20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:ロックン・ロール・サーカス 作者:村瀬"Happy"明弘

第6回   ライク・ア・ローリング・ストーン
(ライク・ア・ローリング・ストーン)
 
 五人がスタジオに入ってすぐに玄関のチャイムが鳴った。
 「キースだわ。意外と早かったわね」と思ったサリーがドアを開けた。するとそこには「やせっぽち」の無精ひげを生やした老人が突っ立っていた。
 
 スタジオの分厚いドアに開いた小さな窓からサリーがしきりに親指を立て後ろを指して覗いているのをあちらこちらを見ながら演奏していたジェイムズが気付いた。
 「あれっサリーが覗いてるよ」演奏を止めたジェイムズが左手で指さした。
「あっホントだ。どうしたんだあ?キースが来たんじゃねえか」ロナルドがギターを置きドアを開けて外に出た。
「キースかい?だったら呼んでよ」ロナルドがしごく当たり前のことをサリーに言った。
「いやっ違うの。怖いわ。なんか変な人が来たの。黙って入って来てソファーに座ってるわ。何聞いてもなんにも言わないのよ。気味が悪いわ」サリーはたいそう怯えていた。
「なんだってぇ知らねえ奴が家に入って来たって?そりゃあ危ねえな。みんなにも来てもらおう。何か武器になるものはねえかなあ」ロナルドがスタジオのドアを大きく開けて言った。
「おーい!なんか変な奴が家に入って来たらしいぜ。リチャード、みんなにスティック渡してくれねえか?」ロナルドがドラムを叩く仕草をリチャードに見せた。
「ほんとに知らない奴なのかい?サリー」みんなには木のスティックを持たせ自分だけはアルミのスティックを持ちながらリチャードが聞いた。
「ええ、でもどこかで見たような気もするんだけど。とにかく気持ち悪いの。だってなんにも言わないのよ」そう言ってサリーは老人たちの後ろに回った。仕方なく家主であるロナルドが前に出てスティック片手に恐る恐るソファーに近づいた時に訪問者が振り向いた。

 「なっなんだジマーマンじゃねえか。どっどうしたんだ?」ロナルドは驚きを隠せなかった。
「・・・」その老人が立ち上がった。
「ええっわざわざアメリカから来たってのか?」ロナルドはまだスティックを持ったままポカンと口を半開きにして身動き出来ずにいた。
「・・・」やせっぽちの老人は微動だにしない。
「いいったい誰なの?この人」サリーが震える声で誰とはなしに聞いた。
「こいつぁー驚いたイェーイ。ジマーマンを知らないんかーい?サリー、フーッフ。オーノーベル文学賞だゼィ。ボブ・ディラン先生イェーイ!」マイケルが叫んだ。
「あらっそうだったの。だからどこかで見たことあると思ったのね。でもなんで家に来たの?」サリーの表情はまだ蒼ざめたままだった。
「それは知らねえゼィ!イェー」マイケルがぴょんぴょんと飛び跳ねながら言った。
「よう、どうしたんだ?誰かに聞いたのか?ようジマーマン」ロナルドがもう一度聞いた。
「・・・」ノーベル文学賞の老人が黙ってギターを弾く仕草をした。
「ギターか?ならやっぱりマーチンだろうな」ジョーがスタジオに戻ってマーチンD-28を持って来た。それを受け取ったノーベル賞老人がソファーに座り直してどこから発しているのか分からないくらい癖が強い歌い方でとても歌とは思えない歌をギターをかき鳴らし、しゃがれ切った声で歌い始めた。そして同じような長い歌を何曲か続けて歌った後、黙ってロナルドを指さした。
「ええっ何?曲を?くれるってことかい?」ロナルドはキョトンとする以外のことは出来なかった。
「・・・」ノーベル賞老人が黙ってぐちゃぐちゃな字でやたらに長い詩や簡単なコードを殴り書きしたくしゃくしゃの紙をロナルドに渡した。そして弾き終わったギターをジョーに返してそそくさと出て行った。

 「あーれまーあの人。一言もしゃべらずに帰っちゃったわ」サリーが呆気にとられて言った。
「ああ彼は詩人だからね。おしゃべりはいらないんだ。昔、ジョンやジョージも憧れてたんだよ」ジェイムズは極めて軽く薄っぺらい口調でノーベル文学賞老人のことを語った。
「いやあぁもう疲れた・・・俺やっぱ帰ろっかなぁ・・・」ジョーが呟いたが義兄がサングラスを外して珍しく眉間にしわを寄せて義弟を睨んだ。
「あいつ誰に聞いたんだ?本当にこのためにわざわざアメリカから来たのかなあ。まっありがてえけど。しっかしこれ、何書いてあんのか分かんねえな・・・」ロナルドがくしゃくしゃな顔でくしゃくしゃの紙を見ながらソファーに寝ころんだ。
「オーなんだってイェーイ。見せろよーベイベ。おいらが解読してやるゼィイェー」マイケルは床に寝ころんで揃えた両足を左右にリズムよく振り腹筋を鍛えながら紙を見始めたが、直ぐに「フッ分からん」と言ってそれをバラバラに放り投げた。
「あーあダメじゃないかマイケル。せっかくノーベル賞詩人が書いてくれたんだから。オークションなら高額だぞ」ジェイムズがバラバラになった紙を拾い集めたが「順番が分からくなったじゃないか」と言ってとりあえずひとまとめにだけしてテーブルに置いた。

 そうして各人がそれぞれ思い思いのことをしている時に電話が鳴った。
 「キースだっイェーイ」マイケルが叫んだが、リチャード、ロナルド、ジョーの三人は不安気に顔を見合わせた。そしてジェイムズは一人右手をズボンのポケットに入れ、左手でティーカップを持って窓から外を眺めていた。
「ハーイ、あーらパティ?ええっ?うーん・・・」と言いながらサリーが左手で受話器の下の部分を押さえた。
「今、誰が来ているかって。キースが確認しろって。どうする?」サリーが小声で言った。
「あっ俺が代るよ」リチャードが受話器を取った。
「やあ、パティ。元気かい?ああ、リチャードだよ。今ぁねえ、うぅん、まあいっか。ジョーとジェイムズ、さっきマイケルが来たよ。ええっ?ああ。いいよ・・・やあキース。おお久し振り。うん、みんなお待ちかねだよ。いや、まあそう言わずに・・・まっ待ってるから。頼むよ・・・ああ、じゃあ」渋い顔でリチャードが受話器を置いた。
「相棒のキースか?なんだって?」すかさずロナルドが聞いた。
「気が乗らないって。でも気が向いたら行くかもって」リチャードも明らかに疲れた顔を見せた。
「オーイェーイ。キース、そんなこと言ってんのかーい?だったら奴の家に押し掛けようゼィイェー」マイケルがまたぴょんぴょんと飛び跳ねながら言った。
「いいアイデアだ。マイケル。君はいつもイカシテルね。デヴィッド・ボウイと歌ったダンシング・イン・ザ・ストリートを思い出すよ。あれはぁ確かライブ・エイドの次の年、ウェンブリーでのコンサートだったかな。僕が君たちを紹介して僕も一緒に歌ったんだよね。そして最後にゲット・バックやたんだ。これは本当によかった」ジェイムズがほぼ自画自賛する昔話を交えてその話に乗った。
「ちょっと待てよ。俺は嫌だぜ。気が向いたら来るって言ってんだから」ロナルドが頭をかきむしった後、両手で顔を覆った。
「そうさ。ロナルドの言う通りだよ。向こうが来るかもしれないんだろ?なあブラザー」リチャードがロナルドに加勢してジョーにも促した。
「ああ」ジョーが頷いた。
 
 結局、その日キースは現れなかった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 277