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作品名:仮名 メモ男 作者:野村英昭

第1回   1

仮名 メモ男   
                            野村 英昭


目を開けると眩い光が差し込んできた。何か椅子の様な物に座っている様だった。腕は動くようだ。手で目を擦り、明るさに慣らした。そこは、モノトーンの壁に、天井には、蛍光灯が一つ、変哲もない机一つ、そして、大きなガラスがある、部屋だった。男は、またかと、心の中で呟いた。両手首に拘束された時の、拘束具の跡が痛んだ。大きなため息を吐いて、椅子に座り直すと、喋り出した。
「そこの、ガラスの向こうに居る、誰だか、知らない、人に、言います。僕の声、聞こえています」部屋の左側壁と後方壁の角の天井近くにカメラがあって、作動中のランプが点灯していた。ドアは、一か所だけだ。
「いいですか、私の持ち物のバックに、二冊の報告書が入っています。その、報告書は、一冊は、イスラエルのワイツマン科学研究所、もう一冊は、アメリカのプリストン大学の報告書です。もう、お読みになっていると思いますが、その内容以外で、あなた方が、知りたい事、調査したい事が、あれば、喜んで、協力しますが、特に、無いのならば、直ちに開放してくれませんか?・・・・・・ うん、聞こえていますか?日本語、解りますか?・・・返事してください・・・・・・」

 男の名前は、河村 誠 、二五歳、独身、両親と妹がいる。国籍は日本、職業は、今は無職。これと言って、特筆すべき特徴のない平凡な人間だ。この男が、今の様な状況に置かれには、訳がある。それは、今から二年前のある日に起こった。


 その日、誠は、久しぶりに朝寝坊を満喫していた。年度末の仕事で忙殺された日々からようやく解放され、休日の朝を迎えた。明日は、クリスマス。今年も一人でマンションの一室で過ごす事になるで、あろうイブの朝である。ベッドから起き上がり、キッチンへ行き、顔を洗う。コーヒーメーカーをセットし、冷蔵庫の中の食パンとバターを取り出し、ダイニングのテーブルに置き、冷蔵庫の中のレタスとミニトマトとハムを皿に盛り、テーブルに置く。食パンをトースターにセットして、後は、椅子に座って、スマホを見ながら、待つ。溜まった洗濯物を処理する為、天気予報をチェック。ベランダには冬の低い日差しがさして、予報通り、洗濯は決行する事にする。SNSをさっとチェックし、LINEとメールをぱっつと見て、緊急が無い事を確認する。コーヒーが出来上がり、パンが焼けて、バターを塗れば、朝食の始まりだ。休みの朝食は、ゆっくりする。やはり、朝食をゆっくり味合える休日は格別だ。朝食が終わると、片付けをして、脱衣室へ行き、洗濯機に洗濯物を放り込み、洗剤を投入して、スィッチを入れる。終了するまで、スマホの時間にする。今度は、念入りにチェックする。そして、テーブルにある郵便物の処理もする。誠は、何とはなく、洗面の鏡を覗き込んだ。あまり、いい顔は、していない。そして、寝ぐせもひどい。
 ――― え、何だ?何か、頭の上にある・・・―――
 誠は、じっと、鏡を見た。
「・・・ うん、なんだ?・・・ 」
――― 手帳か?いや、もっと、小さい。メモ帳みたいだ。で、もう一つは、鉛筆・・・? ――― 
 誠は、目を擦って、また、見る。頭を振ってみる。今度は、洗面の蛇口を開け、水で顔を洗った。そして、また、目を開けて見た。

「 うわー、なんで、どうなってるんだ?頭か目がおかしいのか?ついに、ストレスで、イカレタか?」
――― 落ち着け、きっと、幻覚だ。何かの病気なんだ。現実ではない。絶対に、こんな事はあり得ない。そうだ、手で触れるはずもないのだ、そうだ―――

 誠は、そーっと、手を伸ばして、そのメモ帳を掴もうとした。
――― 掴んでいる、確かに、手に感じる――― 
 誠は、そっと、メモ帳を顔の前に持ってきた。それは、まぎれもない、メモ帳だった。両手で、表紙を開けて見る、何も書かれていない。裏にも、自分の名前も、誰の名前も書かれていない。新品のようだった。そして、次に、鉛筆も取った。ごく普通のよく知っている鉛筆だった。芯が削れていた。メモ帳に書いてみる。普通に、書ける。ダイニングに戻り、メモ帳と鉛筆を置いた。じっと、二つを見つめた。
――― 俺は、やはり、病気なのか?精神に異常をきたしているのか?・・・ 病院に行くべきか?・・・ 医者に、頭の上に、メモ帳と鉛筆が浮かんでいます、って言うのか。馬鹿言え、間違いなく、入院させられる。――― 
 誠は、メモ帳と鉛筆に厚めの本を積んで、洗面所へ戻った。そして、鏡を見た。
――― ほら見ろ、何もない。そんな事、あるはずもない ――― 
 しかし、誠の思いを退けるように、再び、メモ帳と鉛筆は、頭上に現れた。誠は、急いで、ダイニングに戻った。テーブルの上に置いた、メモ帳と鉛筆は、本の下には、無かった。
――― これは、現実、なのか? マジでか。・・・ これ、どうしたら、いい? ――― 
 誠は、再び、メモ帳を取ると、開いた。先ほど、書いた、落書きが残っていた。誠は、暫く、茫然とした。
 どのくらい時間が経ったのか分からないが、誠は、クローゼットへ向かい、ドアを開け、お気に入りのNY(ニューヨークヤンキースロゴ)入れのキャップを取り出し、洗面へ向かった。そして、キャップを被った。しかし、変化は、起こらなかった。メモ帳は、キャップの上に浮かんでいた。次に、脱衣所のビーチタオルを取り出し、メモ帳と鉛筆の上から掛けた。しかし、タオルは、キャップの上に落ちてきただけだった。誠は、焦心した。


 どのくらい、時間が経ったのだろう。時計を見るともう、すでに、会社に行く時間はとうに、過ぎていた。誠は、急いで、会社に電話し、体調不良という事で、休むことにした。携帯を持った時に思い出した。今日は、休日だった。
――― 助かった。時間は、ある ――― 
 誠は、冷静に、ここは、考える事にした。
――― そうだ、誰かに、相談しよう。医者に行くにしても、外には出られない。誰かに、来てもらう。だが、誰にするか?両親は・・・母親は、取り乱すに違いない。父親は、悪ふざけと、取り合ってくれないかも知れない。あまり、連絡も取って無いし、第一、僕の事を、信用していないだろう。こんな時に、もっと、意思疎通を図っておけば良かったと、後悔しても仕方が無い。妹は、論外だ。きっと “やめて、世間の笑われ者になるのは”とか、言うに違いない。では、どうするか? 石田(会社の同僚。大学時代の友人)は、どうだ? 少し、シュミレーションしてみるか。―――

「よう、どうした、具合でも悪いのかと思っていたぞ」僕は、カーテンに隠れてる。カーテンから出る。
「マジック、見せたいのか?」
「いや違う」
「違うって?」
「本物、何だ」
「本物って、どう言う意味だ?」
「つまり、本当に、浮いているって事」僕は、にや笑いする。
「つまり、河村は、物を浮かせるってこと?」
「そう」
「本当に?」
「本当に」
「・・・わあぁは、は、こりゃ、愉快だ。マジで、愉快だ」石田は、大笑いする。
「どうしたらいい?・・・笑うな!真面目に、相談しているんだ!」
「お、悪い、ぷっ、触ってもいいかな」石田が、メモ帳に触る。
「教えて、欲しい」
「つまり、物を、浮かせるってことか?」
「いや、分からない」
「こりゃ、ビックニュースだ。有名人になれるぞ、金も儲かるかも」にやにやする石田。

  だめだ、これは。


 次は、崎口(中学、高校の友人)は、どうだ。奴は、頭がいい。


「あー、崎口、久しぶり、元気か、あ、そう。そころで、ちょっと相談があるんだ」
 
「よく来てくれた、感謝するよ。その、カーテンに隠れているのは、ちょっと、訳があってだな、つまり、こう言う訳だ」僕が、カーテンから出ると、彼は、こう言う。
「大丈夫か?その、頭。その、どうなっているんだ?よく見せてくれ」きっと、彼は、満足するはず。好奇心をむき出しにして、解決策を提示してくれるはず。
「僕の研究室へ行って、詳しく、調べよう」
「どうやって、行く?」
「車で」
「僕は、車、持ってない」崎口は、僕の頭を見ながら言う。
「同じく」と僕も言う。
「じゃーレンタカーを借りよう」と崎口が言う。
「僕は、免許、持ってない」と僕が言う。
「同じく」と彼が言う。


 結局、誠は、誰にも相談出来ず、一人で解決する事にした。沖縄にある、大学の学長宛てに、メールを送った。動画付きで。だが、大学からは、返事は、来なかった。それより、最悪な事に、ネットに、その、動画が拡散されてしまった。もっとも、それは、後で知った事だが。最初に、電話をくれたのは、妹からだ。

「もしもし、お兄ちゃん。ネットにお兄ちゃんのおバカ動画が流れているわよ。恥ずかしいから、何とかして」

 誠は、ネットを確認すると、妹の言うように、あっちこっちの場所で、何回も、流されていて、沢山のコメント、書き込みが、あった。

“嘘くさい”“馬鹿丸出し”“トリック”“なんで、メモ帳?”“目立ちやがり、いい加減にしろ”“笑える” 好意的なモノは、ほとんどなかった。
 そのうち、メールやら、電話やら、ドアをノックする、奴まで現れた。TVの取材とか、ユーチューバーからの招待とか、インタビューとか、とにかく、大騒ぎになって行った。
 誠は、家にとじ困った。いっさい、存在して要る事を、否定した。じっと、耐え、嵐が去るのを待とうとした。会社にも、嘘を言って、一週間、休んだ。しかし、これ以上、籠城する訳には、行かなくなった、食料や必要なものは、ネットで、夜間、配送を選んで、何とかした。遠くからカメラで狙っていると考え、ドアを開ける時は、傘を差した。貯金が底を付きそうになっていた。働かないと、お金が入らない。このまま、理由なく、休めば、首になるかも知れない。誠には、決断の時が、迫っていた。
 
 それから、二日後、救いの手が現れた。例の大学から電話があったのだ。誠は、必死に訴えた。そして、さらに、二日後、大学から人がやって来た。そして、信じてくれた。誠は、一時期、別に、奇跡や超常現象や神を信じて要る訳でも無かったが、神を呪った。しかし、その時は、神に感謝した。でも、本当に、もしかして、神が、自分に何かさせる為に、この、能力を与えたのではと、考えた事もあった。その手の、怪しい、団体や研究者らしき人達からの、誘いもあった。誠は、答えが、知りたかった。本当の事を。


 大学から、迎えの車が、ドアに横付けされ、傘をさして、車に乗った。車の後を、追ってくる連中もいた。大学にも、報道陣が殺到していた。何とか、それらを、避けて、校内へ入った。
 応接間の様な部屋に通され、例の大学学長が現れた。ネットで見た写真より老けていた。
 学長は、誠になに不自由ない生活を保障し、好奇心の目から隠す事を約束してくれた。そして、解明する事に総力を挙げる事を約束した。一方で、書類にもサインさせられた。誠に、現れた、異常現象における、いっさいの、調査、研究の権利について、独占的に大学が保有すると言うものに。

 それから、何か月も、誠は、モルモットになった。週五日、検査、調査。二日、休み。大学の秘密の部屋から一歩も出られない生活が続いた。外は、南国のパラダイス。海水浴、グルメ、ダイビング、それらとは、無縁の生活。そして、遂に、その、結果が、誠に告げられた。


「河村さん、長い間、ご苦労さんでした。辛かったでしょう。ご協力を感謝します」
「いえ、こちらこそ、感謝しています。で、結果は、出たのですか?」
「えーと、ですね。結果は、もちろん、でました。我々は、総力を挙げ、あらゆる知恵と技術力と労力を注ぎ、あなたの現象を解明するために、日夜、努力をしました」
「知っています。感謝しています。それで?言ってください。覚悟は、出来ているつもりです」
「・・・ では、申し上げます。河村さんの、この、世にも不思議な現象は、ですね・・・・・・分かりません」
「え、何て言いました」
「つまり、分からないという事です」
「分らに・・・?」
「そう、分からない、です」
「まさか、本当に?何か月も、検査したのに?本当に、分からない?」
「そうです。分かりませんでした。本当に、我々も、本当に悔しいですし、本当に、残念ですが、我々の力では、無理でした。誠に、申し訳ありませんが」
「・・・・・・」誠は、それ以上、何も、言えませんでした。



 その後、誠は、大学の勧めで、アメリカのプリンストン大学とイスラエルのワイツマン科学研究所でそれぞれ数か月、過ごした。世界には、それぞれの論文が報告された。いずれも、解明されず。
 もう、誠は、世間に隠す事も、無くなった。堂々と、外出し、一切の動向を無視した。誠の能力と言うか、現象は、何の貢献もせず、害も与えなかった。いつでも、どこでも、メモを取れる、男。“メモ男”と呼ばれるようになった。会社は、辞め、大学と研究所から契約で得られたお金で生活をした。ただ、何も、解らなかった訳でも無い。分かった事もあった。専門的な事を省けば、概ね以下の様なものだ。

 其の一、誠の体に異変は、見られない。なんの、エネルギー等の発生も無い。
 其の二、浮いている現象の解明は出来なかった。
 其の三、メモ帳と鉛筆に、異変は見られない。
 其の四、結論として、何も、解らなかった。現代科学にては、お手上げ。


 ここまで、公になれば、親に秘密にしておくこと自体不可能であり、当然、親も妹も、巻き込まれている事になる。家に戻ってから、誠は、実家に電話を掛けた。父親も悪ふざけや、ジョークなどの類ならば、親として言う事もあろうはずが、事実となれば、何と声を掛けていいのやら、迷っていた。これからの、人生について、どう、生きていくか、助言したくとも、一向に、言葉が出てこない状態であった。母親は、体の心配ばかりしていた。宇宙人に何かされたのかとか、何か実験にされたのかとか、挙句に、親を心配させるなと、激怒される始末。妹は、かなりの、ショック状態で、家から一歩も外へ出られない状況らしい。電話にも出ようとしない。
 暫くの間、騒ぎは、続いた。誠、自信も何とか解決しようと、模索した。数々のオファーから、有望と思われる先へ出向いては、積極的に協力した。なかには、怪しげな、研究所や人間もいた。もっとも、困ったのは、誠の事を超能力者として、病気や災難、貧困、等々を解決して欲しいと、やってくる人たちだ。誠、自身、一番、困惑している事に、何の変化も無い事にある。メモ帳と鉛筆、以外、何も浮かばないし、メモを取る以外、何もできない。他に、何の、能力もないのである。もっとも、あほらしいと思ったのは、風邪を引いた時である。明らかに、人と違う事が出来ているのに、風邪さえ防げないのである。一時は、ノイローゼ気味になり、自殺未遂さえ起こそうになった。



 今までの事を、思い起こせば、このような事態になるのも納得がいく。もう、すでに、数回、起こっている。誠も、慣れたものである。謎の組織に、拉致されて、実験される。そして、開放される。
「さっきも、言ったように、僕には、何の利用価値も無いんですよ。もう、幾つもの研究機関で、証明済みです。何処の、組織かは、知りませんが、早く、開放してください」
中には、信じがたい苦痛を強いる事もある。訳の分からない薬を打たれる事もある。尋問も年中される。一番、知りたいのは、誠、自身なのだ。本当に、いくら、思い返しても、心辺りがないのである。あの日の、朝の前の日は、年末の業務でくたくたで、これと言って、特別な事をした訳でも、行った、訳でも無いし、食べた訳でもない。真っ直ぐ、家に帰って、ベッドに潜り込んだだけ。そして、あの日の朝に・・・。
誠は、薬を打たれ、眠っている間に、家に戻された。


 さらに、数か月、ごたごたは、続いた。しかし、ある時から、世間は、誠に関して、まったく関心を示さなくなった。しかし、“メモ男”のレッテルは、剥がれない。もう、普通の生活は、望めそうになかった。誠は、決心していた。世間に、煩わさらずにすむところに行くと。
 誠が、世捨て人になって、此処、三重県熊野市飛鳥町の山奥に一軒家を借りて、数か月が経過した。古民家をリフォームし、麓までリフトを設置し、人と接触しない様にした。生活に必要な物資は、ネットで注文し、鶏とヤギを飼い、通信用の鉄塔を建てた。生活用水は、沢から引いて、燃料は薪と太陽光発電と風力発電で賄った。小さな畑を耕し、野菜を育てた。ようやく、生活にも慣れてきた頃、ネットにも、世間にも、“メモ男”の存在は忘れ去られていくように思えた。誠も、このまま、此処で、静かに、一生を送ろうと考え始めた。誠にも、解っていた。ただ、逃げているだけだと言う事を。頭上には、相変わらず、メモ帳と鉛筆が浮いていた。本当は、何も、変わっていない。


 誠が、月に一回の沢に降りて行き、採水装置の点検をしに行った時の事である。この山奥にも、時々、人を見る事がある。山菜取りや、狩猟、治水管理の役人等がうろついているのを見る。大抵、隠れて、やり過ごす。しかし、今回は、誠にも、そうはしないであろう、胸騒ぎがあった。

 その男は、やせ型の長身で、何か不安定な歩き方をしていた。男は、どうしても話を聞いて欲しいとせがんだ。仕方なく、家に招き、お茶を出してやった。誠、自身、人と話すのは久ぶりだったので、何となく、気が緩んだ。

 男の名前は、沢木 慎吾、二五歳、学生(大学院生)、ゴキブリの研究をしていると言う。男がなんで、誠の所までやって来たかと言うと、誠の経験と知識が必要だったからと言う。沢木は、ズボンのポケットから何かを取り出した。テーブルの上に置いた物は、何の変哲もない、“石”だった。沢木の話によると、ある日、突然、ポケットに違和感を覚えた、手を入れてみると、“石”が、入っていた。どう考えても、自分で“石”を入れた覚えが無いので不思議に思っていたが、深く、考えもせずに、其の事は、忘れて、“石”を玄関に置いた。しかし、数日たった日、また、”石“がポケットに入っていた。もしかして、自分は、記憶のないまま、”石“を拾っているのかと疑ったが、この、都会、自分の住んでいる街に、”石“は、そうそう、落ちていない。第一、”石“を拾う、意味が、分からない。”石“を見ても、特別な物でもなく、海岸か川岸で普通に見られるものの様に感じられた。一応、調べもした。貴重な鉱物でもなく、遺跡や考古学的な価値も無いようであった。しかし、問題があらわになったのは、それからであった。”石“を空き地に放置した即日、”石“は、戻ってきていた。土に埋めても、遠くに捨てても、戻ってきていた。そればかりか、毎日、どんどん、数が増えていった。ポケットばかりか、旅行に行った時、鞄が急に重くなったので、中をのぞくと、大量の”石“がはいっていた。此処来るまでに、持ってきた鞄の中にも、”石“が、入っているはずと言って、鞄の中身を見せた。中には、”石“が、詰まっていた、誠は、この男が、ふらついていた理由が分かった気がした。沢木は、誠が、いろいろな大学や研究機関で、検査や調査をした経験から、自分に起こっている事を説明してもらえると考えて、やって来たと訴えた。誠は、”石“を手に取り、眺めて、考えた。

――― 自分の事を考えると、男のいう事を信じる気持ちもあるが、嘘をついて、私に近づこうとしているとも考えられる。手品で簡単に、人をだませる事もできる。いや、私も、かつて、世間から、嘘つき呼ばわりされた。 ――――


 「沢木さん、申し訳ないのですが、にわかには、信じられなくて、なにせ、私は、辛い目にあっていまして、人をあまり信用できないのです」
「分ります。その、気持ち」
「ちょっと、私の経験から少し、質問をしたいのですが?」
「はい、結構です。なんでも聞いてください」誠は、調査、報告書の内容を、思い出しながら、聞いた。
「”石“は、同じものですか?」
「いえ、いろんな、種類の物があるようです」
「 “石”を壊した事は、ありますか?」
「ええ、ハンマーで割った事が、ありますが、翌日には、元に戻っていました」
「何かに、閉じ込めた事は?」
「鉄の箱を作り、中に入れ、蓋を溶接して試してみましたが、やはり、戻ってきました。箱を切断してみると、中には、“石”は、ありませんでした」
「印を付けましたか?」
「はい、マジックで、付けましたが、戻った”石“には、何も付いていませんでした」

――― 全て、自分の調査、報告書の内容と似ている。しかし、何処かで、読んだ可能性もある。まだ、信用できない ―――

「どこか?大学にでも、相談しましたか?」
「いえ、“メモ男”の、いや、失礼。あなたの、事が、ありましたので、秘密に、しています。私にも、家族が居ますので」

――― 沖縄の大学に、電話しようかと思ったが、いずれ、ばれるに決まっている。そして、タイトルは、こうだ。“石男 ” ――― 

 誠は、暫く、沢木を、泊める事にした。そして、徐々に、“石”が、増えていくのを、目の当たりにした。”石“は、この山奥では、手に入らない、表面がすべすべの物だった。河原や海岸でしか手に入らない。沢には、そのような”石“は見られないし、常に、一緒に居る訳で、誰かと接触したり、何処かで、補給している様子はない。誠も、徐々に、沢木を信用しだした。しかし、問題は、”石“は、増え続けている事だった。このままでは、寝るところも、無くなってしまうかもしれない。沢木が、訪れてから、45日目、また、訪問者が現れた。

 其の人は、眼鏡を掛けた、女の人だった。女は、誠に対面するといきなり、眼鏡を取って放り投げた。誠が、びっくりして、声を掛けようとして、開けた口が、開いたままになった。女が投げた眼鏡が、その顔に戻っていた。

――― 確かに、眼鏡を放り投げたのを見た。顔から眼鏡が無くなっているのを確認した。が、今は、戻っている。手品? 挨拶替わり? ――― 

「あの、それって、手品って訳ではないですよね。いえ、ええ、解っていますとも、私と同類と言うんでしょう?」女は、にこにこして、手を差し出して、握手を求めてきた。誠は、それに、応じた。柔らかい感触と人肌が気持ちよかった。
「自己紹介します。宮本 明奈、三〇歳、東京都出身、弁護士をやっています。河村 誠さんですね。お会いできて光栄です」
「あ、どうも、それで、なぜ、此処に。私は、見て通り、世捨て人です。どうぞ、お引き取りお願いします」誠は、“石男”こと、池谷 圭太 、の存在にも、困っている状態なので、これ以上の厄介事をしょい込むのは、無理な気持ちだった。女は、笑顔を絶やさないでいる。
「ご迷惑をお掛けするつもりは毛頭ありません。決して、怪しい者ではありません。ただ、どうしていいか、分からないのです。この、“眼鏡”の事を」女は、もう一度、眼鏡を取って、今、立っている、畑のあぜ道から、山の斜面が続いている、谷へ向かって、それを、投げた。眼鏡は、放物線を描いて、小さくなって行き、霞の中へ消えて行った。それを、見守って、再び、誠は、女の顔を見た時、少し、動揺した。まったく同じ眼鏡が、女の顔に、掛かっていた。全体的に細く、レンズと耳の所は、赤いプラスチックの様な素材で、その他は、金属らしき素材で出来ている様だった。
「いつから、その、“眼鏡”を掛けているのです?」
「私、目は、悪くないのです。視力はいいのです。必要ないのです。でも、ある日の朝、目覚めると、“眼鏡”を掛けていたのです。これ、タダの、ガラスなんです。度が入ってないんです。いわゆる、伊達眼鏡、なんです。もちろん、私には、その気も無いし、似合わないですし。でも、離れてくれないんです。で、あなたに、聞けば、何か、解ると思ってきました。周囲の人達からは、趣味で“眼鏡”を掛けていると思われていますけど、イメージを変えようとしているとか、何か、心境の変化とか、思われていますけど、私には、不要な物なんです。縁を切りたいです。どうか、助けてください」

 ――― “眼鏡”に“石ころ” 別に、弊害はない。自分に比べれば・・・ しかし、一体、どうしたらいい?僕に、どうしろと言うのだ―――

「寒いから、家に入りませんか?お茶でもどうですか?」
「あ、はい、ありがとうございます。お言葉に、甘えます」女は、誠の後をついて、家に向かった。山の上は、夏でも、ストーブが必要な時がある。薪ストーブは、一年中、活躍している。家の中に入ると、池谷が、ストーブに薪を汲めている最中だった。
「おかえりなさい。誠さん」家の中には、あっちこっちに、“石ころ”が転がっていた。

 ――― 本当に、何とかしないと、家の床が抜けるかも――― 

「さー、中に入って、今、コーヒー入れますよ。コーヒー、飲めますか?」誠が、ドアの所に立っている女の人に、話し掛けたのを見て、池谷が、警戒して、薪を汲める動作を中断した。
「はい、コーヒー好きです。ありがとうございます」
「そこの、椅子に掛けて・・・池谷さん、コーヒー三つ、お願いします」
「はい、お客さん、ですか?・・・」池谷は、いそいそと、キッチンに向かい、女の顔を見ない様にしている。誠と女がテーブルの椅子に腰かけて、いるが、何も話していいない。池谷が、コーヒーをテーブルに置くと誠が言った。
「池谷さんも、一緒に、どうです?」池谷は、椅子に座ると同時に、ズボンから“石ころ”を取り出し、テーブルに置いた。それを、見た、宮本が言った。
「その、模様、あなたが、お書きになったのですか?」その、言葉に、誠と池谷は、お互いに、“石ころ”と顔を交互に、見た。
「・・・ 模様って、なんです?」池谷が答えた。宮本は、笑顔で、言った。
「その、“石”に、書いてあるじゃありませんか?」宮本は、“石ころ”を指さして言った。
「別に、何も、書いてありませんよ、ねえ、池谷さん」誠は、池谷に同意を求めた。
「そうですよね・・・」池谷も、困った顔をした。すると、宮本が。
「えー、噓でしょ、お二人で、からかっているんでよね?」
「いえ、冗談なんかじゃ、からかっていませんよ。本当に、何も、書いていませんよ」
「そんな、訳・・・私、目はいいんです」誠は、ふと、ひらめいて、言った。
「・・・ 宮本さん、・・・ その、“眼鏡”取ってもらえます・・・」
「え、この、“眼鏡”ですか?・・・」宮本は、面倒くさそうに、“眼鏡”を取った。
「取りましたけど、それが、どうしたのです?」
「“石”見てもらえます」宮本は、怪訝な顔で、誠から”石“へ目線を変えた。そして、固まった。誠と、池谷は、宮本の顔を見据えた。宮本は、高い声を上げた。
「え、ええ、そんな!・・・」宮本は、素早く、また、眼鏡を掛けた。そして、また、固まった。
「その“眼鏡”をすると、見えるんですね?」
「ええ、そうみたいです・・・どうして、ですかね?これって、なん、ですか?・・・」
「それ、貸してもらえませんか?」池谷が、興奮して言った。宮本は、池谷に、“眼鏡”を渡した。池谷は、サイズが合わないのか、”眼鏡“を掛けずに、目にあてがった。
「っふふふ、一杯食わされたのは、僕達ですよ。何も、見えませんよ」誠は、宮本に向かって強い口調で言った。
「宮本さん!」宮本は、慌てて、言った。
「嘘じゃありません、本当に、見えるんです。何か、書く物ありませんか?書きますから」そう言うと、誠の“メモ帳”に目をやった。誠は、メモ帳を渡した。メモ帳をめくった宮本は、そのページを見て、言った。
「この、書いてある、模様は?」
「ああ、それですか?最近、変な、夢を見るんで、それを、書いてみたんです。何か?」
「これに、そっくりです。私が、”石“に見た物は・・・」
「え、ええ・・・何ですって?・・・」三人は、“石”“眼鏡””メモ帳“それぞれを、見。そして、それぞれを見た。そして、何か感じた。

 ――― 答えだ、これが、答えだ ――― 




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