土に埋もれた石に当たるとスコップが跳ね返される。

「腰痛いし、あついよぉ。こんなに汗かいちゃった」
「がんばれ。負けるな。あと少しだよ」

弱音を吐きたいのは誰だって同じである。
人によって口に出すか出さないかの違いはあるが。

「しばらく雨が降らなかったから
 土が硬くなってるようだな。これを使え」

監視役の執行部員が水の入ったバケツを寄こした。

「スパシーバ」

女子の囚人はロシア語で礼を言い、土に水を掛けた。
柔らかくなった部分をスコップで掘り進めていく。
長靴が泥で汚れていき、スコップではねた土が囚人服のズボンにかかる。
袖をまくった腕に玉汗ができていた。
少しずつではあるが、長方形の大きな穴が完成していった。

死体袋は監視役の人が開けてくれた。

「う……」

水ぶくれした死体だった。いったいどんな方法で拷問されたのか。
紫色に変色した皮膚がただれており、耐えがたいほどの臭気を放っている。
この匂いには、監視役でさえハンカチを鼻に当てるほどだった。

見た目の残酷さが半端ではない。なぜか顔は微笑んだ状態で死んでいる。
ぱんぱんに膨らんだ頬。半開きの口から歯が見える。
エイリアンか、異星人のような顔つきだ。
彼の顔の恐ろしさはここにいる全員の夢に出てくることだろう。

これから目の前のおぞましい死体に触れなければならないのだ。
我慢しきれなくなった囚人の一人は穴の中へ吐いてしまった。
ゲロの匂いにつられて、別の囚人も続いた。

腐臭と嘔吐物の混じった匂いが、あたりに充満する。
マリエは鼻をつまみ、呼吸を止めて嘔吐感を押さえた。

これが連帯責任。死体の処理の仕事も立派な拷問だ。
四班の女子達は軍手を渡されているから、
死体に直接触れることはないのが救いだ。

二人で死体の両手と両足をそれぞれ反対側から持ち、
胴体を軸にブランコのように行ったり来たりをさせて
勢いをつけ、穴へ放り込む。

地面の土をかぶせて固めた時には、つい手を合わせて
祈りたくなってしまう。だが後ろで見張っている執行部員に
見られたらと思うと何もできない。

感電死した女子の囚人は、いわゆる模範生で口数は少なかった。
彼女が昨夜何を思って自殺をしたのか。
男子2名の死体も何の罪で拷問されたのかなど、
質問したところで答えてもらえるわけがない。

墓標もなければ、花も添えられない。

斉藤マリエはこの地獄の中での生活を余儀なくされていた。
一人でないのがせめてもの救い。
一年の進学クラスがまるごと収容されているから数だけはいる。

七号室は泊まり込みの生活を送るので男女は別々に収容されている。
女子の収容所だけで100名近くいる。

マリエの所属は第二バラック、第三班である。
第二バラックには全八班、
総勢48名(現在は47名)が収容されている。

ここが一番人数の多い棟だった。他に第一、第三棟があり、
全部で三つの棟に囚人が分散されて収容されているのだ。

こうして大勢の囚人仲間と過ごす夜にすでに新鮮さなどなく、
娯楽もないので退屈なものだ。囚人らは同じ日々を繰り返す
生活の中に新しい刺激を求めるようになった。

22時の就寝時間を過ぎると収容所内の明かりは消される。
廊下と事務室、管理室、トイレ以外は全ての明かりが消されるのだ。

「学園を卒業出来たら何がしたい?」
「美味しいものが食べたいな」
「私は都内にショッピングに行きたい」
「あたしは彼氏が欲しーな」
「家にある漫画の続きが読みたい」

就寝時間中に小声で話し合うのも慣れたものだ。
あまり大きな声を出すと盗聴器に引っかかるので、
本当に蚊の鳴くような声で話し合っていた。

軍隊でいうところの野戦病院を連想させる広大な空間に
等間隔でダブルベッドが並んでいた。生徒会ではベッドルームと
呼ばれるが、そんな可愛い雰囲気ではない。

ベッドの間隔が狭いので息苦しい。
上のようにささやき合っても隣のベッドに聞こえるほどの
距離である。文字通り寝るための場所であり文化的な楽しみはない。

就寝前の15分で日記を書く規則なので、
みなが当たり障りのないことを書く。
日記は月末に班ごとにまとめて看守へ提出するのだ。

中には立派な文章を書く囚人がいて、看守から称賛されていた。
ボリシェビキは文章表現力を重視する傾向にあるのだ。

マリエはダブルベッドの下で寝る。
彼女が望んだわけではないが、収容された順で決まってしまうのだ。
上で太っている女子が寝ているので、寝返りのたびに
ギシギシと不愉快な音を立てるのが地味にストレスだった。

マリエは布団をはいで、スリッパを履いて立ち上がる。

「マリエちゃん、こんな時間にどこ行くの? 脱走?」
「そんなわけないでしょ。トイレだよ」

収容所内で脱走ネタのジョークが流行していた。
もちろん彼女らに脱走する勇気などない。

男子の収容所では毎週のように脱走犯が捕まり、
想像を絶する拷問で死者さえ出ていると聞いている。
女子達は危険を冒すよりは模範囚として
卒業を待つ方が賢明に思えた。

パタパタパタ。
廊下を始め収容所内はスリッパを履いて移動することが
強制されている。歩くたびに独特の音がする上に
運動が制限されるから脱走防止にもってこいなのだ。

トイレの近くに階段とエレベーターがある。
マリエたちの就寝場所は二階にある。ちょうど
階段から看守が昇ってきて、廊下のマリエと鉢合わせした。

「ハラショー。可愛い囚人がいるぞ」

男性の看守が二人。女性も一人いる。
マリエにとって女子の収容所に男性看守(執行部員)が
いるのは不愉快だった。俗世間風に例えると女子寮に男子が
いるのと同じだ。挨拶もせずにトイレに入ってしまう。

用を済ませた後、何気ない顔で就寝場所へ戻ろうとしたが、

「おい」

後ろから肩をつつかれた。

「オマエ、ミウ閣下のご友人に殴られただろ?
 痛かっタダロ。怪我してナイか?」

舌を大げさに巻く露語訛りの日本語だ。
マリエはこのアクセントを聞くたびにゾッとしてしまう。
相手の日本語が聞きたくないので英語で返した。

「どんにーど、うぉーり、こみさーる、あいあむ、ふぁいん」

「すごいな。囚人で英語を話す奴がいるとは」

180センチ以上ある長身の看守は手を叩いて称賛した。
マリエは英語が堪能なわけではないが、経験から
ひらがなっぽく発音したほうが外人には通じることを知っていた。

今度は隣にいる、対照的に背の小さい男性看守が
デタラメなアクセントの日本語で語り掛けた。

「まだ夜ノ10時すぎダゾ。ウォッカを用意シてアる。
 オマえも飲ムか?」

「ニィエート」

「そういうな。オマエは模範囚。ソ連人。
 チュイコフ将軍の残しタ言葉ヲ知ってイる」

マリエは酒など見たくもなかったので、せめて
救いの手を差し伸べてくれる可能性のある女性看守を見つめた。

「ヴァス? ビッテビッテ。
 ヴァルコム、コメンジィニヒト? 
 ゲエンヴィア ビイア トリンケン」

(え? 聞いたことのない言語だけど英語に似てる)

ドイツ語だったのでマリエには理解できなかったが、
グラスを飲むジェスチュアから、何となく酒に誘われているのでは
ないかと思った。仕方ないのでおとなしく着いて行く。

実は囚人が看守とお酒を飲むなどあり得ないことなのだが、
マリエは早く酒盛りが終わって寝ることだけを願っていた。

「オサけ、ガニガテ なら、ジュースのム?
 ジンジャーエル、ある」

女性看守の日本語はドイツなまりがひどすぎて、
ほとんど聞き取れないほどだった。あとで生まれを聞いたら、
ドイツに移民したポーランドの家系だという。
高校生の時に熱烈なボリシェビキに目覚めたそうだ。

着いた場所は、同じ階の談話室である。
夜は立ち入り禁止なのだが、彼らは無断使用している。
看守らは無謀にも食堂にたっぷり用意された副会長用の
お酒を拝借し、ここで飲み始めた。

テーブルにはワイン、ウオッカ、ウイスキーのボトルが並ぶ。
マリエにはジンジャエールをワイングラスに注いでくれた。

マリエはあきれてしまった。
鉄の規則を遵守し、相互に監視し合っている
はずの看守たちがこんなにも職務怠慢になっている。

「あとで上の人達に怒られないの?」

「ダイジョーブ」

背の高い男看守が言った。

「副会長殿、食堂で友人ヲ連れテお酒飲んだ。
 あれも、キソクイハン」

「ソウ、ソウ。会長にばれたら、セイサイ対象」

ミウの横暴が度を越したので、部下たちの規律が緩んだのだ。
実際に太盛との食事の件は会長のナツキには何の報告もされていない。

副会長の地位にあるものが7号室の囚人と食事をするのも
前代未聞であり、生徒会の威信に関わることである。

(それでも堂々とお酒飲めるのはキモが座ってるな。
 外人てみんなこんな軽いノリなのかな?)

彼らは夜勤のシフトらしいが、
勤務中なのに平気で酔っぱらっている。
明るく楽しげで、ボリシェビキらしい陰気な感じはしない。

うれしいことに、彼らもミウを嫌う点においてマリエとは同志であり、
ミウのいじめのターゲットにされたマリエに同情して酒盛りを
してくれているのだ。たとえどんな過酷な環境で生活していても、
人の優しさに触れる機会はあるのだから、人生とは不思議だ。

マリエもそれならと思い、ワインを少し頂くことにした。
少しづつ口になじませるようにして飲むのだと教わると、
苦い中にもコクというか、おいしさを感じた。

すぐ酔ってしまって色白の顔が真っ赤になった。
この看守三人組は不思議なことにマリエに
全く悪意がないことが分かったので少しうれしかった。

彼らはロシア語で盛り上がってしまったので、
日本人のすっかりマリエは蚊帳の外である。
だが、彼らはマリエがボーッとするのを邪魔することもない。
明るくて居心地の良い空間なので嫌ではなかった。

テーブル上のろうそくの明かりだけに頼る談話室の
雰囲気は幻想的だった。ゆらゆらと燃える炎を見つめると、
少しだけマリエのさび付いた心を癒してくれる気がした。

小さなカラーボックスがあり、
4サイズのぶ厚い漫画雑誌が置かれていた。
青年向けのエッチな漫画雑誌ばかりだったが、
収容所生活を送っているマリエにはすごく新鮮に感じた。

マリエはテーブルに頬杖を突きながら、小さなため息を吐いた。

(太盛先輩はあれからどうなったんだろう……。
 私が考えても無駄か。ミウが先輩を拷問するわけないし)

マリエは夜の12時過ぎにベッドルームに戻って熟睡した。
看守たちが名残惜しそうに手を振ってくれたのがうれしかった。




〜ナツキ生徒会長の元にミウの悪事の報告が入る〜

ナツキは直ちに会議を開いた。
集まったのは下記のメンバーである。

会長        ナツキ
副官        ナジェージダ
保安委員      イワノフ
諜報広報委員部より トモハル

たったの四名。
例によって副会長兼、組織委員長のミウ、
中央委員長の校長らが不在のためこうなった。

ミウが引き起こした太盛への拷問。
すなわち今回の私的な制裁について、

「実に理解しがたい」

とイワノフは言う。

太盛は尋問室の椅子に縛り付けられたまま放置された。
放置は6時間にわたった。
その間トイレに行くことはできないので
排泄はそのままの態勢で済ませた。

汗と排せつ物の混じった凄まじい匂いが部屋にこもる。
部屋に暖房はない。
汚物で汚れた下着とズボンがだんだんと冷たくなっていき、
そのせいでさらに尿を漏らしてしまい、体温が奪われる。

部屋に人が入ってくる気配はないが、監視カメラ越しに
何者かに見られていることだけはわかった。

同じ姿勢を長時間維持したことで手足の関節は固まり、
やがて悲鳴をあげるようになる。
苦しみから泣き叫んでも監視カメラ以外に
彼を見ているものはおらず、精神的な苦しみが限度を超える。

『ただ動きを封じただけ』

音楽準備室のように完全防音が施された6畳ほどの部屋は、
太盛の精神を蝕むには十分だった。

太盛がへらへらと笑い出し、歌を歌い始めたのは
放置が始まって4時間が経過した時だった。

ミウは自分への恐怖をたっぷり植え付けることができたと
満足し、太盛を風呂に入れてから12時間以上の睡眠をとらせた。

そのあとが地獄だった。

「虫地獄」

ミウが名付ける新しい拷問がある。
成人男性が一人入れるほどの大きさの水槽がある。
その中におよそ200匹以上の生きたゴキブリを入れる。
そのこへ、人を入れる。

入ったのはもちろん太盛だ。
全裸で身を守るものを持つことは一切許されない状態で、
水槽の中に横たわるように命じられた。

太盛は、水槽の中で一時間の放置を味わった。
水槽の上部には空気穴が無数に空いているため
呼吸に困ることはないが、
強化ガラスのために中から力で壊すことはできない。

太盛は体力の続く限りゴキブリを拳で殴り、
握りつぶすなどしたが、きりがない。最後は疲れ果てて
ゴキブリに囲まれたまま時間が過ぎるのを待つしかなかった。

体中で動き回る黒い物体。ぬるぬるした感触。
足のつま先でもしっかりとゴキブリの這いずり回る動きが感じられる。

髪の中に侵入し、口へ侵入し、パンツの中へ、
肛門の中へさえ入ろうとしてくる。

独特の匂い。カサカサと細かく動き回る音。圧倒的な生理的嫌悪感。
いくら抵抗しても、ゴキブリが動きを止めてくれることはない。
だから諦めるしかなかった。そして認めるしかなかった。

自分はこんなにも取るに足らない存在だったのだと。
百を超えるゴキブリに囲まれて狭い空間にいるのが当然なのだと。

人は発狂することにさえ疲れると、全てを諦めてしまう。

「やっほー。太盛くん」

水槽のすぐ外の世界では、ミウが笑顔で手を振ってくれた。
もはや太盛には絶望しかなく、殺意さえ沸かなかった。
このままミウのおもちゃにされ、飽きたら殺される。
みじめな自分の運命を静かに受け入れてから表情は完全に失われた。

『太盛君がマリーを殴らなかったから』

ただそれだけの理由で彼は拷問されていた。
あの時嘘でいいから、愛想笑いをしたり冗談を言っておくべきだった。
ミウは何よりも太盛に否定されることを嫌う。
もちろん太盛は知っていたはずだった。だができなかった。

狂ってしまった太盛は、髪の中にいるゴキブリを一匹つかみ、
むしゃむしゃと音を立てて噛んでみた。だが、ゴキブリはしぶとい。
ぶーんと跳ね音を立てて、ゴキブリが口から逃げていった。

ゴキブリは水槽の中から出ることはなく、
狭い空間を行ったり来たりしていた。

『良かったらこれも食べてみる?』

ミウはさらにムカデが満載されたバケツを手に持ち、
太盛に見せびらかして楽しそうに微笑えむのだった。

ナツキらは、諜報広報委員部の部下が撮影した動画を
会議室で観ていた。斎藤マリエが理不尽ないじめを
受けているシーンでは、ナツキとトモハルが憤慨した。

「おそらくみんなが僕の提案に同意してくれると思う」

ナツキが提案したのは内部粛清である。

対象はもちろん高野ミウである。

彼女から全ての権利をはく奪し、後任の副会長と
組織委員長を選び、新たな生徒会を組織することである。

「しかしながら、現在深刻な人材不足でありますが」

イワノフの指摘は正しい。アナスタシアや校長を失って尚、
ミウを失うとなれば、次なる幹部候補を見つけるのは難しい。

求められるのは、生徒会の組織の中核を担うに値する人間である。

「それでも!!」

トモハルが吠える。

「内部粛清は迅速に行うべきであります!!
 恐れながら、私はすでに部下にある命令を出しておきました!!」

この一年生のボリシェビキが語ったのは恐るべき内容だった。

諜報広報委員部はすでにミウの親衛隊を
買収するか、あるいは逮捕した。

ミウの権力を象徴しているのは、副会長の地位以上に
幹部に昇格する前から所有していた私的護衛団(若干12名)である。

トモハルは事前に張り巡らせたスパイ網。
『生徒会内の反乱分子を摘発するための組織』によって
実は親衛隊の心がミウから離れつつあることを知った。

本当にミウを慕っているのは初期メンバーを含む一部
のみであり、他の者は常軌を逸した拷問を
繰り返すミウの狂気に耐えられなくなっていた。

トモハルは裏工作により護衛の半分を自分の組織に組み入れ、
抵抗する者は毒殺、爆殺などあらゆる手を使った。
文字通り本当に殺害した。

「失礼します」

ちょうどトモハルの部下が、麻袋に入った物体を
会議室へと運んできたところだ。
麻袋の中は人が入っているようで、もぞもぞと元気に動いている。
縄で縛られているので自由に出ることはできないようだ。

「中に入っているのは副会長閣下であります」

「な……」

ナツキとイワノフは絶句した。
まさに内部粛清の会議をしていた最中にすでにミウが捕らえられた。

『あのミウが』すでに自由を失っている。

信じられないという彼らの顔を察したのか。
麻袋から中の人を乱暴に取り出した。

ミウは、手かせ足かせをはめられた状態で床に転がった。
毛先にクセのついた外人っぽい髪。
小顔で人形のように整った目鼻立ち。

口に枷をはめられていても、間違いなく高野ミウ本人なのが分かる。

「こいつをどうしましょうか」

トモハルが会長に問うた。
なぜ自分に訊くのかと、思っても口に出さなかった。
ミウの内部粛清の件は、会議で話し合うまでもなく
トモハルの独断で段取りが進んだ。

ミウの悲惨な姿を見てナツキの心に迷いが生じる。
かつてミウと恋人だったことがあるのだから無理もない。

「では自分が殺します」

とナージャが提案した時は寒気がした。

「会長の許可もなく何を…」

イワノフが控えめに言うがナージャは引かない。

「仮に収容所とかに入れるわけにも行かないでしょ。
 他の囚人に対して示しがつかない。内部粛清は
 迅速に確実に。ここで殺しておくのが一番」

ナツキが待てという暇もなく、ナージャは
携帯していた毒薬をミウに無理やり飲ませた。
青酸カリのカプセルである。

「うーうー」と苦しそうにミウが体を暴れさせるが、
力なく首を下げたかと思うと絶命した。

生徒会の影の支配者と呼ばれた一人の少女は、
17歳でその人生に幕を閉じた。





ナツキが斎藤マリエに会いたいと思ったのは偶然ではなかった。

生前のミウがマリエに対してライバル心を
むき出しにしていたことはよく知っている。

校内でも斎藤の美貌は知れ渡り、
特に三年生にファンが多かった。

彼女の魅力は決して異性限定ではなく、同性にも人気が
ある本物のアイドル。それがミウとの違いだった。

「し、し、しつれい、いたします」

会長の執務室へと呼ばれたマリエは、それはもう緊張していた。
彼女はミウの死など知らないから、きっと会長を口説いたミウ、
が今度こそ自分を拷問するのだろうと思っていた。

死ぬ覚悟はとっくにできているはずだった。
それなのに、いざ会長室の扉をくぐろうとすると
足がすくんで呂律が回らなくなってしまう。

死への恐怖は誰にもである。それが訓練された兵隊でも当然だ。
マリエはじわじわと拷問されて殺されることを一番恐れていた。

どうせ殺すならば、一撃で首を落としてくれれば助かる。
それこそ、フランス革命の最中ギロチン台に
立たされたマリー・アントワネットとその伴侶ルイのように。
だがミウの性格からして想像を絶する拷問をされる可能性が高い。

「こんにちは。斎藤さん」

(斎藤さん……?)

囚人なのに名字で呼ばれたことを不思議に思う。
生徒会の最高権力者であるこの美少年と
話すことさえ初めてである。

「ミウの度重なる粗相について報告を受けているよ。
 僕は君に謝らないといけないね」

さらに不思議なことに、ナツキは会長のイスに座ってもいない。
わざわざ扉のすぐ前で立って待っていてくれた。
そして腰を深く折って頭を下げるという、日本式の謝罪をしてくれた。

回転が追い付かない脳でマリエはなんとか言葉を発した。

「な、なんで?」

「君は僕をどう思っている? ボリシェビキだから冷酷な人間だと思うか。
 間違ってはいないよ。だが悪いことをしたらきちんと
 謝るのは人として当然のことだ。ミウが君にやったことは、
 ボリシェビキとして正しくないことだった。だから謝った」

「私は」

「うん。なんだい?」

ここでマリエはしばらく言いよどんでしまったが、
ナツキは待ってくれた。急かすこともなく、にらんで
威圧感を与えるわけでもない。だからマリエは言葉を続けられた。

「今になって謝られても……
 はっきり言ってそんなにうれしくありません。
 私がどれだけミウを憎んでいるかあなたに想像できますか?」

収容所7号室での生活を経験しているマリエの
ボリシェビキに対する恨みは深い。
今目の前で話している相手はその組織の最高権力者なのだ。

「ミウは部下からも信用を失っていましたよ。
 横暴が過ぎたせいでね。あなたは会長のお立場なのに
 部下の管理ができてないんじゃないですか?」

マリエは、この時点でナツキが自分に対して
敵意がないことは悟ってはいたのだが、
逆上させるのを覚悟で毒を吐き続けた。

「気持ちは分かる。座って話しをしよう」

「いやです」

「そう言わずにさ」

「生徒会の人と話す口を私は持っていません。
 拷問するのが目的なら早く拷問してください」

「誓って君を拷問しないと誓おう」

「信じられません。ボリシェビキはみんな嘘をつく。
 あなたはミウと仲良しなんでしょ?
 会長様も人を拷問するのが大好きな拷問狂なんだ」

「違う」

「拷問するんじゃなかったら、私を動けなくして
 無理やり犯す? 私に声をかけてくる地位の高い人は
 私の体目当てなんでしょ」

「僕がそんな下劣なことをする人間に見えるのか。
 これでもボリシェビキ内の女性から評判は良い方だ。
 アナスタシアからは紳士だと言われていたんだがね」

その瞬間、マリエが怒気を込めた眼でナツキをにらんだ。
アナスタシアと言えば、憎きエリカの姉。
奴の失態によって一年生の爆破テロ犯の計画が失敗に終わった。

マリエ達一年生組とテロを実現させていれば、
今ごろナツキもミウは確実に
この世から消し去ることはできたはずだった。

だから、その名前を出されただけでマリエは悔しさと
怒りで唇を強く噛むのだった。

「そこれを見てくれ」

ナツキはデスクにあるノートパソコンの動画を見せてあげた。
毒に侵され、ひどい顔で死んでいるミウの姿だ。
死んだことを確認するためにお腹にナイフが刺さっていた。

「は……?」

ナツキが丁寧に事の顛末を伝えると、
ようやくマリエは理解してくれた。

「ミウが許せなかったのは僕も同じだよ。
 彼女を副会長に任命したのは僕だ。
 任命責任は僕にある。
 だから君に謝罪しようと思ったんだ」

マリエの怒りはすぐに冷めた。
ミウは死んだ。確実に地獄へ送られた。
千年間、地獄の業火に焼かれて苦しみ続ける。

これ以上ないほどの愉悦。

自分でなく生徒会内部での粛清だったのは多少残念ではある。
彼女が収容所のベッドで寝る前に思い浮かべるのは、
ミウが無数の男に強姦され、拷問された末に殺される姿だった。

できるならミウの死体を気が済むまで痛めつけてやりたかった。
頭部を切断し、胴体を細切れにし、内臓をすべて
引きずり出して、どこまでもむごたらしくしてやりたかった。

「それより……」

「ん?」

「太盛さんはどうなったんですか?」

当然の疑問だった。
副会長のミウが死んだとなれば、
想い人である彼の安否が保証できない。

「あまり良い状態だとは言えないな。彼の身柄は
 諜報広報委員部で保護されているから安心し……」

「いいから早く彼に会わせて!!」

ナツキは言葉をさえぎられたことを気にした様子はなく、
マリエを別室へと案内することにした。
部下に任せず会長が自らである。

しかも護衛もつけずに堂々と廊下を歩いた。

「同志会長殿っ」「会長閣下っ」

廊下には等間隔で警備の人間が並んでいる。
ナツキが通ると背筋を伸ばして敬礼をしてくれた。

マリエは、ナツキの隣を歩くことを嫌って
10メートルも後ろから着いてきた。
それがナツキには少し悲しかったが、
態度には出さないようにしていた。

18にも満たない年齢の男子とはいえ、会長の意地がある。

「ここが本部だよ」

広さは普通の教室だが、内部が高度に電子化され、
執務に必要な机やパソコンや棚などが置かれている。
一種のオフィスと化していた。

指紋認証で扉が開く。どう見ても学校の教室の空気ではない。
何人もの人間が机に座って淡々と事務作業をしている。
電話が頻繁に鳴るので、多少は賑やかな職場(学校だが…)である。

「あそこにいるのは…」

マリエが目ざとく見つけたのは、事務机で書き物をしている
人間の中に太盛がいることに気づいたからだ。
太盛は手紙ほどの大きさの紙に赤いボールペンで何かを記入した後、
パソコンのキーボードに打ち込んでいた。

キーボードの横にずっしりと紙の束が積んである。
太盛はこの紙を処理するのが仕事だ。
ルーチンワークである。

「先輩!!」

とマリエが叫ぶと、太盛は作業を止めて片手をあげた。

元気そうだ。目立った外傷もなく、
普通に事務仕事をこなせているようだ。
マリエに笑顔を向けることすらできるのだから、
人間らしい感情を失っていないのが分かる。

しかし、決定的におかしいと思ったのは次の瞬間だった。

「あそこにいる女の子も生徒会のメンバーなんですか?」

太盛は隣の席の先輩ボリシェビキにそう言っていた。
先輩の人は返答に困り、愛想笑いをして済ませていた。

「あの、太盛先輩は何言ってるんですか。私はマリエですよ」

「マリエさんっていうのか。覚えやすい名前だね。
 俺のことを先輩って呼ぶってことは、君は一年かい?」

太盛は記憶を失っていた。

拷問後に保護された彼は、
なぜか自らをボリシェビキの一員だと自覚しており、
『自分から率先して諜報広報委員部へ入った』のである。

彼の主な仕事はデータ入力。諜報委員達が確保した教員から全校生徒の
親や親戚に関する詳細な情報をデータベースに入力するのだ。
彼のデスクに山のように積んである手紙サイズの書類は、
生徒の親族のプロフィールや経歴が記載されていた。

家族や親戚を人質に取る『必要がある場合』に必要なデータだ。
学内の反乱を防ぐためには、常に家族が人質に取られる恐れがあると
生徒達に認識させることが重要だ。

生徒会では生徒数の拡大を図るために、
生徒の弟や妹、親戚の子などを
学園に入学させるよう強制させていた。

「君は物静かな子なんだね」

太盛は人形のように立ち尽くすマリエにはすぐに興味をなくし、
またキーボードを叩く作業に戻るのだった。

「部屋に戻ろうか」

会長は馴れ馴れしくもマリエの手を引いて歩き出したが、
マリエにはそれを拒否する気力すら残っていなかった。


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