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作品名:斎藤マリー ストーリー 作者:なおちー

第10回   10
太盛達が夕食を食べているころ、
斎藤マリーは暇を持て余していた。
ニートにとって一番の大敵は退屈なのである。
時間があり余り過ぎて何をすればいいのか分からない。

ナツキは仕事に忙殺されているから相手にしてくれない。

孤独な夕食の後、通販で取り寄せたファッション雑誌や
美術品のカタログを自室でゴロゴロしながら読んでも新鮮さは感じない。

保安委員部から20名以上の脱走者が出たことは聞いているが、
反ボリシェビキのマリーにとっては関係ない。
と思ったが、よく考えたら問題大ありだった。

(反逆が起きたら私は絶対に殺される)

特別扱いをされている以上、マリーを妬み、
恨む囚人は売るほどいるだろう。
一般生徒たちもマリーを許すとは思えない。

そう。マリーが収容所七号室から解放されて
革命的ニートになったのはナツキのおかげ。

この頃になると漫画、ゲーム、パソコンが完備された
副会長室でダラダラできることが一般的な高校生から
大きくかけ離れていることに改めて気づかされた。

こんな楽な生活がそう長く続くわけがない。
きっと神様が頃合いを見て自分に罰を与えるはずだと思った。
これは自分にとっても死活問題。だから動かずにはいられなかった。

「失礼しまーす」

マリーが会長室(執務室)を訪れた。

ナツキは電話対応に忙しくて、扉を開けたマリーにすら
気づいていない。受話器を耳に当てながら
画面と睨めっこし、PCのマウスを動かし続けていた。

執務室の机には空になった栄養ドリンクが
乱雑に置かれている。げっそりしたナツキの顔には
いつもの余裕は全くない。

ガーガーと安物のエプソン製プリンターが
休みなしに動き続けている。副官のナジェージダは
書類の束をまとめてホッチキスで止めていた。
保安委員部に渡す書類なのか、
かなりの量を人数分印刷しているようだ。

会長の執務室は、たった二人だけの職場の
割には騒がしくて殺気立っていた。

「なに?」とナージャがにらんだ。

忙しいのだから暇人は来るなと言いたげだった。
ここでマリーが下手なことを言ったら
即バトル(舌戦)開始になるであろう。

「ごめん。なんでもない」

マリーは背を向けたのだが、

「ああ、待ってくれ。今時間を作るから」

ナツキは対応中だった電話をさっさと終わらせてしまい、
ナージャに何事か耳打ちしてからマリーと廊下へ出た。

ナツキは自分の髪を乱暴に触り、一度だけ大きなため息を
吐いたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。

「どうしたマリー? 何か大切な用でもあるのかい?」

「うん。私にもお手伝いできることはないかなって」

「え…」

ナツキはマリーのためなら、どんなお願いでも聞くつもりだった。
彼は一度気に入った女性にはとことん
エコひいきしてしまう悪い癖があったのだ。

だが驚いた。生徒会の仕事にまるで興味を示さなかった
マリーが、自分から手伝いを申し出てくれるとは。

「人手が足りない部署は中央委員だよね。
 単純作業とかでよければ手伝おうか?」

「いや、あそこはやめたほうが良い。
 校長がヒステリーを起こしてパワハラっぽくなっているらしい。
 君にはできれば7号室の看守に加わってほしい。
 もちろん君に頼むのは心苦しいことではあるのだが」

マリーも七号室の管理が大変なことは、
自分が囚人だったことからも分かる。
絶望的な人材不足の折、
猫の手も借りないといけない部署だ。

現在執行部員たちは全員が連帯責任でスパイ容疑が掛けられており、
順番に再教育が施されているから機能不全状態に陥っている。
そのため太盛ら臨時派遣委員が結成されたのだ。

「いいよ」マリエはすぐに返事をした。
もう自分は元の場所に戻ることはない。
そう思っていたが、こんなにも早く、
しかも看守の立場で彼女たちと会うことになるのだ。

自分の人生は呪われている。
きっとこの先は良いことはない。
だから諦めたほうが良い。
この学園に入ってしまった瞬間から
運命の歯車は狂ったのだと、マリーはそう思った。




『フェリックス・ジルジェンスキー』

ポーランド系ソビエト連邦人(生まれはベラルーシ)

経歴 (レーニン内閣、人民委員会議にて)
反革命・反サボタージュ取締全ロシア非常委員会 議長(チェーカー)
国家保安総局 長官(OGPU)
国家最高経済会議 議長

下記の通り数多くの異名を持つ。
「鉄のフェリックス」
「労働者の騎士」
「革命の剣」
「プロレタリアの武装せる腕(かいな)」

この学園の保安委員部は、ソビエト連邦のチェーカー
(秘密警察)を参考に作り出されていた。
革命を守るために行ったジェルスキーの大量殺戮、
情け容赦のなさは、世界中のボリシェビキが
大いに見習うべきことだとされていた。

収容所のいたるところにジルジェンスキーの
肖像画が飾られているほどである。

「太盛さぁん。そろそろ交代の時間っすよぉ。
 5分前には起きてねえと、頭がふらふらして歩けねえからね。
 コーヒーでも飲みますか?」

「いや、むしろ炭酸水が飲みたい。コーラとかあるか?」

朝方。待機室で仮眠をとっていた太盛は、同室のモチオに
優しく起こされた。彼らは男子の収容所の配属になっていた。
他の委員と交代で2時間ごとに眠り、夜の見張りをしていた。
(実際は横になってまどろむだけで熟睡には程遠い)

今は朝の4時である。まだ日は昇っていない。
囚人は朝の6時(冬以外は5時半)が起床時間である。
そのあとは点呼。生産体操、収容所内の清掃、身支度など。
朝七時の朝食までの段取りをしないといけない。

1分たりとも遅れないようにして囚人を教育するのだ。

朝方に発狂したり暴れたりする人がいるかもしれないので
油断は禁物である。太盛はペアのモチオと一緒に収容所内を歩いた。

彼らの担当は第一バラックだ。収容人数およそ50名。
男子の囚人総勢100名は、二つのバラックに半分ずつ収容されていた。

廊下は広い。ライトを片手に各教室を回っていく。
見回りは一時間ごとにする決まりである。

ここは2階。廊下には校舎内と同じ教室がいくつも並んでいる。
共産主義教育はここで行われるのだ。

現在囚人たちは野戦病院を連想させる広大な
ベッドルーム(ベッドだけが並ぶ空間)で就寝している。

これだけの大所帯だから、一人一人の顔を覚えるのは大変だが、
仕事なので全員の顔と名前を覚えないといけない。
太盛達はナージャから直接渡された囚人リストがある。

モチオは夜勤をこなすだけで精一杯なので覚える気がなかったが、
太盛は一流のボリシェビキを目指す身なので少しでも記憶するようにした。

「みんな大人しく寝てるんすね」
「誰だって夜は眠いよな。朝方は一番熟睡できる時間だ」

囚人たちは、無数に並ぶダブルベッドで寝息を立てていた。
風邪を引かないように布団は十分に支給されているから、
真冬の朝方はさぞ心地よいことだろう。

第一バラックは、1階部に大食堂と炊事場、大浴場がある。
節約のため、囚人が使えるのはシャワーのみで、
浴槽を使うことは許されていない。交代で使うので
一人当たり20分以内にシャワーを済ませる規則になっている。

太盛たち看守は、彼らが入浴した後に使うことができる。
看守は2時間ごとの交代で見回りをするために
空いた時間なら、いつでも飲食入浴はしていいことになっている。
風呂場を含めた施設内の全ての清掃には囚人を使役する。

看守が集まる待機所と監視部屋も1階にある。
見回りが終わると、太盛達も監視部屋に入る。

保安委員部の人(偉い人)がここに常駐している。
ここは無数の監視カメラと盗聴器を統括するだけでなく、
指令室でもあり、問題が発生した場合は
直ちに会長や他の部署へ連絡をすることになる。

「勤務お疲れ様です」

イワノフがわざわざ頭を下げて来た。
彼は保安委員の長でありながら、
太盛たちを異常に厚遇していた。
相手は下級生なのに敬語まで使っている。

「見回り終了後はモニターの前に座って
 監視業務をお願いします。起床時間になりましたら、
 新しい指示を与えます。それと、これは支給品ですが、
 よろしかったら食べてください」

と低い声で言って、チョコ味とチーズ味のカロリーメイトと
ミルキーの飴玉、せんべい、リポビタンDを渡してくれた。
ずいぶんと気前の良いことである。本当は執行部員のために
用意された品であるのは明らかだったので太盛は恐縮した。

「なんだかすみませんね。僕らは素人だから
 全然お役に立ってないと思いますけど」

「とんでもない。こちらは本当に助かっています。
 特にお二人は今回の派遣に関してご自分から立候補してくださったのを
 校長たちから聞いています。他にも必要なものがあったら
 遠慮なく言ってください」

軍人としか思えない威圧感のある声で言われると少し怖いが、
とにかく害意がないのが分かって安心した。
さらに彼はモチオのチャラさをスルーする心の優しさを持っていた。

イワノフはボリシェビキに対しては人情家で
部下を大切にするタイプだ。
アキラの時代から部下からの人望は厚かった。
それなのに今回の集団脱走が起きてしまったのは全く不可解だった。
(原因はアナトーリー・クワッシニーの軍事訓練)

会議で容赦なく叱責してくる校長との仲は険悪だったが、
それだけに自分たちを積極的に助けに来てくれる
太盛とモチオを心から気に入っていた。

「夜勤って眠くなるっすね。思っていた以上にハードっす」
「俺もまぶたが重くて仕方ないよ。だがあと一時間で朝だから頑張るぞ」

イワノフが気を使って二人を隣同士の席にしてくれた。
彼らとイワノフの他には厳めしい顔をした保安委員部の人達が3名いて、
PCをずっと操作していた。メールを打っているようだった。

疲れてしまったのか、椅子の背もたれに体重を預けた状態で
眠っている委員がいた。大胆にもいびきをかき始めたが、
誰も指摘しなかったので太盛たちもスルーした。

すぐに時間は過ぎ、太盛たちは収容所で初めての夜明けを迎えた。
日が昇り始め、あたりを照らし始めたころに起床時間だ。
けたたましい音でサイレンが鳴り響き、二階のベッドルームが
にわかに騒がしくなる。

ドタドタと、大きな足音をたてて囚人達が階段を下り、
食堂に集まってくる。冬場は寒いので食堂内で点呼と
体操をすることが許可されていた。
寒いのは囚人ではなく看守の都合である。

「本日も班員は全員揃いました!!」「揃いました!!」「同じく揃いました!!」
班ごとに決まり文句を言っていく。今日も脱走者はなしである。

冬休みが迫っているので、家に帰りたい一心で脱走や反逆が
十分に考えられる時期だけに気を抜くわけにはいかない。

朝食の時間になった。炊事担当の班が、
大急ぎでテーブルに食事を並べていく。
彼らは朝5時起きでご飯の支度をしなければならないのだ。

女子と同じく、他のバラックの人も一堂に会して食べる。
100名分の食事を6時までに用意するのは骨が折れるから、
実際はもう少し早めに起きていた。

囚人らはぞろぞろと食堂に入ってきて所定の位置に腰かけた。
みんな寝起きで機嫌が悪いのか、目が血走っていた。

囚人同士で会話らしい会話もなく、重苦しい空気の中
「いただきます」の号令を待つのみ。
絶望的に雰囲気が悪かった。

「俺らはどこで食べればいいんすかね?」
「適当なとこでも探すしかないだろ」

とモチセマが話していると、笑顔のイワノフが寄って来た。

「よろしかったら、女子の大食堂をお使いください。
 あちらにはご学友の皆さんがいるようですから」

「えっ、いいんですか?」

「ええ。我々は全く構いませんよ。有力な同士の皆さんには
 特別メニューを用意させていただきました。
 お口に会えばよろしいのですが」

お言葉に甘えて女子の食堂に行くと、昨日食べた場所と
同じところにエリカたちがいた。
ダルそうなクロエと平然としたエリカとサヤカが対照的だ。

「サヤカ。おはざーっすwwwわりと元気そうっすね」
「はいはい。おはよ。それよりこれ見てよ。
イワノフさんの部下が持ってくてくださったの」

五人のメニューはご飯とみそ汁ではなかった。
ハニートースト、厚切りベーコン、目玉焼き、
野菜スープ、マカロニサラダにヨーグルトである。

ここまでは珍しいメニューではないが、デザートが凝っていた。
冬ミカンのマフィン、ココナッツオイルを使った天然酵母ビスケット。

「せ・みにょん(かわいー)。朝から美味しそうなマフィンね。
 囚人との差がすごすぎて吹くんだけど」←クロエ

「ほんとにね。さっきからあいつら
 チラチラこっち見まくってるよ」←サヤカ

シェフお手製のスイーツは、囚人の身に落ちた女子たちには
宝物のように見えたことだろう。質素な生活を余儀なくされている
者にとっては、スーパーで安売りしているチョコレートですら
大変なご馳走に思えるほどだ。

空腹に慣れている人間は異常に甘味を求めるようになる。
これが異常なレベルにまでなると、甘い者の夢ばかりみるようになるほどだ。
(と言ってもここは学校である。囚人達はご飯のお代わりは
 自由だから、お腹がすいているほどではないのだが)

朝っぱらから用意されたスイーツだが、ナツキが気を利かせて
自分付きのシェフを7号室に回してくれたのだ。

(いくら相手が囚人でもさすがにかわいそう)

そう思ったエリカは静かに甘未を食べていた。
女子たちは夜勤明けによるストレスが溜まっていることから、
パンやスープより先にスイーツに手を出していた。

「うまっ。夜勤の疲れが吹き飛ぶわ」
「どのシェフが作ってるのこれ? あとでお礼言いたい」

クロエとサヤカは大きな声でしゃべりながら食べていた。
二人ともパンは食べるけど油ものには中々手を出さなかった。

モチオは二人が残した分のベーコンをもらい、大口で平らげていく。
脂がたっぷり乗った厚切りベーコンは噛み応えがあった。

「やべー。ここの食事だったらいくらでも食えるわww
 学校の食堂より何倍もうまいっすよwww
 うちの学食、結構レベル高いにも関わらずwww
 太盛は食欲なさそうっすねwww疲れてるんすかwww?」

「まあ疲れもあるけど、
 一時間前にカロリーメイトを食べたばかりだからな」

「じゃあ太盛のベーコン貰っていいっすかw?」

「いいぜ。ほらよ」

そんな彼らの楽しそうな様子を
殺気を帯びた眼で彼らを見る囚人もいたが、
太盛たちは何事もなかったかのようにやり過ごした。

朝食後は収容所内の一斉清掃になる。
まさしく普通の学校の清掃の時間と変わらない。
30分かけて隅々まで清掃を済ませた後は、学習の時間になる。

その頃には交代勤務が終わる朝の8時を迎える。
ここで太盛たちは職務から解放されることになった。

イワノフから指示が下る。
「自宅に帰られてもここに残っても自由です。
 お疲れでしたら特別な仮眠室を用意させていただきました」

なんと、現在使われていない女子の第四バラックが
空いているという。そこのベッドルームを自由に使って良いとのこと。
つまり完全に泊まり込みで働いていいと言っているのだ。

「じゃあお言葉に甘えて」

太盛が言うと、エリカもそうした。
さすがにオフの時間まで学校に
いたくなかった黒江らは自宅に帰ることにした。


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