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作品名:斎藤マリー ストーリー 作者:なおちー

第12回   翌朝の起床時間まで変わったことは起きなかった。
エリカの熱は38.9℃まで上がってしまった。
教員が車に乗せて病院へ連れて行くことになった。
しばらく自宅で休むようにと会長のナツキから厳命されたため、
エリカはしぶしぶ従った。

そしてその日の午前中に、ナツキ会長の演説が始まる。
いよいよ明日からの冬休み。
生徒へ休みの日の過ごし方の心構えを説くのだ。

これは本来なら学校の校長先生が行う行事。
すなわち終業式の挨拶である。

また話がそれるが、終業式の挨拶について語ろう。
これは別に終業式に限った話ではないが、
体育祭や文化祭の開催に際して偉い人の『挨拶』ほど
生徒にとって苦痛で無駄な時間は存在しない。

なぜなら「話がつまらない」からである。
日本人のいくつもある悪癖の一つに、
当たり障りのない話をして済ませる、
人前で恥をかきたなくない、というのがある。

つまらない話をする方がむしろ恥だと私は思う。

例えば…。
ドイツ第三帝国のヒトラー総裁は、
類まれなる演説の才能によって
ドイツのインテリ、非インテリ層を問わず
大勢の聴衆を魅力し、彼の思想を植え付けることに成功した。

ヒトラー総統は国民の過半数以上の支持によって
『民主的に』独裁者になった。
ナチス党が第一党になったと同時に、その他の党は全て解散させられた。
ちなみに「総統」とはヒトラーのために用意された新しい地位である。
大統領と首相を兼ねたものだ。 

ヒトラーの善悪についてはこの小説では問題にしないが、
彼が歴史上の偉人、天才だったことは誰にも否定できないだろう。

ドイツ軍の優れた頭脳が彼のもとに結集し、
彼らの持てるすべての力を戦争のために費やしたのだ。

ドイツ軍は戦争において作戦レベルで世界最強の国である。
もっと分かりやすく言うと、『人と兵器の運用の仕方』を極めている。

同じ数、同じ条件で戦闘してドイツに勝てる国はおそらく存在しない。
ソ連軍首脳も熟知していたことだ。
スターリンはドイツとの戦争を先延ばしにするために
あらゆる手を尽くしたが、失敗に終わる。
そして独ソ戦が勃発。
たった一か月でソビエト連邦軍を壊滅寸前にまで追いつめたのだ。

というか、普通に戦ったら壊滅していたと思われる。
また軍事の話が続いてしまうが、

第二次大戦中にアメリカで生まれた
『武器貸与法(レンドリース)』により、
ソ連へ軍需品が支給されていたのだ。

航空機 14,795
戦車 7,056
ジープ 51,503
トラック 375,883
オートバイ 35,170

これはほんの一部である。他にも…

食糧 4,478,000 トン
軍靴 15,417,001 足
銃 8,218
機関銃 131,633
機械と装備品 1,078,965,000 ドル


 
これが意味していることは何か。
ソ連は一国だけではドイツ率いる枢軸国軍には
到底勝つことができなかったことである。

仮にヒトラーの野望が実現していたら、
ドイツはユーラシア大陸を横断するほどの大帝国を
手に入れたことになる。
あのモンゴル帝国すら凌駕するほどの領土だ。

それにしても。
確かにレンドリースがあったとはいえ、最前線で
血を流してベルリンまで征服したソビエト兵の勇敢さには
頭が下がる思いである。
この戦争の結果、ソ連人の結婚適齢期の男性(20代)
の7割が死んでしまい、深刻な女あまりの状態となったという。
(ソビエト女性兵も多数参戦していたのだが)

「さっきから余談が多すぎる」

太盛がそう言うので本編に戻ることにする。

この学園ではナツキの終業式の挨拶は演説とされる。

囚人、一般生徒、教員も含めて全員が傾聴しなければならない。
もっとも学園の膨大な人数をいちいち体育館に集めるわけではない。

そこでテレビ中継である。

テレビは各クラスに配置されている。
つまり一般生徒は自分のクラスで聴けばよい。
職員は職員室で。囚人は各収容所で。
太盛達は収容所七号室の大食堂に集まって聞くことになった。
黒江もちゃんと隣にいる。

時刻は朝の九時。太盛ら夜勤組は就業時間が終わっていたので
早く寝たかったが、演説は全生徒が聞かないと粛清されてしまうのだ。
お坊ちゃま育ちの太盛は人生初の残業を経験した。

「同士諸君。我々は予定通り冬休みを迎えることになった。
 だが平穏無事というわけではない。はっきり言おう。
 我が生徒会では多数の不穏分子の存在を確認した。
 我々はスパイの存在を許すわけにはいかない。
そのため内部粛清を実施した」

会長は講堂の壇上に立っていた。
横にはナージャがいて、A4サイズの書類をナツキに手渡した。

「これから粛清された生徒会のメンバーをこれから述べる。
 全員の氏名をフルネームで言うので、しっかりと聞くように」

まず最初に名前を挙げられたのは、副会長の高野ミウ。
ほとんどの生徒は噂で知ってたので、それほどの驚きはない。
驚いたのはこっちだ。
執行部員58名の内、20名がスパイ容疑で粛清された。

先日の脱走したメンバーはこれに含めていない。
脱走者を含めると総勢42名が欠けたことになる。
ここ数日で実施した面談とテストの結果、不適合とされたものは
容赦なく粛清することにした。銃殺刑である。

正式な罪状は日本資本主義のスパイであった。
日本の資本主義者とは何か。普通の日本人のことであり、
政治思想を持たぬ人である。

現実世界の日本人は自分が資本主義者であることを
自覚していないので、国民の99%がこれに該当することだろう。

つまり今残っている執行部員は、たったの38名。
一般生徒数2000余名。に対して生徒会の最前線で働く人員が「38名」
国家レベルで例えれば、もはや行政が執行不可能である。

ナツキはあえて執行部員の残存数は発表しなかった。
おそらくほとんどの生徒は、生徒会の詳細な人数を知らない。
執行部員20名が粛清されたと発表されても、氷山の一角だと
思っていることだろう。この学園で粛清は日常茶飯事なのだから。

だから、まさか生徒会の保安委員そのものが機能不全に近い
状態にまで陥っているとは気づいてない。ナツキが自信満々に
演説をしているのがその良い証拠だ。

「繰り返し述べていることであるが、
我が生徒会にスパイはいらない。
怠惰、怠業を好む者もスパイと同類だ」

ナツキの眼光は鋭く、声は冷たく、
以前の彼とは別人に感じられた。

「同じように既存の生徒の中にもスパイは不要だ。
  今この放送を聞いている君達の中にもスパイが
混じっていることも否定できない。そこで」

ナツキは息を大きく吸った。

「同士諸君らに生徒会から課題を出そう。
君たちにある本を読んで欲しい。その本とは」

・空想から科学へ エンゲルス著
・共産党宣言   マルクス・エンゲルス著

共産主義入門者におすすめの古典である。
当初はカール・マルクスの資本論も検討されたが、
内容が複雑すぎるために高校生向けではないと判断された。

そもそも社会主義理論を学ぶ上で、その対比となる近代資本主義を
しっかりと理解してないと本末転倒のようなものなの。
つまり高校生の段階で学習するレベルの内容ではないのだが、 
物語の構成上無視することにした。

筆者は偏差値の低い高校の出身なのでつい想像してしまうが、
はたしてエリート校の高校生だとしても、10代の年齢で
マルクス・エンゲルスが理解できる人がいるのだろうか。なぞである。

ちなみに筆者が最初に資本論に触れたのは当時26歳だった。
たった3ページ読むのに30分くらいかかった。
マルクス自身が悪筆でその翻訳も下手くそなこともあり、
ギリシャ語の翻訳に匹敵する複雑さである。

たぶん31歳の今読んだとしても理解できないと思う。
(ならこの小説を書くなよ…)

生徒会は全校生徒と教員のために上の本を無料で配布するという。
キリスト教にコーランをプレゼントするくらい迷惑な話である。

「休み明けに2000字を超える読書感想文を提出してもらう。
 これは三年生に限定する。君たちはまもなく卒業を迎える身だ。
 未来の有る生徒を正しくない思想に毒された状態で
 卒業させるわけにはいかないのだ」

突然の大発表に生徒、教員、ボリシェビキらまで騒然としてしまった。
ちなみにこの大発表は生徒会の幹部にしか知らされていない。

「感想文を提出しなかった者は7号室送りにする。
 感想文の内容が不適格だった者は即時粛清の対象になる。
 内容の出来にもよるが、最も刑が軽くて尋問室送り。
最高刑は銃殺刑」

震えあがる学園。アキラの時代でもここまでの圧政は
経験したことがなかった。もはや横暴に近いものがある。
生徒会の真の目的は3年生の抹殺ではないかと多くの生徒が危惧した。

内容の不適格と何か。あいまいすぎる。
少なくとも生徒の側からは想像でもできない。
言い換えれば生徒会の一存で一学年を丸ごと消すことも可能だ。

3年生と同じように自分たちも身の安全が
保障されないかもしれないと下級生らが泣きわめていると、

「1、2年生の同士諸君らは読書するだけでよい。
 複雑な内容のため簡単には理解できないだろうが、
必ず読むように。繰り返し読めば少しずつ分かるようになる」

つまり彼らには感想文の提出義務はないのだ。
地獄から解放されたような安堵のため息と歓喜が漏れる。
ナツキがターゲットにしているのは、あくまで3年生のみ。

「ちなみに僕は諸君らの文章を観閲しない。
多忙のためその時間がないからだ。
判定役はちゃんと用意してある。
我が生徒会に臨時に加わることになってくれた二名の生徒だ。
今から同士たちの前で紹介しよう」

・井上マリカ
・マサヤ

放送を聞いていた太盛は、懐かしい2人の顔をしっかりと
覚えていたので、文字通り椅子から転げ落ちそうになった。

マサヤは劇中で苗字が登場してないことからも
どうでもいいが、諜報広報委員の人間で井之マリカを
知らぬ人はいない。彼女は優れた頭脳をもつ反ボリシェビキ筆頭である。
生徒会の各委員部が喉から手が出るほど欲しい人材である。

「同士の皆さん。ごきげんよう」マリカ様がマイクを握る。

「私はかつて6号室の囚人として収容されていましたが、
 友人のナツキ君の呼びかけに応じて生徒会の
お仕事を手伝わせてもらうことになりました。
所属は諜報広報委員です。
今は臨時に過ぎませんが、今後の条件次第では
正式なメンバーになるつもりです」

真理華は生徒会への参加を表明した。
その見返りとして
第五特別クラスの人は全員解放されて一般生徒になるはずだった。
しかし予想に反してマリカに着いて行くと言い張り、
全員が諜報広報委員部に加入を表明。

およそ32名近い生徒が生徒会へ入ることになった。
しかしこれは一時的な派遣であり、あくまで
冬休み期間を含めて2週間程度の期間限定である

彼らの仕事内容は、読書感想文の検閲。
三年生は約1000名いるから、相当な分量を担当することになる。
そのためにはまず彼らが本の内容を理解していなければならない。

前述の本とは別に資本主義経済の理論、歴史、思想も
冬休み期間中にしっかりと勉強することになった。

旧2年1組。2学年のトップを走る集団なら容易いことかと思われた。
(→おそらく不可能だ。実際に読んでみてもらえば分かるが、
本格的な経済学理論はフランス革命の獅子(ミラボー)をして
知恵熱が出るほどの難解さと言わしめた)

それにしても奇妙な判定役である。
下級生が上級生を取り締まる側に回るのだから。

放送は終わった。

井上マリカはマイクを壇上に置いた後、
ナツキに鋭い視線をやった。

「本当に休み明けにパパとアイを返してくれるんでしょうね?」

「約束は守る。僕はボリシェビキだ。安心してくれ」

彼らはいったい何の話をしているのだろうか。
つまりこういうことだ。

パパ = 井上マリカの父親 
アイ = 井上マリカの妹

両名はなんと生徒会の諜報広報委員部によって誘拐されていた。
身柄はすぐに栃木県の秘密警察に引き渡され、現在は
栃木県と群馬県の県境の山岳にある小さな収容所に
ぶちこまれている。現在までに拷問はしていないが、
捕えているのでいつでも殺害可能な状態だ。

井上マリカの父は弁護士である。温和な性格から娘たちから慕われていた。
弁護士事務所を構えるほどの大物のパパは、帰宅しようと
車に乗り込もうとしたところ、複数の男に囲まれてしまった。
警棒とスタンガンによる攻撃で一瞬の内に捕らえられた。

真理華の妹のアイ(愛)は中学三年生。
受験を控えた一番大切な時期に誘拐されてしまったのは
致命的だった。

愛は成績が平均以上にしても特別頭が良いわけではない。
平和ボケした性格で争いを好まず、
顔も十人並みであり、どこにでもいそうな女子中学生だった。
しかしマリカの妹だから生徒会からマークされていた。

アイの一般的な高校への受験をなんとしても阻止し、
この学園へ入学させる計画だったのだ。
アイは友達の家から帰る途中で自転車ごと
トラックに押し込まれて拉致されてしまった。

諜報広報委員部は、マリカの家族の行動パターンをおおむね把握していた。
通勤通学路はもちろん、アイが最後にコンビニで買ったお菓子の名前から、
マリカの母親の14代前の先祖の苗字まで把握しているほどだった。
マイナンバーもびっくりな調査能力である。

「ナツキはただのクズに成り下がったね。
 あんたはミウとは違うと思っていた。
私はとんでもない勘違いをしていたんだね」

「僕は権力者だ。そして革命の成果を防衛するために
 指揮を執る立場でもある。そのために手段は選ばないつもりだ」

「こんな腐った組織を存続させる意味があるの!?
 あんたたちは……。あんたたちはどんだけ
 人の人権を踏みにじったら気が済むのよ。
 そんなに日本が嫌いなら日本から出て行けばいいでしょ!!」

マリカは第五特別クラスの時に取り乱したことはなかった。
昔の友人であり、お互いを認め合っていたナツキの前だから
見せる顔がある。男女の中にさえ
なりかけた二人だからこそ、言い合えることがある。

「日本で革命を起こすのは昭和時代からソ連が狙っていたことだ。
 夢半ばにしてソビエトは崩壊したが、中国、北朝鮮、ベトナム、
キューバなどでレーニンの思想は生き続けている。
僕たちは自分の夢を諦めることはしない」

「あくまで、ただの夢なんだよそれは!! 
夢は夢のままなんだよ!!
 ソ連が東西冷戦に敗れた時点で気づけよ!!」

マリカはマイクを床に叩きつけた。

ナージャが腰を折って広い、元の位置に戻した。
何とも品のある動作で、激高するマリカとは対照的だ。

「どんな言葉で僕をなじってくれても構わないよ。
 僕はすべて受け入れるつもりだ。僕はそれだけの
 ことを君にしてしまった。だが僕には君が必要だ」

「くそったれのミウが死んだから?」

「その通り。君が望むならすぐに副会長の地位を与えよう」

マリカは眼鏡をはずし、強い力で握りしめた。
そんなに力を込めたら割れてしまうと思ったら、
フレームが割れてレンズが床に転がり落ちるのだった。

「くだらないおしゃべりはもうたくさん。
 すぐに職場に案内しなさい!!」

ナツキはナージャを促し、仕事内容の詳細を説明させた。
割れてしまった眼鏡の代金を保証することも約束させた


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