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作品名:やっぱり、男の子じゃ 作者:光宙(ぴかちゅう)

第1回   1
「お食事の用意が出来ました」と、僕の部屋のドアをノックする、下宿のおばさんの声がした。古い木造2階建ての下宿は、

閑静な住宅街の中にあった。何十年も続いていると、仲介した不動産屋から聞かされた下宿屋には、僕を含め12人の下宿人が

いた。下宿は、朝と晩の2食付だった。朝食は、7時30分から8時30分までの1時間と決まっていたが、夕食は用意が出来

てから、おばさんが皆を呼びに回った。11月にもなると、おばさんが呼びに来るのを、今か今かと腹を空かしながら待ちわび

る下宿生活に、僕はすっかり慣らされていた。下宿は、京阪電車の枚方(ひらかた)市駅から南へ歩いて10分程のところにあ

った。枚方市は、京都と大阪のほぼ中間にあり、どちらへ行くにも便利だった。おばさんの名前は、川田はなと言った。おば

さんには同居する娘がいて、その娘には中学生の娘が1人いた。おばさんは、娘と2人で下宿を切り盛りしていた。おばさんの

連れ合いは早くに亡くなり、娘の連れ合いは、死別したのか離別したのか判らないが、一緒に住んでおらず、川田家は女だけの

3人家族だった。僕は学生生活を始めるため、名古屋の親元を離れて4月から下宿していた。下宿に来てすぐ、NHK朝の連続

テレビ小説「おはなはん」の放送が始まり、番組の評判は頗(すこぶ)るよく高視聴率を上げていた。そのせいで夏休みに帰省

した折、名古屋の友人に下宿の住所を伝えると、「おはなはんの家に下宿しとるのか、おもしれぇがや」と、皆が笑った。

下宿には、僕と同じ大学の同級生が4人いた。広島出身の有沢、松山出身の本村、新居浜出身の岡島、高知出身の吉井で、皆同

い年だった。毎日がまるで修学旅行のようで、僕らは毎晩誰かの部屋に集まり、夜遅くまでお互いの家族や郷里について話をし

た。半年程の下宿生活で、お互いに気心が知れる親しい間柄になった。夕食の食堂に、他の下宿人は食べ終えて退席し、僕ら

同級生だけが残っていた。

「ねぇ、おばあちゃん。道頓堀で美味(おい)しい蟹が食べれるんやて。その店にはな、おっきな蟹が動く看板があるんやて。

そこの店の蟹が美味しかったんやゆうて、今日学校で友達から聞いたんよ。おばあちゃん蟹好きやんか、今度一緒に食べに行

こうな」

「蟹は好きやけど、道頓堀なんかへ行ってる暇ないわ。毎日、皆のご飯作らなあかんのやから」

「そやで、うちは年中休み無しやから。そんなとこへ行ってる暇なんかないねん」

食堂の奥の部屋が、おばさんたちの居間だった。3人の話し声が、食堂に微(かす)かに漏れてきて、僕は聞くとはなしに耳を

傾けたが、その後の会話は聞き取れなかった。

「明日から文化祭で休講になるから、今夜10時京都駅始発の列車で、松山へ帰ろうと思っているんだ。京都駅まで付き

合えよ。皆で一緒に行こう」

 と、本村が言った。

「文化祭の休講期間は5日しかないのに帰省するのか? 何か特別な用事でもあるのか?」

 帰省する者は他に誰もいないのに、僕は不思議に思って訊(き)いた。

「親父が、胃潰瘍で入院したんだ。さっき家から、連絡があったんだ」

「そうか、そりゃ大変だな」

「よし。じゃ暇を持て余している者同士、皆で京都へ行こう」

 と、有沢が戯(おど)けたように皆を見回して言った。

「今夜、家から電話が掛かってくることになっちゅうで行けんぜよ」

 と、吉井が言った。

 食堂のガラス戸が開く音がして、近くに下宿している同級生の関本が現れた。

「おゝ、丁度いい所へ来た。これから一緒に京都駅まで行かんか?」

 と、有沢が言った。

「京都駅? 何しに行くんだ?」

「親父さんが入院したので、本村が帰省するんだ」

「そうか、そりゃ大変だな。分かった。行こう」

 と、関本が応じると、本村は

「じゃ、支度してくる」

 と、言って、嬉しそうに椅子から立ち上がり、自分の部屋へ戻って行った。

 数分後に本村が鞄を抱えて食堂へ降りて来た。

「本村、悪いな」

 と、吉井が、すまなさそうに言うと、

「いいよ、お前1人くらい来なくても、4人が来るんだから……」

 と、笑顔で言った。

 下宿の玄関で吉井に見送られ、僕らは京都駅へ向かった。


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