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作品名:戦国のマジシャン 作者:光宙(ぴかちゅう)

第1回   1
 戦国時代の甲州に、小笠原源与斎という人物がいた。武田家に仕えた人で、風呂に入って他人に戸を押さえさせ、知らぬ間に

風呂から外に出ていたと言われる。今で言う奇術師のような人物だったということが、武田家に伝わる「甲陽軍鑑」に記されて

いる。



 源与斎には、甲州で生まれ育った1人の若者が仕えていた。名を長吉と言った。源与斎の身の回りの世話や、源与斎が風呂に

入って奇術を披露する時に、外から戸を押さえる役をしていた。長吉は早くに両親を亡くし、浮浪児となって彷徨(さまよ)って

いるところを、たまたま通り掛かった源与斎に「なかなか利発そうな顔をしておる」と、ひと目で気に入られ、そのまま引き

取られて我が子同然に育てられた。両親を亡くした天涯孤独の長吉にとって、親代わりである源与斎は、この世でたった1人の

かけがえのない味方だった。源与斎は、武田家の軍師をしていたが、奇術は戦には役に立たないという考えから、周りの者に

教えることはなかった。1582年(天正10年)、武田信玄の子勝頼が織田信長、徳川家康の連合軍に滅ぼされると、生き

残った武田家とゆかりのある者たちは、蜘蛛の子を散らすように全国に逃げ延びていった。

 日本海に面した小さな漁村に、あの世とこの世を行き来する不思議な霊能者がいるという噂が広まっていた。古稀を過ぎ、

痩せこけて長い髭を蓄えた霊能者の老人は、まるで仙人のような風貌をしていた。噂を聞きつけ、興味本位で訪ねて来る者が

多く、老人は見世物ではないと断り滅多に会おうとはしなかったが、困っている者がいると聞くと放っておけず、誰彼

(だれかれ)厭(いと)わず面倒を看(み)たので、村人からいつしか「お師匠様」と敬われ慕われていた。徳川が治める世に

なると、その頃から往来が盛んになった北前船の発着する港が村の近くに出来た。ある日、大坂から北前船の船頭と名乗る

男がお師匠様を訪ねて来た。遥か彼方からやって来て、是非とも会わせて欲しいと懇願していると言うので、仕方なく会う

ことにした。

「私は大坂から参りました、五兵衛と申す者で船頭をしております。貴方様は、あの世に行くことが出来るお方とお聞きして、

ひと目お目にかかりたく参りました」

 白髪頭に、日焼けした顔に深い皺がある男は、真剣な面持ちで言った。

「あの世に行くには、それ相応の理由がなければ行くことはできないが、何か事情があるのならば、訳を言ってみなさい」

 と、お師匠様は、静かに言った。

「私は、北前船の船頭として幸せに暮らしていますが、元より兄弟縁者がなく、これまで所帯を持ったこともなく、家族はおり

ません。両親が亡くなってからは天涯孤独の身となりました。年を取ると、身内がいないというのは、本当に寂しいものです。

私は、亡くなった両親のどちらにも、体つきも顔つきも全く似ておりませんでした。それで幼い頃から、周りの者から捨て子と

陰口を叩かれてきました。ある日捨て子と言われていじめられ、悔しくておっ母さんに泣きついたことがあったのですが、

おっ母さんも涙を流して私を抱きしめてくれたことがあり、その時のことは今でもはっきりと覚えております。何度か、

お父っつあんとおっ母さんに本当のことを教えて欲しいと聞こうとしたのですが言い出せず、とうとう聞けずじまいで今日まで

きてしまいました。優しい両親でしたが、本当の親ではなかったのではないかと、今でもふと思うことがあります。五十路

(いそじ)を迎え、元気でいる今のうちに、自分の出自について本当ことが知りたいと思うようになりました。

もしも、お父っつあんとおっ母さんが血のつながらない他人だったとしても、生みの親より育ての親で、お父っつあんや

おっ母さんから受けた恩は決して忘れません。こうして船頭が出来るのも両親のお陰で、心の底から感謝しております。

私の願いは、ただ真実が知りたいだけなのです。ただそれだけです。もやもやした気持ちをすっきりさせたくて、大坂から

やって参りました。正直者の両親でしたので、決して嘘をつくような人ではありません。私が知りたがっていると言えば、

必ず本当のことを教えてくれると思います。ですから、貴方様にあの世に行ったお父っつあんとおっ母さんに会って確かめて

来て貰いたいのです。お父っつあんは、清兵衛と言い、おっ母さんは、はつと申します。何とかお願いできないでしょうか」

            


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