(カム・トゥゲザー) 帰りの車の中でリチャードがジョーに自分の考えを話した。 「スタジオはアソシエイテッド・インディペンデント・レコーディングにしようと思うんだ。ジェイムズもマイケル、キース、ロナルドたち彼らもレコーディングしたことがあるからな。ただ空いてるかなぁ。プロデュースはやっぱりジェフリー・リンがいいと思うんだよ。彼はとても優秀だし口が堅いからな」夜道の街灯の明かりが車の中に入ると時々リチャードのサングラスがそれをはね返してキラリと光った。 「ああ、いいんじゃねぇか。義兄貴の思うようにするさ。それとスタジオを変えるタイミングで俺は抜けるぜ。いや、変な意味じゃねぇんだ。これは事が軌道に乗り始めて直ぐに決めたことなんだ。ビッグプロジェクトに関われただけで俺は十分なのさ。後はジェフリーが上手くまとめてくれるぜ。それと逆に頼みがあるんだ」ジョーがいつものようにさんばら髪をかき上げた。 「ええっ?頼み?」リチャードがサングラスを外した。 「うんそう。アルバム発売に合わせてライブをやるんだよ。その企画やらせてもらえねぇか?もちろん、それまで全てトップシークレットだ」そう言ったジョーの金髪に後ろを走っている車のヘッドライトが当たり、まるで後光がさしているかのようだった。 「うぅんまあ、そりゃライブもいいとは思うけど。でも何もかもシークレットなら誰も来ないだろ?まさか今時ビルの屋上でやるわけにもいかないだろうし」リチャードはサングラスを外したり掛けたりしながらせわしなく聞いた。 「ああいや、前座には・・・観客動員出来る奴らが必要だ。それとどうせやるんならビルの屋上やハイドパークというわけにはいかねぇだろうから、やっぱウェンブリーだな」ジョーがおそらくそうであろうその方向を指さした。 「いやぁでもそんなのそう簡単にはいかんだろ?それと前座って一体誰を呼ぶ気だよ」リチャードは左の人差し指をジョーに向けた。 「それは・・・まだ言えねぇ。てか今はまだ俺の頭ん中にしかねぇ。だけど喜んで引き受けるはずさ。今の調子だとスタジオ変えて完成まで半年ありゃ出来んだろ?さらに半年リハ重ねて、つまり一年後のウェンブリー押さえるぜ、とりあえず。なっいいだろ?ワクワクするぜ」今度は街灯の明かりがジョーの瞳を輝かせた。 「しかし・・・なあ。待てよ。みんなOKするかぁ?それが問題さ。誰か一人でも反対したらおジャンだぞ。大昔にやったゲット・バック・セッションでも壮大なライブを企画してたけどジェイムズ以外は誰も『YES』と言わなかったからな」さすがに楽天家のリチャードも前例があるだけに慎重にならざるを得なかった。そして「YES」という言葉にリチャードはジョンとヨーコの出会いを思い出した。 「それこそジェイムズがOKなら、後はキースくらいだろ?マイケルは派手好きだし、ロナルドは反対するわけねぇ」ジョーは顔を少し上に向けてから軽く頷くような仕草をした。 「いや、しかしなあ・・・ライブかあ、上手くいくかねえ。とにかく明日、スタジオ変えることとプロデューサーにジェフリー・リンを迎える話だけするか。いやいや、まだ、まだだ。その前にジェフリー本人に連絡しなきゃ。OKしてくれりゃあな。スタジオ押さえるのもジェフリーにやってもらおう。それからだ。話は」リチャードは自分自身に確認するかのように言った。 「そりゃそうだぜ義兄貴。慎重に慎重に。なっ!」 車がジョーの家に着き義兄弟は軽く握手して別れた。
数日後、リチャードとジョーがジェフリーを連れて昼前にロナルドの家に現れた。 「あーら、いらっしゃい。やっぱりあなたね。ジェフリー。もう早くからジェイムズはスタジオに入ったわよ」サリーが満面の笑みを浮かべて三人を招き入れた。 「おいおい、ジェフリー連れて来るんなら言っとけよ。頼むぜ。あんた」ロナルド独自の仕草である両手を上げ下げしながら言った。 「はあぁ?こっちこそ。おいおいだよ。この間、ジェイムズ、マイケル、キースが帰った後、飲みながら話したろ?お前、そのことも忘れてるのか?俺のことよくじじいなんて言ってくれたな。お前こそおいぼれだよ。ロナルド」リチャードは両手を広げて呆れる仕草を見せた。 「そんなこと聞いたっけ?覚えてねえ。全然・・・」ロナルドが肩をすくめた。 「ロナルド!リチャードの言う通りよ。その時、そうかそうか、おーん。いいぜ、いいぜって散々言ってたわよ。しっかりしなさい!大体あなた普段から飲み過ぎなんだから。もうお酒取り上げるわよ!」サリーはこの話に乗じて日頃の不満を爆発させた。 「分かった。分かったって。もう勘弁してくれよ。みんなランチまだだろ?どうぞ、どうぞ入って、入って。ごめんよサリー。ランチ作ってあげてよ」バツが悪そうなロナルドがペコペコしながら三人をテーブルに着かせた。そしてスタジオ入りしていたジェイムズも呼んだ。 そうしてテーブルを囲んで五人のランチミーティングが始まった。 「先日、リチャードからもらったデモテープ聴かせてもらったよ。曲は大方固まった感じだね。もう二、三曲セッションしたらアソシエイテッドでもっと細かく仕上げられるんじゃないかな」ジェフリーは本気でこのビッグプロジェクトに取り組む姿勢を見せた。 「あっちのスタジオはいつから入れるんだい?」すでに確認済みだったが、みんなに思いが伝わるようにリチャードも真剣な顔で聞いた。 「三週間後。でも三か月しか押さえられなかったからゆっくりしていられないんだ。さっそくだけどマイケルとキースが来たら直ぐに取り掛からなきゃね。間に合わない。僕もそうだけどみんなアクションが鈍くなって来てるからなおさらだよ」ロナルドも真剣なまなざしに変わっていたが、ジョーだけは寂し気な表情を見せた。 食事を終えてリチャード、ジェフリー、ロナルドの三人はソファーで紅茶を飲み、ジェイムズは窓際で外を眺め、一人掛けのソファーでジョーが一人コーヒーを飲んでいる時にマイケルとキースが到着した。 「オーイェーイ。ジェフリーだゼィ!イェーイ」マイケルはまたしてもキースの肘に邪魔されて腰をくねらせるだけに終わった。 「ふやっはっはぁ。やっぱりジェフリーか。よろしく頼むぜっへっへ。ゴホゴホゴッホ」まだ火の点いていないタバコを口にくわえただけでキースは咳込んだ。 そして新しい人物が登場したことでメンバーに緊張感が走り今まで以上にスタジオでのセッションは順調に進んだ。 「ヘイ、ジョーここの間奏はおめえさんが弾けよ。ああん?」キースがジョーにリードギターを弾くことを勧めたがジョーは浮かない表情を見せた。 「ああ、でもここは・・・ロナルドのスライドギターの方がいいんじゃねぇか。うぅん俺ちょっと。あんまり調子が・・・」そう言ってジョーはスタジオを出て行った。 「ありゃあホントだぜ。スタジオ入った時から奴、顔色よくなかったしな。無理するなって言って来てやれよ。相棒」ロナルドはキースに言われた通り直ぐにジョーを追っかけてスタジオを後にした。 「ヘイ、ジョー大丈夫か?今日はもう家帰って休めよ」ロナルドはサリーにハンドルを持つ仕草を見せて車の用意を促した。 「ああ、すまねぇな。ロナルド、サリー。それと聞いてくれ。リチャードには言ってあるけど、俺もう抜けるぜ」ジョーはタバコに火を点けてうつむきながら呟いた。 「なんでだよぅ?いい感じになって来たじゃねえか。おめえはもうメンバーだぜ」ロナルドがジョーの肩に手を掛けた。 「嬉しいこと言ってくれるぜ。でもなロナルド。俺はいない方がいいんだ。分かるだろ?最初のコンセプト」ジョーが煙を吐きながらロナルドの目を見て言った。 「コンセプト?ああ、そうか。それで?でもいいじゃねえか。言い方はよくねえけどゲストミュージシャンで。クレジットもするぜ。俺も昔バンドの正式メンバーになる前、イッツ・オンリー・ロックン・ロールに『インスピレーション・バイ』って表記でクレジットしてもらったこともあったしよ」ロナルドはここまで付き合ってくれたジョーに申し訳ない気持ちというよりも彼のギタープレイが純粋に好きだった。 「いや、違うんだ。俺は他に仕事があるんだ。後はリチャードに聞いてくれ。一度ここから離れるよ」玄関の外から車のエンジン音が聞こえたジョーは後ろ向きのまま右手を挙げ、さらに人差し指を高く掲げて出て行った。
それから一年が過ぎた。 ウェンブリー・スタジアムにはずっと仲が悪かったはずの兄弟のバンドを紹介するジョー・ウオルシュの姿があった。そしてそれは世界同時中継されていた。 約一時間の演奏でスタジアムが熱狂に包まれた中、その兄弟が揃って次のバンドを紹介した。 「ウィ・キャン・イントロデュース・・・ザ・フー!」 オリジナルメンバーが老人二人になってしまい、髪の毛は、ほぼ失い昔の面影として残っているのは大きく長い鼻だけのバンドリーダーが最後の曲の前に言った。 「次は今日の最高のメインディッシュだぜ。誰かって?そんなの知らねえって!シークレットさ」と言ってコーラスが始まった。 「フー・アー・ユー?フッフ、フッフ、フー・アー・ユー?フッフ、フッフ・・・」 演奏が終わって直ぐにもう一度、目立ちっ鼻のバンドリーダーが観客に言った。 「オーイェ!みんなぁー、007は好きかい?」大きな歓声が上がった。 「OK、OK!俺も大好きさ。じゃあ紹介するぜ。美しいボンドガール。『私を愛したスパイ』バーバラ・バック!」益々大きな歓声が上がりバーバラが登場した。 「ありがとう。ありがとう。皆さん!ドラムのザックは残って。あなたにとても関係がある人よ。そしてこの人も007が大好きなはずよ。それでは紹介しまーす。サー・ジェイムズ・ポール・マッカートニー!」当然のごとくスタンディングオベーションとさらに大きな歓声が上がった。 「サンキュー、ありがとう。みんな。僕にも紹介させておくれよ。いいかい?サー・マイケル・フィリップ・ジャガー。ミック・ジャガー!」またもや大きな歓声が上がったが観客から戸惑い声がもれ、ざわつき始めた。 「オーイェーイ、オーライ!おいらも紹介するゼィイェーイ!サー・リチャード・スターキ―。リンゴ・スター!イェーイ!」先ほどよりも大きな歓声の中、今度は何かを期待する「オオォー、オオォー」という地鳴りのような声が加わった。 「サンキュー、サンキュー!ピース&ラブ、ピース&ラブ!」と言ってリチャードが両手でピースサインを作って観客に何度も送り大きく叫んだ。 「紹介しよう!キース・リチャーズ!」観客からの歓声はもはや悲鳴と地響きが混じったような大き過ぎる音のかたまりに変わった。 「わっはぁ。俺にも『サー』をくれよ。やぁはっはぁ。やっぱりホットな夜になったな。次は、ああん、分かるだろ?俺の相棒さぁ。ふぇへっへぇロナルド・デイヴィッド・ウッド。ロニー・ウッド!」観客は完全に「シークレット」の意味を理解し、嵐のような歓喜とどよめきが渦巻いた。 「やあぁ参った、参った。オーサンキュー、イエーサンキュー!俺たちバンド組んだんだぜ!信じられるかい?ホントだイェイ!明日、アルバム発表するぜ!」 それはもう今まで誰も味わったことも見たことも聞いたこともないイギリス中、いや世界中からとてつもなく凄まじい歓喜の声と拍手などという表現では全く足らない、足るはずがないものが鳴りに鳴り、響きに響き渡った。 ステージの袖にはジョーとマージョリー、サリー、ナンシー、パティ、メイ、ジェフリーそして駆けつけたマイケルの妻メラニー・ハムリックが抱き合って観客と同じように狂喜乱舞していた。 また、その最前列の特別席には満面の笑みと拍手を送るビル・ワイマン、ミック・テイラ―、ジョージ・ハリスンの妻オリヴィアとその息子ダーニ、車椅子に乗ったヨーコ・オノとその息子ショーン、隣には兄ジュリアンの姿もあった。
そしてドラムセットに座りその全てを見ながら止めどもなくあふれ出る涙を拭うこともせずにサングラスを外したリチャードは、いつまでも空を見上げていた。
(完)
この作品を亡き旧友に捧げる。
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