第42話 新人ナース『ひよこ』
「ごちそうさまでした!本当にありがとうございます」
倉庫の片隅に置かれた応接セットで仕出し弁当を食べ終えた誠は目の前で班長権限を示すらしいプリンを食べている島田に声をかけた。
「結構旨いだろ?最近は隣の工場が縮小縮小でまずい店は淘汰されたからな。それなりに味がいいところだけが残ったってわけ」
島田はプリンを食べ終えるとそう言ってタバコに火をつけた。
「次は僕はどこに行けばいいんでしょうか?」
どうやら部隊の全部を今日一日で回ることになると思った誠はそう言って島田の顔を見た。
「次ねえ……管理部は……あそこはいいや、粘着質で変態な嫌な奴がいるし、その部下と言っても近くのパートのおばちゃんばっかりで行った甲斐が無いからな。それにどうせ明日の朝にはうちの制服を取りに行くだろうからな……あそこのおばちゃん達とは仲良くしとくと良いことあるぞ。こまめに掃除をしてくれたりとか、破れた制服縫ってくれたりとか。うちは技術屋だから裁縫関係はまるっきりでな。運航部の女芸人は家事なんてろくにできねえし」
「管理部、ですか……経理とかの人とは確かにあまり相性が良くなさそうですね、僕」
一応、それなりの規模の部隊である司法局実働部隊ならば、当然管理部門があるはずなので誠は静かに頷いた。
「そうだ!医務室に行くか?」
島田はそう言うと立ち上がり、はだけていたつなぎの袖に腕を通し始めた。
「医務室?お医者さんがいるんですか?」
誠はにやにや笑いながら歩き始めた島田の後ろをついて歩き始める。
「隣の工場に『菱川重工病院』があるから、ここには医者は必要ねえんだ。ただ、銃の訓練とかで応急手当とかが必要な怪我に備えて看護師が一人常駐している……」
そこまで言うと島田は振り返り誠に顔を寄せてきた。
「なんです?島田先輩……」
近づいてくる島田の顔を見ながら誠は戸惑ったようにそう言った。
「そのナースが……結構かわいい」
「は?」
真剣な表情の島田に誠はどうツッコんでいいか分かっらずにいた。
「名前は『神前ひよこ』。階級は軍曹。ああ、考えてみればオメエと苗字が一緒だな……親戚か?」
「違うと思いますよ。僕は母の苗字ですけど、母は一人っ子らしいんで母方の親戚がいるって話は聞いたことが無いですから」
「ふうん」
島田は誠の答えにどこか納得がいっていないという表情を浮かべている。
「でも、『神前』って苗字は珍しいよな。俺が知ってるのはひよこくらいだぞ……普通『神』の字に『前』と来たら『カンザキ』って読むもんだろ?そう言う奴なら地球系のいけ好かない教師がそんな苗字だった」
倉庫からの出口で立ち止まった島田はくわえていたタバコを投げ捨てながらそう言った。
「なんでも隣の『遼帝国』の帝室の関係者がこの東和共和国に亡命すると『神前』って苗字を名乗るしきたりだって聞いてますけど」
「『帝室』ねえ……ひよこは庶民的な雰囲気なんだけどね……オメエも『ザ・庶民』って顔だしな」
「それ褒めてないですよね、それ」
少しカチンときた誠を無視するように背を向けた島田はそのまま本部棟の中に足を踏み入れた。
「じゃあ行くからな」
そう言って急ぐ島田の後に続いて誠は足を速めた。
運航部に向かう廊下を左に曲がると、そこには小さな白い看板に明らかに女性の書いた筆文字で『医務室』と書かれているのが目に入ってきた。
「ここだ」
島田はそう言うと咳払いをして扉を開いた。
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