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作品名:彼岸花 作者:悠々

第5回   1967年夏
「合宿どうする? 」
「初めてやけん行こうか」神尾が答えた。
八月の始め、喜劇同好会は山中湖で合宿をした。その帰り道、僕と神尾は東京へ、美沙は実家の埼玉へ、僕らは途中まで一緒だった。
「工藤会長は? 」
「彼岸花を摘みにいった」といつものように答えた美沙。
「あぁ、そうなんや」と僕。
「そうか」と神尾。
わかったようにさりげなく言っていた僕ら。美沙独特の言い回し。単純な言葉のなかに難解な意味、いや意味なんてなかったのか。
僕らに意味をゆだねていただけなのか。ナンセンスな言葉をよそおって、僕らに意味を求め、僕はその言葉の意味をさもわかったように感性のままに受け止めていた。
実際、美沙は言葉なんてナンセンスよと言わんばかりだった。
美沙は私から感じて頂戴と言わんばかりに、まるでセックスのようーー 彼女はいつもそうだった。
「彼岸花か、そのうち摘みにくるさ」神尾が呟いた。
その頃、僕らは美沙の口癖を真似たのか? 事あるごとに、
「彼岸花を摘みにいく」と意味の有るような無いような言葉をしゃべった。
「彼岸花ーー まだ見ぬ彼方へ誘う(いざなう)花」神尾はそのような事を言っていた。
彼岸花ーー 僕はその名に魅かれた。その名の佇まいは森羅万象に繋がっていく、そう思った。
「撮影所があるK駅の線路脇の彼岸花が有名よ」美沙が言った。
「彼岸花の先に何があるんやろ」僕は呟いた。
 僕らは新宿東口のグリーンハウスへ行った。美沙も一緒だった。新宿は雑多な人間が同
居している。寝ている者がいるかとおもえば走っている者あり、街頭で落語をしている者あり、寡黙があり饒舌があり、ハプニング集団あり、紅テントのアングラ劇団あり、何でもありの状態だった。真夏、町全体が熱した鉄板のようでもあった。そんなエネルギーの塊のような町で、若者たちがその鉄板の熱さから逃れるように足をばたつかせ、のたうちまわっている。カウンターカルチャーの町、それが新宿だ。
 僕らは神社の境内に出た。朱い鳥居の横に紅テントがある。その中へ男女が吸い込まれていく。なんか如何わしい紅、怪しく、妖しい紅。
「ナンセンス! 」神尾が呟く。
「異次元への入り口みたい」美沙が呟いた。
「見るより演る(やる)もんだ」神尾の言葉だった。
僕はその言葉を天からの啓示のように受け取った。
僕らは紅テントから離れ、境内の奥、木陰の方へいった。蝉が激しく鳴いていた。その激しさは新宿の町を象徴するかのようだった。
「蝉は地中で七年間生きているのに地上に出て一週間で死ぬ」僕は言った。
「蝉は死ぬために地上に出てくる」神尾が続けた。
「蝉の一生って? 何なの? 」美沙が呟いた。
「死んで生まれ変わるのさ」神尾が言う。
「蝉も人も同じさ」神尾がさらに言った。
          ☆
「ほなぁ、一週間後に東京駅でーー 」美沙は埼玉へ帰り、神尾は東京にいる友達のところへ行った。僕はグリーンハウスのベッドの上で羅針盤のない難破船のように日ごとゆらゆらしていた。ナマケモノそのものだった。
僕の目に移るもの、それは新宿のサイケデリックな風景、そこで犇めくフーテンたち、特に女たちの姿態は目に溢れた。
ゴーゴー喫茶で小刻みに腰を震わせて踊る女。
「バイブレーターか! 」僕はツッコむ。
ぽっくり下駄でぽっくりぽっくり歩く女。
「花魁か! 」
夢遊病者のようにフラフラフラと歩く女。
「LSD? 恍惚か! 」僕はなおもツッコんでいく。
超ミニのスカートにゴボウの脚の女。
「瘦せぎす、イギリス生まれのキリギリスか! 」
男の膝の上に乗りキスしている女。
「ナマケモノの真骨頂、逆さ言葉でノモケマナか! 」
熱風に翻るスカートから見える青いパンティ。
「見え見え、まる見えの三重県! 」僕は漫才のようにツッコむ。
ポップコーンを撒き散らし拾って食べる女。
「ミレーの落穂拾いか! 」
彼女らは幻想の中に逃げ込んだ鳥たち。リアルの対義の処で、思い想いに佇んでいる。
そんな中にカナがいた。カナはメロンパンを食べる女。
「主食はメロンパン」カナはそう言った。
僕は彼女を見た、そしてメロンパンを見た。なおも彼女を見た、そしてメロンパンをーー 。彼女とメロンパンを交互に見ていたのだ。
「食べるかな? 」彼女は人懐っこく疑問符を投げかける。
「ありがと、せやけどええよ」
「何故かな? 」
「親の遺言や」僕はボケた。
「ハレルヤ! 」彼女は言いのけた。
「ヤルレハ! 」と僕は逆さ言葉で応じる。
彼女は怪訝そうな顔だ。
「タマゴの白身と黄身、どっちが好っきゃねん? 」僕は追い打ちをかける。
「ふぅ〜ん、どっちかな? 」なおも彼女は首を傾げた。
「僕はキミが好き」と彼女を指さした。
「本当かな? 」
「ホンマや」
「オー、ハレルヤ! 」彼女は歌うように言い放った。
そしてその後、
「あたしはカナ。あなたは? 」
「ユウーー 英語か! 」僕は自分でツッコみ、その後「名前がユウーー 」と言った。
彼女は笑わない。
「カナ? せやから言葉の語尾に、かな? をつけるんや」
「そうかな? 」
「やっぱりなっ、七、八、九 」僕は笑った。
「人生は疑問ばかり、だからーー かな? 」
「カナって? ひらがな? カタカナ? 」
「心許せる人と話すときはひらがなかな、そうでないときはカタカナかな」
「今はどう? 」
「漢字かな」
「何んで? 」
「心預けられる人と話すときかな」そしてカナは加奈と言った。
 加奈は僕を色んなところへ連れて行ってくれた。ゴーゴー喫茶、ジャズ喫茶、アングラ酒場、アートシアター、ライブハウス等々。彼女は新宿の風景に同化していた。彼女はどこへでも、
「ハレルヤ! 」と入っていく。その言葉はリアルに響く。
ある時、ハレルヤ? って? どんな意味? と僕は尋ねた。
「神を讃える言葉、わたしにとっては、生きていることを讃える言葉かな」
「じゃ、ヤルレハ!は? 」 
「逆さま? う〜ん、そうだね、死を讃えることかな」
僕はそのとき何故か神尾を思い出し、
「幻想? 」と言ってみた。
「そうかな。人はこんな筈じゃなかったって幻想に逃げようとするけれど、それは傲慢そのもの」加奈は言う。
「人生なんてこんな筈なの。謙虚に受け入れなくっちゃ、生を讃えなくっちゃ」なおも言う。
「ハレルヤはそんな意味かな」加奈は終止符を打つように言った。
 
 加奈は僕自身を舐め尽くそうとする。与えられたミッションを遂行するかのように食べ尽くそうとする。
神社の裏手、カナカナゼミの鳴き声が哀しい木立のなか、下半身丸出しで攫われていく僕。
「あのセミって、加奈の分身なの」
「カナカナか! 」
先程、僕らが交わした会話だ。
「明日京都へ帰るけど一緒にいく? 」
「駄目なの、わたしの居場所は此処しかないの」
「京都にもカナカナはおるや」
「ふぅ〜ん、いるかな? 」というや否や、加奈はいきなりキスしてきた。
何んのくだり? 僕は一本とられたように戸惑いながらもカナの舌を吸った。
「メロンパンの味がする」僕は加奈に言い、なおも舌を貪った。
 それから僕らは神社の裏手の方へ行った。セミ木立のなか、僕は確かに立っている。加奈は不確かな中腰、時々、上目使いで僕を見る。小鼻を膨らませて淫らな顔になっている。子豚の鼻だ。
僕はそれを見てなおもそそり立つ。それから、僕は僕自身で加奈の口をかき混ぜる。加奈は何かを探すように舌を蠢かしている。
こそばゆいも勇み立ったままの僕自身。セミが激しく泣いていく。その余韻は哀しさとともに木立に紛れていく。僕は樹木に這いつくばったセミを見ている。
身体のなかを突きあがっていくモノ、ほとばしるザーメン。
「あっ、あぁあぁあぁーー 」僕は放つ。
「うっ、うぅうぅうぅーー 」加奈は受ける。
一瞬の静謐が野性の匂いをともなって空へ上がっていった。

 一週間後、僕らは京都駅に降り立った。青い空、沸き立つ白い雲を背景に懐深く聳え立った京都タワーが見えた。
「冗談のごたぁに立っちいる」神尾の言葉に美沙は笑った。
「生きることさえナンセンス、ならばナンセンスに生きる。生きるも冗談、死ぬも冗談」神尾が芝居仕立てで言う。
「ナンセンスに意味はないけど意義がある」僕も言う。
幾つの時代を越えたらこのタワーが冗談という陽炎のような呪文から解き放たれ、正義のシンボルになるのか、僕はそう思った。見透かしたように、
「生きているうちは無理だ。死と引きかえに正義がある」神尾の声が聞こえた。


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