第44話 一番狙撃手
「次はどこに行こうかな?」
少し居づらくなった医務室を出た誠はぼんやりと廊下でたたずんでいた。
機動部隊の詰め所のあの二人の女性上司のプレッシャーを受け続けるのは少しつらそうに思えた。技術部では邪魔にされるだろうし、ましてや隊長室と言う駄目人間の巣に戻る気にもならない。
そんな誠の耳に銃声が響いた。
「射撃訓練かな?」
誠はそのまま廊下を銃声のする方向に向かって歩いた。廊下を突きあたり、そのまま裏口から外に出た。
目の前には、安全上の理由からだろうか、土嚢(どのう)が積み上げられている。銃の射撃音はその向こうから聞こえてきた。誠は土嚢を避けるように進むと、東和宇宙軍の訓練施設で見慣れた射撃練習場が目に飛び込んできた。
そのテーブルの一番端には、あのサイボーグである西園寺かなめ中尉がゆっくりとしたペースで射撃を続けていた。
つんざくような銃声に鼓膜を傷めないように耳を両手でふさぎながら誠はかなめのところに歩いて行った。
「すいませーん」
射撃を続けるかなめに向けて誠は叫んだ。
誠の叫びが聞こえたらしく、かなめは射撃を止めて振り返った。
「なんだよ、射撃下手かよ」
そう言うとかなめは隣の射撃レンジに置いてあったイヤプロテクターを誠に投げた。
「熱心ですね」
イヤプロテクターをしながら誠はかなめに声をかけた。
「アタシはすぐに死ぬつもりはねえかんな。当然のことだ」
かなめはレンジに置かれた自分の銃をホルスターに叩き込んでそう言った。
「拳銃での銃撃戦なんてそうはありませんよ」
「まあ、一般の部隊じゃな。でも、うちは『特殊な部隊』なんだ……まあ、オメエは知らずに出ていくんだろうがな」
そこまで言うとかなめはホルスターから拳銃を引き抜き、拳銃の射撃訓練には向かないような遠距離に置かれた的に向けて連射を始めた。
その連射の速度は誠がこれまで見たどの教官のそれよりも早かった。そしてそのまま隣のレンジに置かれた望遠鏡で弾の着弾を確認しようとした。
レンズの中で十発以上の着弾が的にあったことがわかった。
「全弾的に入ってますね……距離って何メートルですか?」
明らかに有効射程距離的には自動小銃クラスの距離である。
「二百メートルだな。生身じゃ無理な距離だが、アタシには簡単だ。銃口を向ければサイトを見なくても着弾点が分かるんだ。便利なもんだろ?機械の体は」
かなめはそう言って銃をホルスターに差し込んだ。
「スプリングフィールドXDM40。それがアタシの拳銃の相棒」
「拳銃の相棒?他の銃の相棒もあるんですか?」
誠はかなめの言葉に戸惑ったようにそう返した。
「狙撃の時はトカレフSVT40使う……そのほかもケースで銃を使い分ける」
「SVT40ってどんな銃なんですか?」
「これ」
かなめは立てかけてある先程まで撃っていた古めかしい木製ストックの目立つ銃を指さした。
「大昔の第二次世界大戦でソビエトロシアの伝説の女スナイパーが愛用した銃だ。セミオートマチックで撃てる」
そう言うとかなめは拳銃を脇のホルスターにしまってライフルを手にした。
すぐさまテーブルに置いてあったマガジンを装着して構えた。
一瞬だった。
構えるとすぐにすさまじい勢いでターゲットに十連射した。誠は再び双眼鏡で200メートル先の標的に目をやるが、やはり全弾中央に命中しているようだった。
「凄いですね……」
「だから言ったろ、アタシの銃は生身と比べると伝説級だって……だから隊の一番狙撃手なんだ」
そう言ってかなめはニヤリと笑う。
「一番狙撃手?」
「そう、一番狙撃手。狙撃のできる人間は隊には何人かいるが、いざって時はアタシが一番大事な位置に陣取る。スポッターはカウラ……アイツはラストバタリオンで視力が良いかんな。まあそんなところか……」
「一番狙撃手ですか……」
かなめはそう言うと射撃レンジをあとにした。誠は他に当ても無いので彼女の後ろをついていくことにした。
そのままかなめの後に続いて隊舎に戻った誠はいつの間にか喫煙所にたどり着いていることに気が付いた。
「することねえのかよ」
かなめは喫煙所の椅子に座ってタバコをくわえながら、そばに立っている誠に声をかけた。
「どうもすみません」
「謝るようなことじゃねえだろ?まったく」
そう言ってかなめはタバコに一瞬だけ火をつけるが、すぐに灰皿に押し付けて立ち上がった。
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