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作品名:the Truth of the Miracle〜奇跡の真実〜『王権神授説の大嘘とその謎』 作者:ダストブランチ

第2回   第二話 裁判(2)
屋敷の中に戻ると、男はさっきと同じ姿勢で立っていた。



だが、その後ろ姿にはかなり疲れがにじみ出ていた。

恐らくわたしがいない間、本当は座り込んでしまいたかったのかもしれないが、ここに来るまでに寺の中で暴行を受けたのか、男の身体にはあちこちかすり傷があり、そこから血がにじんでちょっとでも動くのが辛いようだった。

だから、そのままの姿勢で立っているしかなかったのだろう。

どうやら少し前かがみになった姿勢で身体のバランスを何とか保っているようだった。

また、着ている衣服もかなり汚れていた。

ここに連れてこられた時も寺の警備役人が幾度となく彼を乱暴に扱い、その顔に向かって唾まで吐いていたから、そのせいで汚れているらしかった。



わたしはそれを見て何となく男を哀れに思った。



「もう一度、聞く。お前はユダヤ人達の王だと名乗ったのか?」

わたしは率直に男に尋ねてみた。

「それはあなたご自身の考えか?それとも、彼らがあなたにそう言ったのか?」

男は唐突にそう聞き返してきた。

「わたしがユダヤ人に見えるか?もちろん、彼らの方がそう言っている。

それにお前を引き渡してきたのはユダヤ教の僧侶達だ。

お前は彼らに一体、何をしたと言うんだ?」



わたしは惨めな姿で立ち尽くす男に同情して、何とか互いの気持ちをほぐして和解させてやれないものだろうかと思い始めていた。

男はわたしの言葉を聞くと、スッと上を向いてわたしの目をじっと見つめた。「わたしの王国と言うものは、今の現実世界にはない。

もし、そんなものがあったら、わたしの僕しもべがとっくにやって来て、わたしが逮捕されるのを黙って見ているはずもなかっただろう。

だが、そうであってもわたしの王国と言うのは、やはり別の場所のものだ」

わたしには何のことやらさっぱり訳が分からなかった。



一体、この男は何を言っているんだ?



「じゃあ、お前はやっぱり王だと言うんだな?」

わたしは男が言ったことにどう返していいのか分からず、そう聞くしかなかった。

「あなたが今ここでそう言ってくださるのなら、そうだとわたしは言える。

実際、こうなる為にわたしは生まれてきたと思うし、こうなる為にこの世界にやって来て、ここでこうして真実を述べているのだから。

真実の側にいる者なら、誰だってわたしの話を聞く」





男の目はもうわたしを見ていなかった。

どこか遠くを見る目で静かにそう話した。



「では、その真実というのは一体、何なのだ?」

わたしは男の口調に思わず引き込まれてそう尋ねた。

そう聞かれた男は遠くを見つめていた目を戻し、わたしにその目をじっと向けてきた。





確かにその目には真実があった。



男の言葉に嘘は微塵も感じなかった。



知っているはずだ、と男の目ははっきりとそう告げていた。

事実、こうなったのは何も男のせいだけではなかった。





それが分かると、わたしはもう一度、ユダヤ教の僧侶達の元に戻っていった。





「十分、調べてみたが、ローマ法ではやはりあの男には何の罪もない。

だから、そちらの方に身柄を引き渡す。わたしからはこれ以上、何も聞く必要はない」

わたしはユダヤ人達にそう告げた。

だが、途端に僧侶達はブーブーと非難の声を上げ始めた。

「そう言われてもローマ法では今のところどうにも出来ないのだ。

だったら、あの男はナザレ出身と言っていたからガリレーの管轄かんかつに当たるはずだ。

だから、その身柄はガリレーのヘロデ知事に引き渡す。彼の方で何とか裁いてくれるだろう。

それに法的順序からすれば、お前達が直属の管轄圏を飛び越えてこちらに直接すぐに訴状を持ってくるというのは筋違いと言うものだ」

わたしがきっぱりとそう答えると、彼らはぐうの音も出なくなった。



ユダヤ人の問題はユダヤ人の手で何とかしてもらうのが一番だ、わたしはそう考えてあの男をヘロデに引き渡すことにした。

今度こそ、あのヘロデがこの反抗的なユダヤ人達をどうにか抑えこんでくれまいかと願いながら・・・。







ガリレーの現テトラーク(属州知事)に納まっているヘロデ・アンティパスは、実を言うとそれほどユダヤ人の間で人気のある長リーダーではなかった。



彼の父ヘロデ大王は、その血筋をたどるとエドム(ユダ地方の南部)民族の出だったため、ユダヤ系王朝に一時は支配されていた民族だとしてユダヤ人達からは随分と蔑まれていた。

しかし、軍事的にも政治的にも如才なかった祖父の頃よりヘロデ一家はローマ帝国を頼みとし、ジュリアス・シーザーのようなローマの有力者達に上手く取り入ってきたおかげで、父ヘロデ大王はついにユダヤの王位をローマから認められるまでになった。



しかし、その王位もやはり、ユダヤ人の間では絶対的に安定していたわけではなかった。

祖父は既にユダヤ一派によって無残に毒殺されていたし、父ヘロデ大王もローマ帝国への従属を拒否するファリサイ派を強く断罪したことでユダヤ人の間ではかなりの反感を買っていた。

特に、ファリサイ派はユダヤ教の中でも伝統ある一派であると共に、サンヘドリン(長老会)を形成している中でも大きな勢力を誇っていた。

だが、ファリサイ派へのかつての所業に対する反感もさることながら、その長い伝統と文化、そして独自の宗教的規範を強く引きずってきたユダヤ人にとっては、どこからわいて出たかも分からないようなポッと出のローマ帝国に自分達の国を含んだ地中海世界を支配され、従属を強いられるなどということが何より面白いはずはなかった。

しかも、彼らはまだダビデ王やソロモン王の時代を振り返り、古き良きイスラエル帝国への見果てぬ夢にしがみついていたのだった。



だが、時代は着々と国際化の波が押し寄せていた。

そして、その波にいち早く乗って、落ちぶれかかっていたこの小さな国を国際的にも一目置かれる存在にしたのは他でもないヘロデ大王だったのである。

彼は地中海交易に目をつけて、その為には良港のある大きな街をと、カエサリア・パレスティナの建都に着手し始めた。その上、彼はユダヤ人の多くがこれまでずっと夢に描いてきた、ソロモン王がかつて建てたと言われるエルサレム大神殿も建て始めたのである。

そうなると、多くのユダヤ人の心もほぐれてこようというものだ。



そして、カエサリアは栄えた。

ユダヤ教徒にとってローマに支配されるのは屈辱的なことではあったが、ローマからもたらされる利益は計り知れないものだったのである。

そうは言っても、交易と富を求め、ユダヤの地にやってくる異教徒の外国人商人や移民に対し、伝統的な社会からの反発は必至であり、また、急激な人口増加や都市開発は次々と利権を生む一方、治安の悪化もある程度、避けられないことでもあった。

そのため、カエサリアだけでなく、ユダヤの都市部では何かと反旗を翻す連中があちこちで出没し始めたのだった。



ところが、あれほど外国(ローマ帝国)との交渉には長けているはずのヘロデ大王は、なぜかそういった自分に反発してくる連中をことごとく制裁して、だれかれとなく押さえつけることで治安維持に努めようとした。

しかし、それではますます反発の根は深まるばかりだった。

結局、彼はユダヤ人との政略結婚で得た2番目の妻に生ませた子供達と自身の王位を巡る確執を収めることができず、その王位を次の継承者にきちんと受け継がせられないまま病死した。



一方、ヘロデ・アンティパスはそのヘロデ大王が4番目の妻との間に設けた2人の息子のうちの一人であり、父とは性格的に少し異なるところもあったが、それでも父と変わらず、かなりの建造物好きだった。ユダヤの王位こそ兄弟の誰もがローマから認められはしなかったが、兄弟同士、テトラーク(属州知事)としてそれぞれ分割しあった領土を統括し始めると彼は早速、ローマに倣ならった近代都市作りにいそしんだのである。

その一つが“ティベリウス”であり、その街の名は当然、ローマ皇帝の名前にちなんだものだった。

ガリレー海岸の西岸に出来たこの人工的な街は元々、墓地の跡地であり、ユダヤ教徒達は当初、穢けがれた土地としてそこに移り住むことを強く拒んだ。

しかし、それでもヘロデ・アンティパスがガリレーの辺境地に住むユダヤ人達を強制的に引っ張ってきてそこに住まわせると、街は次第に活気づき、そのうちサンヘドリンのメンバー達が集う集会所や法廷が作られて、いつの間にやらユダヤ教の芸術・文化・教育の中心地として栄えるようになり、ついにはユダヤにおける聖都の一つにまで数え上げられるほど街を大きく発展させたのである。





そうして、当初は都市作りに見事な手腕を発揮して内政を安定させたヘロデ・アンティパスだったが、そんな順風満帆じゅんぷまんぱんな人生の途中で彼を堕落させてしまったのは、自分達、一族を蔑んできたユダヤ人の中でも最も高貴な血筋とされるユダヤ系王朝の流れを汲む姫、ヘロディアスだった。



その美しさは類まれないもので、ヘロデは彼女に会った途端、すぐに恋に落ちた。

だが、ヘロディアスは既にヘロデの異母弟ヘロデ・フィリップの妻だった。

そうとは知りながら恋に落ちたヘロデは、是が非でも彼女を我が物にせんと弟からその妻を奪ったのである。人妻だったヘロディアスも満更でもなかったようで、さっさと弟から兄に鞍替えした。

しかも、ヘロデの方にもその時、既に妻がいたのだが、二人の恋はその妻をも離婚に追い込んでしまったのだった。



姦淫かんいんが大罪となる伝統的なユダヤ教社会において、その行為は宗教倫理の点からだけでなく、人としての倫理からも大きく外れていたことは確かだった。

当然、この結婚は熱心なユダヤ教徒達の反発を大きく買うこととなり、その中でも洗礼者ヨハネという男は二人の行為について強く糾弾した一人だった。


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