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作品名:法術装甲隊ダグフェロン 『特殊な部隊』の物語 作者:橋本 直

第31回   第五章 工場の中の『特殊な部隊』
第31話 ハラスメントな女の先輩


 本部の建物に入るとさすがに空調は効いていた。ただ、廊下の電気がすべて消えている。

「中佐。電気が消えてますけど」

 自動ドアの隣の無人の事務所のカウンターに置かれテーブルに何かを書き込んでいるランに尋ねた。

「うちは予算が厳しいからな。廊下の電気は昼間は消すんだと。予算管理は管理部が決めたことだ、逆らえねーよ」

 そう言うとランは書き込んだ一枚の紙を手に歩き出した。

「なんですか?その紙」

 誠の問いにランは静かに笑いながら振り返る。

「オメー、本当に何にも知らねーんだな。来客記録票ってのは、どこの役所にもあるもんだ。これがそいつ。あとでアタシの印は押すから、それを管理部のおばちゃんに渡すと、うちの『駄目隊長』のシャチハタ押して、綴じるところに綴じて完成。分かったか?」

 ランはそう言うとそのまま歩き出した。

「なんで東和共和国にはハンコ制度って残ってるんですかね……電子化しても良いじゃないですか」

 速足で歩くランに誠は急いでついていく。

「知るか!無くなると困る人がいるんだろ……きっと」

 ランはそう言いながら突き当りに有った階段を昇った。誠が階段に足を掛けたとき、ランは振り返った。

「これからアタシが直接隊長やってて机の置いてある機動部隊の詰め所に行くんだ。そこの女士官二人はかなり『ヤバい』からな。気を付けろ」

 それだけ言うとランはまっすぐ前を向いて歩き出した。

「ヤバいって何がヤバいんですか!」 

 置き去りにはされたくないので、誠はランに続いて階段を昇った。

「とにかく『ヤバい』の。一人は見た目で分かるけど、もう一人は見た目じゃ分からねー。とにかく『ヤバい』んだよ」

 そのままランは階段を昇って消えていく。誠はただ、不安に支配されるだけだった。可愛らしい雰囲気のランは、迷わず階段を昇りきった。その背中に続いて階段を昇りきった誠が見たのは、ごく普通の学校のような廊下が続いている様を見ることになった。

「こっちだ!こっち来い!」

 ランは扉の前で待っていた。そしてそのまま小さな手に入れていたハンカチを、タイトスカートのポケットに入れているのが見える。

「普通の扉ですね」

 誠は正直な感想を言った。誠がランを見下ろすと、少し憐れむような視線がそこにあった。

「覚悟しろよ。結構、『ヤバい』二人だから」

 そう言ってランはニヤリと笑う。

「そうですか……ヤバいんですか……」

 誠の冷や汗をかきながらの言葉を無視して、ランは扉を開けた。開かれた扉の向こう、室内に入った誠が見たのは不思議な光景だった。

 すべての机が手前の扉に寄っていた。空いている空間が広すぎた。奥には大きな机があり、ランは迷うことなくそこに向かった。確かにランはこの部屋の主だった。そのことは二人の女性が挨拶こそしないものの、それなりにランに気遣っているような雰囲気から察しられた。

 二つの机がランの大きな机の上に並び、そこには大きな大画面の薄型モニターが並んでいた。そしてそれぞれに女性が座っていた。

 その室内中央側に座っていたエメラルドグリーンのポニーテールの女性士官が一度、誠に顔を向けた。誠はすぐに身を整えて敬礼した。そして、自己紹介を始めようとした時、彼女はすぐにモニターの画面に顔を向けてキーボードを叩きながら作業を再開した。

「あのー」

 声を掛けようと誠が歩み寄るが、ポニーテールの女性士官は誠の存在を無視していた。そして、彼女はこう言った。 

「新入りか?どうせまた、一週間で消えるんだろ。挨拶は必要ないな」

 ポニーテールの女性士官のキーボードを叩く音が沈黙した室内に響く。そして、別の方から声が聞こえてきた。

「早く扉を閉めろよな。廊下は空調の設定温度が高いんだ」

 ポニーテールの士官の正面の黒い髪のおかっぱの士官が何かをしながら、誠に声を掛けてきた。誠はとりあえず何をしているのか確認しようとおかっぱの士官に近づいた。その机には分解された銃があった。よく見ると左わきの革製品は、その銃にあつらえたホルスターなのだろう。

「なんだよ……これは商売道具だ。まともに動くようにして何が悪い」

 そう言いながらおかっぱの士官は銃を慣れた手つきでくみ上げていく。

「自分の道具は自分で調整する主義なんだそうだ」

 ポニーテールの士官がキーボードを叩きながらそう言った。

「かなめ……西園寺かなめ。階級は中尉だ。お前より上官だ。敬礼はどうした……あ?」

 銃のスライドを上手にセットし、完成した銃をホルスターに差し込む。誠は慌てて敬礼をするとそんな彼女が作業をしている間に彼女の半そでから見える腕に筋が入っているのに気付いた。

 かなめは立ち上がって誠を見つめた。

「気づいたみたいだな。サイボーグだよ、アタシは。餓鬼の頃、テロに巻き込まれて脳以外駄目になってね。それ以降こんな体になっちまった。そんだけの話だ」

 かなめはそう言うと静かに誠に向けて歩き始めた。その殺気から誠は思わずびくりと身をかわそうとした。

「何もしねえよ。それとこの緑の変なのはカウラ・ベルガー。階級は大尉。小隊長だと。『シュツルム・パンツァー』乗りは、ちっこい姐御とアタシ等で合計三人。どうせ、お前も出てくんだろ?じゃあ、早い方がいい」

 そう言うとかなめは誠を避けて扉へと向かった。

「西園寺中尉!」

 かえでの背中を追った誠に、かなめはドアに伸ばした手を止めた。

「タバコだよ。二十歳過ぎてんだからいいだろ」

 それだけ言うとかなめは出て行った。誠はただ立ち尽くすだけだった。

 しかし、不思議なことに気分が悪くはならなかった。この感覚は自分でも説明できないが、なぜか彼女達に暖かいものを感じていた。そんな不思議な気分に誠はとらわれていた。かなめがドアを開けて出ていくのを、誠はただ見送ることしかできなかった。

 そんな誠の隣にはいつの間にか小さなランが立っていた。

「おい、大丈夫か?」

 ランはそう言いながら、心配そうにドアを見つめている誠を見上げていた。

「僕が悪いんですかね」

 心配そうな表情を浮かべる誠を見るとランは首を横に振った。

「ちげーよ。気にすんなよ。単にカッコつけててまだオメーに心を許してないだけだ。いつもはもっと能天気な明るい奴なんだけどなー……下ネタ好きの」

 腕組みをするランは誠をちらちらと観察しながらそう言った。

「能天気で明るいんですか?」

 誠は明るいかなめが想像もできず、ただただ困惑していた。

「かなめが人見知りなのは認めるよ。いろんな人間がいるんだから、そんな人間もいる。けど、そういう風に信頼を築いて、心を開かせる。それが人を理解するという事だと思うが……アタシの考え、間違ってるかな」

 これまではちんちくりんで毒舌しか話さない、奇妙な生命体だと思っていたランから立派な言葉が発せられたので誠は言葉を紡ぐことができなかった。

「ああ、信頼されてからじゃないと……本当のその人は理解できないですよね」

 誠はそう言うと頭を掻いて照れ笑いを浮かべた。

「分かってくれたか。だから信頼もされていない相手の過去を知ろうとする詮索屋は嫌われるんだ、じゃあついてこい」

 そう言うとランは扉のドアノブに手をかけた。

「どこに行くんですか?」

 立ち尽くす誠を見てランは大きなため息をついた。

「決まってんだろ?オメー本当にスカタンだな。脳ピンク……じゃなかった、隊長室につれてってやる。隊長がオメーを嵌めた張本人だ。気に入らなかったら『俺の人生を無茶苦茶にしやがって!』って叫んでぶん殴る権利、オメーにやるわ。アタシもあの『駄目人間』のせいで苦労しているから、そん時は加勢する」

 ランはそう言って誠を避けてドアを開けて廊下に出た。

「分かりました」

 そう言って誠はランの小さな背中についていくことにした。



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