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作品名:斎藤マリー ストーリー 作者:なおちー

第17回   12/26 夜
12/26 夜

「お姉さま」

マリーはいつしかマリカをそう呼ぶようになった。
年が一つ上なこと以上に、彼女の精神性の高さに改めて敬服したからだ。

彼女らが完全に和解したエピソードをこれから紹介しよう。
その日の二人は本部で一緒に夕飯を食べた。
場所はマリーの部屋。副会長室である。

「見苦しいところを見せてごめんなさい。
 いつもこの時間は家族で食卓を囲んでいるものだから、
 父や妹のことを思い出すと涙が止まらなくなってしまうの」

ぽろぽろと、マリカの涙がパンの皿にこぼれていった。
その姿を見て、マリカがどれだけ精神的に限界だったのか
マリーは知ってしまった。

あまりにも勝手な理由で肉親が誘拐されたのだ。
現在は栃木県の山中の収容所で生活をしている。
秘密警察の管理下にあるから、どれだけ劣悪な環境なのかは
想像もできない。虐待、拷問されてもおかしくはない。

本部の食事は、シェフがいるので豪華なものが出されるのかと
思ったら、シェフが冬休みで国(台湾)に帰ってしまったので、
自分たちで厨房にあるものを用意した。

二人とも粛清を見学したため、食欲が絶望的にないので、
サラダ、インスタント、野菜スープ、食パンだけである。
おかずらしいものはない。特に肉類はしばらく食べたくなかった。

※シェフは台湾人の男性で31歳。
 和洋中、何でも作れるが、特に西洋料理が得意。
 欧州のホテルでの勤務経験あり。

「私たちは収容所の囚人と同じくらい
 質素なものを食べているけど、きっとパパたちも同じなのよ。
 いいえ。もっとひどい食事なのかもしれない。うっ。うっ。ぐすっ。」

「マリカさん……」

マリカの頬を暖かい涙がこぼれ落ちていく。
スプーンを持つ手がカタカタと音を立てて震え続ける。

かけてあげる言葉が思いつかないマリー。
肉親を誘拐された辛さなど、マリーには想像もできないほどだ。

クラスの代表の彼女は、クラスメイトの前では
気丈にふるまわないといけなかった。その重荷をずっと背負ってきた。
どんなに知性がずば抜けていても、マリカは17歳の少女なのだった。

「ごめんなさいね、マリー」
「え」

どうしてあなたが謝るのかと問おうとしたら

「私はこのうっぷんを全部あなたにぶつけていただけなの。
 本当はあなたのことが嫌いなわけじゃないのよ。
 なのに変な言いがかりをつけて、あなたにたくさん
 暴言を吐いてしまったわ。本当にごめんなさい」

「ぜんっぜん。全然気にしてないから。
 私よりマリカさんのほうがずっと辛い思いしてたんだから。
 ねえ、もう謝るのはよしてよ。マリカさんは何も悪くないじゃない」

そっと抱きしめてあげると、
マリーの腕の中でマリカは小刻みに震え続け、嗚咽していた。
年上の少女は、あまりにも小さな存在だった。

2年1組の人たちがこの光景を見たら、
一気に反乱を起こすことだろう。
死を覚悟してでも生徒会へ一矢報いるはずだ。

そこへ空気を読まずに

「よう」

ナツキが入ってきた。何の真似か知らないが、
今回はジャイアンのコスプレをしている。
太るために腹に風船でも仕込んでいるのか、
ズボンがパンパンに張れている。

「このクソ野郎!!」

マリーはパン皿をナツキヘ投げつけた。
彼はマリカの親族誘拐の指示を出した張本人である。

「わっ」

運よく外れたが、次にコップを投げる。
ナツキは超人的な反射神経でコップをはたいてしまった。

マリーはまだ気が済まないので、ナツキの胸ぐらをつかみあげた。

「この人でなし!! マリカさんのお父さんと妹さんを
 傷つけたら絶対にあんたのことを許さないわ!! 
 いっそ締め殺してやるよ!!」

「ああ、その件か。いきなりまくし立てられて
 混乱してしまったよ。勝手な妄想をされても困る。
 むしろ優遇してるんだけどなぁ」

「は!?」

ナツキは、IPAD AIRをマリーに手渡した。
そこにはなんと、マリーのお父さんと妹が普通に映っていた。
テレビ電話の回線がつながっているようだ。
つまりリアルタイムで向こう側と話ができる状態なのだ。

「どーぶらあえ ウーとら。マリカ。まいよー めにゃー ヴぃーぱぱ」

井之パパ。下の名前は大夢(ひろむ)。なぜか露語で挨拶をした。

「パパ、違うよ。夜の挨拶はドーブるイ ヴィエーチルでしょ」
「おや? そうだったのか。ちょっと辞書で調べてみる」

場所は収容所とはとても思えない部屋だった。
というか豪華なホテルのラウンジの一角だった。
マリカのパパと妹は、丸テーブルにIPADをスタンドで立てかけ、
豪華に装飾された椅子に腰を下ろしている。

パパはスマホのロシア語アプリを操作している。
妹のアイは、高そうなグラスに注がれた
フルーツジュースをストローで飲んでいた。
リラックスして米国人女性のように足組みをしている。

(どうなってんの?)(これが収容所……?)
マリカとマリーは驚愕し、開いた口が塞がらない。

「パパさん。そちらの生活には満足されているようですね?」
「もちろんであります。会長閣下」

パパは画面の向こうで立ち上がり、敬礼した。

パパはきりっとした知的エリートの雰囲気全開である。
短めの黒髪でフチなしの眼鏡。眼光は油断なく鋭い。
何より背筋がピンと伸びていて、
直立不動で両手をしっかりと伸ばしている姿から
生真面目さと礼儀正しさが良く伝わる。

いかにも堅苦しそうなので、法律事務所に訪れるお客
(離婚相談の主婦など)を緊張させてしまうことがよくあった。

「ご息女はまだ現状の把握ができていないようです。
 突然だったので無理もないでしょう。
 ですから、ぜひこの状況を説明していただきたい」

「かしこまりました。ではアイ。お前に頼むよ」

「え? 私が? まあいいけど」

アイは、画面に顔を近づけた。マリカと外見が似ていない。
細身で長い髪の毛をポニーテールにしている。
切れ長の瞳で、肌は少し浅黒い。
一見すると文科系というより体育会系に見えるが、部活は帰宅部だ。
一時期チアリーディング部に入りたかったが、途中で
断念したというよく分からないエピソードを持っていた。

「お姉ちゃんは知ってると思うけど、
 私とパパは収容所で暮らしています」

どこが収容所だとマリーは突っ込みたいのをこらえた。
ハリウッド映画で登場するような豪華な西洋風の建物である。
床とか照明とか壁とか、全てがキラキラしていてまぶしいほどである。

「……色々言いたいことはあるけど、
 ホテルに軟禁されてるってことでいいのね?」
「そうだよ。さすがお姉ちゃん。頭の回転が速い」
「そこから出たら処罰される?」
「ぴんぽーん」
「一日中警察の人に監視されている?」
「正解」
「衣食住は保障されているから、
 そこの生活は不自由ないわけね」
「うん」
「もちろん拷問などはされてない」
「うん。安心して。井上家はVIP待遇だよ」

マリカは目を閉じ、腕組し、深くため息をついた。
しばらくそのままの態勢でいた。
その姿からは、17歳の少女とは思えないほど不思議な貫禄が感じられた。
安堵や楽観など、いつくもの感情が彼女の脳内を駆け巡っているのだ。

ナツキやマリーを含めた全員が彼女の次の行動を待っていた。
マリカはまる一分使ってからようやく口を開いた。

「パパの仕事はどうなるの?」
「パパは廃業だ。法律事務所は畳むことにしたよ」

真理華の顔がまた固まった。

「パパは仕事の方向性を変えることにした。
 世間的には転職として定義すべきだろう。
 これから国家公務員のお仕事を紹介してもらえるそうだから、
 そちらの側で自分の力を生かそうと思ってね。
 
 それにしても……やはり弁護士なんて時代遅れだなぁ。
 自分がいかに民主主義の思想に毒されていたか気づかされたよ。
 日本の法律なんてクソだよねクソ。アメリカに支配されている日本で
 法律家を気取っている奴らは全員死んだほうがいいよ」

マリカは見逃さなかった。セリフの途中でパパがカメラに映らない
アングルでカンペを読んでいたのを。マリカの法と正義と秩序を
愛する姿勢は、パパから教えてもらったものだ。そのパパが、法律家を
否定するなんてありえない。自分の存在価値を否定するのに等しい暴挙だ。

マリカはナツキの前でめったなことを口にするわけにはいかず、
適当なところで話を終わらせてしまう。
ナツキは親切にも父と妹との電話やメール(LINEのみ)のやり取りを許可してくれた。
しかし、諜報広報委員部の監視下に置かれているので言論の自由がない。

テレビ電話も好きな時間帯にしていいと言われたが、
当然ぎこちない会話になってしまうだろう。
マリカは、とりあえず家族の安否が分かっただけで良しとした。

「マリカのお母様も」

ナツキが得意げに言う。

「今日の夕方、ご自分から収容所へ入ることを希望されたそうだ。
 不思議なことに私は日本資本主義の手先ですと自白してきたよ。
 今頃君の自宅に警察の車が向かっている頃だろうね」

「あらそう。むしろあっちにいるほうが安全かもしれないね」

マリカはナツキと視線を合わせずに答えた。
遅かれ早かれ、母を自由にさせるわけがないとは思っていた。
家族が連帯責任で拷問されるのを一番恐れていたことだが、
当分その心配がなければ十分だ。

「井上マリカ。君に一つ指令を与える」
「なによ。改まって」

「君の家族の安否を第五特別クラスの奴らに公表しろ。
 明日の授業中(訓練)で構わない。IPADを使って
 家族と会話しているシーンを見せてやれ」

「……その狙いは?」

「今日、君がマリーと課外授業を受けていると伝えたら、
 奴ら大騒ぎになっていたからな。君が生徒会本部で
 取り調べを受けているんじゃないかと疑うものまで
 出ていたぞ。とにかく奴らを鎮静化しろ。
 これはボリシェビキの高倉ナツキからの命令だ」

「命令なら仕方なわいね。喜んで引き受けるわ。
 みんながそこまで心配してくれたのもうれしい。
 同時に申し訳なくさえ思うわ。クラスメイトのみんなは
 どこかの誰かさんと違って人間味があるから」

ナツキは顔色一つ変えず聞き流し、マリーへと視線を向けた。

「斎藤マリエ。君には自己批判を要求する」

「自己批判て言葉自体、初めて聞いたんですけど」

「自らの過ちを客観的に認めることだ。
 君もボリシェビキの一員なら覚えておけ」

「はあ…」

「君はつい先ほど、激情に任せて僕を絞め殺すと言ったな。
 会長に対する暴言であり脅迫である。
 規則では政治思想を中心とした取り調べの対象になるが、
 特別に口頭での謝罪のみで許す」

「はいはい。ごめんなさい。これでいいですか?」

「まだある。君はマリカの肉親が虐待されているものと
 被害妄想を膨らませていたようだが、事実誤認である。
 十分な証拠調べもせずに糾弾するのはボリシェビキとして
 ふさわしくない。謝罪しろ」

「ごめんなさぁい」

マリーはわざと首をかしげながら言った。
しかも祈るように握った両手をあごの下に置いてだ。
太盛と出会った頃のマリーはこんな感じの仕草をよくした。
小悪魔系のうざい美少女だとミウから称されていたものだ。

「う、うむ。反省しているようならよろしい」

ナツキ(衣装はジャイアン)は、赤面しながら咳払いをした。
まるでロリコンの中年オヤジのようである。
マリーは心の中で毒づくことにした。

(死ねよ。こいつもしょせんは女好きのロリコンじゃん。
 ガチガチの石頭のくせに女に飢えてるんだ。ナージャって女だけじゃ
 満足できないんだ。異常だよ。なんでこんな奴に私は
 一時的とはいえ惹かれていたんだろう。本気で自分を殴りたくなる)

「それとマリカが泊まる場所だけど」

ナツキが何か言っている。

「マリーと同じ寝室を使うといい。つまり副会長専用の
 寝室だよ。マリカ用のベッドを追加しておいた。
 あっ。説明の順序が逆になってしまったね。
 マリカもしばらく学校に泊まり込みだ。そして
 二人はできるだけペアで行動すること。これも命令だ」

(なんとなく予想はしていたけどね…。
 マリーちゃんといっしょなら悪くないか)

マリカは生返事をして済ませた。

22時の見回りがあるから、もしかして泊まり込みになるとは
思っていたが、やはりそうだった。この日の22時にも
異常らしきものは見られず、長い冬休み初日を終えたのだった。

マリーとマリカは精神的に限界まで疲れ切っていたので
枕に顔を沈めた瞬間、脱力した。

どちらかが先に電気を消す暇もなく、
死んだように眠りについたのだった。


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