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作品名:斎藤マリー ストーリー 作者:なおちー

第3回   3
第3回   「次も失敗したら太盛君は尋問室行き決定だから」

サイトウ・マリエの視点

「今日はミウ様のご学友も観戦しておられる。
 手を抜くことなくスポーツに励むように!!」

言われなくても分かってるよ。
真面目にやらない人は警棒で殴られる。
副会長達がいてもいなくても同じこと。

ロシア人の女は声帯が違うからか、
ヒスっぽく聞こえてしまう。

『四番。ライト。斎藤マリエ』

私の名前がコールされた。
嫌々ながらも打席に立たないといけない。
ぶっちゃけ私は囚人になるまでバッドなんて握ったことない。
野球経験はゼロ。それは相手チームのピッチャーも同じこと。

私たちは収容されているバラックごとにチームを組まされている。
私は第二バラックのチーム。相手チームは第一バラック。
生徒会は棟のことをバラックと呼ぶの。

私の打席は内野ゴロで終わった。
一、二塁に走者を出していたのに期待外れの結果となった。
その回は無得点で終了した。

ベンチにいるミウが鼻で笑った。
奴の態度に殺意がわく。そうやって人を見下して楽しいか。
あんたが打席に立ったら打てるんだろうな。

太盛先輩は残念そうに目を伏せていた。

「ほらほら。どっちも頑張って戦いなさい。
 今日は私の太盛君も一緒に見てるんだから。
 ぶざまに負けた方に罰を与えるからね」

ミウの言葉に囚人全員が顔色を失った。
私は何としても勝ちたいと思ったけど、
緊張すると余計にミスを連発してしまう。

第一バラックの人の方が運動神経の良い人が
集まっていたのもあり、結果は4-2で私達の負け。

「さーて。負けた方はこっちに集まってね。
 買った方のチームはさっさと収容所に帰りなさい」

Aチームは早足で去って行った。
残された私達は委縮してミウの前に整列させられた。

「みんな、よく聞きなさい。
 あなた達がどうして勝てなかったのかを教えてあげる」

くだらない説教でもする気なのか。
私は寒さで屈辱で震えていた。もうすぐ秋も終わる。
試合終わりで汗かいているのにジャージ姿で寒風に耐えている。
ミウや生徒会のクズはコートを着ているのに許せない。

「あなた達に足りなかったもの、それは何が何でも勝とうとする意志だよ。
 例えばそこのあなた、レフト前ヒットを打たれた時に必死で
 ホームへ投げ返さなかったでしょう。結果、失点しただけでなく
バッターに二塁まで行かれてしまった」

確かにその通りかもしれないけど、八回の裏で失点したんだから
やる気がなくなるのも無理ないでしょ。
私達は野球部じゃないんだから、そこまで求めないでよ。

「経験が浅いとか、状況が悪いとか、勝てる見込みがないとか、
 そういったことは一切関係ない。何が何でも勝とうとする
 強靭な意志。意志の力が革命を成功へと導くのよ。
これが資本主義者に一番不足しているものじゃないの?」

意志の力? どこかで聞いたことのある言葉だ。
それはソ連よりむしろ…

「アドルフ・ヒトラーの言葉じゃない」

私の隣にいる背の高い囚人がそう言った。
言ってしまった……。

「おい」

ミウはその囚人の肩をつかむ。

「誰が途中で発言するのを許したの?」

「すみま…」

「私はジューコフ将軍やチュイコフ将軍がナチに勝った時の
 教訓として残した言葉を、あなた達に教えてあげようと思ったんだよ」

ミウは肉に食い込むほど強く肩を握っている。
囚人は恐怖で顔が引きつっている。

「それによりにもよってアドルフ・ヒトラー? ナチの親玉の名前じゃない。
 ボリシェビキの前でナチの話をするのは禁句だよ。ナチに関する単語を
 出しただけでもスパイ扱いされるのが分からないのかな?」

ミウはその子の頭を押さえて、地面へこすりつけた。
ちょうどその子がミウに土下座している状態になった。

「すみません……」

「口先だけの謝罪なんて無意味。聞きたくもない」

ミウはその女子の顔と髪の毛が泥だらけになるまで
足で地面へこすりつけると、執行部員に命じて連行させた。
行き先は高い確率で尋問室だろう。つまり拷問される。

「この中で」

ミウが後ろで手を組みながら、私達の周りを歩き出した。

「私が真に言いたかったことが分かる人がいるかな?
 ナチのブタ野郎どもにどうやって偉大なるソビエト連邦が
 勝利したか、そのために必要だった意志とは何だったのか。
 知っている人がいたら発言をしなさい」

後ろからつばを飲む音が聞こえた。みんな異様に緊張している。
ミウのブタ野郎は、そんな古臭くてマニアックな知識を
知っている女子がいると思うのだろうか。

なにがソビエトだ。バカらしい。気持ち悪い。
私たちは日本で生まれ育った生粋の日本人だ。
ソ連のことなんて気にしなくても生きていける。

けれど私たちは囚人だ。収容所生活でソ連の歴史を学ばされているから、
ソ連に関することならなんでも学ばないと生きていけない。
私は記憶力を総動員して、知っている限りの知識を
ミウに披露してみることにした。せめてもの反撃のつもりだ。

「先ほどの質問に答えてもよろしいでしょうか。副会長閣下」

「いいよ」

「では言います。ジューコフ将軍の教訓についてです。
 将軍ははこう言いました。工場労働者、農民、
 戦地で戦う兵隊に至るまで全てのソビエト人民の
勝利への意志が、国力を倍増させ、ナチを倒すことができた。

ソ連はファシズムの脅威から欧州文明を守ったのです。同時に  
 同志レーニンの偉大なる革命を防衛することに成功しました。
 共産主義を掲げるソビエト、そしてカール・マルクスの思想は
 イエス・キリスト以来地球に君臨したメシアなのであります」

ミウはうれしいのか、悔しいのかよく分からない顔をした。
奴が私のことを嫌っているのは知っている。私が夏休みの間に
太盛先輩と仲良くしていたから泥棒猫だと思ってるんでしょ。
確かに私が面白半分で先輩をからかってたのは認めるけどさ。

「囚人番号202の言ったことを他の者も覚えておきなさい。
 今日はこれで解散。夕食の時間まで自主学習をすること」

まだ15時過ぎなのに、もう自由時間とは。
(自主学習とは、囚人に与えられる貴重な自由時間のこと)
恐るべき事実が明らかになった。奴も今日の夕食に参加するという。

副会長が7号室の囚人とご飯を食べる?

これはあとで分かったことだけど、太盛先輩が
私のことを心配して収容所の様子を見たかったのだという。
太盛先輩が視察に行くなら、どうせなら夕食会でも
しようという流れになったそうなの。

ミウは愛する太盛先輩の前では猫を被る。
今日みたいに私たちをイジめている姿を見せたくないから、
食事会を計画した可能性がある。

炊事当番は16時前には厨房に入ってないといけない。
これは交代制で、今月は第二バラックの番だった。
各バラックで二つの班ごとに番が回ってくる。

今日は第三班と第四班の計11名で調理する。
私は第三班。第四班は先日脱走者が出たので定員割れしている。
そのため本来は12名のところが11名。(各班6名編成)

調理といっても豪華な食事を作るわけじゃない。

たとえば朝と昼のメニューは、ご飯とみそ汁と漬物だけ。
江戸時代の食事かと思ってしまう。
夜だけはおかずが付く。野菜炒めとか、魚の煮物とかね。
お肉はめったに出ない。毎週金曜日だけはカレーの日。

ご飯は業務用の炊飯器で炊くのだ。
ありがたいことに生徒会は備品にはお金を掛けてくれたから、
この炊飯器一つでマックス3升(30号)炊ける。

米は自分たちでとぐのだ。
囚人100名分の食事を作るから無駄に時間がかかる。
この時期に水仕事が多くなるとあかぎれとの戦いになる。
炊事係が交代制で助かった。

みそ汁も大鍋でまとめて作るから、
野菜を切り続けるのが手間なだけの流れ作業に過ぎない。
具は日替わりで豆腐やワカメ、ネギ、ジャガイモ、
タマネギが支給されるので栄養バランスは悪くない。

朝と昼の食事は具だくさんの味噌汁のおかげでお腹がそれなりに膨れる。
冬場はお昼にニシンやシーキチンの缶詰が支給される。
模範囚にはおやつにチョコレートが支給されることもある。

ちなみに看守など生徒会側の人の食事は
彼らが勝手に作るみたいだから私たちの仕事じゃない。
囚人に毒を盛られるのを警戒しているのかな?

私達が手際よく作業を始めようとすると、

「いい。おまえ達は手を止めろ。今日は特別な日だからな」

生徒会の女だ。日本語になまりがないから、こいつは日本人か。
日本人と思われる容姿でも中身が蒙古人や中国人だったりするから怖い。

それより特別な日ってなんだろう。

「恐れ多くも副会長閣下がご学友と食事をされるので、
特別に生徒会から炊事係がやってくる。
 全員分の食事はこちらで用意する」

なんかよく分からないけど、私たちがサボれるならラッキー。

校庭にジープみたいな車が2台やってきた。
どんな高級食材を出すのかと思ったら、なんとお酒だった。

高校生なのにお酒? 高そうなワインやウイスキーが
どんどん厨房へ運ばれてくる。鶏肉、レタス、トマト、
高級チーズ、生ハム、ヨーグルト。

おつまみになりそうなものばっかりだ。
ミウは収容所で酒盛りをするつもりのなのか。
そもそも高校生なのにいつお酒を覚えたの。
ああ、なるほど。お酒ばっかり飲んでいるから
頭がバカになって共産主義に毒されたのか。

「何ぼーっとしテルの? テーブルクロスを運びなサい」

私はロシア人の女(執行部員)に急かされて
ミウ用に用意されたテーブルにクロスを敷いた。
真っ白なテーブルクロスはいかにも清潔そう。
ミウのイメージとは真反対過ぎて少し笑える。

空のワイングラス、お皿、フォークを並べる。
この並べる作業が無駄にめんどくさいし、ムカつくんだよ。
皿くらい自分で用意しろよクソミウ。

「よしよし。ちゃんと準備は進んでいるね」

ミウが威風堂々と入ってきた。全員が作業を中断して敬礼した。

ミウの隣には当然のように太盛先輩がいて、
居心地が悪そうな顔をしていた。

先輩の性格ならそうだろうね。
先輩はミウと違って、学園の支配者のご学友ポジション
だからって偉ぶる趣味はないだろうから。

太盛さんはしなくてもいいのに、
私たち囚人とすれ違う時に会釈で軽く頭を下げてくる。
囚人たちは恐縮して腰を折って礼を返した。

執行部員達も太盛先輩が通ると緊張していた。
あいつらの硬くなった表情を見ると少し笑えてくる。

ミウは着席し、反対側の席に太盛先輩を座らせた。
4人掛けの四角いテーブルだから少し余裕がある。

今夜の食事は珍しく洋食となった。ここで洋食を食べるのは初めてだ。
食パン二枚とイチゴのジャム、コーンスープ。
レタスとトマトのサラダ。シンプル過ぎるし、
全然栄養が取れないけど、いつものご飯とみそ汁よりは新鮮だ。

ミウは意地悪なのか、サラダにかけるドレッシングを
用意してくれなかった。地味にムカつくな。死ね。
(まさか英国人はドレッシングをかけないの?)

大食堂に七号室の囚人(ここは女子だけの収容所)
総勢約100名が勢ぞろいした。班ごとに座るから、
隣を見ても前を見てもいつもと変わらない顔ぶれだ。

唯一違うのは、太盛先輩とミウが
かなり目立つ位置で座っていること。
彼らのテーブルにはお酒とつまみばかりが目立つ。

「マントノン。セ・タン。ボナ・ペティ」
(時間だから、いただきましょう)

ミウが気取ってフランス語で音頭を取る。
けっ。どうせ英語なまりの下品な仏語なんでしょうが。
(実際にイングランドなまりの仏語は芸術的なほど
 音程がずれまくっている)

私達はもそもそと食事を始めた。副会長がいる緊張感で
パンの味など分からない。一応果汁100パーのぶどう
ジュースが出されているけど、ワインの代わりのつもりなのかな?

ジュースを飲むなんて何か月ぶりだろう。
コップに注がれたぶどうジュースはいかにも美味しそうに見える。
私はコップを手に取り、一口飲んだ。

……あれ?

頭がふらふらした。まさかこれ……お酒?
他のみんなは普通に飲んでいるのに。

私のだけジュースの代わりにワインが入れられていた?

ミウが遠くでこちらをチラチラ見て笑いをこらえている。
間違いなく奴の仕業か。部下に命じてやらせたんだな。
絞め殺してやりたい。

だけど、ワインを入れられたからって、残すわけにはいかない。
生徒会の規則で食事を残す者は正しくないとされている。
体調不良など特殊な事情がない限りはね。

(ドイツ軍による包囲下のレニングラードでは
 餓死者が続出し、市民は人肉さえ食べて生き伸びたと教わった)

どうせ夕食の後はお風呂に入って寝るだけだ。
私は飲み方など知らなかったので、
食事に口を付けてないのに、すぐに飲んでしまった。

「202番の人。顔赤くなっているけど、具合悪い?」

向かい側の席の囚人に心配された。だ、ダイジョブ。
とだけ答えたけど、自分でも不自然過ぎたと思う。
他の囚人達も奇異な目で私を見ていた。

「Hey there, prisoner no 202.」

今英語で私の囚人番号が呼ばれた?

「私達の席に来て」

食堂に緊張が走る。みんなが怖いくらいに私に注目するので
仕方なく席を立つ。けど頭がボーッとして足がおぼつかない。
ワインのアルコールってこんなに強いの……?

「太盛君のグラスが空になったわ」

指でワインボトルをさした。注げってことね。
太盛先輩の頬が真っ赤になっている。
私と同じで無理やり飲まされたんだね。かわいそう。

「「あっ」」

太盛先輩と私は同時に声を出した。
私がボトルを傾けた時に、ミウが私の足を蹴ったので
こぼしてしまったのだ。さらに中途半端に注いだワイングラスが傾き、
倒れる。真っ白なテーブルが濃い色のワインで染められてしまった。

「あーあ。なにやってるんだろうね?
 あと少しで太盛君の制服まで汚れるところだったよ」

ミウは私を突き飛ばして転ばせた。
床に手を突く暇がなかったからお尻から倒れてしまった。

「この程度の仕事もこなせないなんて囚人失格だよ」

人間失格のあんたに言われるとはね。
私にお酒を飲ませたのはこれが目的だったのか。

「今日は太盛君が七号室を後学のために見学したいって
 言うから来てあげたのにさ。なぜか太盛君が202番
 のことだけ心配そうに見ているのが気になっちゃったよ。
 もちろん私の気のせいだってわかってるんだけどね。
 ねえ。太盛君はどう思ってるの?」

「は、はは。俺はその……」

「どう思ってるのかって聞いてるんだよ!!」

「お、俺は……なんていうか。ちょっとさ」

「太盛君が202と夏休みまで仲良しだったのは良く知っているよ。
 でも現状を考えて。ここの囚人達は生徒会を皆殺しにするために
 爆破テロを計画していたんだよ。太盛君は殺人未遂犯を
 心配しちゃうんだ? その必要があるの? 心からそう思うの?」

太盛先輩はついに愛想笑いを止め、黙り込んだ。

その態度だけで太盛先輩がまだ私に気があるのが
分かったのでうれしかった。私だって太盛先輩への
気持ちは少しも変わってないって伝えたい。

「太盛君。そんな顔しないで。私は太盛君を困らせたくて
 言っているわけじゃないの。太盛君は三号室から出たばっかりだから
 新しい生徒会のことがよく分かってないんだよね?」

ミウは席を立ち、太盛先輩の後ろに回り、
肩に優しく触れて顔を近づける。
ミウは彼の耳元でこう言った。

「私は副会長。私の下位の組織に保安委員部と執行部がある。
 私が命令すれば直ちに生徒を逮捕、尋問できるの。
 なぜそんなことをするか分かる? 正しい生徒とそうでない生徒を
 分けるため。私は太盛君がそういう生徒じゃないって信じてるからね。
 
 例えば一番罪の重い七号室の囚人の肩を持っちゃう人は、反革命容疑で
 逮捕されるだけじゃなくて拷問されちゃうよ。太盛君は両手の指の先が
 ハンマーで順番に潰されたり、大量のガラスの破片を口の中でほおばったり、
 夜に柱に縛り付けられて朝まで放置されたりとか、そういうのは望んでないよね?」

太盛先輩は拷問される自分を想像してしまったのか、
フォークを持つ手がカタカタと音を立てて震えていた。
気の毒なことにくちびるが紫色に染まっている。

「お…」

「お? なに?」

「おれは。ミウが好きだ」

「そうだよね。それは知ってるよ」

「おれは、ミウを愛しています」

「だから、知っているよ」

謎の会話が繰り広げられる。
囚人だけでなく執行部員まで真剣な顔で見守っている。

「じゃあ囚人のことはどうでもいいよね?」

「はい」

「はい、じゃなくて、うんでしょ? 
 太盛君は彼女に敬語使うんだ?」

「ご、ごめん!!」

「うふふ。いいよ。怒ってないから。それより」

ミウは私に罰を与えろと言った。
もちろん太盛先輩に対して命じた。

「ばつとは……?」

「体罰のこと。やり方は太盛君に任せるよ。
 きちんとお酒を注げなかったのにふさわしい罰を与えてあげて」

ミウは椅子に腰かけ、足を組んだ。私を見下してニヤニヤしている。

このクソ女……。わざわざ太盛先輩に命じるなんて、どこまでも陰険。
こいつに比べたらエリカなんて可愛いものだ。
いっそ拷問されるのを覚悟で抵抗してやろうか。
テーブルのフォークを手に取れば一瞬で目に刺すこともできる。

「太盛君?」

太盛先輩はしばらく固まっていたが、
ミウに急かされたので仕方なく動き出す。

ぺし。

そんな音がふさわしいほど、
太盛先輩は私の頬を軽くぶった。
ただ触れただけで痛くもかゆくもない。

「今のは冗談のつもりなのかな?」

ミウはニコリとしているが、声に抑揚がない。

太盛先輩はふぅーと息を吐き、歯を食いしばり、
今度は私のお腹に蹴りを食らわせた。これも意味がなかった。
蹴りが当たる直前に力が押さえられ、
またしても触れるだけとなってしまった。

「なるほど。今のも緊張してミスしちゃったんだよね?
私は優しいから、もう一度だけチャンスをあげる。
 ちなみに次も失敗したら太盛君は尋問室行き決定だから」

とうとう追い詰められてしまった。
太盛先輩は大粒の涙を流しながら、私とミウを
何度も見比べた。極限の選択に戸惑っているみたい。

なにを迷う必要があるの。
私を殴れば自分が助かるんだから、早くすればいいのに。

私は囚人だから歯が折られるくらいの覚悟はできている。
それに先輩だったら恨んだりしないよ。
だって虐待するのは彼の意思じゃないんだから。

「今は……まだその時じゃない」

「は?」

「本気で俺を尋問室に連れて行くつもりはないんだろう?」

「私が部下に命令すればすぐだよ?」

「嘘だよ。確かに命令はできるだろうが、するかどうかは別だ。
 君は本気じゃない。俺が拷問されてキチガイになってしまったら
 どうするんだ? 俺はミウを……認識できなくなるかもしれないぞ。
 君の目的は俺とマリーが決別することなんだろう。
 俺がマリーに暴行すれば嫌でも恨まれちまうだろうからな」

「あのさぁ」

ミウはなんと太盛先輩の胸ぐらをつかんだ。

「マリーって誰? 囚人は人権が剥奪されてるから
 囚人番号が付いてるのに。どうして囚人番号で呼ばないの?」

ミウは太盛先輩を壁際まで追いつめた。
逆壁ドン? まさにドS女の行動だ。
太盛先輩はミウの迫力に圧倒されていた。

「あなたは私の彼氏だから処罰されないとでも思ってるの?
 甘いよ。私はね、私を悲しませたりする人はたとえ
 彼氏でも許すつもりはない。あなたの考え方が変わるまで
 何度もでもお仕置きしてあげる」

「ぐふ」

太盛先輩がお腹を押さえてしゃがみこんだ。
私の位置からはミウの背中しか見えないけど、
たぶんお腹に一撃食らわせたんだと思う。

「痛かったでしょ? でも仕方ないよね。
 太盛君は殴らるだけのことをしたんだよ。
 あなたに裏切られた私の心はその何倍も痛かったの」

ミウの右手にはメリケンサックが握られていた。
あんなので殴られたら最悪骨が折れる……。

「三号室ではカナって女と仲良くなってさ。
 収容所から出してあげたら七号室のことばかり
 口に出すようになるし。本当にいい加減してよ。
 いくら温厚な私でも我慢の限界が…」

「どうすれば」

「うん?」

「どうすれば許してもらえるんだ?」

「私の言うことに逆らわない。生徒会の規則を守る。
 私が君に臨んでいるのはただそれだけだよ。
 そんなに難しいことを言ったつもりはないんだけどな」

「な、なら一つ頼みがある」

「なに?」

「俺にこの収容所を管理させてくれないか?」

「……ごめん。もう一度言ってくれる?」

「俺がここで囚人を管理する役割を担いたい」

「ここは保安委員会の管轄なんだけど。
 太盛君は生徒会に入りたいの?」

「そうだ。俺も君たちの仲間に加えてくれ。
 そして俺の今までの罪を償わせてくれ」

「それは無理な相談だね。太盛君はさっき202を
 殴ることもできなかったんだから」

「できるぞ」

太盛先輩は急に元気に立ち上がり、
私に駆け寄って暴行を加えて来た。

私の頬を往復でビンタした。今度は手加減をしなかったの
それなりに痛い。収容所では暴行なんて日常茶飯事だから
慣れてるんだけどね。

「うおおおっ」

私を乱暴に押し倒したけど、彼に出来るのはそこまでだった。
私を殴ろうと振り上げた拳が宙で震えている。
この人はやっぱり私を愛してくれているんだ。
ぽたぽたと、彼の熱い涙が私の顔に落ちてくる。

「太盛君」

ミウは彼を私から引きはがして、手錠をした。

「尋問室に行こうか?」

ミウはすぐに執行部員に連行を命じてしまった。
本当に太盛先輩が拷問されるのだ。

私は彼を救うためなら自分の命さえ惜しくないと思っている。
なのに体が動いてくれない。屈強なロシア人たちに囲まれたまま、
食道から去って行く彼の後姿がどんどん小さくなっていく。

私は……やっぱり臆病だ。


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