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作品名:やっぱり、男の子じゃ 作者:光宙(ぴかちゅう)

第8回   8
翌朝、旅館の女将に、

「宮崎に初めて来たんですが、観光する場所はどこがいいですかね?」

と、僕らが尋ねると、

「お客さん、そりゃ青島へ行かれたらいいちゃが。今日は天気もいいし、きれいな海岸が見らるるちゃ」

と、にっこりして答えた。

宮崎駅まで戻って、朝食を済ませ駅前に出て手を上げると、すぐに僕らの目の前で白いライトバンが止まった。背広に

ネクタイを締めた、サラリーマン風の男の人が車から降りて来た。

「どこから来たの?」

「大阪からです」

「遠い所から来たんだね。それで、どこへ行くつもりなの?」

「青島です」

「青島なら近いから、乗せて行ってあげよう。3人一緒には無理だけど、別々なら乗せて行ってあげられるから……

青島まで往復すると、小1時間はかかるかな」

 思わず顔を見合わせた。あまりにも親切なので、3人が離れ離れにされてしまうのではと、嬉しさよりも不安が過(よぎ)

った。白いライトバンの中を覗くと、後部座席にも荷物が置かれていて、とても3人が一度に乗れる状態ではないことが

分かった。

「宮崎で旅行会社をやっているんだよ。君たちと出会ったのも何かの縁かもしれないな」

 と、優しい笑顔で言った。

 僕らは、尻込みして、立ち尽くしていた。

「大丈夫だから、乗りなさい」

 と、再び笑顔で言った。

 悪い人には見えなかった。お互いに決め倦(あぐ)ねていたが、親切に言ってくれているのに、いつまでも待たせるのは

申し訳ないと思ったので、「向こうで待っている」と2人に言って、僕が1人先に乗った。駅前を出た車は、間もなくして

海岸沿いの道路に出た。

「皇室の島津貴子さんが新婚旅行に来られて以来、宮崎はテレビや雑誌等で取り上げられ、新婚旅行のメッカとして大変な

ブームなんだよ。この日南海岸は、別名鬼の洗濯板と呼ばれていて有名なんだよ」

 と、観光案内しながら、美しい岩の海岸に沿って走った。

 窓の外を見ると、秋晴れの下で、洗濯板のような岩の上を並んで歩く数組の新婚カップルが見えた。青島に着いて車から

降りると、白いライトバンはすぐに宮崎駅に向かって引き返して行った。観光客が楽しそうに行き交う青島で、1人太平洋の

大海原を眺めていた。今か今かと心配しながら待っていると、1時間程経って2人を乗せた白いライトバンが戻ってきた。

2人が車から降りてくると、おじさんも車から降りて来て、後部座席から持ってきた鞄の中から3組の絵葉書を取り出した。

「折角、宮崎まで来たんだから、これを持って行きなさい」

 と、言って銘々に手渡した。

「どうも有難う御座います」

 思いがけない土産に驚いて、口々に礼を言った。

「いいから。それより道中、気を付けて行きなさいよ」

 と、笑顔で車に乗り込み、来た道を戻って行った。

 絵葉書を開けてみると、綺麗なカラー写真の葉書が10枚セットになって入っていた。鬼の洗濯板も入っていた。カメラも

持たずに旅している僕らのために持たせてくれたおじさんの親切に改めて感謝した。

 昼食を済ませ通りに出ると、道路標識に矢印で「鹿児島」と書かれているのが見えた。

「折角ここまで来たんだから、鹿児島まで行こう」

 と、関本が言った。

 青島から、数台の車を乗り継いで、都城を経由して加治木に着いた。降ろして貰った場所は、国道沿いに建つ、大きな

ドライブインの広い駐車場の前だった。時折ドライブインから出て行く車があったが、どの車も僕らを無視するように通り

過ぎて行った。

「ここに来て、かれこれ1時間になるよ」

 と、僕が腕時計を見ながら、うんざりして言った。

「止まれよ!」

 と、関本が目の前を通り過ぎ、遠ざかって行く車にやけ気味に叫んだ。

「どこへ行きたいんだ?」

 と、言う低い声が、突然背後から聞こえた。

 驚いて振り向くと、爪楊枝を銜(くわ)えた目つきの鋭い大きな男が、じっと見据えていた。

「鹿児島です」

 と、僕が言うと、無言で頷いて後に付いて来いという仕草をした。

 男は、駐車場の隅に停(と)めてあるトラックに向かってすたすたと歩き出した。男の風貌(ふうぼう)は強面(こわもて)で、

どこか怖い感じがした。

「大丈夫かな」

 と、関本が小声で心配そうに言った。

「こっちは3人で相手は1人なんだ。いざとなれば何とかなる」

 と、物怖(ものお)じしない有沢が声を潜(ひそ)めて言ったが、強がりを言っている様にしか聞こえなかった。僕らは、

複雑な気持ちで後に付いて行った。トラックのエンジンが勢いよくかかった。覚悟を決め、恐る恐る乗り込んだ。走り始めて

暫く経っても、男は話しかけなかった。ヒッチハイクで乗せて貰った車では、必ず「どこから来たの」と訊かれたが、男は

終始無言だった。そこがまた不気味だった。男が話しかけてこなかったので、僕らもただ黙って固まっていた。男の隣に

座った僕は、膝の上に置いた手の腕時計をちらっと見た。トラックに乗ってから30分が経っていた。何も話さないまま

トラックは鹿児島市内に入った。賑やかな通りに出ると、信号が赤に変わって止まった。「ここで、結構です」と、僕の隣に

座っていた有沢が言った。ベッドに寝ていた関本が、最後にトラックから降りて、3人が口を揃えて礼を言うと、男は無言で

小さく頷いた。トラックのドアを閉めると、信号が青に変わった。

トラックは素早くUターンして、加治木へ向かって引き返して行った。

「びっくりした!」

 思わず顔を見合わせて言った。

「車が捕まらない僕らを見兼ねて、同情してくれたんだ。いい人だったな」

「そうだよな。わざわざ乗せてきてくれるとは、本当にびっくりした」

「見かけとは全然違って、いい人だったな」

 と、安堵(あんど)して声を揃えた。

 車から降りて暫くすると、夕暮れになった。夕日に映える桜島を見た。赤く染まる大空をバックにした桜島の雄姿は素晴

らしい眺めで、時の経つのも忘れて見惚(みと)れていた。


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