国道に着いて腕時計を見ると、午前2時半を過ぎていた。走って来るトラックに向かって手を上げた。1台、また1台と、
僕らの立っているすぐ横を、勢いよく通り過ぎて行った。思わず顔を背(そむ)けた。トラックの風圧が、寒さを増幅させた。
スピードを上げて通り過ぎるトラックが憎らしかった。いつしか僕らは、歯をがちがちさせながら震えていた。必死に寒さを
堪(こら)え足踏みをしながら、今度こそと祈る思いで手を上げると、近づいて来るトラックがウインカーを出した。このまま
頼むから止まってくれと、心の中で祈った。トラックは、ゆっくりと減速しながら目の前で止まった。運転手のおじさんが、
窓から顔を出した。
「福山へ行きますか?」
急(せ)き込むように訊(き)いた。
おじさんが小さく頷(うなず)いた。
地獄で仏とばかりに飛び乗った。
「運転席は3人までだ。違反になってしまうから、1人は上に上がらないとだめだ」
と、言いながら、座席の後ろのカーテンを開けた。
ベッドが見えた。僕は、素早く靴を脱いでベッドに上がった。横になると思った以上に幅が広く、両足を延ばせるだけの
充分な丈もあって快適だった。最後に乗った有沢がドアを閉めると、車が走り出した。
「どこから来たんだ?」
「大阪です。岡山まで列車で来ました」
と、おじさんの隣に座った関本が言った。
「ヒーターの温度を、もう少し上げてもいいですか?」
と、有沢が震えながら、おじさんの方を見て言った。
冷え切っていた僕らは、車が走り出しても震えが止まらなかった。おじさんは、小刻みに震えている2人を一瞥(いちべつ)
すると、すぐに自らヒーターへ手を伸ばし、目盛りを「最強」に合わせた。車の中は、たちまち暖かくなった。手足が温まって
くるのが分かった。生き返るようだった。暫くすると、震えが治まった。
「この夜中に、福山へ何しに行くんだ?」
「親父がいるんです」
と、有沢が答えると、納得したように大きく頷いた。
市内に入って暫くすると、「この先の信号で止めてください」と、有沢がおじさんの方を見て言った。車が止まると、礼を
言ってトラックを降りた。走り去るトラックを見遣(みや)り、月明かりの下で腕時計を見ると午前4時を回っていた。国道
から外れて人気の全くない道路を、父親の仕事場を目指して有沢が黙々と歩いた。僕と関本が、彼の後に付いて歩いた。
「有沢板金塗装店」の看板が出ている建物の前に着いた。
「こんな朝早くに、寝ている親父を起こすことはとてもできないな」
と、有沢が言った。
店の前に、何台もの車が並んで停めてあった。
「鍵のかかっていない車がないか探そう」
と、言いながら、有沢がドアに手を掛けた。
僕と関本も、片っ端からドアに手を掛けた。1台の車のドアが開いた。夜が明けるのを待つ間、後部座席で体を寄せ合って
仮眠した。気が付いた時は、辺(あた)りがすっかり明るくなっていた。店のシャッターが開いて、中から人が出てきた。
「親父だ」
と言って、有沢がドアを開けて出た。
「な、なしてここにおるんじゃ?」
突然車から飛び出してきた息子に驚いて声を上げた。
「大学が休みになったけぇ、ヒッチハイクしてきたんじゃ」
「ヒッチハイクじゃと? 大阪からか?」
「いや、ヒッチハイクは岡山からなんじゃ」
「呆(あき)れたの……奥にご飯とみそ汁があるけぇ、早よ食べぇ」
と、言うと、憮然(ぶぜん)として隣接する作業場の方へ歩いて行った。
言われるままに、店の奥にある部屋で朝食を食べ、空腹が満たされると、殆ど寝ていない僕らはたちまち睡魔に襲われ、
死んだように眠りに就いた。昼過ぎに目が覚めると、有沢が行きつけという近所のラーメン屋に行き、食べ終わって店に
戻ると、有沢の父親が従業員に車で駅まで送らせると言った。僕らを乗せた車は、店を出ると間もなく大きな通りに出た。
「ヒッチハイクなんて、危ないんじゃけぇ、無茶せんで広島へは列車で帰りんさいよ」
と、従業員は、助手席に座った有沢に言った。
彼は、ただ黙って頷いて聞いていた。
「ヒッチハイクなんて、ほんとに危ないんじゃけぇ、列車で帰るんよ。列車で」
ヒッチハイクで帰省してきたことに余程驚いたのか、暫く走ると再び言い聞かせるように言った。
彼は黙ってまた頷いた。車が松永駅に着いた。礼を言って降りると、「ほんとに、列車で帰るんよ」と、窓を開けてわざ
わざ念を押すように言い放ち、来た道を引き返して行き、交差点を曲がって見えなくなった。
「よし、ここから国道に出てヒッチハイクしよう」
と、車が見えなくなるのを、待ち兼ねていたかのように有沢が言った。
店を出てから駅に着くまで僅か十数分の短い間、真剣な顔つきで繰り返し説教する姿は、とてもただの従業員とは思えな
かった。普段自由奔放に振る舞う有沢が、終始神妙な態度だったことも僕は気になった。
「運転していた人は、一体誰なんだ?」
「叔父さん。親父の弟だ」
「叔父さんがあれだけ何回も列車で帰れと言っていたが、ここから広島はまだ遠いのか?」
と、新潟出身で土地勘のない関本が訊いた。
「すぐだ。ここからは、広島に向かって沢山車が走っているから、簡単にヒッチハイクできる。列車なんかに乗る必要はない
んだ」
と、言うと、さっさと歩き出した。
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