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作品名:邪宗門あれから 作者:村瀬"Happy"明弘

第6回   絡繰り
(絡繰り)
 
 それから毎日、洛中を摩利信乃法師が教化を施す度に私の甥はついて参ったそうでございます。成程、確かに甥は始終その沙門と一しょでございますから何か事が起きれば私に伝わる算段で人心地ついたに存じます。ただしばらくの間、甥からの便りが滞っている事に妙に嫌な心もちもあったのでございます。
 そしてまた庚申待の夜のことでございました。若殿様と私が夜明かしをしている中、御屋形に甥が現れました。
 「御主は何の便りもよこさず如何にして居ったのじゃ。」私は甥が無事に帰って安堵と同時に腹立たしい心もちもあったに違いございません。
「叔父さん。そして殿様。申し訳ございませんでした。ただあの非人小屋から抜け出せな
いのです。朝から洛中で教化を施し夕方戻って少し休んだ後、夜中まで祈祷するのです。」
「では今宵、御主は如何にして抜け出せたのじゃ。庚申待の夜じゃぞ。」
「さて、そこです。今夜は皆、睡入っているのです。」
いつもこのように甥がもったいぶった云い方をする度に私は苛立ちを隠せない思いでございました。
「なぜじゃ。三尸(さんし)の虫が今宵、睡入って居る間に天に登ってしまうではないか。天帝に己が悪事が知れ三悪道に堕とされるのじゃぞ。」甥の話を聞いて私には摩利信乃法師の行いが不思議に思えてならなかったのでございましょう。
「あの沙門は、敢えて今夜睡入っているのです。なぜなら三尸の虫など信じていないのです。ですから庚申待の夜に睡入って摩利の御教えだけが正しいと示したいのです。」
そしてその話を黙して聞いて居られた若殿様が仰有いました。
「何とあの沙門は、今宵敢えて睡入って居るとな。予はやはり摩利の教えとやらを聞かずばなるまい。」
「殿様。しばらく御待ちください。もう少しあの沙門を探ってみたいのです。ただ摩利信乃法師は様々な力を持っているようです。先日、近江に行き教化を施した時の事です。雪の舞う中、何とあの沙門は大中(だいなか)の湖(こ)の上を歩いて渡ったのです。それだけではありません。湖の真中で立ち止まりここに網を下ろせと云い教化を聞いていた漁夫たちが二艘の舟を出しますと夥しい魚がかかり、舟が魚でいっぱいになったのです。」
私は甥が徐々に摩利信乃法師の教えを信じ始めたのではないかと気が気でならなかったのでございます。
「御主、まさか木菟(ずく)引きが木菟に引かれたのではあるまいな。」
「何を云うのですか。叔父さん。安心してください。確かにあの沙門は不思議な事ばかり起こしますが、私は何か絡繰りがあるのではないかと思って見ているのです。ただ今の所は何も解らないのですが。」
「絡繰りとな。成程。予はあの沙門の仕出かす事は魔術か妖術の類だと思うて居ったが、御主は何かしらの仕掛けがあると申すのじゃな。」
若殿様は私の甥の話を聞いてたいそう関心して居られたのでございます。
「して、何か他にも不思議な事は起こらなんだか。」
若殿様の御顔を拝見した私は若殿様も少し謎解きをしてみたくなったのではないかと不安な心もちになったのでございます。
「はい、殿様。先ずは私があの小屋に住んでみて不思議に思ったのは、そこの住人たちは白癩ではなかったのです。ですが白癩が治ったのか、それとも住人そのものが入れ替わったのかは解りません。それとこれは何かが起きた訳ではありませんが、あの沙門は七日毎に外には行かず灌頂の儀式を施した者だけを集め河原で祈祷をし一日過ごすのです。私は洛中に出たり少し遠くまで教化をしに行くのは気晴らしになりますからいいのですが、この日はとても退屈で苦痛に感じます。」
やはり私の思うた通りその小屋に住まわる者どもは白癩ではなかったのです。ただ私にはこれから胸の奥に潜んでいる得体の知れないものが一気に溢れ出してくるのではないかと重たい心もちになったのでございます。
そしてそれから甥を含め前にも増してより多くの信者を引き連れた摩利信乃法師は徐々に範囲を拡めながら摩利の教化を施したのでございます。


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