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作品名:彼岸花 作者:悠々

第3回   1968年晩秋、その2
「我々はぁ〜〜 日本帝国主義打倒のぉ〜〜 闘争に〜〜 勝利しい〜〜 今こそ〜〜 革命の時が近づいた〜〜 」
占拠中のE光館の前、黒字で中核と記した白ヘルメットのナベがアジっていた。僕、神尾、美沙はシンパを装った聴衆だった。
「異議なし! 」と僕は叫びながら、その後小声で、
「何を言うとるんか、まるっきし解からん」と言った。
その時、その時だ。ナベと同色のヘルメットを被ったゲバ学生が、
「ナンセンス! 帰れ、帰れ」と叫び、ナベに襲いかかった。
その男はゲバ棒を振り下ろす。ナベは一瞬ひるんだがすぐに相手の脚を取ろうとした。だが空振り、その男は疾風のように走り逃げていった。
「革マルだ」とナベが叫ぶ。
数名の中核派の学生が追っていった。髪をシヨートにした美沙は心配そうにナベに近寄っていった。ナベは大丈夫と手で合図をし、
「殺るか、殺られるかだ」と言った。そしてアジ演説を続けた。

 ナベに会うことが出来たのは十一月になってからであった。やはり、ナベは新宿騒乱で検挙されていた。
僕とナベは幼なじみだった。ナベは昔から寡黙で常に何かを追及していた。特に興味を抱いていたのは物理。中学の時、既に高校物理を独学していた。
「すごいやん! 」僕は言った。
彼はその言葉に答えるように先へ先へと独学、「高校物理も終わった」と話した。
また彼は空手の真似事もしていた。手刀で木片を割った。彼は教室で木片割りを披露した。クラスの仲間が驚けば驚く程、彼はその強さを誇った。
高校に入り、彼は柔道部に所属した。寝技が得意で寝かしたら離さない『すっぽんや』と部員が口を揃えて彼のことを言った。
「すっぽんナベか」僕は茶化した。
柔道は彼の寡黙さ、鷹揚さに似合っていた。でも反面、彼の鷹揚さは敵をもつくった。高校時代は番長にいつも睨まれていた。あげく、そのグループの三人に殴られ、ボコボコにされたこともあった。でも彼はどこ吹く風と歩いていた。
「柔道に比べれば何のことはない」と飄々としていた。
僕はそんなナベの情報を神尾と美沙に話した。それから、
「僕らの計画を実行するにはナベの協力が必要や」そう言った。
「だから、ナベを怒らしたらアカン、アカン」なおも言った。
「ナベを怒らせば沸騰する」神尾が言う。
「それはナベちゃう、ヤカンやろ」僕はそうツッコんだ。
上出来! 神尾はそんな顔をした。
僕らの計画というのは、建物を占拠しているゲバ学生の前で漫才をやる、ということだった。僕らはその突拍子もない計画をナベに話した。
 僕らとナベは、烏丸今出川のひとつ北の交差点、相国寺の向かい側にある「栞」という名前の喫茶店にいた。
店内にはサイモン&ガーファンクルの曲が流れていた。
「危ない、危ない。ヘタすりゃ袋叩きだ」ナベの第一声だった。そして、
「ジコマンやろ」と続けた。
ジコマン? 確か美沙も同じようなことを言っていた。
「そげな饅頭あったんか」神尾が呟いた。ナベは神尾の言葉を無視し、
「やめとけ」と言った。
「あっ、前にもこんな風景に出会ったことある」美沙が遠くを見るように言った。
「いつだったかな? 思い出せない。奇妙な異和感」
「前世の話だろ」スピリチュアル神尾の真骨頂だ。
ナベは興味深げに美沙を見ていた。
ジコマン? おまえらのやってることやろ、僕はナベに言いかけてやめた。その代わりに、
「そうかもしれない」と僕は話を戻した。
ナベの言葉を否定すれば話が前へ進まないからだ。
僕らはなおもバリストのなかで全共闘相手に漫才できるようナベを説得した。
「ナンセンスやろ」ナベの否定的な言葉だった。
「そうや、芸名は『ナンセンス』や」僕はボケた。
「相変わらずやなぁ〜 人を食ったような言い方や」ナベは言った。それから、
「我々は異議を唱えるとき『ナンセンス』と言う。ナンセンスは帰れコールの枕言葉みたいなもんや」、「芸名『ナンセンス』と聞いてどう受け止めるか、我々へのアイロニーとして受けとめる奴もいる。我々は過敏だ」と続けた。
僕は反射的に、かびん? 一輪挿しか、それは花瓶や、心のなかでひとりボケ、ひとりツッコミをしていた。
「おかしくない? 変だよ」塩のような沈黙を破るように美沙が言った。
「我々は真剣だ」ナベは鋭い眼をして言い切った。
ナベは学生運動に参加して随分と饒舌にーー それに繊細になっていた。僕の知っているナベと今のナベ、どちらが本当のナベ? 
 昼下がり、サイフォンコーヒーの泡がまるで時を刻むように規則正しくぷくぷくとあがっていった。それに同化するように神尾からの紫煙が昇っていく。時が、泡が、煙が、刹那的な饒舌さで動いていく。そして次から次へとまるで人生の必然かのように消えていく。僕はその様を見ていた。ナベは腕を組んで考えているふうであった。そんななか、
「強硬突破するか」、「革命家が死を恐れんなら、パフォーマーも死を恐れん」神尾が続けて言った。その言葉は沈滞した空気を動かした。
「ひとつ方法がある。シンパになることや」ナベが言った。
「シンパでもカンパ(寒波)でも、ナンパ(軟派)でもなるでぇ〜 」僕はナベに言った。
ナベはOKの合図のように人懐っこく笑った。サイモン&ガーファンクルの曲がなおも流れていた。


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