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作品名:彼岸花 作者:悠々

第12回   1968年師走、その3
 僕は部室のソファーでナマケモノのように寝転がっていた。十二月十九日木曜日の昼下がり、漫才の決行日まであと二日だ。その時、ドアが開いた。
「えらいこっちゃ、機動隊がやって来た! 」正志の声だ。強制排除、学内に機動隊が導入されたのだ。寝耳に水、冬の大風だ。僕は飛び起きて正志と今出川通りまで出た。
「権力だ、権力だ、機動隊は国家権力の暴力装置だ」ある時、ナベが言った。その暴力装置は凛々しい制服姿で仰々しい盾を前に強固な壁のように整然と立ち並んでいた。
 その壁に対峙するかのようにゲバ学生がいた。彼らは見るからにヨレヨレ、弱者の姿だ。勝負は見えている。でも戦うことに意味がある。
僕らがナンセンスに意味を求めたように彼らも…… そうなのか。
 後方にヘルメットを被ったサークルの仲間がいた。僕と正志はその中へ紛れ込んだ。
ヘルメットを受け取り、「よぉ〜 」と言う。すぐに火炎瓶が投げられ投石が始まった。学生たちの波が機動隊まで押し寄せる。大波、小波、押し返される。あげく荒波になる。祭りだ、祭り、祭りの高揚感が辺りを支配する。でも僕らは最後尾にいる弱い波だ。さざ波なら情緒もあろうに。最前線の全共闘以外、殆んどの学生たち、そして僕ら、おぼつかない無力な波だ。
 ツルハシで舗道の石を剥がしているゲバ学生、配られる石、石、石。立ち往生の市電、市バス、乗用車、学生たちがそれらを支配する。それらは恰好のバリケードだ。逃げ惑う乗客、運転手。喧噪のなか、炎が立ち上がる。正志は喚きながら、そして僕は何も解らぬまま石を投げていく。
「前にあててどうすんねん」誰かの声がする。
ゲバ学生は機動隊にヘルメットを割られ、顔面血だらけになる。袋だたきになる。
怖っ! 怯む、怯む、怯んだ。
 やがて機動隊が建物を強行突破する。催榴弾が投げ込まれ、放水が始まった。ゲバ学生らは火炎瓶、投石で抵抗する。僕らは見つめるしか術がない。大学は修羅の巷と化した。悲痛とも思える叫び、叫び、叫び。ゲバ学生たちは次々と検挙されていく。あぁ、ゲバ学生は一掃、バリストは解除された。あぁ、無情の大風よ。美沙、美沙は何処に? 
「美沙、美沙ぁ〜 」どこにもいない。
 あっ、機動隊がやって来た! 僕らは逃げる、逃げる、逃げた。今出川通りを東へ、なお東へ行った。そして僕らはヘルメットを脱ぎ捨てた。出町柳で、「麻雀でもするワ」と言う正志、サークルの面々。  変わり身、早っ! 
僕は彼らと別れ、神尾のいる四条河原町まで行った。

 繁華街は荒くれた風をよそに異国の町の様相だ。否、烏丸今出川が異国の町だったのか? 師走の慌しさが此処にある。十二月の天気の良い日の町だ。地上なのに、冬なのに、歩道橋の上がったところ、青空を見透かした雲海さながら天に犇めきあった雲が凌駕している。それとともに沖縄三線のもの哀しい音がある。
「慈しみ深き友なるイエスは 罪 咎(とが)憂いをとり去りたもう 」
謎めいた長髪に髭の男の怪しい歌声がある。三線の響きと不調和ゆえに、趣き更にある。クリスマスセールの看板の横に神尾だ、神尾の姿、彼の歌声だ。今日はピエロじゃない。歌っている。
「機動隊がやって来た。バリスト解除や」僕の声に神尾は頷いた、何回も何回も頷いた。そして彼は、歌を中断して、「美沙、美沙は何処に? 」と尋ねた。
 僕は首を横に振った。彼は哀しそうな目をした。そして突然沖縄三味線を置き、「主よみもとに近づかん 登る道は十字架に ありともなど悲しむべき 」と無伴奏で歌い始めた。切ない歌だった。その歌声は悲しく僕の耳に入り込んで来る。そして彼の断末魔の声のように響き渡っていった。


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