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作品名:やっぱり、男の子じゃ 作者:光宙(ぴかちゅう)

第4回   4
国道に着くと、3人で手を上げた。

「どうして止まってくれないんだろう?」

 何十台もの車が素通りして行き、僕らは止まらない車に苛立(いらだ)って、代わる代わる呟(つぶや)いた。

「そう言えば、昨日のトラックの運転手が、運転席は3人までだ。4人だと違反になってしまうと言っていた。この明るい場所

で、3人も立っているから敬遠されて、それで止まらないのかも知れないな」

 と、有沢が言った。

「そうだ。2人連れのようにしないとだめだ」

 と、言って、関本が道路脇の立て看板の後ろに隠れた。

 僕と有沢が、手を上げた。間もなくして、かなり年季(ねんき)の入った中型のトラックが止まった。トラックは青い色をして

いたが、錆と汚れが酷く、青い塗料より目立っていた。運転手は、体を倒し目いっぱい手を伸ばし、助手席の窓を開けるハン

ドルをぐるぐる回して顔を出した。僕らより、少し年上の運転手だった。

「どこまで行きたいんじゃ?」

「広島です」

「助手席のドアが故障しとって開かんのじゃ。窓から乗れよ」

 と、手招きしながら言った。

 立て看板の後ろから関本が出てきた。

「3人おるのか。3人は無理じゃ」

 運転手は、僕らが3人連れと分かると、途端に開けた窓を閉めにかかった。トラックは、運転席の後ろにベッドがなかった。

「お願いします!」
 
 と、閉めにかかった窓に向かって、3人で口を揃えて頼み込んだ。

 運転手は、明らかに困惑した形相に変わった。

「何とか、お願いします!」

 拝(おが)むように必死で頼み込んだ。

 運転手は、僕らの顔を見比べるように見ながら、

「分かった……ええけぇ乗れよ」

 と、半分閉めた窓から根負けしたように言うと、再び窓を全開にした。

「有難う御座います!」

 と、嬉しそうに口々に言いながら、運転手の気が変わらないうちに、次々に窓から潜り込んだ。

「どこから来たんじゃ?」

「大阪です。ヒッチハイクは岡山からです」

 と、運転手の隣に座った関本が答えた。

「そうか、大阪から来たのか。兄貴が東大阪の工場で働いとって、八尾に住んどるんだ。大阪へは2年前の丁度今頃じゃ、

兄貴の結婚式で初めて行ったけど、その結婚式の前日家族皆で、人通りの多い賑やかな通りにある、大きな蟹が動く看板の店で

食べた蟹が、えろう美味(うま)かったのを覚えよる」

「その店って、道頓堀にある店じゃないですか? 下宿のおばさんの中学に通う孫娘が、大きな蟹が動く看板の店の蟹が美味

しかったという話を学校で友達から聞いてきて、食べに行きたいとせがんでいましたよ」

 と、僕は、下宿の食堂で聞いたおばさんたちの会話を思い出して言った。

「多分そうじゃろ。店の人が、蟹が動く看板はうちだけじゃ言うて、えろう自慢しとったけぇ。ぶち美味(うま)かった」

 と、運転手は、笑顔で言った。

 和気藹々(あいあい)とした雰囲気になっていると、車は尾道の市内に入った。

「しもうた」

 と、運転手が突然呟いた。

 前方に数人の警察官の姿が目に入った。交通違反の取り締まりだった。定員オーバーだった。運転手が違反チケットを切ら

れている間、僕らは予想外の展開にショックで言葉も失い打ちひしがれていた。故障した助手席のドアの修理さえも手が回ら

ないのに、僕らのせいで罰金を払わされる羽目になった運転手に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「罰金、払わせて貰いますので、住所と名前を教えて貰えませんか?」

 と、僕は、トラックに戻ってきた運転手に声を掛けた。

 有沢と関本も、オウム返しで言った。運転手は青ざめていた。僕らの声も全く上の空という感じで、無言でトラックに乗り

込んだ。走り出したトラックが、だんだん小さくなって行くのを、ただ茫然と見送った。僕らも警察官から、学校名と名前を

訊かれた。解放された僕らは、肩を落として歩き出した。重苦しい沈黙が続いた。

「このままでは、あの運転手さんに悪いな。さっきの警察官から、住所と名前を教えて貰おう」

 取り締まりの場所から離れて、僕は言わずにおられず口にした。

 3人の思いは同じだった。揃って急いで警察官の元へ引き返した。

「どうした? まだ何か用があるのか?」

 と、警察官は、戻ってきた僕らの顔を代わる代わる見ながら、怪訝(けげん)な顔をして言った。

「僕らが無理やり頼んで乗せて貰ったんです。それで運転手さんに罰金を返したいので、住所と名前を教えて貰えませんか?」

 と、警察官と目が合った僕が言った。

「そうか。そりゃ殊勝(しゅしょう)な心掛けだ。あの運転手も、きっと喜ぶと思うよ」

 と、笑顔に変わって、運転手が書いた違反チケットの住所と名前を見せ、メモ用紙と鉛筆を取り出した。

 書き執(と)ったメモ用紙をポケットに入れ、再び国道を西へ向かって歩き始めた。振り向いて走って来る車に手を上げ、

数台の車を乗り継ぎ、有沢の実家の前に着いた。既に陽が沈み、どの家にも明りが灯(とも)っていた。玄関のベルを押すと、

有沢の母親が現れた。

「あれぇ、どしたん?」

「大学が休みになったけぇ、帰ってきた」

 と、言って、続けて僕らを母親に紹介した。

 僕と関本が挨拶をすると、

「よう来ちくれたね」

 と、笑顔で言った。

「なんも食べとらんけ、腹減った」

 と、有沢が言うと、

「そうじゃろう……ご飯の用意せにゃあいけんけど、今からじゃなんもできんねぇ……」

 と、独り言のように言いながら台所へ入って行った。

 突然の訪問にも拘らず、テーブルにはご馳走が所狭(ところせま)しと並んだ。僕らは腹いっぱい食べた。食べ終えると、

有沢がポケットから徐(おもむろ)に5000円札を取り出し、両端を持って広げた。

「これを見ろ。親父から貰ったんだ。この金で、今からヒッチハイクして九州へ行こう」

 と、僕と関本の目の前で金を見せびらかせながら、満面の笑顔で言った。

「九州?」

 関本が嬉しそうな顔をして、素っ頓狂な声を上げた。

 大阪へ戻るものとばかり思っていた僕も、有沢の突拍子もない言葉に一瞬驚いたが、広島までのつもりが一気に九州まで行く

ことになった嬉しさで顔が綻(ほころ)んだ。


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