五月のゴールデンウイークが終わり、僕らは六月の新人寄席の準備にとりかかった。僕は漫才をするつもりだった。 先ず相方探し、誰? 神尾しかいない、と思った。 そんな矢先、神尾から漫才コンビの誘いがあった。 「前世からの約束事だ」神尾は言った。さだめ? 僕らは神からの決定事項のようにコンビを組んだのだ。先ず言葉遊びから始めた。
「ラーメンのラをザに置き換えて」 「ザーメン」 「マンゴーの濁点をとれば」 「マンコー」 「一個、十個、百個、千個、次は? 」 「マンコだよ」 「雀百まで踊り忘れず」 「ミミズ千匹踊り忘れず」 「メイコさんが王さんと結婚すれば」 「王メイコさん」
罪のない下ネタばかり、それらを言い合って呼吸(いき)を合わす練習。僕がボケになったら神尾がツッコむ。神尾がボケたら僕がツッコむ。その場、その場で、神尾が、 「台詞を覚えるな」 「覚えるから忘れる」 「感性でーー 」と演出する。 そんな時、いつも美沙、美沙がいた、いたのだ。私の居場所は此処よと言わんばかりに。 またエンタツ・アチャコのネタの読み合わせ、それらを繰り返しながら、二人で笑いの方法を探っていく。洒落、誇張、勘違い、予期せぬ答え、それらの笑いネタを作っていく。 日常会話の延長、自由自在に発想が広がっていく。時に美沙が先輩としての意見を言う。 新人寄席、僕は適度な緊張感の中、客席の幾つもの黒い頭、頭、頭を見た。ほんのりとした顔、顔、顔を見た、見渡したのだ。僕の初舞台だ。隣には神尾がいる。僕は安心感とともにしゃべくった。最前列に陣取る先輩らが笑う。黒い頭が揺れ、薄ら顔も一緒に。美沙が笑った。いつものままだ。日常だ。笑い、笑い、はっはっは、 拍手のうちに僕らは舞台を降りた。 この満足感、やめられない、この快感、やめられない。 「よかったよ」と美沙が言う。 僕は興奮気味に、「よたっかよ」とサークルで流行っている逆さ言葉で返した。 打ち上げ、先輩たちからの講評があった。 工藤会長は、 「ええ、昔から女のよがり声は(あっ、は〜ん)より(あん、あん、あん)がいいと言い ますが」と例のごとく。 先輩らは、「もう、ええちゅうねん」と。 なおも会長が、「笑いは生命力や! 」と。 「あぁーー やっぱり」と先輩ら。そして最後、先輩らは会長に向かって、 「受験生、受験生ーー 」と囃し立てた。 工藤会長は、その言葉に乗り、彼の故郷の阿波踊りのように踊った。 そして、「なんでやねん! 」と締めた。 ☆ それから数日後、僕は美沙とセックスした。 「ひとつお願いがある」僕は美沙に言った。 「何? 」 「セックスしたい」 「いいよ」 美沙はキャッチボールのように僕の言葉を受けとった。なんの躊躇いもなくご く自然に。 「有難う」 「コンちゃんつけてね。これだけはお願い」 「えっ? 」 僕はその時コンちゃんと呼ばれているサークル仲間が、「なんや避妊具みたいな名前やな」と皆から言われているのを思い出した。 僕は笑いながら、「あぁ、ーー 」と。出町柳、僕の下宿、外は雨だった。 美沙はごく自然の営みのように僕そのものを受け入れた。僕は彼女のリアルな白い肌の上にいた。 窓から紫陽花が見えた。初舞台のように冷静だった。雨は降りやまなかった。 僕は美沙の脇を舐めた。 「いや〜ん、くすぐったい」 白い肌に逆立つ陰毛。その下の秘めやかな割れ目に指を入れた。 「痛い! 」 美沙はイクとき、「あん、あん、あん」と泣くような声を上げた。 「あっ、確か、前にもこんな風景見たことあったっけーー 」裸の美沙が呟いた。 「デジャブ? 」僕は言った。 そして、あん、あん、あん、って? 工藤会長? 僕はそう思っていた。 ☆ 同じ頃、神尾も美沙とセックスをしたらしい。神尾は美沙とのセックスを「たいつりぶねにこめおいさくのさみ」と、逆さ言葉で表現した。 僕は美沙が神尾に凌辱されたような気分になった。だからその言葉をわざと無視した。 「コンちゃんは? 」 「い、いらん、いらんよ」神尾は強く否定した。 「えっ! 」僕は嫉妬した。それから、 「俺もセックスした」と言った。 「えっ! 」神尾は卑屈な笑いを浮かべた。 「どっちが先? 」 「どげんでんよか」神尾は突き放すように言った。 美沙が同時期に二人とセックスしたことに対し、神尾は、 「美沙は欲張りだ」そんな言葉で片付けた。
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