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第32回
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国境の長いトンネルを抜けるとパピプペポだった。
「着いた……!」
パピプペポは歓声を上げた。車窓から見えるのは紛れもない夢の国だ。長旅の疲れも吹き飛んだ。
「着いたぞ! パピプペポに着いたんだ!」
「着いたのね! 私、貴方とここで生きていくのね!」
パピプペポの隣に座る恋人も興奮している。
「ああ、パピプペポのパピプペポによるパピプペポのためのパピプペポ! もう差別されることはないんだ!」
パピプペポは恋人を力いっぱい抱きしめた。
親譲りのパピプペポで子供の時から損ばかりしてきた。パピプペポであるというだけでどれほど辱められ、虐げられてきたことだろう。
「天才とは一パーセントのひらめきと九十九パーセントのパピプペポさ」
そう嘯く父が、パピプペポは嫌いだった。どう粋がったところで所詮パピプペポであり、天才どころか全ての能力が人並み以下、母の稼ぎに依存して毎日ブラブラしている男の言葉に説得力は皆無であり、そんな言葉に希望を感じるはずもなかった。
パピプペポはパピプペポであることを隠して生きようと思った。十五歳で故郷を離れ、名前と出自を偽って働き始めた。しかし、半年後に素性を知られ、後ろ指をさされるようになった。パピプペポは別の町に移り、新たな名を騙って職を得たが、そこでも十か月ほどでパピプペポであることが露見し、誹りを受けた。次の町では三か月でパピプペポだと罵られるようになった。その次の町でも、またその次の町でも同様だった。どんなに隠して生活していても一年も経たぬうちにパピプペポであることを看破され、皆から差別される。最初は優しく親切にしてくれた者でも、パピプペポだとわかった途端、手のひらを返したようにパピプペポを嘲り、蔑む。そのたびに悲嘆するパピプペポだったが、今さら故郷には戻りたくない。たとえ一時的であってもパピプペポであることを忘れて暮らせるほうがましだと考え、町から町へと渡り歩いた。
ある町でパピプペポは一人の娘と恋に落ちた。町の顔役の娘で、可憐で気立てが良かった。今まで味わったことのない甘美な至福のひととき。パピプペポだと知られるまでの束の間の恋だとわかっていても、恋人の優しい笑顔と温もりはパピプペポを惹きつけてやまなかった。
やがて、その町でもパピプペポをパピプペポだと糾弾する者が現れた。
「おお、パピプペポ! 貴方はどうしてパピプペポなの?」
泣き叫ぶ恋人を前に、パピプペポは夢から覚める時が来たと覚悟した。
「お父様もお母様も貴方とは別れろって……」
「……隠しててごめん。僕はこの町を出るよ。今までありがとう」
張り裂けそうな胸の痛みを懸命に取り繕い、パピプペポは恋人に別れを告げた。
ところが翌日、パピプペポが町を出ようとしていると、恋人がトランク片手に追いかけてきた。
「私も連れてって」
「でも、ご両親が……」
「縁を切ったわ。私のためと言いながら、結局自分たちの体裁しか気にしていないのよ。私の幸せは私が決めるわ」
「だけど……」
「私、やっぱり貴方がいないと生きていけない。貴方がパピプペポでも乞食でも構わない。貴方だから、貴方が好きなの。貴方の傍にいたいの。貴方が行く所なら、どこでもついていくわ。貴方の喜びも悲しみも苦しみも全部分かち合いたいの。それが私の幸せだから」
二人は固く抱き合った。
二人は新たな町でアパートを借り、共に暮らし始めた。互いに働きながら支え合い、愛を語り合う。つましくも幸せな日々だった。
しかし、やはりパピプペポがパピプペポであることが公になり、蔑まれるようになった。
「一体どこで暮らせばいいんだろう……」
予想はしていたが、恋人まで中傷される様を目の当たりにし、パピプペポは心を痛めた。どこに行ってもこういうことがついて回るのだ。場合によっては恋人が危害を加えられることもあり得る。
「大丈夫、なんとかなるわ。明日は明日のパピプペポよ」
傷ついているはずなのに微笑んでみせる恋人が不憫だった。同時に大切な人を守れぬ己のふがいなさを痛感した。
次の町に向かう途中、パピプペポたちは旅商人から聞いた話に驚愕した。はるか東方にパピプペポの国があるというのだ。国民はほぼ全員パピプペポ、国の名前もパピプペポ。パピプペポに対する差別は無論無い。
(夢のような国だ……!)
パピプペポたちは行き先を変更した。
二人のパピプペポでの生活が始まった。確かにパピプペポが虐げられるようなことはなく、パピプペポ同士が助け合い、労り合いながら暮らす国だった。だが、パピプペポではないパピプペポの恋人は、常に嘲笑と罵声に晒された。
「パピプペポでなければ人に非ず」
正面切って言う者もいた。パピプペポは恋人の盾になろうと努めたが、恋人は精神を病み、自ら命を絶った。
パピプペポの行方は、杳として知れない。
※2016年8月に執筆。
※Twitterで毎週開催されている「パピプペポ川柳コンテスト」との連動企画のテーマでした。
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