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作品名:彼岸花 作者:悠々

第11回   1968年夏
 僕がバイト中の時、美沙と神尾が『白川』に来た。他に客はいなかった。ママはいつものように酔っ払っていた。
僕は美沙に、そして美沙のお腹で宿る魂にカクテルを作った。神尾はそのカクテルの名前を『讃美歌312番』と命名し、美沙とママは、
「慈しみ深き友なるイエスはーー 」と歌った。神は導いてくれる、僕はそう思った。
 そうだ、そのはずだった。でも神尾が撮影所の深夜バイトへいったあと、美沙は、
「痛い、痛い」と下腹部を押さえた。
僕が戸惑っていると、ママはいつもの酔っ払いじゃなかった。素早く救急車の手配をし、
「これ持っちいきない」とレジからお金を渡してくれた。
「有難う」
救急車が来たとき、雨が降り始めていた。

「残念ですが初期の自然流産でした」当直医は言った。美沙は涙目だった。
「はぁ、ーー 」僕はそれだけしか言えなかった。
その部屋にはクレゾールの匂いが立ち込めていた。
 僕は喫煙室へいき、夜を見つめた。淋しそうに雨が窓を伝っていった。あとは暗闇、その向うに京都タワーが煙って見えた。
いつか神尾が言ったように冗談みたいに立っている。それはいま不確かに在る。
虚像? 実像? 偶像? そう思った。
救急病院の外灯を雨が群がっていく。それは遥かなる闇の向う側から湧き出て来るような頼りない命のように見えた。雨は容赦なく降る。それは光に浮かび、紫煙と同じように饒舌の果て闇に消え入る。まるで人の営みのようだ。僕は全く無力だ、それでも生きている。
 救急車のサイレンが夜の泣き声のように聞こえてきた。僕の耳は不幸を背負った風のように騒がしく鳴る。階下で人の気配、スリッパの音、声、騒めき、慌ただしい。美沙のような救急患者が運ばれてきたようだ。僕は溜息をつく。それは昼間のエネルギーの亡骸みたいだ。ーー それでも息づいている。
笑いは何処へいった? 
美沙は病室で泣いていた。早い者勝ち、その途端、僕は泣けなくなった。僕まで泣いてどうする、そう思った。
「ごめんネ」美沙が自虐的に言った。またもや早い者勝ち、僕だって言いたかった。また美沙に先を越されてしまう。僕はそれでも、
「ごめんね」と言う。そして精一杯、美沙を抱いた。
          ☆
僕はカタカナのようフラットな夢をみた。

ミサがひざまづき、一眼レフを覗いている。
「何を? 見ている? 」ボクが尋ねた。
「ヒガンバナよ」ミサのジーンズの腰から赤いパンツがはみ出ている。
堤防に咲き誇ったヒガンバナ、ボクも見た。
 その時、そのノーブルな真紅から大量のバッタが跳んでいく。ミサは驚き、いつの間にかジーンズを脱ぎ、パンツ姿になっていた。赤いパンツから太腿に血が滴っている。カノジョの影が沈んでいく。それでもカノジョはヒガンバナと対峙している。
「何を? 見ている? 」ボクはもう一度尋ねた。
「ヒガンバナの先にあるもの」
「夕焼けか! 」
ミサは微笑みながらその聖なる凹みへボクを誘おうとした。ボクは凸になる。
「ワタシの凹みをアナタの凸で浄化して」
いつの間にかミサが五条楽園のオンナになり、ハレルヤのカナになっていた。
ボクとカナは右手と左手でまぐわう。上唇と下唇でまぐわう。
ボクとオンナはアンドロとギュノスだ。イザナギとイザナミだ。凸と凹みだ。
ボクとカナは牡と牝になり、指と舌でまぐわう。
 オンナが仰向け寝で、両手を上げ腰を突き出す。両脚をひろげる。
「脇を舐めて」それから、「指を三本入れて」
「イザナギとイザナミは凸と凹みでまぐわうのだ。ミトコンドリア・イブからの約束事のようにまぐわうのだ。ヒトとヒトはまぐわう。終焉なんてない。人は生死をまわる。まぐわいめぐる」ボクはカミヲの言葉を思い出している。
「あん、あん、あん」オンナが、カナが、二人ともよがる。
「笑いは生命力や」クドウ会長が笑っている。
「おぉーー おぉーー 」

僕は雄叫びをあげながら夢精をしていた。
          ☆
 大学の構内で研ぎ澄まされた顔のようなゲバ学生がアジっている。昨日もアジってい
た。多分明日もアジるのだろう。
「醜いアジるの子だ」神尾は言った。
「それはアヒルやろ」
「奴らもごっこ遊びか」神尾は自嘲気味に言った。
学生運動もそうだ。僕は思った。平仮名の「かくめいごっこ? 」そうだ、漢字の「革命? 」そんなエネルギッシュなぶつぶつしたマグマのようなものじゃない。平仮名の根もないひらひら飛ぶ蝶々のような「かくめいごっこ」が似合っている。
「あっ、ナベ」と僕は叫んだ。
「よぉ〜 」とゲバスタイルのナベは革命家気取りで大学の構内を走り去った。
翌日、大学はバリケード封鎖されていた。


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