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作品名:斎藤マリー ストーリー 作者:なおちー

第18回   12/27 深夜 マリーはベッドで夢を見ていた。
長い茶色の髪をした女がいた。マリーの数メートル先に立っている。
漆黒の中にうっすらと存在が浮かび上がっていて、亡霊のように思えた。
女は髪をアップのポニーテールにしている。

(いや、その表現で間違ってはいないね)

マリーは自分でも不思議なことに、夢の中にいることを
自覚していた。右足を一歩、前に出す。

(だってあいつは死んだんだから)

歩みは自然だった。体も重くないし、現実の世界と何も変わらない。
化物の夢を見た時は、何かに引っ張られるように歩みが重くなるのが定番だ。
目の前にいる制服姿の高野ミウは、まさに彼女にとって化け物に違いないが。

「おい。クソ女」

ミウは何も答えなかった。それどころか、視線を地面へ落としているだけで、
マリーの顔すら見ようとしない。よく見ると地面などなかった。
漫画やゲームで出て来るような、真っ暗な空間だ。
空もないし、天井もない。壁も床もない。ただ、黒い空間が無限に広がっていた。

その空間の中で、マリエとミウの姿だけが、白いスポットライトを
浴びたように浮かび上がっていた。もしかしたら自分もすでに
あの世の住人になっているのではないかと、マリーは恐怖した。

「夢でも亡霊でも関係ない。一度あんたの顔をぶん殴ってやらないと
 気が済まない。あんたの勝手なわがままで死んでいった、
 他のみんなのためにもね!!」

胸ぐらをぎゅっとつかみ上げるが、ミウは無抵抗だ。
一瞬だけマリエと視線を合わしたかと思うと、また明後日の方を向いた。
言葉すら発さないのにマリーは驚いた。

「これでも食らえ!!」

ボディに右手をめりこませると、ミウはお腹を押さえて苦しそうな顔をした。
マリエが制服のえりをつかみ続けているので、倒れることはできない。

「まだまだ終わらないぞ!!」

お腹を続けて何度も殴り続けると、ミウは激しくせき込むのだった。
唇がプルプルと震えている。拳がみぞおちに入ったため呼吸ができないのだ。

力を失ったミウの体がさすがに重いので、マリーミウから手を離した。
どさっと、支えを失ったミウの体が転がる。うつぶせで、お腹を押さえながら、
小刻みに震えている。口から汚いよだれが少しこぼれているのを見て、
マリーは無性に腹が立った。

ミウの背中を蹴り、ポニーテールをつかみ上げて、無理やり顔を
持ち上げる。ミウは歯を食いしばって痛みに耐えているが、
やはり言葉を発さない。

続けて顔を遠慮なしに殴った。
こいつの歯が折れてしまえばいいと思い、
自分の拳の骨が折れるほどの勢いで殴り続ける。
ごつっと、硬い感触がした。すぐに拳にミウの鼻血がつく。
正面から見てはっきりとミウの鼻が曲がっていた。

いくら夢でも非現実的だとマリーは思った。
全力で殴り続けているのに悲鳴すら上げないとは。

ミウが訓練されているのは知っているが、
マリエの拳は黒江にもしっかりと効いていたのを思い出した。
黒江はかなり訓練されているようだったが、
それでもマリーの拳を食らった時は痛そうにしていたものだ。

もはや言葉を発しない人間サンドバッグを殴っているのと同等。
まともな神経を持っている人間なら躊躇するところだが、
マリーのミウに対する恨みは海の底よりも深い。

7号室時代に毎日夜寝る前に思い浮かべていたのは、ミウが
むごたらしく殺される所だった。殺すのはもちろん自分。
何週間もかけて、いや、一年くらいかけて拷問をし続けて
物言わぬボロぞうきんのようにしてから、最後は内臓と
脳みそを引きずり出してから、全校生徒の前でさらし者にする。

今のミウの様子はどうだろう。

(それに近い状態かもしれない…)

「こほっ。こほっ」

ミウは、よく咳をした。
それが彼女の発する唯一の言葉であるといっていい。

ミウは乱れた髪と制服を正し、すっと立ち上がり、
マリーと視線を合わせた。さっきまでのことは
何でもなかったと言いたげな、さっぱりとした態度だ。

泣くことも怒ることもしない。副会長時代の偉そうな、
人を見下した態度を取るわけでもない。

この無機質な、日本人らしい真っ黒な瞳は、何かを
言いたいようにも思える。だがいくら待っても
ミウが言葉をかけてくることはない。

「あんた。私に何か言いに来たんじゃないの?」

やはり返事はない。分かり切っていたことではあるが、
マリエは最後に確認がしたかっただけなのだ。

「じゃあ、さようなら」

渾身の力を込めて、ミウの無防備な左の目を指でつついた。

これは完全な不意打ちだった。もともとミウに抵抗する意志など
なかったのだが、それでもマリエの指は凶器のようにミウの眼球を
鋭く突くことに成功し、どす黒い血が、顔を伝ってぽたぽたと床に垂れる。

「あ……」

ミウはひざ立ちになり、顔を覆うようにして手で押さえた。
手の指の隙間からも血がこぼれる。よくもここまで
血が流れるものだとマリーは笑った。

マリーは罪悪感などなかった。確かに、いざ復讐の場面になると
ためらいの気持ちがわかないわけではない。
しかし、ヒトミの無残な死にざまを思い出せば、
すぐにあふれんばかりの憎悪で頭が支配される。

「今度はもう片方の目をつぶしてやる。あんたには視界があることすら
 罪悪なんだよ。覚悟しろよ。史上最悪の性悪女め」

「や」

ミウは、短くそう言ってから、初めて嫌がるそぶりをした。
マリーが力づくで、はがそうとしているのだが、自らの
顔を守るために覆った両手を放そうとしない。

ミウの手は石のように固かった。
それに凍り付いているように冷たい。
あまりの冷たさにマリーは生理的に嫌悪した。
鳥肌が全身に立ってしまう。

こんな気持ち悪い奴にこれ以上触りたくないと思い、
靴の裏で思い切り蹴飛ばした。ミウはバランスを崩して後ろへ転倒。

「ねえ」

後ろから肩を叩かれて何かと振り返ると、ミウがいた。

「久しぶりだね。斎藤マリエちゃん」

その次の瞬間、マリーは殺されることを覚悟した。
先ほど転倒させたミウは、いつの間にか消えている。
今自分の後ろのいるミウは、同じ制服姿だけど
眼球から血を流していない、もう一人のミウだった。

「うああああああああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああああああああああああ」





27日の早朝、5時半。

「マリーちゃん。そんなに叫んだら、のどが枯れちゃうよ」

優しく、遠慮がちにかけられた声。マリカの声だ。

マリーはようやく自分の意識が夢から覚めたことを知って、
深いため息を吐いた。じっとりと湿った髪の毛がおでこや
頬に張り付いている。背中も汗びっしょりだった。

とにかくのどがカラカラだ。

「ペットボトルの水があるよ。私の飲みかけで悪いけど」

マリーは遠慮なしに一気に飲んだ。
女らしくない飲み方になってしまったが、
そんなことを気にする余裕などない。

「う、うぅぅぅぅぅう、あのクズめ。いつか出て来るかとは
 思っていたけど、とうとう私の夢にも出て来たのか。
 あぁ、なんて最悪の目覚め…」

マリカは高級なタオルでマリーの顔の汗を拭いてあげた。

「あなたも奴を見たのね」
「え? てことはお姉さまも?」
「私の夢にも出て来たよ。私の場合は三日くらい前だけど」
「うそ。私だけじゃなかったの……?」

真理華の場合も、マリエの時とそんなに違いはなかった。
ミウは制服姿で何も言葉を発しない。マリカは
殴ったりすることはなかったので、お互い見つめあっていたら、
気が付いたら夢から覚めていた。

「死者は基本的に言葉を発しないのよ。なんでかわらないけど、
 そういうルールがあるみたい。ただし」

相当な恨みがある場合や、未来に起きる事柄を予知する場合は
その限りではないという。

マリーは、はっきりと覚えている。
「久しぶりね」とミウは言った。さらにマリーの名前を言った。

(まさか、奴と再会するってこと?
 一度死んだはずの人間と、どうやって?)

信頼している真理華に隠す理由など何もないので、
ありのままを説明した。

「こればっかりは心霊現象の一種だと思うから、
 私の分かる事柄じゃないの。ナツキが何か知っているようだから
 あとで相談しましょう。それより、マリー。あのね……。
 ちょっと言いにくいことなんだけど。驚かないでね?」

マリカは手鏡を持って来て、マリーの首筋を見せてあげた。

「う」

マリーは思わず吐きそうになった。信じられないことに
首を絞めた跡がくっきりと残っている。

「これはどういう…」
「マリーは寝ている間に自分で、その…、自分の首を絞めていた」
「はい?」

マリーの腕に強烈な鳥肌が立った。そして背筋が一瞬で冷たくなった。
夢の中の自分は、ミウのクソ野郎を殴るので必死だった。
しかし、現実世界の自分は、なんと自分を殺すのに必死だったという。

マリカの説明によると、

「寝てる間に突然低い声で叫んだかと思うと、上半身を
 上下に揺らして暴れだして、目をカッと見開いたまま、
 自分の首を絞めていたの。その状態でもまだ叫んでいたよ……。
 だから私が声をかけてあげたの…。のどが枯れちゃうよって…。」

その狂った姿をビデオに撮られなくて良かったとマリーは思った。
そんな姿を客観的に見てしまったら、本当に自殺したくなってしまう。

ショックよりも恐怖の方が大きい。
マリカが仮に起こしてくれなければ、
本当に死んでいてもおかしくなかったのだ。

「ど、どうすればいいの。マリカさん……。
 このままあいつに呪い殺されちゃうの?」

「深く考えたら負けよ。あなたには私がいるでしょ。
 大丈夫よ。心配はいらないわ」

「で、でも。でも……でも。明日もあいつが夢に出てきたら」

「明かりはつけたまま寝ることにしましょう。
 あと私と同じベッドで寝ることにしましょう。
 それと音楽を鳴らしておくのも良いわね」

「こ、怖いよ。マリカ。怖いの。こんなに怖いと思ったこと初めて……。
 マ、マリカさん。どうしよう私。お願い。助けて。うわああああ」

マリーは、マリカの胸に顔を押し付けながら大声で泣いた。

(すぐにナツキとナジェージダに報告して対策を練らないと。
 でも幽霊のことなんてどうやって?)

マリーの髪を優しくなでながらも、マリカは次なる行動をとるために
知恵を絞っていた。ナツキが旧組織委員部のビデオ撮影を依頼して
きた時から、本物の心霊現象が起きることは覚悟していた。

マリーの首筋の跡を見るとマリカだってゾッとしてしまうが、
自分だけは恐怖に打ち勝たないといけない立場だ。
マリーが泣き止むまでそばにいてあげてから、朝食の時間を待たずに
ナツキの部屋を乱暴にノックするのだった。




12/27 朝の6時10分。収容所七号室は起床時間を過ぎていて、
にわかに騒がしくなっていた。ここは男子のバラックだ。

囚人たちが忙しく動き回って日課の清掃をこなしていく。
食堂では炊事当番たちが、
すでに出来あがっている食事を綺麗にテーブルに並べていく。

本当なら、学校の給食当番のように空の食器を持った生徒が
列を作り、配膳の列に並べばいいのだが、ご飯の量に不公平が
あるなどと文句を言って暴れた囚人が前にいたので、
当番が全ての食事をわざわざ並べるようになった。

(堀太盛を殺す)

事務的に作業をこなす炊事係の中で、
迷いのない殺意を持った男がいた。

旧1年5組。つまりマリーと同じクラスだった生徒で、
名前は『川口ミキオ』という。186を超える長身。メガネをかけている。
たくましい体とは程遠い。細く伸びた体を猫背にして歩くのが特徴だ。
見た目はひ弱だが、線の細い顔つきは中々整っている。

囚人達は食事の際に割りばしが使用する。
箸は禁止。ナイフやフォークなどは、武器となりうるため当然禁止。
割りばしは、使い終わったら真っ二つに割ってからごみ箱に捨てる規則だ。

このミキオという男が、なぜ堀太盛に対し殺意を持ったのかは
実は本人にもよく分かっていない。
今朝の当番で早めに起床した際、洗面台で手を洗っている最中に
いきなり殺意がわいたのだ。

--あなたにまかせたよ

どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
さらに誰もいないはずなのに、トレイの個室に
入っている時に何者かに肩を叩かれた。…ような気がした。
まさかと思い、後ろを振り返る。やはり誰もいなかった。

細くて柔らかい手つきからして、
女性の手なのかもしれない。
男子の収容所なのに女子の手など…。
それこそ相手が執行部員でもなければあり得ないのだが。

ミキオは、割りばしの先端を包丁で削って鋭利にし、
さらに手のひらサイズに納まる長さへ短くして、
ポケットの中に忍ばせる。

こういう類の武器は、拳を握る際に指の間に
挟ませておくのだ。これで殴れば、かなりの威力が出る。
例えば首筋を上手く殴れば、出血多量にすることも可能だ。


凶器を隠し持っていることで仕草や表情に
違和感が出ないように気を使った。

そして朝食の時間。

「くそっ」

なんだ?と隣の囚人達が彼を見るが、ミキオが
それ以上何も言わないので、誰も気にしなくなった。
この時間の彼らは、ただ黙々と食事をするだけである。

(考えてみれば、堀太盛が都合よくこのバラックに来るわけないじゃないか。
 奴は夜勤らしいが、最近は女子のバラックで食べているらしい。
 くそ。これじゃあ奴を殺せないじゃないか)

味の分からぬ米を何度も噛みしめながら、また味の全くしないみそ汁を
流し込む。ここでの生活のストレスで味覚が失われて久しい。

今日は完食に6分かかった。今までと比較してかなり短い時間だ。
ミキオは几帳面な性格なので自分が食べる時間にまで気を使っていた。

収容所内の清掃の時もそうだ。ボリシェビキは朝の清掃を重視するから、
清掃の出来は大きな評価基準になる。
当番制でベッドルーム、トイレ、風呂場、廊下、玄関など割り当てられる。
外で寒風が吹くこの時期は、雑巾を使った水仕事が一番こたえる。

生徒会は人手不足なのは、なんとなく囚人達も察していた。
最近太盛やモチオを始めとした、新人の委員が派遣されているのを
見ているからだ。

看守の目は完全に行き届いているとは言えないので、
掃除に手を抜くことも出来なくはない。そもそも一つのバラックで
50人(炊事班は除く)もいるのだから、掃除にこんなに人数はいらない。

だが。 

(俺は完璧主義者だ。手を抜く奴は負け犬だ)

彼は旧1年5組(理系)の生徒で、理屈っぽい性格だった。
何をするにもまず頭で計画を立て、その通りに実行する。
もし失敗したら、また新しい計画を立てる。

バリケードで囲まれた校庭で全体体操とマスゲームをさせられる時も、

(あの銃に死角はないだろうか?)

と監視塔の銃機関を密かににらむ。

まあ、囚人なら誰でも考えることではある。
しかし、彼の場合はやはり特殊で、誰か仲間を連れて脱走しようとか、
人と協力しようとか、看守を買収しようとか、そういう発想にはならなかった。

(ここにいる奴らはクズばかりだ。人目を盗んで掃除をサボろうとする。
 俺は違うね。囚人になっても人間としての誇りまで捨てるつもりはない)

囚人同士の人間関係でもささいなことでトラブルは発生する。
派閥も存在する。特に爆破テロを主導した5組の生徒は立場が弱い。
たとえば就寝前にいさかいを起こし、激しい口論の末に
反乱容疑をでっちあげられ、生徒会へ通報されてしまう者がいた。

もちろん正当な理由のない通報なので、最後は通報した人も連帯責任で
拷問されてしまうのだが、こういう事例はよくあった。

(あとは、ボリシェビキにコビを打って気にいられようとしたりとかな)

特にイケメンの男子に多いのだが、女子の看守に
(ロシア系、東アジア系など)媚を売る者がいた。

媚を売ると言っても、相手の容姿をさりげなく褒めたり、
世間話をしたりするなどだ。それがひどい時は、清掃の時間に手を休めて
雑談をする、みんなに内緒でお菓子をもらうなどしていた。

影で男女の関係になっている者もいるという。
こんなささいなことでも、看守から特別の愛情を注がれる者は、
他の囚人から毛嫌いされた。憎まれたと言ってもいい。
こういう集団社会では、特別扱いされる者は排除される傾向にあるのだ。

(カスどもめ…)

ミキオたちは、怠業・怠惰取り締まり委員会が結成されたことを知らされている。
すでに何人もの看守が粛清されたという噂だが、
無論、それら看守と親しくした囚人達にも極刑が下されることだろう。

どんなに軽い罪でも再起不能(二度と社会復帰できない状態)になるはずだ。

囚人仲間や生徒会のボリシェビキらに対する敵意と恨みばかりが
つのる、最低最悪な日々。それでも真面目に懸命に
生きていた彼に、願ってもない機会が巡ってきたのだった。

「全員食堂から動くナ。そのままの着席してイなサイ。
  本日は冬休み期間中に新しく派遣された委員の紹介を行う」

ナジェージダ・アリルーエワが、硬い口調の日本語を話している。
職務的に会長の再筆頭のお付きだが、今日ナツキはいない。
保安委員部のイワノフも別件で忙しいため不在である。

臨時派遣委員の紹介をするのは当初から予定されていたのだが、
仕事に追われるナージャの日程の調整がつかず、今日にいたってしまった。
ナージャは人事のかなり深い部分に関わっていて、
臨時派遣委員の選出は、最終的に彼女の判断によるものだった。

ナージャは綺麗だった。囚人生活で心がすさんだ男子達にとって
高嶺の花に思えた。クセのある長い金髪を、後ろのアップの位置でまとめている。

大きなホワイトボードに彼女がマジックで文字を書き込んでいくと、
うなじがみえる。臨時派遣委員の名前や人種国籍を書いているのだ。

(ナツキのクソ野郎。あんないい女と普段から一緒にいるのか。
 しかも泊まり込みで働いているらしい。
 どうせ夜はヤりまくってるんだろうが)

ミキオは拳を強く握った。もちろんテーブルの下に隠しながら。

地位や立場の違いは会っても、年頃の男子達にとって、
モスクワ生まれのナージャの恵まれた体格に惚れ惚れしてしまう。
ロシア系に特有な、少し東アジア風の、堀の浅さが混じった顔も相まって
親しみがわく。彼女の説明になど興味がなく、ナージャの体を
じろじろ見る囚人もいるほどだった。

(ロシア人にモンゴルの遺伝子が含まれていると指摘する識者複数あり。
 筆者もこれを支持している。我々東アジア系にとって
 比較的親近感がわくことであろう)

「まずこちらハ、諜報広報委員部より派遣された、堀太盛」

「どうも。囚人諸君」

(なに!!)

ミキオは、ガタっと音を立てて席を立ちあがりそうになるが、
なんとかこらえた。憎きホリ・セマル。そして偶然にも
彼の席は、堀太盛が立っている延長線上にあった。

「俺は名誉あるボリシェビキとして派遣された身だ。
 同士レーニンと党の名(ソビエト共産党のこと)に誓い、
 一切の職務を怠らずに遂行する。したがって、
 諸君らの取り締まりに関しても一切の情け容赦をするつもりはない」

距離にして4メートルほど。今すぐ刺し殺そうとすれば、できなくもない。
どうせやるなら、まず眼球をついてから、抵抗できなくなった
ところを、首を絞めて殺そうとミキオは思っていた。
だが、この状況では非現実的だ。

「続けて中央委員部より派遣された、クロエ・デュピィ」

「は、はじまして」

黒江は引きつった顔で笑い、手のひらを左右へ振った。
明らかに看守の態度ではないし、
しかも無駄に緊張して硬くなっている。

「なにやってるんだよ、クロエ」
「だって、みんな見ているし緊張する」
「ユーチューブでチャンネル持ってるんだろ?」
「あれとこれとは別の次元なのよ。あたし、こーゆーの苦手なのかも」

イチャイチャするクロエと太盛に対し、ナージャが咳払い。
太盛は申し訳なさそうに謝罪したが、クロエはすました顔をしていた。

囚人らは、太盛の説明の時はしらけていたが、
クロエの容姿の美しさには大いに注目していた。

長身のナージャと違って小柄でお人形さんのように美しい
仏国第二の都市リヨンで育った金髪娘は、男女の関わりが
禁じられた彼らにはそれはもう新鮮に映った。

フランス人は雑多な人種が混じっているが、白人だけを
みても身長の差が非常に激しく、日本人女性と
ほとんど身長の変わらない人も普通にいる。

オランダやドイツ、バルカン系(南欧州)をはじめとした
長身の民族とは明らかに異なるのだ。

それとフランス人はPDが狭い人がよくみられる。
PDとは、目の幅のことである。
あとB型が多く、非常に個性や感性を重視する。

(う、やらしい視線をたくさん感じる)

この体をビームでさされるかのような感覚。
さすがに男子の巣窟だけあって、そういう類の視線を食らうのは
仕方ないことだった。異性からのいやらしい目で見られる
不愉快さは女性にしか分からないものだ。

(ん?)太盛がたじたじしているクロエについて思ったことがった。

(もしかして、クロエは男子にあまり慣れてないのか?
 女子に対する時と態度が違うような……。
 まさかこの顔で恋愛経験がないわけじゃないよな?)

まさにその通りだったのだが、超美人のクロエが何度
そう主張しても誰も信じてくれないのは皮肉だった。
日本に来たばかりの頃は、恋愛好きが多いフランス出身なので
男性経験が豊富だとよく勘違いされていた。

ナージャが厳しい顔で続ける。

「続いて山本モチオ委員」

「あいーっすwwwww囚人の皆さんwwwwおつかれーっすwwwww
 みんな朝から表情死んでるっすよぉ!!」

「ちょっとあんた!!」

モチオがまたサヤカにどつかれるが、さすがに男子の囚人らは
笑い声ひとつこぼさず、黙って聞いているしかなかった。
殺伐とした雰囲気を強制されている立場なので、
モチオのチャラさに対して殺意しかわかないのだ。

一方、太盛は腹を抱えて笑っているのでナージャににらまれていた。
ボリシェビキの厳格な雰囲気ぶち壊しである。

こうして一通りの紹介が終わり、いよいよ長い朝食の時間が
お開きになりそうな時に事件は起こるのだった。


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