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作品名:邪宗門あれから 作者:村瀬"Happy"明弘

第3回   甥の目ろみ
(甥の目ろみ)
 
 それから二三日後の事でございます。私は若殿様に沙門とのことを御任せ頂いたものの如何致すかとんと考えが浮かばずに思案して居りました所、私の甥が云い始めたのでございます。
 「何時ぞやはあの沙門を襲い失敗しましたが、叔父さんが云われるようにこの御屋形に招き入れるなど絶対にあってはなりません。」
甥が至って強く云うものですから私は聞き返しました。
「されば御主は如何にすればよいと云うのじゃ」
「はい、私は思い切ってあの沙門の弟子になろうと思うのです。と云っても本当に弟子になる訳ではありません。弟子のふりをしてあの沙門の動きを探るためです。」
何と私の甥は思いもつかぬ事を云い出したのでございます。
「御主とわしは、あの沙門を殺めようとして逆にからめ取られ恐ろしい目に遇うたのじゃぞ。面も知られて居る。そのような事は通用するまいて。」私がこう申しますと
「いや。あの時沙門は今夜の闇討が縁となって、その方どもが摩利の御教えに帰依し奉る時も参るであろうと云っていたではありませんか。この前のように力尽くでは上手くいかないでしょう。ならば逆の考えをしたまでの事です。幸い叔父さんと私が殿様の禄を頂いている事は知られて居りませんから。」
私の甥は顔を火照せながら、あの闇討の時と同じようにこう弁じつづけていたのでございます。
「御主の申す事も解からぬでもないが、余りにも危ない選択ではあるまいか。もし御主の目(もく)ろみが知られれば命は無いぞ。」私は甥の心意気に感心するも案ずる心もちも大きかったのでございます。
「無茶は承知の上です。かと云って他に方法もないじゃありませんか。私はあの沙門の懐に飛び込んで命を捨てる覚悟は出来て居ります。」
私の甥が云うのももっともかと思わぬでもなかったのですが、他にどうにかしてあの摩利信乃法師を遠ざけたいと私もいろいろ思案を致しました。しかし例の恐ろしい幻の事を思い出し容易に名案も浮びません。
「されば御主は如何にしてあの沙門の弟子になろうと云うのじゃ。」私はこの様な云い方をして益々甥の考えを後ろ押ししてしまうのではないかと存じましたが、聞かずには居られなかったのでございます。
「あの非人小屋に出向いて沙門を待つより他仕様がありません。闇討の時のように夜ではなく夜明けと共に行くまでです。」
どうしてもこの目ろみを捨てない甥を一人やる事が私は大変気がかりだったに存じます。
「ならば何時あの小屋に出向く心算(つもり)なのじゃ。」私は甥が思い直して欲しくもあり問うてみました。
「それは早いに越した事はないでしょう。明日の夜明け前に出向く心算です。」
それを聞いて甥の意思の堅さに感じ入りましたが私までもが年甲斐もなくあの恐ろしい摩利信乃法師の住む小屋に窺いよる心もちは萎(な)えて居りました。が、隠れながら甥の跡をつけて容子だけは確かめようと思うたのでございます。
 次の日、東の空が白み始める前に私の甥が一人御屋形を出て行くのを見て私は敢えて甥には伝えず跡をつけて参ったのでございます。そのような時間に往来(ゆきき)する者は居りませんから足音も聞こえませぬように距離を置き偸み偸み私は甥について参りました。そして四条河原の非人小屋の前まで辿り着いたのでございます。
 私は蚊柱が幾つも立つ河原蓬にそっと身を隠して容子を窺う事に致しました。非人小屋は数えて十一。甥は真中(まんなか)辺りのひと際小さな小屋の前に敵意は無い証(あかし)を示したのでしょう。太刀を置き二三歩下がって跪(ひざまず)き、しばらくの間は黙然と真直ぐ前を向いて居りました。それからどれ程の時が経ったのでございましょうか。私はじっと固唾を呑んで居りました。
 「誰じゃ。」
それは紛れもなくあの摩利信乃法師の声でございます。
「夏の終わりにあなた様を闇討ちした者にございます。」
私の甥は悠然と沙門に答えたのです。
「何用じゃ。」
沙門は姿を現さずに申しました。
「あなた様が横川の僧都の念珠を真中から二つに切ったと云う事を聞き及びましたので摩利の御教えとやらを御聞きしに参った次第です。」
甥は昨日からその受答えを用意していたのでございましょう。
「さようか。ちと待って居れ。」
その非人小屋からごそごそと音が聞こえたかと思いますと先ず手だけがぬっと伸びて甥の太刀を掴(つか)み、取り入ってから墨染の法衣の肩へ長い髪を乱しながら、十文字の護符を胸に燦(きらめ)かせて、いつもの女菩薩の幢をいかめしく掲げた摩利信乃法師が姿を見せたのでございます。
「その方一人か。確かあの闇討ちは二人だったであろう。」
摩利信乃法師は眼光鋭く辺りを見渡しましたので私は河原蓬に深く身を屈(かが)め伏せました。
「はい私一人きりです。もう一人にはここに来る事さえ申して居りません。」
私の甥は下手な云い訳をするより一言で済むような云い様を考えて来たのでございましょう。
「成程。されば今より洛中にて教化を施すよってその方もついて参れ。」
摩利信乃法師は徐に表情を変えずにそう云って歩き始めました。
「はい御共致します。」
私の甥も摩利信乃法師の後ろについて参りましたので私は見つからぬよう身体を低く先程よりも更に距離を置いて足音を忍ばせながらつけて参ったのでございます。しかし洛中と一口に申しても広うございますから一体何処に行きますやら皆目見当が付きません。先ず四条河原から真直ぐ西へ向かい町尻小路を折れて上がり押小路の先辺りで歩みを止め何処かじっと見て居りました。何とそこは西洞院の御屋形の御近くではございませんか。
私はここで摩利の教化を施すかと思い近くの屋形の影に隠れながら窺い見て居りました。そして甥も人気のない路地で沙門が立ち止まった事を不思議に思ったのでございましょう。何やら話をしていた容子でございましたが、直ぐに二人は別れ別れに歩き出しました。
 その後、私は御屋形に帰って参りました甥に早速あの沙門の事を問うたのでございます。
 「御主はあの沙門と何を語り居ったのじゃ。」私は二人が四条河原を出て遠くから容子を窺っていただけでございますから一言一句甥の語りを聞き逃すまいと存じました。
「これと云った事はありません。私が夏の終わりに闇討ちした者だと申しましたら何の用だと問われ、摩利の教え聞きに来たと云っただけです。するとあの沙門が今より洛中にて教化を施すからついて参れと申しましたからついて行ったのです。それだけです。」
「そのくらいの事は二人の容子を見ただけで解かって居る。わしは云わなんだが御主をつけて居ったのじゃ。他には何か話さなんだのか。」私は大事な何かを甥が忘れているのではないかと思いもう一度聞き返したのでございます。
「そうだったんですか。でもあの沙門に気付かれたら叔父さんも危ないじゃありませんか。それ以外にあの沙門から何も聞かれませんでしたし、教化を施すと申して居りましたから色々探ろうとは思っていたのですが、いきなり今日はやめると云い私も返されたのです。そして明日、私に灌頂の儀式をするらしいのです。預かったままの太刀はその時に返すと申して居りました。ただ私は気にかかると云うか思う所はありましたが。」
「御主の申す事はいつも謎めいてわしには解し兼ねるが、一体御主は何が気にかかったと申すのじゃ。」私が不審そうにこう尋ねますと
「先ずは叔父さんも見て居られたでしょう。西洞院の御屋形近くで急にあの沙門が立ち止まって今日は教化をやめるとなぜ云い出したのか。それと心移りした訳ではありませんが、私はその刹那の沙門の姿にもの優しい潤いが、漂っているような悲しげな気色を見たのです。」


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