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作品名:ロックン・ロール・サーカス 作者:村瀬"Happy"明弘

第7回   ヘルター・スケルター
(ヘルター・スケルター)
 「なあ、やっぱり無理じゃねえのか?」しばらく経ったスタジオ入りの日、ランチをナイフとフォークでカチャカチャさせて口一杯にもぐもぐしながらロナルドがリチャードに言った。
「うぅん。いや、でももう少し時間が経てば・・・」リチャードがオムレツを髭にくっつけたまま歯切れ悪そうに言った。
「だって今日は誰も来ねえじゃねえか。ジョーまでも」自分はまだパジャマ姿で頭も顔もくしゃくしゃなロナルドが吐き捨てるように言った。
「そっそうだ。あのブラザー野郎。逃がさないぞ。電話借りるよ。バーバラからマージョリーに言ってもらうさ」リチャードがさっそく自宅に電話をした。その最中にチャイムが鳴った。
「誰かしら?マイケルかジェイムズね」サリーがテーブルに紅茶のポットと二人分のティーカップを置いてから玄関ドアを開けた。

「イェーフーッ!キースを連れて来たゼィ!」いつものようにマイケルが飛び跳ねようとしたが、キースの右肘が左の肩に乗せられていたので腰だけくねらせた。
「やぁはっはぁ。来てやったぜ、相棒」何か月も日照りが続いて草木は枯れ果てひび割れた干ばつ地帯のような深いしわの老人がギターケースを抱えていた。
「今朝、おいらイェーイ。キースん家に押し掛けてやったんだゼィ!イェー」キースの肘から解放されたマイケルがぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「マイケル、あなたってほんとに元気ね。紅茶が入ったから、どうぞ。キースもほらっ」サリーが二人の老人をテーブルに誘った。
「やっはぁ、サリー、引っ張るんじゃないよぉほっほぉ」ギターケースを抱えた老人が笑ってひび割れたしわをさらに深くさせながら言った。
「やあ相棒。それってテレキャスターかい?」ロナルドがティーカップを口に運びながらキースに声を掛けた。
「やあっは、そうさ5弦のオープンGだぜ。それより昨日ジマーマンが来たんだって?そん時に呼んでくれりゃあ・・・」キースが白い髪の毛を右手でかきながら言った。
「いや、直ぐに帰っちまたんだ」ロナルドがいつものように右手の中指と薬指の間にタバコを挟んで煙を吐きながら言った。
「じゃあ、なんで来たんだ?」キースがソファーにどかっと座って足を組んでタバコをくわえた。
「どうやら曲をプレゼントしに来たみてえなんだ。でもまあしかし、何が書いてあるのかサッパリか分からねえ。ほらっ」ロナルドがくしゃくしゃの紙を相棒のキースに渡した。
「あぁっはぁ。こりゃあ酷いな。ううん?ああ、おお、なるほど・・・こりゃあいい。ちょっとアコースティック貸してくれ」ロナルドがスタジオからギブソンJ200を持って来てキースに渡した。
「うんああ、いいギターだ相棒。ほらっ最初はG、次はDこんな感じだろ?神について語ってるな。これは・・・」くわえタバコのキースが目を細めた。
「へえぇよっく分かるなあ」ロナルドもタバコの煙を吸いこんだ。
「やっはぁは、奴と何年付き合ってると思ってんだ。ああん?六十年だぜ。ギターもこう弾いてたろ?ジョン・レノンとまではいかねえけど、ちょっと上に構えてピックをこう持って。ほら歌はこんな感じ。なあ?」キースが顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。
「ほおぉへえぇああ確かに・・・」ロナルドが関心している時にまたチャイムが鳴った。
「ジェイムズかジョーね。でも、もう変な人は御免よ」サリーが玄関に行こうとした時に大きくドアが開いた。
「ダダダダダダーダダ。ハッピーバースデイ!サリー」数え切れないほどの数のバラの花束を抱えたジェイムズが現れた。
「あら、なっ何言ってるのよ。ジェイムズ。私の誕生日は先月だったわ」サリーは驚くというよりも呆れかえった。
「ああ、そう?そうだったんだ。なんと僕としたことが・・・でもまあ受け取ってくれ給え。君へのプレゼントだよ、美しいサリー。でもひとまずソファーに置くよ。いやぁ重たくって」老人らしい腰の屈め方でソファーに花束を置いたジェイムズは左手で腰をトントンと叩いた。
「やあはっはぁ傑作だぜ。ジェイムズ」しわをまた深くしてキースが笑った。
「おや、キースじゃないか。久し振りだねぇ。そうだ、このバラの花を一本あげるよ。ギターのヘッドに刺しておくといい。君たちのあの美しいバラッド。デヴィッド・ボウイの奥さんの名前の曲、アンジーのPVで観たことがあるよ」そのやり取りを見てサリーが首を傾げてロナルド方を向いて口を尖らせた。
「いやいや遠慮しておくぜ。このバラは全てサリーのものだ」キースがしわくちゃな顔に少し渋い表情で答えた。
「これで揃ったわね。五人」サリーがさり気なく言った後直ぐに顔を赤らめた。
「えっえへん・・・」すかさずロナルドが咳ばらいをした。
「ヘイ、ジョーがいないゼィイェー」マイケルがまた飛び跳ねようとしたが、今度はキースの左肘が右の肩に乗せられていた。そしてサリーがホッとした表情を見せた。
「いや大丈夫さ。さっきバーバラからマージョリーに連絡してもらったからその内に現れるはずさ」リチャードも話をそちらに逸らせるように言った。

 その頃、ウオルシュ家では。
 「さっき姉さん、バーバラから電話があったわよ。早くロナルドの家に行ってちょーだいって」マージョリーがランチの後のコーヒーでまったりしているジョーに促した。
「いやぁーもう疲れたんだ」ざんばらなブロンド髪を何度もかきむしりながらジョーが呟いた。
「なっ何がよ?」そう言ったマージョリーの目は吊り上がっていた。
「だってよぅ。まずジェイムズが来ただろ?奴って自分のことばっかり主張するし。その後ジマーマンが・・・あーわけ分かんねぇし。今度マイケルが来たら別の意味で、もひとつ分かんねぇ。もううんざりだ。もうカルフォルニアに帰りてぇよ」ジョーが天を仰ぎながら叫んだ。
「何言ってるのよ。あなたがリチャードの近くに住もうって言ったんじゃない。もう帰るところなんてないわよ。家も売っちゃったんだから」マージョリーは苛ついた口調で返した。
「じゃあ、ホテルの最上階でも借りりゃぁいいさ。こっち来た頃はよぅ、姉さんのバーバラの近くにいた方がマージョリーも安心だと思ったんだ・・・」ジョーはうつむいてカップに口を持っていきコーヒーをすすった。
「ホテル?カリフォルニア?全くもう。あの話聞いた時に『そりゃすげえ』とか言ってたじゃない。乗り掛かった舟よ。いいえ、もう乗ったんだから、いま降りたら溺れちゃうわよ」マージョリーが溺れる様を少しおどけて見せた。
「あーあ、義兄貴とおんなじこと言うんじゃねぇよ。マージョリー。分かった。分かったよ。行く。行くよ。でも俺が必要ないって分かったら抜けるぜ」ジョーは弱々しく言ったが、マージョリーは追い打ちを掛けた。
「ダーメッ!最後まで見届けるのよ。分かったぁ?あっそうだ!私も行くわ。みんながスタジオ入ったらサリーも暇になるだろうし。そうそう、そうしましょ。さあ早く!行きましょ」輝き始めたマージョリーの顔を見たジョーは観念せざるを得なかった。

 再び、ロナルドの家。
 「みんな、そろそろスタジオ入ろうよ。曲作ってあるんだろ?ロナルド。それをやろうよ」ジェイムズが極めて当たり前のことを言った。
「うん、ああ、おーん」ロナルドが困り顔でリチャードに目線を送った。
「やあはっはぁ。どうしたんだ相棒。ええっ?やろうぜ」キースは何かを感じ取ったようだった。
「そらそうよ。でも、おーん。いやいや。そうそう、スタジオ入ってから作ろうかなって。そういう・・・ふうな・・・感じで・・・」ロナルドが自分の頭を撫でながら困り顔のまま答えた。
「イェー何でもいいゼィ。スタジオにゴーするゼィフーッ!」マイケルがまたもやお尻を振りながらスタジオに向かった。ジェイムズ、キースがそれに続き、リチャードがロナルドの背中をさすりながら、さらに続いた。
 
 そうしてスタジオに入って直ぐにジェイムズがピアノに向かった。
 「おいおい、ベース弾くんだろ?ジェイムズ」リチャードがすかさず指摘した。
「ちょっとその前に僕の作った曲があるんだ。まずはそれをやろうよ。肩慣らしってとこだよ。ロナルドはベース弾いてくれるかい?」今度はリチャードまで困り顔になった。
「何でもいいゼィ。イェー」さっそくマイケルが両方の手に二本づつマラカスを持って体ごと振り始めた。
「まっマイケル。待って、待って。違うんだ。違うよ。こんな感じ。ほらっG、C、G、C・・・リチャード、合わせてドラム叩いてよ。ロナルドはディンドン、ディンドンって感じのベースを・・・歌はD6からCメジャー7・・・ほらねっ」ジェイムズがあたかも自分のバンドのようにメンバーに指示を出し始めた。
「やっはぁ。オープンGでD6?Cメジャー7?面倒くせえなぁ。ようジェイムズ適当にDやCまぜりゃいいだろ?」キースが少しひずませたキレッキレな感じのギターをキャッキャと弾き出した。
「フーッオイェー。オラーイ」キースに合わせてまたもやマイケルがマラカスを体ごと振り始めた。
「ああ、違うって。もっとミディアムテンポだよ。もっとポップに。ほらっね。違う、違うってばキース。もうぅ、ちょおっとストップ、ストップ!」さすがのサー・マッカートニ―もお手上げ状態になった。
「じゃあ他のを」だがジェイムズは直ぐに立ち直った。
「イントロは僕一人でシンセサイザー弾くから。こんなふうにA6、A、E、B、A6ここからF#、E、D。あっロナルドだけベース入って。B、B、E、BここからD、C#、Bと下がって歌はEから。キースは歌からね。リチャードも。これなら分かるだろ?それとマイケルはちょっと休んでて」ジェイムズは、もはやバンドリーダーかのように振舞い出した。
「おいらだって入るゼィ。ギターか、いやブルースハープ吹いてやるゼィ。キーはEってことだ。イェーイ」マイケルは、ぱっつんぱっつんの黒のパンツのポケットからブルースハープ(ハーモニカ)を取り出した。
「いやっマイケル。いいって本当に。そんなブルージーじゃないんだって。もっとポップな曲なんだから。ちょ、ちょっとだけ待ってよ、もう。でもまあ入るんならギターにしてよ。ジョンだって僕の言う通りしてくれてたんだよ」ジェイムズは勝手の違う連中とやるのは八十を越えて生まれて初めてだったに違いない。
「ええっなんだって?」キースがドスの聞いたしゃがれ声を上げた途端にスタジオの空気が凍りついた。
「やぁはっはぁ。そんな顔するんじゃねえよ。ジェイムズ。それとマイケル。少し休んでな。筋トレでもして来たらどうだい。ああん?」キースがしわくちゃな顔をさらにくしゃくしゃにしてニヤッと笑った。
「オーイェーイ。いいこと言うゼィ、キース。おいら今日まだランニングしてなかったんだ。外走って来るゼィイェーイ」マイケルはまたおかしなステップを踏みながらスタジオを後にした。
「あはぁっ、奴は体動かしてねえと死んじまうのさ。ところでジェイムズ。他にロックンロールな曲はないかい?」キースがそう言うのを聞いてリチャードとロナルドが顔を見合わせて二人同時に目をまん丸にしてから微笑んだ。
「あっそう、じゃあ・・・ううぅんと・・・ええ、昔の曲でもいいかい?キース」ジェイムズが妥協した。
「ああ、マイケルじゃねえけど、何でもいいぜぃ」キースが腕まくりしながら言った。
「じゃあ僕がベース弾くよ。ロナルドはスライドギター弾いてよ。キーはB。スリーコードだよ。ほらっドッドドッドドッドドッド。こんな感じ。みんな付いて来て。最初っから。ロナルドもスライド・・・ウェー、ウエナミッチュ、ア、ザ、ステイシュン・・・ハイ、ハイ、ハイ・・・」ジェイムズは若い頃に作った曲だったのでキーが高くて声がひっくり返るギリギリのところで歌い始めた。
 そこからは誰かが作った曲や古臭いブルースやロックンロールを演奏し、そして即興で曲を作ったりした。
 「ちょっと休憩しようか。あまり無理するのもよくない。歳なんだから。指に豆出来たら大変だし」リチャードが両手の指を眺めながら言った。
「そうだね。僕も喉が乾いたし、そうしよう」珍しくジェイムズが賛同した。
「あぁっは。おめえさん、ライブの時は何も飲まねえくせにスタジオだと飲むのかい?こいつぁ傑作だ。はっはぁ」キースがジェイムズをからかった。
「いや最近はオーディエンスに見えないように飲んでるんだ。ナンシーからも水分取るように言われてるしね」ジェイムズはそう言って左の人差し指で鼻の頭をかいた。
「俺も喉からっからだぜ。サリーに用意してもらおう」付いて来いというような仕草を見せてロナルドがスタジオのドアを開けた。


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