(庚申待の夜)
それから数日後、庚申待(こうしんまち)の夜の事でございます。若殿様がまた西洞院(にしのとういん)の御屋形へ御通いになりましたが、摩利信乃法師と中御門の姫君の間に何があったとも知れませんので面(おもて)が知られている私と私の甥は見え隠れに御供致しました。 そして若殿様は隠し事が大嫌いな御気性ですから、中御門の姫君に先日の摩利信乃法師との出来事を全て御話しになったのでございます。 「まあ、恐ろしい事を仰有います。先般、私も平(へい)太夫(だゆう)が幼馴染みの方が御遇いしたいと申すものですからどなたの事かと尋ねましたら、その摩利信乃法師と云うではございませんか。私がきっと断りますと平太夫がその沙門に御取り計らいした義理があると申しますから私の袿(うちぎ)を持てば遇った事になるでしょう。そう返しましました。」 その御闊達(かったつ)な姫君の御話を御聞きしまして成程と私は合点がいったのと安堵も致したのでございます。しかし若殿様はこう仰有いました。 「予はその沙門に屋形に人を集め摩利の教えとやらを聴聞致すと申した以上、せぬ訳にはいかぬ。それが道理じゃ。」 若殿様の御律儀な事に私は関心致しましたが、あの怪しげな沙門の教えと申すもの、しかも御自分の御屋形に人集めする事など恐ろしいばかりではございませんか。 「御言葉ではございますが殿様、その摩利信乃法師などと云う魔術を操る沙門を御屋形に招き入れる事はなさらぬがよろしゅうございませぬか。」私は若殿様の御考えを御収めしようと少し強い語り口で申し上げたのでございます。 「爺よ。予はあの折、口から出任せを申したのではない。事実何が起きたかは解からぬが予が望み通りあの沙門は退散致したのじゃ。ならば予も言葉通りにするまでじゃ。」 私はそう仰有る若殿様の御考えを何とか御改めて頂く法はないものかと思案し、申し上げました。 「殿様の御考えは解かりましたが、一旦この爺に御任せ下さりませぬか。」私によい考えが浮かんだ訳ではございませんが、兎に角時を稼いで若殿様が御心変わりするのを御待ち申し上げようと思うたに違いございません。 「さようか。爺がそう申すなら思うようにするがよい。人集めは出来ても予はあの沙門の居所(いどころ)さえ知らぬよって。」 若殿様は私の心もちを知ってか知らずか、そう仰有って万事私に御任せ下さいました。
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