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作品名:斎藤マリー ストーリー 作者:なおちー

第25回   この夢は覚めることはないと思い知らされた。
A

この夢は覚めることはないと思い知らされた。

「ほら。足がふらふらしてるよ? ちゃんと前を向いて歩いてね」

俺は馬になっていた。
ちくしょう。ミウの奴。こんなに重い荷物を背負わせやがって。
テントやガスコンロ、食材や水などを満載した荷物を
背負わされて俺は歩かされている。

ミウが俺の前を歩き、先導役になっている。
しっかりと俺の口から延ばされた手綱を握っている。

「お父様。もうすぐ水場に着きますから、頑張ってください」

あの時の女の子だ。なぜ俺を父親と呼んでいるのか激しく謎だが、
もう突っ込む余裕もない。今回の夢では俺は馬になっていることで
納得した。夢だからな。どんな展開でも我慢するしかない。

「太盛君は馬になっても可愛いね」

それは褒めているつもりなのか?
馬じゃなくて早く人間に戻りたいよ。

重い荷物を背負わされる家畜ってこんなにみじめな気分になるんだな。
四つ足のおかげですいすい歩けるのは得なもんだ。
女の子が俺の毛並みを愛おしそうに撫でてくれるのが
うれしくもあり、くすぐったくもある。

「マリン。あんまり彼にべたべたしないで。ムカつくから」
「はい。すいませんでした。ミウ様」

あの子はミウの使用人なんだろうか。
あんなに小さいのにお気の毒に。

どうやら俺たちは大草原の中を歩いているようだった。
向かって右手側に小高い丘…じゃなくて山々が連なる。
すげえ遠い景色だから青っぽく見えるな。

上空の風景は、綺麗な青空だ。栃木とそんなに変わらない。
しかしこれ、どう見ても外国だよな?
山ばっかりの栃木と違ってどこまでも景色が見渡せるのがすごい。

「たまには異国の田舎を旅するのも悪くないよね」

ミウが楽しそうに語る。

「何も考えることがなくていいね。実際暮らしてみると
 苦労が多いけど、どんな環境でも慣れだよね。
 お風呂がないこと、水洗トイレがないこと、
 髪が洗えないこと、紙がすごい貴重なことかさ」

「ミウ様のおっしゃる通りですわ。私もここの生活を
 一ヵ月も続けるうちに慣れてきました。原始的な
 生活をしていると体が健康になりますわ。
 毎日お天道様の光を体いっぱいに浴びていますから」

俺は馬なので会話に加わることはできない。
何か話そうとしても「ひひーん」と情けない鳴き声をあげるだけだ。

ミウとマリンと呼ばれた少女は楽しそうに話していて、
本当にここでの生活額になっていないようだった。
俺はまず馬であることが不満なのだが。

ああ、ついさっきは気にしてなかったよ。
だが会話もできないとなるとさすがにストレスだ。

言いたいことも言えない。
感じたことさえ表現することができない。

実はかなり喉が渇いていた。
ここの空気は乾燥しているから余計に乾く。

できればポカリとかアクエリが飲みたいが、
そんなもん馬にはぜいたく品になっちまうか。

一体いつまで歩き続ければいいんだよ。
たまに砂埃を上げながら突風が吹くから困る。
体ごと吹き飛ばされそうになるが、ミウとマリンと
共に体を縮めあって風が過ぎ去るのを待つ。

あっ、小さな水筒が飛ばされてしまった。
ミウの持ち物だったのだろうか、大自然の力に逆らえず、
水筒は、はるか空のかなたへと消えてしまったのであった。

「この馬鹿。あんたがちゃんと持ってないからでしょ!!」
「ひっ。すみません。ミウ様」

ミウがマリンに拳骨を食らわせた。昭和の体育教師かよ。

マリンは泣き虫なんだな。あの程度殴られただけで
ポロポロ涙をこぼしている。この子の泣き顔を見ていると
胸が張り裂けそうな気持ちになる。

馬にだってできることはある。俺は、説教を続けるミウに対し、
マリンを守るようにして立ちふさがった。

「お説教は最後までしないとダメなんだよ太盛君。
 マリンの将来のためでもあるんだから」

一体二人はどういう関係なんだろう? 
姉妹にしては似てないよな。
それにマリンちゃんって、どことなくエリカに
似ているような気がする。赤の他人って感じが全然しない。

俺たちは日が暮れるまで歩き続けた。
どこまで歩いても景色が変わらないのは辛かった。
例えるなら制限時間を決めずに、永遠とウォーキングマシンを
やるとこんな気持ちになるのか。

途中で大きな岩を見つけては、そこで座って休憩した。
ミウは高そうな腕時計で一時間ごとに時間を計り、
五分の休憩を入れてくれた。助かる。
この休憩がなかったらヘバっていたかもしれない。

マリンとミウはさっきの喧嘩で気まずくなったのか、
反対側の岩に背中を預けて黙っていた。
マリンはスマホをいじっていたが、電波が通っていないので
ネットができないのだろう。マイアルバムで昔取った写真を眺めていた。

ミウは空を見上げて不機嫌そうな顔をしているだけで、一言も話さない。
だから俺も黙って彼女たちのそばにいた。

居心地が悪いな。
こんな大自然の中でつまらない喧嘩をしてバカじゃねえのって思ったよ。
さっき飛んでいった水筒だって、安物だったんだろうに。
あんなものどこでも買えるだろ。

俺たちは小さな町へ着いた。
そこには二階建ての宿舎がある。
ミウとマリンはそこで泊まるのだろう。

俺は、どうすればいい?
家畜小屋が近くにあるのだろうか。
家畜の糞まみれの汚い場所で一夜を明かすことになるのだろうか。

つい最近まで人間だった俺には一時間だって耐えきれないだろう。
そもそも夜の冷え込みに布団もなしに過ごさないといけないのか?
正直発狂したくなる。早くこの夢冷めてくれよ。

俺の感情が伝わったのか、ミウが意地悪そうな笑みを浮かべた。

「太盛君が元に戻りたいって願えば、戻れるよ。
 ただし、私を一番に愛してくれることが条件だけど」

「ひひーん」

俺は言葉を使えないので、精一杯首を縦に振ることにした。
すると次の瞬間。俺は人間に戻ることができた。

だがおかしいことに気が付いた。
どうにもミウの背が高い。それに宿舎全体も
見上げないと全容が分からないほどにでかい。

おかしいのは俺自身だった。俺は幼児になっていた。
周りにあるものすべてが大きく感じるのは、俺が小さくなったからだ。


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