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作品名:彼岸花 作者:悠々

第7回   1967年秋
 僕らは古い郵便局の角を曲がり、小さな橋を渡り、古い軒並みを左に下り、薬屋の前で足をとめた。
店頭にテレビCMでお馴染みのカエルの人形があった。僕は美沙から赤い口紅をかり、その人形にヘソを描いた。美沙はロングの髪をアップに纏め上げ、カエルをパートナーに麗しく踊った。神尾はロイド眼鏡でピエロの仕草よろしく笑った。
「何してはるん」と薬屋から女主人らしき人が出てきた。
「難儀なワ、営業妨害どす」
僕は、「失敬」と敬礼した。
美沙は、「失礼」とバレリーナのように踊った。
神尾は、「非礼」と喜劇役者の台詞回しのようにジェスチャー付きで謝った。
鳩に豆鉄砲の女主人の顔があった。
 それからヨォ〜イドンと示し合わせたように走った。僕らは逃げる、逃げた。ステップを踏みながら、人混みをすり抜けるように走った。僕はナマケモノではなかった。そのナマケモノの究極のノモケマナだ、笑いながら走った、ゴールラインは新京極。
「ゴール、ゴール、トライ」
「ハレルヤ、ヤルレハ」
僕らは叫び、抱き合った。スポットライト、喝采、喝采だ、スタンディングオベーションだ。僕らに野獣のような熱い血が流れる。そして、
「君たちは死に向かって生きているか」と神尾が言葉を結ぶ。人々は異様な眼で見ていた。
 何のゲーム? これが噂のハプニング? 卵を掻き混ぜると何が出来る? プリン? 
現実を攪拌する、思いがけない出来事が起こる。予想外の事態が発生する。三枚の羽根のある攪拌機、僕らはそう信じていた。
「冗談から独楽」一枚目の羽根、神尾が廻(めぐ)った。
「独楽は廻(もとお)る、廻(もとお)るーー 」もう一枚の羽根、美沙が廻(もとお)る。
「廻(まわ)る、廻(まわ)る、アジテーター、さぁ、さぁ、さぁ、さぁーー 」あと一枚、僕が続いた。
ノリの良い若者たちが周った、周った、攪拌機のように廻った。僕らは、理屈通りにならない現実に厭き厭きし、思い付きやひらめきという感覚で生きることにしたのだ。
僕らの舞台は新京極だった。その通りは色々な店が立ち並んでいた。喫茶店、食堂、ゲームセンター、ファッション店舗、土産物店等々、僕はその雑多な明るさが好きだった。
 僕らは玩具屋の前で足をとめた。玩具の音が鳴り響き耳に心地よい。誘われるように店内へ入った。いろんな玩具が空間を支配している。電気仕掛けのロボットが広場を闊歩し、汽笛を鳴らし、汽車が目まぐるしくまわっていた。海原には豪華な外国船、青空に超音速のジェット機、地上には着飾り、夢見たようなフランス人形だ。僕らは全世界の少年のようにそれらを凝視める。野球ゲーム、鉄砲、知恵の輪が手の届く場所にあった。
 其処で僕らは一丁の銃を見つけた。それは星条旗のもとマシンガンと呼ばれ、日章旗のもと機関銃と呼ばれる。それは本物のように精巧で、重厚そのもの、さらに黒い光りを宿していた。僕は触れてみた。
「黒い野獣」と呟いた。 
「確かに」と美沙。
「成る程」神尾が納得した。
冷たい感触が手先から全身に伝わる。重苦しく、息苦しくなる。
だがその後に快感が走る。なおも銃身に耳をあずけ弾丸の連続的に発射される幻聴に酔っ
てみた。
「解き放てーー 」と神尾が兵士のように銃を構えてみた。
僕らの間に自由を伴った奇妙な充実感が拡がっていく。僕らはパフォーマーの必需品としてその銃を買わずにはいられなかったのだ。神尾がその銃を構えながらレジへ言った。
「手を挙げて」美沙が小芝居をする。半信半疑、若い店員が手を挙げる。
「金を出せ」僕が言う。店員が卑屈に笑う。
「人生は冗談ばかり」神尾が言い、
「ハウマッチ?」と、美沙が尋ねる。店員が答える。
神尾がその機関銃の代金を支払った。店員は呆気にとられていた。
 そして僕らはどれほど歩いただろうか。明るい路地を離れ、暗い道を歩く。神尾は機関銃を片手に一端(いっぱし)の兵士気取りだ。闇は広大な戦場と化し、赤い月は最前線へと導く旗印だ。散りばめられた星は砲弾のように降り注がんばかり、僕らはゲリラのように研ぎ澄まされーー 夜の底を歩いていく。
 やがてゆるやかな坂を上り、鴨川の堤防に出た。川面は色彩豊かなネオンが歪んで揺れた。
川が笑っている、そう思った。
夜が笑っている、そうとも思った。
僕らは、まだまだ、長い、長い、夜を歩かなければならなかった。それこそ狂ったように。


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