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作品名:やっぱり、男の子じゃ 作者:光宙(ぴかちゅう)

第5回   5
午後10時に家を出た。有沢の家の前の宇品御幸通りから、国道沿いの停留所までバスに乗った。国道沿いの停留所で降りて、

一路西へ向かって歩いて行った。歩きながらも、振り向いて走って来るトラックに手を上げ続けたが、止まってくれる車は一向

に現れなかった。仕方なく「井口(いのくち)」から「宮島口」まで広島電鉄に乗った。宮島口から再び西へ進んだ。

やっと1台のトラックが、僕らの上げた手を見て止まった。

「わしらは、長崎県の諫早(いさはや)というところに帰るところだ」

と、助手席に座っているおじさんが窓を開けて言った。

「諫早でいいです。お願いします」

「豚を積んで運んだ後だから臭いぞ」

と、言いながら、運転手のおじさんが降りてきた。

「いいです。有難う御座います」

と、言いながらトラックの後ろに回り、喜び勇んで荷台に飛び乗った。元より僕らに選択の余地などなかった。乗せて貰える

車なら、どんな車でもよかった。しかも、いきなり九州まで行くという車で、願ったり叶ったりだった。だが実際に荷台に

上がってみると、いきなりツーンと鼻を衝く悪臭に襲われた。未だ嘗(かつ)て嗅(か)いだことのない、堪(たま)らなく酷

(ひど)い匂いだった。僕らが顔を歪(ゆが)めているのを見て、

「途中で新しい藁(わら)を乗せてあげるから、しばらく辛抱しな。それまで、このブルーシートの上で座っていると

いいぞ」

 と、言って、運転手のおじさんが、折り畳んだブルーシートを手渡した。ブルーシートは2枚あった。1枚を広げると、

荷台一杯に広がる大きさだった。広げたブルーシートの上に座ると、匂いはそれほど気にならなくなった。トラックは、

途中でガソリンスタンドに立ち寄った後、国道から大きく外れ、暫く走った後真っ暗な道で止まった。こんな所で止まって

どうしたんだろうと、荷台から暗闇に目を凝らすと、そこは収穫の終わった畑のど真ん中だった。運転手と助手の2人の

おじさんが、懐中電灯を手に傍(かたわ)らの畑に入って行くのが分かった。畑に積んであった藁を抱えて、車に戻ってきた。

「早くブルーシートを畳(たた)め」

と、荷台にいる僕らに、運転手のおじさんが大声で怒鳴った。

急いでブルーシートを畳むと、素早く藁を積み込んだ。僕らもトラックから降りて、おじさんたちの手伝いをした。

「ここの農家と契約している、うちの畑だからな。何も心配しなくていいんだぞ」

と、運転手のおじさんが言った。

僕らが、藁を抱えてトラックへ向かうと、再び畑へ藁を取りに戻る運転手のおじさんがすれ違い様に、

「ここは、契約しているうちの畑なんだからな。何も問題ないからな」

 と、念を押すように言った。

何度か運んだ後で、僕らは荷台に上がって、藁が満遍なく平らになるように均(なら)した。

「どうだ、足りるか? もっと持ってくるか? 足りなければもっと持ってくるぞ。ここはうちの畑なんだからな。

遠慮しないでいいんだぞ」

と、運転手のおじさんが言った。

おじさんは、自分たちの畑だと繰り返し言う割には、どこか落ち着かない様子だった。それに、やけにうちの畑だと強調

するところが怪しかった。諫早までの遠い道のり、僕らを臭い荷台に乗せるのは可哀そうだと思い、他人の畑の藁を運んだに

違いなかった。

「充分です」

と、答えると、トラックは急いで走り出した。

運び込まれた藁の上で仰向(あおむ)けになると、ふわふわしていて暖かく、とても気持ちのいいものだった。嫌な臭いは

全く感じなかった。僕の家は農家ではなかったので藁の上で寝たことがなく、生まれて初めての経験だった。荷台には遮る

ものが何ひとつなく、目の前に広がる満天の星がとてもきれいだった。夜空の星を、仰向けになって見るのも初めての経験

だった。真っ暗な中できらきら輝く星に、思わず見惚(みと)れた。おじさんたちにしてみれば往(い)きは生きた豚を乗せて

運び、復(かえ)りは偶然出会った僕らを乗せて諫早に戻ることになり、家族や仲間に「復りは、豚の代わりに人間を乗せて

やったぞ」と、土産話のひとつにしたかっただけなのかも知れないが、初対面の僕らに言い繕(つくろ)ってまで、他人の畑

から藁を持って来たのは、乗せてやるからには、出来るだけ居心地良く過ごさせてやろうという、思い遣りだったのだろう。

お陰で僕らは、諫早までの長い道のりを、豚が踏み固めて全く弾力がなくなった、しかも糞尿で悪臭を放つ藁の上で寝転がらず

に済んだ。柔らかい藁の上で、遠くで瞬く無数の星を眺めているうちに、僕らの為に一肌脱いでくれたおじさんたちの優しい

心遣いが身に沁(し)みた。このトラックで運ばれた豚も、僕らと同じように心地よく過ごしたに違いない。新しい藁に包(くる)

まれながら、豚の気持ちが少し分かる気がした。使わなかった方のブルーシートを広げ頭から被(かぶ)ると、いつしか深い

眠りに落ちた。揺れる荷台でふと目が覚めた。天井に明かりの列が続いているのが、ブルーシートの隙間越しに分かった。

長いトンネルだなと思いながら、少し体を捻(ね)じった。

「関門トンネルに入っているんだ」

と、僕の後ろで寝ていた有沢が、僕が目を覚ましたことに気付いて言った。

長く続く天井の明かりの列は、僕にとって初めて行く九州への誘導灯のようだった。その明かりがだんだんと遠退いて、

知らぬ間に再び眠りに就いていた。


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