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作品名:娘と蝶の都市伝説 2巻 山で氷漬けになった一人の娘。現代によみがえった娘には重大な使命があった。 作者:八千代

最終回   1
娘と蝶の都市伝説2巻




2ー1 ジャングルを飛ぶ蝶

​

ボルネオ島のジャングル。
役人に賄賂(わいろ)をわたした違法業者が、森の奥深くまで侵入し、根こそぎ樹木を伐採する。

その結果、類人猿など、人間の目で見た愛くるしい動物たちばかりでなく、上空に枝をひろげる樹冠(じゅかん)や木立の空間域で活動する鳥類などの小動物や昆虫、そして地中の生物、微生物(びせいぶつ)など、ありとあらゆる生物群が一気に地上から消える。

今、その熱帯のジャングルで、ちょっとした揉め事がおこっていた。
巨大なフタバガキの古木(こぼく)の前だった。
雇われた地元住民たちが、その木の伐採を拒否したのだ。
古木の幹は、三人が両手を広げて手をつなぎ、やっと囲める太さだった。

「この木は神様の木だ。刈らねえほうがいい。罰があたる」
歳のいった髭の労働者が訴えた。
互いに目を合わせ、ほかの労働者も神妙にうなずく。

「神様の木だと? 罰があたるだと? このグローバル時代になにを言ってる。そんな迷信を信じてるから、おまえらはいつまでたってもただの貧乏人なんだ」
 現場監督が腰に手を当て、鼻で笑った。

すると一人の若い労働者が、真面目顔で訊いた。
「あのう、グローバル時代って、なんですか?」
お、なんだこいつ、と現場監督は男を見返した。
だが、質問者の真剣な顔つきに免じ、一言だけ相手にした。

「自由経済っていうんだ。アメリカ風のやりかただ」
「じゃあ、そのアメリカに言ってくだせい。この木を刈ると祟(たた)られますぜって」
「ばかやろ。お前の意見なんかどうだっていい。さっさと仕事にかかれ」
現場監督は顎で古木をしゃくった。

「だめだ、この木は刈らねえでくだせい」
「おねげえしやすだあ」
他の労働者も加わり、執拗(しつよう)に食い下がった。
だがあまりにもばかばかしかったので、現場監督はうんうんとうなずくだけだった。

そして宣告した。
「全員くび」
とたんに労働者たちは、小さく足を踏んであわてた。
みんな穴の開いたシャツに、煮しめたようなボロの腰巻だ。
前金はもう使ってしまった。仕事をあてにし、借金までしていた。

遠い祖先からの言い伝えを、グローバル時代におしきられ、労働者たちは電動鋸(のこぎり)の柄を握りなおした。



「とうとう、やってきたか」
リーダーの長老は、千分の一ミリほどの微生物だ。
いま伐採されようとしているフタバガキの木の根には、太古からの粘菌(ねんきん)たちが棲んでいた。

粘菌は、遺伝子を持った微生物の仲間ではある。
だが、この古木に住む種は他とはかなり異なっていた。
大木が朽ち、横たわった幹から幼木が芽をだす。
その幼木が大木に育って朽ち……と繰り返すその幹の根元の空洞が、棲み処だった。

BATARA(バタラ)と呼ばれている超粘菌(ちょうねんきん)である。
BATARAは古い言葉で、『神様』や『はじまり』などの意味がある。
この粘菌に超がつくのは、地球上の九百種類の粘菌をはるかに凌駕(りょうが)する力をもっていたからだ。

地球上の熱帯や寒冷地域に限らず、落ち葉の裏側などに生息する粘菌。
微生物の仲間であり、見た目には、カビや小さな茸(きのこ)に似たごく普通の菌類であるが、独特の力あった。
はじめて粘菌を研究した学者は、動物でも植物でもないこの生き物は、もしかしたら宇宙からきた謎の生命体ではないかと不思議がった。

例えば、採取した菌を三十センチ四方の木枠の端に置く。
迷路を作って餌のバクテリアを反対側の端にセットする。
迷路は、長さのちがう三通りほどが用意されている。
だが粘菌は最短距離の通路をえらび、餌にありつく。

複雑な迷路であっても、間違いなく最短距離の通路で餌場に到達する。
神経らしき器官も脳も、どこにもないのにである。

粘菌は、植物でもあるし動物でもあった。
単細胞の微生物が、多細胞の植物と動物に進化しようとした過程で、両方の機能を備えたまま個体化したのか。

粘菌の生態サイクルは、次のようになっている。
植物状態のある時期に、1ミリから5ミリほどの茸の姿になり、胞子(ほうし)を飛ばす。
自分の分身を胞子として空中に漂わせ、新天地に向かわせるのだ。
新たな生息地に着陸すると、胞子はそこで発芽する。

そして今度は、細胞性の粘菌アメーバーに姿を変える。
もしそこが水場なら、尻に鞭毛(べんもう)をつけた鞭毛細胞になり、水中を泳ぐ。
そこがもし乾燥地変わると鞭毛を落とし、ただの粘菌アメーバーになる。

自分より小さな菌などを餌に成長し、分裂し、数を増やす。
この時期の粘菌アメーバーに老化現象はない。
単独行動の粘菌細胞はやがて仲間を求めて集合し、一ミリから五ミリほどのナメクジ体という多細胞体になる。

ナメクジ体は落ち葉の下などに潜み、植物状態への移行準備に入る。
そのときすでに、ナメクジ体のそれぞれの細胞の集まりは、次の変形体である茸の柄や笠や胞子になる役割を各自が自覚している。
やがて時期がくると木の葉の下から這い出て、太陽の光を浴び、個々の役目どおりの部位に変身する。

そうして茸になったら、再び自分の分身である胞子を飛ばし、サイクルを完成させる。



微生物であるBATARAの超粘菌は、多細胞のナメクジ体になったり、胞子状態になったり、単細胞になったり、自らの生命サイクルを自由に活用する。
情報伝達には、集団感知機能を利用したパルスを用いる。
身内同士ばかりではなく、コミュニケーションを取るため、離れた他の仲間とも交信する。

集団感知機能は、英語でクオレムセンシングといい、微生物が集団になったときの化学反応のパワーで生じる。
ある微生物の種では、発光体になったりもする。
「みんなよく聞け、おれたちは行かなければならない。微生物としての使命を果たすのだ」

長老の言葉に、フタバガキの地下の毛根がざわっと震えた。
毛根は、円形状に直系20メートルほどに広がっている。
危機感はすでに、フタバガキの根に住む超粘菌の全員に伝わっている。

⦅神の木は倒された。BATARAよ。予定通り、ただちに行動せよ⦆
長老は、はっきりメッセージを受け取った。
パルスを発したのが、だれなのかはもうは分かっていた。

こんなときのため、超粘菌の長老は多細胞生命誕生の初期にこの世に生を受けた。長老は長老と呼ばれているが、年寄りというわけではない。
「各自、用意せよ。予定通り活動を開始する」
長老の命令に、フタバガキの毛根に張り付いていたBATARAの超粘菌たちがいっせいに胎動(たいどう)しだす。

毛根の一定の場所に集合した超粘菌たちは、そこで五ミリほどの固まりになる。ナメクジ体である。
ナメクジ体がさらに毛根を伝って集まり、一つの器官を形成する。
それぞれが生物形態の各部位になるのだが、これらの器官はすべて数万の超粘菌の集合体である。
集合体は独自で会話を交わし、意志を持つようになる。

頭上の大地は大騒ぎだ。
どすん、どすん、と地面が揺れる。
何人もの人間の足音。モーターの唸り。
ブルトーザのキャタビラの響き。

ナメクジ体を作り終えたBATARAたちは、フタバガキの地下の毛根を川の流れのように伝った。
目的の場所は、長老が待機する地下の空洞だ。
地下空洞の天井には、フタバガキの毛根が幾筋も垂れている。
そのうちの数本の毛根を伝い、ナメクジ体が次々に滴る。

落下したそこには、すでにナメクジ体の固まりができている。
「全員、持ち場につけ。持ち場につけ」
伝達機能の器官部位を受け持つ集合体が、ただちに機能し、パルスを発信し始める。
それぞれのグループが、課せられた機能を果たそうとけんめいに活動する。
ナメクジ体の固まりは、ぐりぐりと回転し、脈打つ。

「右前翅(ぜんし)、右前翅、こっちだ。右前の翅(はね)になるやつはこっちだ」
「左後翅(こうし)、左後翅はこっちだ」
「胸部は、前胸(ぜんきょう)、中胸(ちゅうきょう)、後胸(こうきょう)に分かれている。まちがえるな」
「脚は胸部の各部に付く、足のみんな、ポジションに気をつけろ」

「ここは中胸だ。後脚は後胸に付くんだ、となりにいけ」
 あちこちに、ぼこぼこにょきにょき、突起ができる。
「全員集合したか。持ち場に着いたか。報告せよ」
「急げ、急げ」

フタバガキの毛根が、風にあおられるように揺れだした。
地上の電動ノコギリの唸りが、甲高(かんだかく)くキーンと響く。
「おーい、倒れるぞう」
 叫び声が起こる。

突如、天を突く雷のような音。
数千年もの間、世代の生命を幾度もくりかえし、繋いできた巨木の呻きだ。
ばりばりばり……。
ぎしぎしぎし……
どどどどどど……。

地中のフタバガキの根が、がくっと浮き上がった。
土の塊が、ぼろぼろと崩れはじめた。
「いくぞ。発進用意」
地面に亀裂が入り、閃くように光が射した。

「出発!」
長老の鋭い号令が飛ぶ。
BATARAの超粘菌たちは、全身に力をこめた。
できたての左右の翅(はね)がぎしぎしと軋(きし)んだ。
あたりの景色が滝のように流れた。

一匹の蝶(ちょう)だった。
長老は蝶の頭部のてっぺんちかく、前頭葉(ぜんとうよう)の襞(ひだ)の隙間に陣取った。
複眼たちが集めた光の眩しさに一瞬目がくらんだが、神経を集中させた。
目映(まばゆ)い空中だった。

多細胞の変形体として蝶に変身し、超粘菌は見事宙に舞った。
訓練もないまま、急いで作られた新米の翅は、あちこちに歪(ゆがみ)みや凹凸(おうとつ)があった。
羽ばたきが不均衡で、右に左によろけた。

「右翼も左翼もがんばれ」
胴や脚の仲間たちが激励した。
「がんばれ、がんばれ」
他の器官の超粘菌たちも、左右の翅に呼びかける。



フタバガキの切り株が、斜めに傾いた。
地面にできた割れ目から、紋白蝶(もんしろちょう)が飛びだした。
だが、大木に群がり、作業に夢中の作業員たちは気づかない。
空間に舞った蝶は、ジャングルの闖入者(ちんにゅうしゃ)から逃れるように、けんめいに羽ばたいた。

⦅海をこえ、東に向かえ。そこでまた連絡する⦆
彼方の空から、そんな命令がくだった。
「みんな、よくやった。これから長い旅にでる。力を合わせ、旅を成功させよう」
長老が呼びかけた。
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2−2 南の海を渡る

&#8203;

BATARAの蝶は空に舞った。
一面は、太陽がふりそそぐ赤茶けた大地だった。
以前は、深々としたジャングルだった。

荒野をこえると、目の前に海が広がった。
紺碧(こんぺき)の海がどこまでも続いていた。
海の上を何日も飛んだ。

とちゅう、馬蹄形(ばていけい)の珊瑚礁(さんごしょう)の島の上にさしかかった。
海水上昇で、海に沈むツバルという島国だった。
BATARAは、眼下の超粘菌からその話をパルスで聞かせてもらっていた。
それは、マスコミが流したフェイクニュースだった。

『海水上昇は温暖化の影響である』『それはCO2が原因だ』『各国はCO2の排出を押さえなければならない』『だから太陽光発電、風力発電がいい』『エコ産業の時代だ』『手遅れになれば地球は滅びる』
マスコミを使い、アピールした。
でも、ツバルは今も元気な姿を見せている。

とにかく海の上を東に向かう。
朝がきて、また夜がくる。
BATARAの蝶は、輝く南の海を飛び、また島影をとらえる。

「パプアニューギニアだ。ギラデに着陸する。島の超粘菌の仲間に連絡をとってくれ」
長老が命じた。
通信係がすぐに対応する。
「こちらBATARA、ギラデのだれか、連絡をくれ」

一呼吸してから返事がきた。
「こちらギラデ、BATARAを歓迎する。ここには、だれにも邪魔されない平和な生活がある。ゆっくり静養していってくれ」

 

家長のヤンカは、毎朝森で焚き木を拾ってくる。
ヤンカが焚き木を集め終えたとき、アカシアの木に舞い降りようとしている一匹の紋白蝶を目撃した。

ところが、その蝶が幹に止まろうとした瞬間、粉々になって消えたのだ。
ちりちり頭でフンドシ一つのヤンカンは、黒目をまばたかせた。
超粘菌たちが休憩と栄養補給のため、いっせいに森に散ろうとした瞬間だった。
ヤンカは家に戻ると、蔓(つる)で巻いた焚き木の束を妻のイブガに渡した。

「どうしたの? さえない顔して」
「ちょうちょうが、ぱっと消えたんでおどろいてんだ」
 ヤンカンが肩をそびやかした。
「あなたの目、おかしいんじゃない」
イブカは朝の支度で忙しかった。

竈(かまど)の炎がゆらめき、いい匂いがした。
蒸した魚が食べごろになったのだ。
家族全員で食事を終え、ようやく射してきた。
朝の陽光の中で、女たちは網かけの籠(かご)を、男たちは弓矢を作る作業にとりかかった。
のんびりした一時(ひととき)である

そんなギラデの村にも、いつか白い人がきて語りかけた。
『裸の生活はいけません。女の人は、おっぱいをだして歩いてはいけません。用がないからといって、なにもしないでぶらぶらしていてはいけません。いけないことは、まだまだ幾らでもあります。

このまま努力もなにもしないでいれは、あなたたちは永遠に森の中で裸で生きていくことになります。あなたたちは動物ではないのです。まずは芋の代わりに、畑にコーヒーの木を植えましょう。

そうすれば現金が手に入り、村は豊かになります。薬もランプもタバコも、鉄の斧もナイフも酒も、なんでも買えるようになります。そして神様に祈るのです。一日もはやく、みんなで幸せになりましょう』
白い人は使命感にあふれ、青い目の中に決意の炎を揺らめかせた。



陽がだいぶ強くなり、風が部族の家々の軒をかるく揺すった。
ヤンカは目を光らせ、風に舞った土埃(つちぼこり)を観察した。
「今日は狩りをしよう。みんなで肉を食おう」
そういって弓と矢を持ちだした。

「ホホホー、ホホホー、アップ、アップ、アップ」
二階のベランダに上がり、叫んだ。狩にいくときの合図である。
ものの二、三分もしないうち、左と右に並んだ小屋から、男たちが弓矢を持って現れた。

みんな腰に小さな袋を下げている。男たちだけではない。
いままで手足をのばし、地面に寝そべっていた犬たちまでもが、きゃんきゃんと吠え、跳んできた。
籠(かご)を持った女たちもおっぱいを揺らし、腰蓑(こしみの)をつけてやってきた。何人かが、先端を斜めに切り落とした鋤(すき)代わりの太い竹棒を持っている。

女たちは畑で芋を掘り、子供たちが川で魚を捕まえる。
子供たちは丸裸だ。
「今日の狩は、ヤップでやろう」
ヤップというのは、木の生えた草原である。疎林(そりん)地帯ともいう。

ヤンカを先頭に、全員が列を作った。村の出入り口で女たちが右に、少年たちが左に、男たちが真っ直ぐ、それぞれの方向に進んだ。
ヤップの一面の藪(やぶ)のあちこちに木が生えている。
この藪の中や木の下に、大小の動物が潜んでいるのだ。

男たちが腰の袋から火打石を取りだし、枯れ草に火をつけながら素早く移動した。
直径一キロほどの円弧を描いた煙と火は、ぱちぱちと音をたてた。
ヤンカたちが立っている場所だけが、ぽっかり空いている。
ヤンカを中心にした三人の男が横一列に並び、弓を引き絞った。

犬が煙の上がる円の内側を走り、わんわん吠えた。
ヤップに潜んでいた動物たちが、火の付いていないヤンカたちのほうに逃げてくる。
最初に現れたのは大型の鹿だ。
風を切り、矢が飛んだ。
鹿はがくんと膝をつき、横倒しになった。

ついで犬に吠えたてられたワラビーが、跳ねながらでてきた。
次は猪だ。ヤンカとほかの二人の矢が、横から胸を射抜く。
それでも、きききーと鳴いて逃げるところを、犬が白目を剥き、後ろ足に噛みつく。
次々に獲物が跳びだしてくる。それらを確実に仕留めていく。

「よーし、おわり」
ヤンカンは叫んだ。
それ以上の獲物は不要だった。必要なとき、また狩ればいいのだ。



鹿や猪のような大きな獲物は棒に吊るし、二人がかりで運んだ。
女たちもたくさんの芋を掘ってきた。少年たちの魚も大漁だ。
おじいさんたちが草原のアリ塚を壊し、塚の破片で竈(かまど)を造った。
熱くなっている竈の石の上にバナナの葉が敷かれ、切り裂かれた肉、そして芋や魚などが並べられた。その上に再びバナナの葉が被せられる。

すでに太陽は西に傾きはじめた。
太鼓の音とともに、村人は踊りながら時を待った。
やがて蒸し焼きの山から、幾筋もの白い蒸気が昇りだす。
白い蒸気が弱くなったとき、女たちが上に乗せた木の皮とバナナの葉を剥いだ。

「できたよ。できたよー」
女の声が広場に響いた。
太鼓の音が止んだ。村人が料理の周りに集り、腰を下ろした。
全員が料理の山に手をのばす。前の者は、後ろの者に取ってやる。
男も女も母親も子供も、おじいさんもおばあさんも、いっせいに口を動かした。
食べ物の匂いと物を食べる音が、村を支配する。
活躍した犬も歯茎(はぐき)を見せ、けんめいに骨にかぶりついている。

「おいしい。おいしい」
「うん、おいしいね」
全員が、黙々と蒸し料理に熱中した。
薄暮の空に、いつもの月と星が浮んでいる。やがて満天の星空になる。

202☆年現在、パプアニューギニアのギラデ村は、祖先の生活そのままである。
ギラデ社会のルールはただひとつ。『互いに助け合う』である。
ギラデに指導者はいても、権力者はいない。



「明日、出発する。集合せよ」
ギラデの超粘菌から、この村の人々の生活についての話を聞き終え、BATARAの粘菌たちは納得した。
自分たちが永年住んでいたジャングルも昔はそうだったのだ。

長老のパルスを受け、超粘菌たちはアカシアの木の方向に移動を開始した。
やがて紋白蝶は、アカシアの幹からパプアニューギニアの空に飛び立った。
このギラデに、他人の富を狙う文明とやらが訪れてこないように、と超粘菌たちは祈った。互いに助け合い自立して生きている人たちを、いつまでもそっとしておいて欲しいと。

&#65375;そうだ、それがわれわれの考えだ&#65376;
ふいに長老の耳に言葉が飛び込んできた。
長老は姿勢を正した。それが微生物をふくめ、地球に住むあらゆる生き物を代表するメッセージであることは分かっていた。

&#65375;少し前、あなたたちに協力してもらった少女一件を覚えているか&#65376;
問われた長老は、脳裏に一人の少女の姿を浮かべた。
地球創成期の時間的表現であるから、一ヶ月二ヶ月という単位ではない。
「あの娘さんですね。おぼえています」

&#65375;また彼女に協力してもらう。だが彼女は永い眠りから覚めたばかりで、記憶もあいまいだ。久しぶりの人間の世界に戸惑っているが、すこしづつ思い出してもらうので、ときどきパルスで話しかけ、目覚めさせてやってくれ&#65376;
「了解しました。とにかく、このまま東にむかって飛びつづけます」

長老の身が引きしまった。
メッセージを聞いているうち、幾度となく地球滅亡の危機に関わった過去を思い出した。
<改ページ>


2−3 悲劇の島

&#8203;

紋白蝶は飛びつづけた。
メラネシアからポリネシアの海に入った。
サモアやポリネシアの島伝いに飛んだ。
太平洋の海が果てしなくつづいた。

そしてその島は、360度の碧(あおい)い海原にたった一つ、ぽつんと浮かんでいた。
まさしく、ほっとするような絶海の孤島だった。

島の超粘菌と連絡をとり、パルスの誘導で無事島にたどり着く。
「この島の巨像について聞かせてください。この島になにがあったのかも教えてください」
BATARAの長老は長旅の疲れも見せず、さっそく島の仲間に問いかけた。

いいですよ、と島の超粘菌が応える。
「まず、この島の名前ですが、住民たちは『ラパヌイ』と呼んでいます。島に人が住み着いたのは今から1100年も前です。島は鬱蒼(うっそう)とした緑におおわれ、幹の直径が二メートルもある世界最大の椰子(やし)も生えていました。島は岩に囲まれた急峻(きゅうしゅん)な海岸ばかりで浅瀬がほとんどなく、ほかの南の島のように、椰子の生えた砂浜があり、小舟を浮かべてのんびり漁をするわけにはいきませんでした」

島の超粘菌が語りだす。
「しかし、島は農作物が豊富でした。山の斜面や平地に囲いを作り、窪地を利用して強い太陽や風をさえぎる工夫をし、薩摩芋(さつまいも)、タロイモ、ヤマイモ、サトウキビなどを収穫しました。畑の仕事は平民がおこないましたが、収穫物は領主である部族長のものでした。島の住民は貴族と平民で、地域は十二に分割され、それぞれに領主がおりました。そして、最高部族長であるマリキリ王によって統一されていました。

十二の部族は島の中心となる三角形の岩山を基点に、阿弥陀籤(あみだくじ)のように海岸にむかって縦に不規則な形で領線が敷かれていました。領土を与えられたどの部族長も海辺に家を構え、住民は生活のすべてが、天地創造の神であるアクアクがもたらしているものと信じていました。またラパヌイは大平洋のまっただなかで孤立し、閉ざされていましたので、人々は、この世には自分たちしかおらず、島は地球そのものであると考えていました。

そして住民の仕事は年に二度、作物の植え付けと収穫しかなかったので、余暇のほとんどをアクアクの神に捧げていました。岩山の上で像を造り、自分の領土内にある海岸や海辺の首長の屋敷の前の、祭壇(さいだん)であるアフという石の台の上に鎮座(ちんざ)させる仕事です。だれがいつ始めたのかは分かりません。各部族は、いつしか競争で像造りに励みだしたのです」



サイヅチ頭のカムリは、左手の親指と人差し指を額に押し当て、地面に置いた計算用の石粒を上下左右に動かした。長い耳たぶに付けられた石のイアリングが光って揺れる。歳は21。部族長としては若い。

細いからだに、梶(かじ)の木の皮を叩いて作ったタバという布を肩から羽織っている。
三十センチ四方の赤と黄と緑の布を縫い合わせたもので、ここではタバの大きさがその人間の地位や富を表していた。

背後の部族長の家の軒下には、高さ三十センチほどの横長の石のテラスがあった。
そこに、高官の地位にある部族長の親族たちが、神妙な面持ちで腰をおろしていた。
禿げた頭に羽冠(はねかんむり)を乗せている中央の年寄りが神官、その隣で槍を垂直に立てて持っている大男が戦士だ。
戦士は、部族長が決定した命令を、住民たちに実行させる行政官の役割も担っている。
だが今は、全員の二つの目が若き部族長、カムリの背中に釘付けになっていた。

カムリは、南端側のナパウの地域を支配する若き部族長だ。
父親が死に、地位を受け継いだばかりである。
父親は領地で取れた食料を平等に分配し、増える家族の数に喜びを見いだしていた。
その結果、父親の代だけで人口が三倍に膨れあがった。

父親は、人口の増加をアクアクの神のお陰だと感謝した。
見返りとして、石の神像造りに熱中した。
神像を山の石切り場から海辺まで運ぶのに、たくましい二百人の男を使って四、五年はかかった。

領地を受け継いだカムリは、すぐに食料事情に気がついた。
しかし、山野は開墾し尽くされていた。
山の高台でさえも、岩の窪地に芋やサトウキビ、川の浅瀬にまでタロ芋が植わっていた。
すでに、ありとあらゆる場所が利用し尽くされていたのだ。しかも土地が荒れ、毎年収穫量が減っていた。

「みんなの食料を減らすしかない。限界だ」
それは、大それた発言だった。
「なんとおっしゃいますか。そんな真似をしたら、住民たちが黙っていません」
神官と戦士兼行政官の二人が声をそろえた。

「それならば手はじめに、像を運ぶ男たちの食料を減らす」
わあ、と両手を上げ、今度は家臣全員が立ち上がった。
「祟(たた)りがあったら、どうしますか」
カムリは、自分の屋敷の背後に広がるのびやかな斜面を見上げた。
子供のころは、まだ生い茂る木々が少しはあった。

「みんな、われらのナパウの領地を見てみろ。枯れかけているではないか。どうしたらいいか、考えを言え」
立ち上がった全員が、うっと言葉につまった。
すると大柄の武官が提案した。
「隣のトンガキから奪いましょう」
若き部族長は、ぎょっとなって武官を見返した。

「隣には、まだ農地にできる場所があちこちに残されています」
武官は平然と肩をそびやかした。
常々その件について考えていたかのようであった。
「なんてことを言うんだ。そんなことをすれば島中が争いになる。最後はどうなると思う」
カムリは首をふった。
「そればかりか、わたしは隣のトンガキの領主、アバカに会っていろいろ意見を聞こうと思っていたところだ」



カムリと二人の部下は、ゆっくりした足取りで丘を下った。
丘の下の門の前で、二人の番人がカムリを迎えた。

門を入ると石の広場である。その向こうに屋根の低い屋敷がある。
軒下には膝の高さほどの平らな石がならび、そこにタバを肩から斜めにかけた白髪の男が座っていた。
伝言を聞いて待っていたのだ。
白髪の男の頭は半分禿げ、額を広々と光らせている。
家臣たちの姿はなく、部族長一人だけだった。

「話したい件があるんです」
トンガキの部族長のアバカの前に立った若きカムリは、頭の羽根の冠(かんむり)を外し、胸に押し当てた。
困っている、相談したい、ということを先に伝えてあった。
「なんの話か聞こう」
早々に会話がはじまった。

「ナパウでは食料が足りなくなりました。私はそんな事実をはじめて知りました。トンガキではどうでしょうか。いや、もしかしたらこれはラパヌイ全体で起こっている問題ではないかと」
カムリは率直に意見を述べた。
ラパヌイ全体という憶測が、カムリを駆り立てたのである。
アバカは顔色を変えなかった。

「で、どうすればいいと考えるんだ?」
座ったまま、若いカムリを見上げた。
「人減らしです。それしか考えつきません。ほかの部族長たちはどうしているんでしょう?」
「このままにしていたらどうなるのか、分かっているがなにもしていない」
アバカが低い声で答える。

日頃この件について考えていたらしく、話は一気に進んだ。
「山の木がなくなれば、腐葉土(ふようど)もなくなる。土に住む小さな虫たちもいなくなり、土の中の虫たちがつくりだす土の養分も失せ、収穫が減る。さらにときどき降る雨が土を削り、濁流になって一気に海まで流れる。ラパヌイの土はこうして半分以上が失われた。

長いあいだ培ってきた土の潤(うるお)いがなくなると陸の収穫だけではなく、海の魚たちもいなくなり、海藻も減る。陸上の動物はネズミだけになり、飛んでくる渡り鳥さえもほんの少しになった。これらの問題は、木々がなくなりだした50年前からはっきりしていた」
二十年前は無理だったが、記憶に残る少年のころのパラヌイの緑の色を、カムリは大急ぎ頭によみがえらせようとした。

「決定的だったのはある部族長の行為だ」
アバカの広い額がひきつれ、白髪がさわっと蠢(うごめい)いた。
「一人の部族長が、密かに大きな巨像を造りだした。いままでの三倍もの大きさだ。それまで部族長たちは平均的な領地を与えられ、平均的な人口を養っていたので、造る石像の大きさも常識的に決まっていた。それゆえ、大きさで争うようなことはなかった。それが暗黙の決まりになっていたのだ。

ほかの部族長たちはあわてた。マリキリ王さえもあわてた。そしてわしを除いた各部族長たちが、より大きな巨像造りに取り組みだしたのだ。もしラパヌイ一の巨像を建てられたら、そいつが神の力を独占してしまうからな。巨像の運搬にはたくさんの巨木が必要だ。いままでの乱伐で残り少なくなっていた巨木が、このときを境に全滅してしまった。同時に大勢の男たちが運搬に駆りだされ、各部族の食料が一気に減った。

以前から山野は荒れ、荒れるにしたがって食料を食い尽くし、部族長たちは日々苦境に陥っていたのだが、現実は考えないようにしていた。でも、目を開ければ苦難は目の前に存在し、じわじわ迫っていた。そして飢餓(きが)に気づき、苦境におちいればなおさら神の力に頼ろうとする。石像造りに精をだしたのだ」

白髪のアバカは、石の台の上に腰を据えたまま顎(あご)を引き、腕を組みなおした。
「部族長のお前がどうしたらいいかを聞きにきたから、思い切って話そう」
アバカは意を決したように、まわりを見渡した。部族長の屋敷の前の広場には、背後に二人の門番がいるきりだ。門を入ったすぐ脇に、カムリについてきた二人の部下が立っている。

「実はいままでのラパヌイの豊かさは、単に自然が豊かだったからにすぎない。産んで人口が増えても食料はいくらでもあった。人々は暇をもてあまし、あまった時間で巨像を造り、神に捧げると称し、自然を破壊していった。我々が神のためにおこなっている巨像建立(きょぞうこんりゅう)は、我々自身の首を絞めるようなもので、競争で巨像をつくるという行為が、ラパヌイの存在を決定的に危うくしてたのだ。だが、ラパヌイの王はそれに気づいていない」

アバカは口を閉じ、舌の先で唇をなめた。
カムリは黙ってうなずいた。
「マリキリ王のところに行き、アクアクの信仰をやめなさいとは言えない。でも食料を大量に消費し、森を破壊し、食料生産を阻害する石像造りはやめろ、とは言える。いつ行こうか、いつ行こうかとためらっているうち、ラパヌイの瀕死(ひんし)状態が眼前に迫ってしまった。どうだ、勇気をだして、一緒にマリキリ王のところに行くか?」



その日、カムリとアバカの二人は、そのままマリキリ王のところに出向いた。
ラパヌイが滅びるか滅びないかの瀬戸際なのだ。
重要な問題ですぐに会いたいと告げると、酒とご馳走で盛り上がっていた宴会中の席に通された。
中央の大きな石の椅子に、たわわな腹を抱えた王が腰をおろしていた。

二人は、いきなり支配者の王と一族の神官たちに対面したのである。
「なんの用なのか、用件を申せ」
王がいらだったように応じた。
「アクアクの神に捧げる、巨像造りは即座にやめるべきです。ラパヌイはこのままでは滅びてしまいます」
覚悟をきめたアバカの緊張した声が、宴会の席にきりっと響いた。

瞬間、王宮の間は氷りついた。
王の一族たちも貢物(みつぎもの)が減っている事実に気付いていた。原因もうすうす感づいていた。
だが、だれも危機を口にしようとはしなかった。
アクアクの神の非難になるからだ。
四方八方から、鋭い視線が二人を射抜いた。
それでも二人はけんめいに威厳を保ち、王の正面で身構えていた。
信念が二人を支えていた。

「よし、分かった。この件はあらためて話し合おう。追って連絡をするであろう」
王は、杖で表を指した。
ついに会議がひらかれる、と二人はほっとした。
王の館を後にし、二人は互いの国境で別れた。
それが、若きカムリが白髪のアバカを見た最後だった。

マリキリ王とその神官たちは、簡単な解決方法を思いついた。
反乱者として二人の領土を取りあげ、住民を皆殺しにするのである。
二人の領土は、王と王の一族たちで分ければよかった。

翌早朝、マリキリ王連合軍がアバカの領土、トンガキを襲った。
その隣のナパウは、若き部族長のカムリの報告を聞いた武官兼行政官が、念のためにと軍隊を待機させていたのだ。
ナパウになだれこもうとした王の連合軍は、反撃などありえぬと油断をしていた。
しかし、反撃を食らいであわてた。

王の連合軍の攻撃のとき、トンガキの巨像を運んでいた70人ほどの屈強な男たちが、国境沿いのナパウに逃れた。
この男たちがカムリのナパウの軍に加わり、強力な300人ほどの軍隊ができた。
密かにマリキリ王のアクアクの神に疑いを抱いていたほかの部族長たちが、次々にカムリ側に加わった。

島の住民は二派に分かれ、勝ったり負けたりの戦いを始めた。
カムリはマリキリ王に反逆したが、数年に及ぶ戦いを経、不思議な感覚にとらわれた。
戦ったおかげで多くの人々が死に、一時的ではあるが食料の問題がゆるやかになったのである。
互いに違う神を奉り、殺し合うことで危機から逃れられたのだ。

「戦争だなんて、なんてうまい手なんだ」
しかし、禿山(はげやま)に緑はよみがえらない。
二手に分かれ、互いに憎しみ合うことで、自らが置かれている最大の危機を忘れただけだった。



戦いは続いた。
島の中央、石像を造るラノラクの石切り場を越え、からだを粘土でペイントした真っ黒い兵隊たちが行進する。全員が黒曜石(こくようせき)の穂の槍を担ぎ、腰に斧を下げている。
指揮官たちは黒いマント姿だ。人数は約2000。ラパヌイの半分の東側を配下しているマリキリ王の軍隊だ。

迎えるは、若きカムリを指揮官とする悪の反乱軍である。
悪の反乱軍というのは、マリキリ王側の呼び方だ。
反乱軍は、体に赤い粘土のペイントを塗っている。
カムリ軍も黒曜石の穂先の槍を持ち、同じように石の斧で武装している。
人数は1500ほど。反乱軍はラパヌイの残りの半分の地域を支配している。

「アクアク、アクアク、おー」
王の軍隊が気勢をあげる。槍を振りかざし、柄で足元の岩をだだだだと叩く。
「マケマケ、マケマケ、おー」
カムリ軍も負けていない。
アクアクはマリキリ王側が信じている神。
マケマケはカムリ軍側が信じている神だ。
ペイントした互いのからだが、太陽の光を浴び、ぴかぴか輝く。

両者の戦いは、簡単には決着しなかった。
はじめは両軍とも敵軍深く侵入し、相手の領地の石像を破壊した。
東と西に分かれた戦争のおかげで、多くの兵士が死に、人口が減った。
だが、飢餓(きが)の問題が解決した訳ではなかった。
すでに自然は破壊しつくされ、回復の見込みはなかった。
それでも島の大いなる支配者は、己の保身のために戦った。



「その後もラパヌイの住民は戦いつづけました。一度民族と民族が憎しみあえば、憎しみが伝統となり、もう容易に解決はしません。山野は荒れ放題です。それでも人々はかろうじて生きていました。蛋白質を補うため、生き残るため、いつしか戦いが人間狩りに様相を変えていったのです。

それから約50年後の1722年、オランダの艦隊がその島を発見しました。そのとき島の人口は、3000人ほどに減っていました。その日はちょうどキリストの復活祭だったので、白人たちはその島を『イースター島』と名付けました。住民はそのとき初めて、世界がラパヌイだけではないという事実を知ったのです。

その後、多くの未開の原住民と同じように、ヨーロッパから持ち込まれた疫病、または奴隷狩りなどの行為により、1877年に人口は111人にまで減っていました。
1888年、チリ共和国の領土となったが、不毛となった島の自然は、今も再生できていません。荒れ果てた岩山や草原に、製造中であったり、運搬途中であったり、海岸の台座で破壊されたままの数多くの石像──モアイが放置されているのです。

初期のころに制作された足まである像が、下半身を深く土に埋め込まれ、ところどころ、虚ろな目で荒れ野に起立しているばかりです。これが、地元民がラパヌイと呼び、白人たちがイースター島と呼んでいる島の悲惨な歴史なのです。どうか地球全体にこれらの事例が当てはまらないようにと、祈るばかりです」

BATARAの超粘菌たちが見渡す島の景色は、雨風に晒された褐色の大地の重なりだった。露出した岩たちは、自分をそんな姿にしてしまった人間たちに復讐するかのごとく、現代科学で挑む緑化計画を頑なに拒む。
「長老、この島を甦(よみがえ)らすのには、どうしたらいいんですか」
思い余ってだれかが訊いた。

「我々の仲間である微生物が住める土がない。土は樹木の葉や草からできる。動物や人が住むためには、島がある程度の樹木と土で覆われていなければならない。かつての歴史的な文明国家、メソポタミア、エジプト、クレタ、古代ギリシャ、ローマ、ピザンティン、中央アメリカ、アンデスなど、彼らが築いた偉大な力も、自然破壊には勝てなかった。三千年前の地球の森林占有率は80パーセント、五百年前は15パーセント、そして現在は5パーセントだ。

加速的に森林破壊が進んでいる。だれかがどこかで手を打たない限り、地球文明は崩壊し、未来の砂漠化は明白である。数パーセントの人間が、己の利益のために策略をめぐらしている場合ではないのだ。しかもここには、化学物質も大地に還元しにくいプラスチックもない。白人たちの文明が押し寄せ、経済とやらが発展し、木々を伐採したわけでもない。でも島は滅びた。とにかく、人間てやつが問題なんだよ」

蝶の前頭葉に陣取り、長老が腕を組むようにつぶやいた。
すると、天から声が反応した。
&#65375;共存共栄の精神がなければ、やがて世界は崩壊する&#65376;
「人間にそういうことは、無理です。人間は争い事が大好きなんです」
BATARAのだれかが、言い返した。

&#65375;いや、だれかにそう思い込まされているだけだ。人間にも素晴らしい民族がいる&#65376;
「でも、進化して知恵がついてからというものの、争い事ばかりじゃないですか」
「弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)なんだからな」
「やるか、やられるかが世界の原理だってな」
「戦って勝つことが人生のだすべてだって」
蝶のあちこちから意見がでた。

「この世に、戦わずに生きる民族なんて、いないだろ」
&#65375;いや、いる&#65376;
力強い声だった。
「どこに」
超粘菌たちが声をそろえた。

&#65375;日本人だ。縄文時代(じょうもんじだい)と呼ばれた17000年もの間、彼らは一度も殺し合いをしなかった。人に危害を加える武器は持たなかった。毎日、毎週、毎月、どこかで奪うために殺し合っている人間が、17000年間もの間、戦いのない暮らしをしていたんだ。17000年もだ。そんなふうに日本列島で人々が平和に暮らしていたとき、大陸から武器を持った移民がやってきた。日本列島の住民も対抗し、武器を持たざるを得なくなった&#65376;

「なんだ、やっぱり共存共栄はできなかったんじゃないか」
皮肉ではなく、がっかりした口調だった。

(●娘と蝶の都市伝説 3巻に続く)


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