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作品名:斎藤マリー ストーリー 作者:なおちー

第14回   「初対面ではないから  敬語は省かせてもらうね」
「斎藤マリエさん。初対面ではないから
 敬語は省かせてもらうね」

10時5分前にドアがノックされ、井上マリカが
副会長室を訪れたのだった。

「は、はい。井上さんは上級生ですから当然のことです」

執務用の机でうたた寝をしていたマリーは緊張して立ち上がる。

「今日からあなたと同じ仕事をすることになったから、
 同僚としてよろしく」

噂で聞いた温厚な性格とは少し違う気がした。
差し出された手は少し暖かいが、態度がやや高圧的だ。

昔のマリーもこんな感じだったことを思い出した。
やはりナツキに勧誘された女性は誰だって最初はこうなる。
皮肉だがミウも組織委員に勧誘された時はイラついていた。

「あの、井上さん」
「マリカでいいよ。で、なに?」
「マリカさんの心中をお察しいたします」
「は?」

妙な圧力を感じて、マリーは萎縮しそうになったが続ける。

「い、いえその。マリカさんのご家族がその……
 家と別の場所にいるのは知っています。
 だからイライラしてるんですよね?」

マリカは眼鏡をはずし、レンズをふいた。
もう一度かけなおしてから

「本気で言ってるようだけど、そういう発言はおよしなさい。
 ボリシェビキらしくないってナツキに言われるよ」

「それは分かっていますけど、私はマリカさんの気持ちを
 少しでも分かってあげたくて」

「ふぅん」マリカが顎に手を当て、言葉を続ける。

「あなたは私のことをどう思ってるの?」

「えっと、どういう意味で…」

「生徒会に勧誘された気の毒な女だと思ってるの?
 それとも仕事を円滑に進めるために私と
 仲良くなりたいの?」

「正直に言うと、どっちもです。
 私だってマリカさんと似たようなものですよ。
 好きでこんな場所にいるわけじゃないから」

「ごめんなさい。私ね、性格悪いから
 あなたのこと好きになれそうにないわ」

「え…」

まるで突き放すような言い方にマリーは胸が痛くなった。

「時間だから、さっさと出発しようか」

きびすを返したマリカ。
腕時計でしっかりと時間を確認していた。
マリーも後に続く。

マリカは小柄だ。マリーとほぼ同じ身長である。
威厳のある姉と、それに着いて行く気の弱い妹のようだ。

「さてと」

マリカが大きな肩掛けカバンをコンクリの上に降ろした。
ここは旧組織委員の事務所の前である。

「これ持って」「はい」

マリーに手渡されたのは、ソニー製のハンディカムだった。
マリカはオリンパス製のPCMレコーダーを手にした。

※PCMレコーダー
 音声を高音質で録音する小型装置
 マリカが使っているのは高級品
 音に特化しているだけに、
 ビデオカメラのマイクより性能が高い

マリーはビデオカメラなど使ったことがないので
操作の仕方が分からないが、マリカはさっさと
事務所の中へ入ってしまう。

マリーは適当に液晶パネルの部分を開いてみたら電源が入った。
録画ボタンは見ての通りだったので押してみる。
画面に録画中の赤い丸印が付いた。

パネル越しに見る世界は、なんだか不思議な感じがした。

彼女らの任務は、心霊現象が発生した場合に
画像や音声に残すことなのだ。
霊を呼び寄せるために、マリカはミウの写真を携帯していた。

深い憎しみからか、ミウの写真は何度も握りつぶされて
ほとんど原形をとどめていない。

「高野ミウ。あんたは地獄へ行ったんでしょ?
 それとも地縛霊にでもなったつもりなの?」

誰にでもなくつぶやいたマリカ。
もちろん返事などない。
今日は良く晴れていて風が強い日だ。
いくら跡地とはいえ日中に幽霊が出そうな雰囲気ではない。

これはマリーの知らないことだったが、マリカはかつて
ミウの友達だった。ミウが記憶喪失になる前は
クラスで一番多く話すほど仲良しだった。
だから彼女のミウに対する思いは大変に複雑なものがある。

二人とも控えめな性格だったので、クラスで目立つことを
したことはなかった。ただ、マリカは男子から陰で大人気だった
ミウの美しい容姿にかなり嫉妬していた。

そのことをさりげなく指摘すると。
ミウは決まって「私はブサイクだよ」と言う。
それが少し気に入らなかった。

マリカは、地位や立場によってあそこまで人が豹変したことを
一生忘れないようにしていた。ミウの正体は冷酷な
サディストだったのか、それとも地位が
そうさせたのかは誰にも分からない。

だからこそ代表だった時の自分は
絶対に威張らないように心掛けていたのだ。

マリカは、事務所の奥の給湯室からトイレなどを見回ってから
入口へ戻って来た。マリーはどうしていいか分からず、
ずっと入り口で待っていたのだ。

「ふん」鼻を鳴らし、マリカがIPADに文字を入力する。

「報告書は私が書くから」「は、はい」

マリカがナツキ宛に報告文を送信していた。
大した内容ではない。
本日10時の段階で異常なし。それだけである。

マリーは操作を教えてもらって、録画したデータを
ハンディカムからIPADへ送信した(Wi-Fi)。
マリカのレコーダーの音声データも同じように送信できるのだ。

あとで録画したデータはまとめてナツキのIPADと、
諜報広報委員部へ送ることになるのだ。

「じゃ。また夕方に」「お疲れさまでした」

このまま別れるのかと思ったが、
歩く先が全く同じなのが気がかりだった。

「あなたも諜報部へ?」「はい。体育の授業をするので」

明らかにマリカが嫌そうな顔をしたので、
さすがにマリーも我慢ならなくなった。

「あの!!」
「うん。なに?」

大きな声を発してもマリカは動じない。

「マリカさんが私のこと嫌いなのはよく分かりました。
 でもせめて理由を教えてくださいよ。
 私に嫌なところがあったら直しますから」

「うん。でも口で言っても直るものじゃないから」

「はい?」

「あえて言うならあなたの顔が気に入らない。
 これ、あなたを嫌っていたミウと同じ理由になるよね。
 斎藤さんは男子に人気あるでしょ?
 うちのクラスの堀君とか、ナツキとか、
 7号室の看守たちでさえあんたに惚れてるんだもんね」

「私は別に顔が良くないです。普通です」

「そういう謙遜が逆にムカつくからやめてくれない?
 学園のアイドルだったらアイドルらしく堂々と
 していればいいと思うよ。私は大嫌いだけどね」

「百歩譲って私の顔が整っているとして、それが
 どうして私が嫌いな理由になるんですか?
 まさかマリカさんはナツキさんが好きだから
 嫉妬しているわけじゃないですよね?」

「まさか……。でも好きだった時期もあったよ。
 今はただの最低な男になっちゃって幻滅しているけどね。
 あいつもボリシェビキにならなければ良い男だったのに」

本気で残念がっている様子がうかがえた。
頭の良い女だから嘘を交えてくるのかと警戒していたが、
どうやら井上マリカは正直さを好む少女のようだった。

「私があなたを嫌うのは別の理由がある」
「教えてください。どんなことでも聞きますから」
「うん。じゃあ言うね」

マリカはわざわざマリーの目前まで顔を近づけて言った。

「私ね。家の事情で法律を学んでいる人間だから
 かもしれないけど、不平等を嫌うのね?
 普通の女子はもちろん不平等を嫌うと思うけど、
 私はそれの酷いバージョンかな。

 まずあなたが7号室から特別に解放されたのも気に入らない。
 それと副会長室でニートをしてたのもナツキから聞いているよ?
 そういう特別待遇も気に入らない。
 あなたの友達の船越ヒトミが死刑になるのに
 あんたが楽な地位にいるのも気に入らない」

「待ってください。こっちにも言いたいことがあります」

「どうぞ遠慮なく。私は一方的にまくしたてるつもりはないから」

「私は巻き込まれているだけです。ヒトミちゃんが死刑になるのだって
 もちろん悲しいですよ。7号室から私だけ解放されて
 みんなに悪いと思っています。でも全部会長閣下が
 決めたことだから私の意思はないじゃないですか」

「正論だね」

「え」

「質問するけど、どうして自分がナツキに
 エコひいきされたと思う? 答えはすごく簡単だよ。
 ミウがあなたを嫌っていた理由に直結するから」

井上マリカの質問は端的で鋭いと評判だったが、
まさにその通りであった。

「顔、ですか?」

「そう」

マリカが初めて小さな笑みをみせた。

「女は器量ひとつで世渡りできるって昔の人が言ったけど、
 まさにあんたがそれを体現しているよ。あーうらやましいな。
 私は家族まで人質に取られて、6号室のみんなを
 まとめないといけない地位にいるのに、
 あなたはニートだったんだもんなぁ」

「マリカさんは第五特別クラスの代表を
 好きでやっていたわけではなかったんですか?」

「まさか」

外人のように両腕を左右へ広げた。

「かなり気を使う立場だったよ。
 みんなが私を支持してくれるのはうれしいけど、
 忙しくて大変な仕事なの。代わりがいれば
 いつでも変わりたかったけど、みんなが私を望むから
 仕方ないでしょ。反乱が起きたら大変なんだよ」

「あの。もう時間が…」

「おしゃべりが長すぎたね。完全に遅刻だけど行こうか」

マリカは相変わらずさっさと歩きだしてしまうから、
マリーは競歩のような足取りで着いて行かないと間に合わない。

諜報広報委員部の事務所の前でトモハルが待っていてくれた。

「同士井上殿。斎藤殿。少々時間がオーバーしておりますが、
 初日なので見逃すことにしましょう。これより
 トレーニング施設を案内させていただきます」

事務所から一番近い空き教室に、いくつもの運動器具が置いてある。
この学園では粛清された生徒総数が400を超えるため空き教室は多い。

「トモハル君。私たちの他には誰もいないんだね」

「左様です。同士斎藤」

「私は諜報広報委員の人たちと一緒にやるのかと思ってた」

「うちの部の人間は体育館へ行ってもらいました。
 マリカ殿の部下も臨時参入して大所帯になりましたからね。
 ここの部屋はお二人専用の部屋としていつでも
 使っていただいて結構です」

「なにそれ。聞いてないよ」マリカが反発した。

「私も大勢と一緒に体育するのかと思っていた。
 なんでこんな奴と一緒に過ごさないといけないの」

『こんな奴』にカチンときたマリー。だがまだ耐えた。

「むしろ厚遇だと思っていただきたいですな。
 お二人専用のトレーニング部屋を用意したのは
 同士ナツキのご厚意です。お二人に親睦を
 深めていただきたいとのお考えが…」

「バッカじゃないの」

ばっさりとマリカが切り捨てる。

「はぁ〜。ナツキはこういう空気の読めないところが昔からあったのよ。
 今さら言っても治らないだろうけど、とにかく私は
 斎藤さんと仲良くするつもりはないから」

「しかし、そのような態度では同士斎藤にも失礼なのでは…」

「私なら大丈夫だよトモハル君。
 私もこんな女と仲良くするつもりないから」

「何か言った? 一年生」

「あんたみたいな性悪女と一緒にいるのは嫌だって
 言ったんだよ。ババア」

どちらともなく奇声を上げて殴りかかり、
つかみ合いの喧嘩になった。

最初にマウントを取ったのマリカ。思い切りマリーの
髪の毛をひっぱりながらビンタを食らわす。

マリーはマリカの制服のリボンを引っ張って
窒息死させようとしていた。さすがに苦しくなって
マリカがマリーから離れてしまう。

両者は起き上がり、にらみ合いの状態になってしまう。

「はいはい。そこまで!!」

野球の球審のように両手を大きく広げるトモハル。

「あなた方がただいま行ったことは、生徒会の規則では…」

「分かっているわ。生徒会では仲間割れは厳禁。
 最悪取り調べの対象にさえ成りかねないものね」←マリカ

「マリカ殿はずいぶんと気性の荒いお方ですな。
 第五特別クラスにいる時とは別人のように感じられます」

「あの時はリーダーの立場だったから冷静でないと
 いけなかったけど、今はそうじゃないもの。
 私は嫌いな奴にはっきり嫌いって言うタイプだから」

マリーは右の拳を強く握り、
マリカの頬にお見舞いしてやろうかと思った。

「このクソやろ…」

「やめなさい斎藤さん!! 
 今は体育の時間なのをお忘れですか!!」

「トモハル委員の言う通りよ。斉藤さん。
 体育をしましょう。体育を。大丈夫よ。
 背中を向け合ってお互いの顔を見ないように
 トレーニングをすればいいんじゃないかしら」

急にマイペースになったマリカ。
トモハルから更衣室へ行って体操服へ着替えるよう
勧められたが、制服のままでいいと言い張った。
意外な強情さに呆れたが、トモハルは許可した。

女性向けのダンベル(1.5キロ)
ケトルベル(8キロ)
懸垂台、縄跳び、ボクシンググローブなど、
様々な道具が置かれている。
一見すると地味だが、全身運動に最適な、合理的な道具ばかりだ。

「マリカ殿はどれを使われますか?」

「フラフープにしようかな」

「ではどうぞ。マリカ殿の身長でしたら
 95センチのものが最適でしょう」

※フラフープは子供向け大人向けなど身長別に分かれている。
当然身長にあったものでないと回せない。

「……全然回せないんだけど?」
「やり方があるのですよ。まず両足を肩幅まで開いて…」

トモハルが手ほどきをすると、覚えの速いマリカは
すぐに1分間連続で回せるようになった。

「小学生の時以来だけど、結構面白いねこれ」
「お腹周りが引き締まって美容効果もありますよ」
「トモハルも一緒にやろうよ」
「いいですよ」

元野球部のエースであり、現在も徹底的に訓練された
トモハルは鼻歌を歌いながらフラフープを回していた。

いつまで回し続けているのかとマリカは思ったが、
なんと10分以上も連続で回して息が全く上がっていなかった。
汗もかいていない。

慣れていないマリカはすぐに汗だくになったのに。
やはり基礎体力が全然違うのだ。

「すごいね。さすがトモハル君。
 運動のできる男子ってやっぱりカッコいいね」

「この程度なら褒められるほどではありませんよ。
 野球部時代は走り込みや筋トレなど
 血反吐が出るまでやっておりましたから」

他方。マリーはボクシンググローブをもてあそんでいた。
初めてなので当然はめ方がわからず困っているのだ。

「それはですね…」トモハルがすぐに近寄って教えてくれる。

マリカは舌打ちしてから明後日の方を向き、
今度はダンベルなど他の道具を触り始めた。

パシィンとはじける音を立ててマリエの拳が
サンドバッグに叩きつけられる。
素人なのでフォームがでたらめだった。

「そんな適当な打ち方では肩を壊しますよ。
 まず両足を肩幅に開きまして、聞き足の側を後ろに下げて…」

トモハルが構えの見本を見せてくれる。
彼もマリーと同じく右利きだ。
しっかりとわきを締め、左手を前に出し。
右手の拳で自らのあごの位置を守る。

「こんな感じ?」「そうそう。肩の力を抜いてリラックスして」

トモハルの教え方がうまいのと、
マリーの覚えの速いのもあって、それらしい構えになってきた。

基本のジャブ、ストレートの打ち方を教えてあげると、
拳の動きにスキが無くなり、スピード感が増した。

「おおっ。マリー殿も初めてにしては筋が良い」
「そうかな。言われた通りにやってるだけだけど」
「上半身の動きはまあまあですな。あとは腰と下半身です」

トモハルは「ステップ」を踏み始めた。

サンドバッグを対戦相手に見立て、円を描くように
周りを回っていく。マリーはその速さに圧倒された。

ボクサーの構えから一部のすきもなく、
縦横無尽に動き続けていく。トモハルは大柄だが、
信じられないほど機敏に動いていた。

「体幹」が大事だとトモハルは言う。
足の体重移動の機敏さが早さに直結する。

トモハルはフラフープの時と違い、息があがっている。
前方へ踏み込み、ワンツー。
素人には彼のジャブは視認できず、かろうじて
右ストレートの残像が見える程度だった。

おまけでトモハルが得意の左のローフックを放つと、
サンドバッグが大きく揺れた。

「すごいね」「いえいえ。これも誰でもできますから」

今度はトモハルがゆっくりと右ストレートを放ち、
足の安定、踏み込みと、腰のひねりの重要性を説明した。
つまり爪先から指先に至るまで、連動した動きで
拳を振るうのがボクシングの基本なのだ。

これはどの格闘技にも言えることなのだが、
今までに運動に興味のなかったマリーは感心した。

「コンビネーションは無限です。ジャブを起点に
 フック、ボディ、アッパーと自分が望む連続攻撃が可能です」

トモハルの拳の乱打がサンドバッグに叩きつけられる。
ただ早いだけでなく、しっかりと重みがあるのが
激しい音から伝わってくる。

「これが生徒会の推奨する全身運動なのね。
 最初はボクシングなんて腕だけの運動かと思っていた」

「ボクシングは下半身が大切なスポーツですよ。
 ステップを踏むだけでもかなり体力が必要ですからね。
 試合となると多い時で10ラウンドも戦わないといけない」

「……ミウもやっていたんだよね。ボクシング」

とマリカが突然話に入って来た。
トモハルがすぐに笑顔で応じる。

「生前のミウ閣下は実にボクシングがお好きでしたな。
 ストレス解消にもってこいだとおっしゃっていました。
 基礎練習の縄跳びやジョギングも積極的に行っていました。
 残念なことにボクシングの腕前を、
 無抵抗の囚人の虐待にばかり使っておりましたが」

「じゃあ私は」がマリーにやける。

「井上をボコるために使おうかな」
「何か言った? チビ」
「あんたもチビでしょ」
「黙れカス。顔だけが取り柄のくせに」
「カスはあんたでしょうが!!」

トモハルが慌てて二人の間に入って止めにかかる。
振りかぶったマリーの拳がちょうど
トモハルの肩に当たったが、平然としていた。

マリーに謝罪されても、それはどうでもいいとさらっと答えた。

「なんて仲の悪い人たちなんだ!! 授業中に
 喧嘩ばかりしているとさすがの私も怒りますよ!!」

マリーがふてくされた顔でマリカを指す。

「悪いとは思っているよ。でもこいつがさ」
「いやいや。どう考えてもあんたが喧嘩売ってきたけど?」
「もとはと言えば喧嘩売ってきたのはそっちでしょ?」
「ダンベルであんたの頭をカチ割わりたくなってきた」
「その前に腹パン食らわせてあげるよ」

トモハルは呆れながら、「もうその辺でやめなさい」と言った。

「本当は全部の道具の使い方を説明したかったのですが、
 この様子では練習になりませんな。 
 少し早いがお昼の休憩としましょう」

「まだ11時だけど…」

「この際に気にしないことにしましょう。
 食堂なら空いておりますから」

トモハルはそう言い、なぜかマリーとマリカを
一緒にエスコートしようとする。

「待って。まさかとは思うけど」
「マリカ殿の思っているとおりです。
 我々三人で一緒に食事をとります」

マリカとマリーは大いに反発したが、
トモハルは「親睦のため」の一点張りだ。

彼とて会長の命令に従っているのだから
マリーたちも文句ばかり言っても仕方ない。

マリーとマリカは彼の後ろを並んで歩いた。

マリーがさりげなくマリカに肩をぶつけると、
マリカも返してくる。身長差がないので力に差がない。
そのどつき合いがやがてひどくなってくると、
トモハルがマリーのおでこにデコピンを食らわせた。

「今のはマリー殿が悪いですぞ」
「ごめん。でもあんたのデコピン強すぎだよ」

食道はがらんとしている。この時間なので当然誰もいない。
この学校は広いので一階と二階に食堂が分かれている。
ここは二階だった。冬休み期間中なので食堂の係の人はいない。

隅に置いてある長テーブルに、仕出し弁当の山が積んである。
冬休み期間中に働いている生徒会の人間は、
ここのお弁当を食べることになっているのだ。
人によっては自分でお弁当を持ち込む人もいるが。

トモハルが三人分のお弁当をわざわざ運んでくれた。
席順は、トモハルの向かい側にマリーとマリカが並ぶ。
二人は不快そうな顔を隠そうとしなかった。

トモハルは電気ポットのお湯を注いで、
人数分のインスタント味噌汁を持って来てくれた。
トモハルは気が利くので、こういう細かい仕事を
進んでやってくれるのだった。

「ごめんねトモハル君。本当はこの一年に
 やらせるべきだと思うんだけど」

「は? 年下だからって舐めてんの?
 一個しか年違わないくせに」

「でもあんた、見た目が小学生みたいだからお子様って感じ。
 どうせお弁当も全部食べ切れないんでしょ?」

「うっせえ性悪女。あんただって折れそうなくらい細い体してるくせに」
「私は文科系だから体鍛えたことないもの」
「ぷっ、軟弱」
「その代わり成績は上位だけどね。収容所に入る前の
 成績は学年で4位だったよ。あなたは?」
「くっ……」

成績の話をされるとマリーは弱かった。
マリーもクラスでは上位の方だが、さすがに学年トップ5以内を
一年の時からキープし続けた秀才のマリカに勝てるわけがない。

「おおっと、外は雨が降ってきましたな!!」

窓の外を見て、わざと声を張り上げたのはトモハル。
彼は少女二人の漫才には付き合ってられず、
一人で食べ始めていた。

マリーも割りばしを割っておかずに手を伸ばした。

「うわー。すごい降りかた。
 校庭がぐしゃぐしゃになっちゃうよ。
 夕方の見回りが憂鬱だなぁ」

「悪天候の時は中止になるかと思いますよ。
 会長殿は女性には特にお優しい方ですから」

「ふーん。まあ優しい人だとは思うけど」

マリーはニヤニヤしながらマリカを見た。
行儀よく鮭の切り身を
食べていたマリカは「なによ」とにらんだ。

「井上さんは昔会長と付き合ってたって噂を聞いたよ。
 で、どうなの本当のところは?」

「うるさい。あんたに答える義務はない」

「そういう言い方をするってことは、付き合ってたんだ?」

マリカは首を大きくゆっくりと横に振った。

「友達以上の関係になったことはない。確かに一年の時は
 同じクラスだったから、周りからそういう噂をされていたのは
 知っている。でもあいつが途中からボリシェビキに入るなんて
 バカなこと言っていたから…」

この話題にはトモハルも興味津々だった。

「意外ですね。私はてっきりお二人が付き合っていたのかと
 思っておりました。ミウ閣下亡きあと、
 会長閣下がマリカ殿を勧誘する一番の理由がそれかと」

「ないない。あいつは私を利用することしか考えてないよ。
 あいつは冷たくて利害関係がない人間とは関わらないから。
 でも意外とスケベなところもあるか。
 そこにいる斉藤を甘やかしてるんだから」

「私のこともなんとも思ってないって」←マリー

「いや少なくともあんたには気があるよ。異性としてね。
 愛人(彼女)候補の一人として考えてるんだよ。
 ただし斎藤に実務は何も期待してない。
 だってあんた、顔以外何の取り柄もないじゃん」

「は……?」

「聞こえなかった? 何の取り柄もないって言ったんだよ。
 反論できるならしてみなよ。例えばクラスの代表とか判事とか
 やったこと一度でもあるの?」

頭に血が上ったマリー。お茶の入った紙コップを投げようとするが、
トモハルの好セーブによって防がれる(チョップ)。
お茶は床にぶちまけられ、紙コップはむなしく床に転がった。

「確かにお気持ちは分かりますが!! 
 お食事中ですから。マリー殿!!」

「ごめん。もう無理。この女をぶっ殺さないと気が済まない。
 初対面の時からどんだけ喧嘩売られたことか。
 こんな奴と一緒に見回りとか考えただけで吐き気がする」

仁王立ちをしたマリーが殺気を放つ。
伊達に収容所7号室を経験しているわけではなく、
トモハルやマリカをたじろがせるほどの勢いだった。

マリーは地下から運ばれてくる死体の処理を手伝ったことはある。
腐り始めてウジがわきはじめた死体の気持ち悪さ。そして腐臭の匂い。
鼻の奥を突いて胃の中身が逆流するほどに臭い。涙が出るほど臭い。

囚人仲間と涙を流し、鼻水をすすりながらスコップで
土をかけてあげたものだ。真っ赤に染まった夕暮れの中、
自分たちの影と一緒に土を踏んで固めたのは一生忘れない。

模範囚ばかりだった第五特別クラスとは違い、
マリーたちは常に生徒会に拷問される恐怖と戦ってきた。

「これは明らかに井上マリカ殿が悪いですぞ!!
 一言マリー殿に誤っていただければ、
 この場は丸く収まることでしょう!!」

「いやだよ」

「マリカ殿!! 大人になりなさい!!
 代表まで勤めた人間にしては冷静さを欠いていますぞ!!」

「一応組織論をかじっている身としてはね、
 ピンチはチャンスでもあるんだよ。
 トモハル君。この修羅場をナツキに詳細に報告してよ。
 それで私と斎藤マリーのコンビを解消させてもらうよう頼んで」

「会長殿の要望はお二人の仲を深めていただくことであります。
 マリカ殿の提案は反体制的と取られる恐れがありますぞ」

「うーん」あごに手を当ててから。

「ここで私らがいくら騒いでも時間の無駄だね。
 ナツキに直談判しに行こうかな。トモハル君。
 今日ナツキのスケジュールの空きはある?」

「日程の管理をされているのは同士ナージャですから、
 私の所感ではありません」

「もういいよ。トモハル君」マリーが静かに言った。

「私が我慢すれば丸く収まるんだから。
 私がこいつにどんな言葉を吐かれても黙って聞き流せばいいんだ。
 私の方が馬鹿で年下だから逆らわなければいいんだ」

「そこまでは言っておりませんよ。
 そもそもボリシェビキはみな平等ですから、
 上下の関係を撤廃しています。
 ですから同志とお呼びしているのです」

「だったらさぁ。なんでみんな会長におびえているの。
 一党独裁の組織に上下関係がないわけないじゃん。
 むしろ民主主義よりずっとひどいよ」

マリカが小声で言った愚痴をトモハルは華麗にスルーした。

「お二人の関係を改善するにはまだまだ時間がかかるようですな。
 ご飯も食べ終えたので昼食はこの辺で終わりにしましょう。
 同志斎藤にはあとで個人的な話があるので、別室へ案内を…」

ガラガラ ←扉の開く音。

「話しは聞かせてもらった」

なんとナツキが入ってきた。トモハルは仰天してしまう。
2ちゃんのAAでよく使われたスターリンのような登場の仕方だった。

「か、会長閣下。ご多忙だと聞いておりましたが。
 いつからそこに?」

「5分くらい前だよ。この近くを歩いていたら
 君たちの話声が聞こえたから、廊下で聞き耳を立てていたんだ」

ゆったりとした足取りでマリー達の近くへ来るナツキ。
以前の彼とは違い、威圧感というか凄みがある。

(服が変わっている?)

マリーがそう思ったのは当然だった。

ナツキは見慣れた制服のブレザーではなく、
軍服を着ていた。いかにも軍人らしいカーキ色である。

帽子にソ連のシンボルマークがついている。
赤(革命の血)鎌(農民)とハンマー(労働者)である。
そして星マーク。彼の襟には華々しい階級章がついていたが、
軍事の知識のないトモハルら三人にはよく分からなかった。

「そちらは新しい制服でございますか?
 見たところソビエト陸軍の服のようですが」

「そうだ。僕の趣味だよ。
 冬休みなのでコスプレをしてみたくなったのだ」

(なぜコスプレを? しかもどこで買ったんだ…)

と思ったが、失礼かと思って口にはできなかったトモハル。

「なんでコスプレしてんのよ。
 しかも日本人にソ連の軍服なんて似合わないよ」

マリカは遠慮なかった。

「たまには遊び心も必要だ。
 君たちは生真面目だから熱くなりすぎているようだからね。
 実は本部の私室にコスプレグッズが用意してあるんだが、
 よかったら君たちも一緒にどうだね?」

ナツキはフリースのドラ〇ちゃん着ぐるみがあることを説明した。
超ダボダボのフリーサイズなので、
大きめのパジャマ感覚で着れるという。

これっぽっちも興味がない真理華は軽く聞き流した。

「あいにく暇じゃないんですよ。あんたに指示されたから
 午後から地下の見学に行かないといけないので」

(ちょ…。マリカも地下に行く予定だったの?)

なんとマリーとマリカは午後の日程まで同じだったのだ。
つまり初めからナツキが仕組んでいたのだ。

「コスプレの件は冗談だ。君達の気持ちを和ませてあげようと思ってね」
「本気で面白いと思ってるの? 他の二人はしらけているからね」
「ふぅ。それにしてもここは暑いな」
「ん?」

ナツキは何を思ったか、いきなりベルトを外し、軍服の上下を
その場で脱ぎ始めた。新手の露出プレイでも始めるつもり
なのかと思い、マリカが固まり、マリーは悲鳴をあげる。

「ナツキ会長……」 トモハルは震えながら見守っていた。
もし自分の部下だったら暴力制裁をしているところだが、
相手は上官であり学園の最高権力者である。

そしてトモハルら三人は
信じられない光景を目にするのだった。
ナツキは、ドラ〇もんに進化した。

ドラえもんは国民的人気アニメである。

当たり前だが、ドラえもんは二等身で手足が短い。
全身青タイツのナツキは背丈が178センチ。手足は長い。
文系タイプと思われた彼の体は、
意外にも引き締まった筋肉で覆われていた。

会長の忙しい中、ソ連式の訓練を欠かさなかったのだろう。

ナツキは、脱いだ軍服の上着のポケットからマスクを取り出した。
タイガーマスクではない。ドラえもんになりきるための青マスクだ。
きつきつのそれをしっかりと被ると、ドラえもんの顔になった。
顔全体を覆うマスクだから、長時間付けるのはしんどそうだ。

「どうだトモハル? 僕のドラえもんっぷりは中々だろう?」
「は、はぁ……。えらいスマートな体形のドラえもんですな。
 なんと言ったらいいのか。手足が長すぎて新鮮です」

女子二人は、彼のノリに着いて行けず、呆然としている。
ナツキはドラえもんタイツ(3.5万。特注品)の伸縮性を
試すために、ダンベルを持ちながらコサック・スクワットを開始した。

※コサック・スクワット
ネットで検索すればすぐにヒットする。
誰にもできる簡単かつ合理的な体操(動的ストレッチ)

全身タイツではやりにくかったのか、
ダンベルを持ったまま後方へ転倒したナツキ。

「ぷっ」

マリーが笑った。やれやれと言った感じで
起き上がるナツキの顔はドラえもんだ。
口元が真っ白で髭が生えているのが今になっておかしく感じた。

「ふっ。くく」トモハルは笑いをこらえていた。

ナツキの体を張ったギャグは、確かに部屋の空気を和ませていた。

「ふーん。よくできてるのね、これ。伸びる伸びる」
「こらマリカ。あんまり強く引っ張らないでくれ。
 破けたらどうする。僕の少ない小遣いで買ったんだぞ」

「ナツキは学園の金を流用してるんでしょうが」
「なんのことだ?」
「ナツキはのび太の方が似合ってるかもよ」
「のび太だと会長っぽくないだろ。せめて出木杉にしてくれ」

傍から見ると仲良しの男女である。
マリカは親と妹を人質に取られているわりには、
ナツキと普通に話せるのだから大物である。


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