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作品名:始めの記憶 作者:野村英昭

第1回   1
  始めの記憶

                        野村 英昭


第一章

 サイレンが鳴り響き、人々は慌てて恐怖の面相で、走り出す。大声を出す者、泣き出す子供、クラクションを鳴らしてスピードを上げるバイク、パニックと化す。
そんな喧噪の中を小走りで大学の門をすり抜け、避難所へ向かう人物がいた。
村田 学 帝国大学細胞生物学部の助教授をしている男だ。村田は、鞄を胸に抱えて構内の避難所へ走っていた。本人は、急いでいるつもりでも傍から見れば、足がもつれて倒れそうに見える。階段を踏み外しそうになりながら、避難所に指定されている部屋のドアを開け、中に飛び込んだ。中は、薄暗く、空気が淀んでいた。

「村田さん、こっち」声のする方へ顔を向けると、助手の男が手招きしていた。
「ここも、いよいよ危ないですかね」アメリカの空爆もだんだん回数が多くなり、いままで無事でいたこの大学も危ないかもしれないと村田も思い始めていた。幸い今回も、大学には爆弾は落ちなかった。大学の避難担当者の解除指示で、非難した人々は、地上に出て行く。村田と助手も地上に出ると、東の方角で空が赤く染まっていた。村田と助手は、研究室へ向かった。

 村田の研究は、生物の細胞レベル、遺伝子レベルで、特性を強化する研究で、例えば、病気に成りにくい家畜や優劣性を上げる事で、家畜の生産性を上げるとかの基礎研究を行っている。戦時下の日本では、食料の増産は、国家を上げて取り組んでいる課題となっており、村田の研究所にも大学の上層部や政府から、早く成果を上げる様に、催促が来る。

「動物達は、大丈夫か?」
「はい、混乱はないようです」
「引っ越しも、考えないといけないかも知れないな」
「そうですね、次も、無事とは限りませんから」ここの動物達は、動物園の猛獣よりも檻から逃げ出す事は、避けなければならない。自然界への影響が大きいいからだ。可哀そうだが、実験で生まれたモノの中には、失敗作となる自然界には存在しないモノも含まれる。そういうモノは、殺処分される。大学も今は、名ばかりで、授業はおろか、教授達も生徒もほとんど居ない状況だ。国家総動員令が出て、戦争に利するものしか価値が無いとみなされ、統廃合された。
予算も乏しく、研究資材も古いオンボロなものばかりで、とても成果が上がるものとは思えなかった。しかし、成果が出なければ、軍需産業関係へ飛ばされる可能性は、大きかった。成果を上げろと言われても、研究は、地道で時間が掛かるもので、魔法の様にはいかない。

 夕方、仕事を終えて帰宅する為、街を歩いていると、声を掛けてきた者がいた。
「学、イモっち、こっちよ」雑踏の中を見渡すと、女がっ手を振っていた。絢子だ、村田は彼女の傍へ向かった。彼女は、村田の名前の学を大学に通うため、大学芋を文字って、イモッチと呼んだ。
「やー、どうしたんだい?」
「実は、研究所へ行くところだったの」
「なんで、そんな、約束していたっけ?」
「いえ、食事でもどうかなと思って」(バイクがクラクションを鳴らして勢いよく彼女の傍を通り抜けた)村田は、とっさに、彼女を腕をとって、引き寄せた。
「あ、有難う」バイクの後ろには、ヤミ米らしい袋が積んであった。食料不足のご時世でも悪知恵を働き、儲けようとする輩がいるのは、逞しいと村田は感じた。この辺りには、何処から仕入れたか判らないが、各種の食材を利用した掘っ建て小屋の屋台の食堂が沢山出ていた。
「あの店に入りましょう」絢子が指さす先には、煮物、丼ののぼりが立っていた。
店の中に入ると、ほぼ満席の状態だった。店の店主の案内で奥の席についた。すると綾子は、店主に何か耳打ちしていた。品数は、たかが知れてる。白米はおろか、肉の入って無い丼、イモの煮物、身の無いみそ汁、それでも、お腹いっぱい食べれれるだけでも増しなほうだ。運ばれてきた丼には、おしんことみそ汁、生卵。
「でも、おもってもらう訳にはいかない」慌てる村田に絢子は、笑顔で言った。
「今日は、何の日?」
「え、・・・・、何の日」
「誕生日、おめでとう」村田は、忘れっていた。毎日、研究に追われる日々を送っていて、自分の事を考える余裕も無かった。絢子は、村田には、もったいないほどの心の優しい出来た女性だった。今、思っても、なぜ、変わり者の自分に心を寄せているのか、正直、分からないところだった。しかし、直接、聞く勇気もなかった。仕事も大変だし、戦争で爆弾にあたって死ぬかも知れない生活だが、絢子の存在で、村田は、人生最高の幸福を味わっていた。




 日本から太平洋を隔てた、アメリカ合衆国、アラバナ州の砂漠にある軍の研究施設では、一人の科学者が、研究に追われていた。アメリカ軍は、強力な威力をもつ大型兵器の開発を進めていた。科学者の名前は、スミス・ケリー、原子物理学者だ。ケリーは、化学者としての良心の呵責にさいなまれていた。新時代のエネルギー開発を研究していたが、今は、兵器の開発を行っている事に、悩んでいた。研究は、最終段階に来ており、今、予備実験の準備をしているところだった。予備実験は、太平洋の名も無い、小さな島のサンゴ礁で行われる事になっていた。予備実験は、成功し、その一ヶ月後に、ケリーは、サンゴ礁の海中に、調査艇を潜らせていた。
サンゴ礁は、実験の影響で、無残な姿になっていた。中央に大きな穴が空き、周辺のサンゴは、粉々に散乱していた。実験後の観測では、危険なレベルの放射線が記録されていたが、今の値は、基準値を下回っていた。海水の不純物も正常値に戻りつつあった。透明度もほぼ戻り、生物も、戻りつつあった。
ケリーは、人類の未来の発展、繁栄のため、新しいエネルギー開発に、研究を推し進めてきた。同じ地球に住む海洋生物の環境に少なからずも傷を与えた事に、心苦しかった。しかし、また、元の環境に戻りつつある現状を見て、安ど感が見映えた。最後に、もう一度、穴の最深部に潜航し、ライトをグルリと回した時、視界に違和感を感じた。そして、もう一度、ライトを回した時、ケリーは、見てはいけない物を目撃した。全身の毛が逆立ち、悪寒に襲われた。喉が渇き、手が震えた。
ケリーは、映像を巻き戻し、消去した。そして、その物の事を記憶から消すことにした。


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