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作品名:邪宗門あれから 作者:村瀬"Happy"明弘

第4回   沙門の身元
(沙門の身元)
 
 その日の夜の事でございます。私は甥の致した事を若殿様に御話し申し上げました。
 「さようか。爺の甥も思い切った事をしたものじゃ。してあの沙門は四条河原の非人小屋に住まわるのか。で、そこに住んで居る他の者どもは沙門の仲間なのじゃな。」
「仲間と申しますより信者或いは弟子ではないかと存じます。なぜと申しますと夏の終わり頃の事でございますが、私と甥はあの沙門を闇討ち致したのでございます。」話の弾みで私は若殿様に沙門の闇討ちを打ち明けてしまいました。
「何と。甥は兎も角、爺までも無茶をしたものじゃ。してどうじゃった。」
若殿様はたいそう驚かれた御容子で仰有ったのでございます。
「はい。大変御恥ずかしい限りでございます。私はその時初めからどうも妙な気おくれがあったのでございましょう。払った太刀の鞘(さや)の手もとが狂って思わず鋭いの鍔音(つばおと)を響かせてしまい沙門に気付かれたのでございます。長尾の律師様の阿弥陀堂供養の時もそうだったに違いないと存じますが、今になって考えましても身震いが出ずには居られません。恐ろしい幻を見たのでございます。」私はその恐ろしさ、物凄さを若殿様に到底御伝えする事は出来なかったに相違ございません。
「成程、爺は既に一度痛い目にあって居るのか。よって阿弥陀堂供養の折りに爺は酷く怯えて居ったのじゃな。」
そしてそれから先の事を若殿様に申し上げるのも大変恥しゅうございました。
「さようでございます。更にその小屋の非人たちは私どもを手ごめにでもし兼ねない勢いで口々に凄じく罵り騒ぎながら、穽(わな)にかかった狐(きつね)でも見るように男も女も折り重なって、私どもを憎さげに顔を覗きこもうと何人とも知れない白癩どもが、燃え上った芥火の光を浴びた気味悪さは、到底この世のものとは思われませんでした。」私はその夜甥と二人逃げ帰り、河原が遠くなってから何やら怪しげな歌を唄って居りましたのを思い出したのでございます。
「ほう。男も女も居ったか。しかも何人とも知れない白癩とは。爺、あの沙門は予が親しゅうした頃は一図に信を起し易い、朴直な生れがらじゃった。予が世尊金口(せそんこんく)の御経も恋歌と同様じゃと嘲笑う度に腹を立てて煩悩外道(ぼんのうげどう)とは予が事じゃと再々悪ざまに罵り居った声さえまだ耳にあるが、もはや別人なのじゃな。」
私は若殿様の御話を御聞きして我が耳を疑い思わず聞き返しました。
「殿様、今何と申されました。まさか行方知らずの管原雅平様とあの摩利信乃法師が同じ人なのでございますか。しかしその摩利の教こそ煩悩外道ではございませぬか。」
「いや、そうであると申せばそうじゃが、そうでないと申せばそうではない。されば消息盈虚(しょうそくえいきょ)とでも申そうか。ただ予は阿弥陀堂供養の折りにそう思うて話をしたまでじゃ。よってあの沙門に予の屋形に人を集め摩利の教えとやらを聞こうと申したのじゃ。」
若殿様はじっと大殿油の火影を御覧になりながら心無しか沈んだ御声でもの思わしげに御呟(おつぶやき)なさいました。
「殿様の御言葉は私にはとんと解し兼ねます。あの方とあの怪しげな沙門が同じ人とは到底思われませぬ。」私は首を傾げてこう申すしかございませんでした。ただ長尾の律師様の阿弥陀堂供養の時に若殿様が摩利信乃法師に「久しいのう」と仰有ったのを思い出したのでございます。
「爺、それはもうよい。しかしあの沙門は換算供奉(かんざんぐぶ)や天狗の化身でも変化の物の類でもない事は明らかじゃ。例え身元が如何にあれ、予は摩利の教とやらを誠に聞いてみとうなったのじゃ。沙門の住処も分かって居るならばこの屋形に人集めをしてくれまいか。」
その時の私の心もちと致しましたら、頭の中であらゆる思いが駆け巡り何とも御話しようもございませんでしたが若殿様にもう一度御願い申し上げたのでございます。
「殿様。今一度、この爺めに事を預からせてもらえませぬか。何卒お聞き入れ下さいませ。」私は先日のように時を稼いで若殿様が御心変わりするのを御待ちしようと思った訳ではございません。先ずは、あの沙門の素性を暴こうと考えたからでございます。
「爺は余程あの沙門と予が逢わぬよう計らいたいようじゃ。さりとて爺が今一度と申すなら預けねばなるまい」
「誠。申し訳ございませぬ。難有き御言葉頂戴致します。」私は次こそは若殿様を命に代えても御守り致す覚悟を堅く決めて居りました。
 その後直ぐに私は甥を呼んでその話をとくと聞かせました。


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