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作品名:ロックン・ロール・サーカス 作者:村瀬"Happy"明弘

第5回   スタート・ミー・アップ
(スタート・ミー・アップ)

 それから数週間後。
 ロナルドの家で家主、リチャードとジョーそれにサリーの四人が紅茶を飲みながら訪問して来るはずの三人を待っていた。
 「誰も来ねえなあ」ロナルドがしびれを切らせて口を開いた。
「ジェイムズは遅れて現れるのを常としていたな。マイケルとキースはどうなんだい?」リチャードが皿を右の手の平に乗せて一度左手でティーカップを置いてから言った。
「自分たちのならマイケルは誰よりも先に来てるけどな。俺のソロアルバムの時は、そうだなぁ・・・忘れた。キースはその日次第だな。来ねえ時もある」と言いながらロナルドがタバコに火を点けた。
「こんなとこでお茶してないでスタジオ入ろうぜ。最近家でしか弾いてねぇからウズウズしてんだ」ジョーがギターケースからストラトキャスターを取り出した。
「そうだな。そのうち誰か来るだろう。俺もここのところスティック持ってなかったしな」リチャードはスティックケースを持った。
「ああ、じゃあとりあえず俺はベースやるぜ。相棒のためにこれも持って行って置いといてやるか」ロナルドはベースではなくジャックダニエルを棚から取った。
 しばらくの間古臭いブルースやチャック・ベリーの曲を三人だけでセッションした。
 「ホント誰も来ねえなあ」久しぶりにベースを弾いたので右手の指先を氷の入ったグラスに押し付けて冷やしながらロナルドがため息交じりに呟いた。
「お前人気ないんじゃないか?かれこれもう三時間は経ってるな。俺も指に豆が出来そうだよ」リチャードもグラスを両手で包んで手全体を冷やした。
「まあいいじゃねぇか。俺は大丈夫だ。何時間でも弾けるぜ。次は何やる?おっとそのゼマティス借りるぜ」そのジョーの言い草に二人は顔を見合わせて呆れた表情を浮かべた。
 
 丁度その時、スタジオの分厚いドアが開いた。
 「やあーお待たせ。おーやってるね。何やってたんだい?ロックンロールだろ?」随分と髪も薄くほぼほぼ白い髪のかつては「ベビーフェイス」と呼ばれていた面影もすっかり失せた左利きのベーシスト、ジェイムズが現れた。
「僕も一杯頂こうかな」ジェイムズは本人なりに気取ってか、自分のことを「僕」と言う。
「でもサリーに何かもらったろ?」ロナルドが少し苛つきながらジェイムズにスコッチを軽く注いだグラスを渡して聞いた。
「ああ紅茶をね。彼女、本当に美しいねえ。君がうらやましいよ。それで少しおしゃべりしたんだ」陽気というよりも呑気にジェイムズが言った。
「で、いつ来たんだい?」リチャードはもう直接氷を握りながら左利きの僕ちゃんベーシストに尋ねた。
「ああ一時間いや二時間近く前かな」悪びれる様子もなくジェイムズがさらりと答えた。そして今度はジョーも含めて三人が同時にため息をついた。
「いやぁ話が弾んじゃって。サリーがさぁナンシーのこと色々聞いて来るし、お世辞なのは百も承知だけどしきりに『とてもクールなお二人ね』なんて言うもんだからさぁ参っちゃうよ」これ以上放っておくと時間ばかりが過ぎて行くと思ったリチャードが肝心なことを聞いた。
「ところでベースはどこにあるんだい?ジェイムズ」
「いや、持って来てないよ。だってロナルドのソロアルバムなんだろ?他にベーシストがいるだろうと思ったし、本人も弾くだろうから。現に今ベース持ってるじゃいか。僕は適当にピアノでも、何ならコーラスだって。それよりジョー、久し振りだなぁ。あのトリビュートだっけ?ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウイープスよかったねぇ。ジェフリーとジョージ・ハリスンの息子ダーニが一緒だったかな?ああ、それとあれも観たよ。新しく作ったジョージのマイ・スウィート・ロードのPV。リチャードとポップコーンばらまいてたな。あれは笑えたよ」ジェイムズの話を黙って聞いていたロナルドがリチャードを睨みつけ肩をすくめて手の平を見せながら両手をかざした。
「まあ、ともかくジェイムズが来たんだから何かやろうぜ」ゼマティスのチューニングをしながらジョーが言った。それからまたセッションが再開された。
「ヘイ、ロナルド。もう少しマイクのボリューム上げてくれないか?」ジェイムズが左の人差し指を上げて言った。
「ああん?まだ歌うのか?リトル・リチャードばっかり」ロナルドがうんざりした顔で言った。
「ええっ?まだ十曲くらいしかやってないじゃないか。それともファッツ・ドミノでもやるかい?」それを聞いて自分のことばかり主張する今はピアノシンガーと化した元ベビーフェイスのジェイムズに向かってリチャードがたまりかねて言った。
「少し休憩しよう。ミーティングもしなきゃ」
「そうだぜ。俺もベース飽きちまった。指も痛てえし」両手を何回か振った後、左手で右手をもみながらロナルドが賛同した。
「ああ、そうしよう。でも次はマーチン弾かせろよ」ゼマティスをギタースタンドに戻してジョーも出口に向かった。
 三人はスタジオから出たがジェイムズはお構いなしに一人でファッツ・ドミノをピアノを弾きながら歌い始めた。
 
 ソファーにどかっと沈み込んだロナルドが思い切り不満気な表情を見せて言った。
 「奴はどういう了見なんだ?いつもああなのか?」
「うんまあそうだな。ジョージの追悼コンサートでもエリック・クラプトンが企画したのに最後は主役の座奪ってたからな。しかも大昔バンド組んでた時に奴が没にしたジョージのファーストアルバムのタイトル曲を平気で歌ってたよ。でも歳も取ったしロナルドのソロアルバムってはっきり言っておいたから少しは遠慮すると思ったんだがなぁ」リチャードが面目なさそうに呟いた。
「義兄貴、あれはまずいぜ。マイケルとキースが来たらとんでもないことになるんじゃねぇか?」さすがにジョーも不安気に言った。
 三人が頭を抱えている時に玄関のチャイムが鳴った。
「マイケルかキースね」サリーがドアを開けた。
「あぁら、まあ、ジェフリーじゃない?そっそうよねぇ?」そこには来るはずがないもじゃもじゃ頭で顔中髭に覆われて大きなサングラスを掛け三角錐そのものな鼻だけがひときわ目立つ男が立っていた。その男、ジェフリー・リンはマルチプレイヤーで有能なプロデューサーでもある。
「やあご無沙汰。もうみんな揃ってるの?それともまだ三人だけかい?ソロアルバム作るらしいじゃないか。ロナルド」ジェフリーがロナルドに握手を求めながら言った。
「誰から聞いたんだ?ジェフリー」リチャードが驚きを隠せずどころか恐怖に慄く顔を見せて言った。
「ジェイムズだよ。みんな来た方が楽しいだろって。えっなんで?」ジェフリーはリチャードの驚きっぷりに驚いた表情を見せた。
「やあジェフリー。まっ座れよ。紅茶?それともスコッチかい?」ロナルドは両手で頭を掻きむしりながらそれだけしか言えなかった。
「ああ、紅茶でいいよ」ジェフリーはただならぬ雰囲気を感じ取っているようだった。
「あの男、他にも誰かに声掛けてるんじゃねぇだろうな」ジョーが目を吊り上げた。
「ええっ僕が来たらまずかったの?」ジェフリー・リンは極めて常識人である。
「いや、いいんだ。なあロナルド。ジェフリーには全て話しておいた方がいいんじゃないか?」事の発端である張本人リチャードが話始めた。そしてその話を聞いて数多くのプロデュースを手掛けたジェフリーも言葉を失うほどの驚きをみせた。
「そうかぁなるほど・・・それは随分と魅力的な話だけど慎重に事を進めないといけないね。今日のところはこれで退散するよ。僕はとにかくこの話がつぶれないようにアンテナを張っておくよ。ジェイムズが他に声掛けていないかどうかも含めてね。もし僕が必要なら連絡してくれたらいい。何か情報が入ったらこちらからも。もちろん誰にも言わないさ。じゃあ帰る」ジェフリーは裏口から静かに出て行った。

 しばらくの間、三人とサリーは言葉を交わすこともなく目を閉じたり、うつむいたり、寝転んだり、飲み物を口にしたり、タバコをくわえたりしながら過ごした。
 そこに能天気な左利きの老人が現れた。
 「いつまで休憩してるんだい?一人でピアノ弾いていても自分の家に居るのとおんなじじゃないか。ロナルド。曲作ってあるんだろ?それをやろうよ。ベースもプレシジョンの弦を左利き用に逆に張り替えたから出来るよ。直ぐに。でもその前に紅茶を頂こうかな。サリー」サリーは手際よくティーポットにお湯を注いでお皿の上のカップに紅茶を入れてジェイムズに手渡した。三人はその姿を何も言わずにただ眺めていた。
 その時またチャイムが鳴った。三人は少し顔をこわばらせたが、ジェイムズだけが「おおっ」と目を見開いてあんぐりと口も開けた。
 
 「オーイェーイ!フーッ!」サリーがドアを開けた途端、ロングヘアでしわくちゃな顔に分厚く紫色した唇の老人が隣近所に聴こえるくらい大きな声を張り上げた。
「あぁら、いらっしゃい。もうみんなお待ちかねよ、マイケル。相変わらず元気そうね」サリーが大きくドアを開けた。
「やあ、マイケル。まだまだお盛んなようじゃないか。しかし久し振りだね。いつ以来かなぁ」ジェイムズが紅茶を左手で持ったままマイケルに近づいて言った。
「オーライ!ジェイムズ。あんたこそお盛んらしいじゃないかイェー」元気な老人二人が握手を交わした。
「よお、マイケルよく来てくれたな。礼を言うぜ。何飲む。スコッチかい?」ロナルドが聞いた。
「オーノー何言ってるんだい。ロナルド、イェーイ。今からやるんだろ?おいらはミネラルウォーターに決まってるゼィイェーイ」サリーが冷蔵庫から取り出しペットボトルのままマイケルに手渡した。そしてマイケルがそれを一本一気に飲み干した。
「オーライもう二、三本くれるかいイェーイ?サリー。準備は出来てるんだろ?スタジオ行こうゼィ!」マイケルはおかしな独自のステップを踏み、お尻を振りながらスタジオに向かった。
「待ってよ。僕は紅茶をもう一杯頂いてから行くよ」ジェイムズはソファーにゆっくり腰を下ろした。
「義兄貴、ロナルド。こいつぁ大変だぜ。キースまで来たら収拾つかねぇぞ。俺もう帰ろうかなぁ」ジョーが弱音を吐いた。
「ヘイ、ブラザー。今さらそんなこと言うもんじゃない。乗り掛かった、いやもう舟に乗ってしまったんだからな。ここで降りたら溺れちゃうよ」リチャードがグラスに残っていたスコッチを飲み干してジョーの肩を軽く二回ポンポンと叩いた。
「しょうがねえ。行くか」ロナルドもグラスを空け肩をすくめて苦笑いでサリーにウインクした。
 
 そしてリチャード、ロナルド、ジェイムズ、マイケル、ジョー五人のセッションが始まり待ち人はただ一人になった。


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