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作品名:エビカニ大将 作者:鷺町一平

第3回   第三章
第三章

 爽やかな風が長い小学生たちの行列を通り抜けていった。道の両側に広がる畑には絹さややソラマメ、チンゲンサイなどの青々とした葉が揺れている。心地よい五月晴れのある日、社会の野外授業で、五年生は小学校から北東一キロメートルの栗山川に向かっていた。
「美由紀先生って野外授業好きだよな〜。先月も妙覚寺の百観音見学に行ったし」
 順一が歩きながら話しかけてきた。
「たぶん、先生自身が教室いたくないんじゃね〜の?」
 輝夫が真っ青な空を見上げながら言った。
「だよな〜。天気がいいとオレなんか居ても立ってもいられなくなってくるもんな〜。ウズウズしてくんだよな〜」
 明人は胸の前でかきむしるような動作をしていると、前を歩いていた奈美が急に振り返ったので、明人はドギマギした。
「こんな天気のいい日は、外に出るに限るわよね、やっぱり」
 さっきから明人は、奈美の背中が気になって仕方なかった。ピンクの薄いブラウスの背中越しにブラのホックがあるかどうかをさっきからずっと確認しようと目を凝らすのだがはっきりわからなかった。以前の明人なら間違いなく能天気に「お前、ブラしてんの?」と訊けたのだが、今はそんなこと直接聞けるはずもなかった。そんなことで一喜一憂している心の中を見透かされたような気がしたのだった。
 里山の鬱蒼とした杉木立のなだらかな坂道を下ると、田んぼが両側に広がる。舗装された広域農道に沿って流れる川、これが栗山川である。否、この言い方は正しくない。正確には栗山川に沿って広域農道が作られたというのが正しい。川幅は約五メートル。決して大きな川ではない。
 生徒たちは川のほとりの草地にそれぞれ場所をとって座った。美由紀先生はその中心に立っている。
「ハイ。今日は学校の北東一キロメートルの栗山川支流に来ました。みんなが住んでるこの千葉県北東部というのは、あるものが出土することで大変有名なんだけど、分かる人は手を挙げて!」
 結構な数の生徒たちが手を挙げていることに美由紀先生は満足していた。
「じゃあ、茂雄くん!」
「ウチのカミさんが、言うことには……」
 茂雄は例によって、当時流行っていた刑事コロンボのモノマネをやり始めた。
「茂雄くん、キミを差したのは先生の失敗だったわ。コロンボはいいから。第一似てないし!」
 苦笑いしながら美由紀先生は言った。
「ちぇっ。先生、ひでえなぁ。丸木舟で〜す」
「正解! じゃあ丸木舟って何かなぁ? 恵子ちゃんわかる?」
「丸木舟は一本の木をくり抜いて作る船です。刳(くり)船(ぶね)とも呼ばれています」
 恵子はスラスラと答えた。
「そうね。丸木舟の発見例は千葉県内だけで百例を超えて、日本全体の半分を占めています。この辺りは縄文時代はラグーンと呼ばれる潟湖で沼や湖だらけだったの。ざっくり言うと、今から五千年くらい前はこの辺は海だったの。ちょうど海岸線くらいかな〜。だからこの栗山川流域からたくさん、丸木舟が出土するのね〜」
 生徒たちはみんな地元のことなので、真剣に聞いていた。普段ならふざけあって聞いていない生徒が何人かいてもおかしくなかったが、そんな生徒もいない。時折、川面で魚が跳ねるが誰も気をとられる生徒はいなかった。みんな食い入るように聞いている。美由紀先生は手ごたえを感じていた。。
「職員室の前の水槽に入って展示されてる丸木舟は、昭和三十年にこの栗山川の向こうのあのあたりの田んぼの地下1.4メートルの泥炭層から出土したものなの。それから観察池の古代蓮も昭和二十六年に検見川の落合遺跡から発掘された、今から二千年以上前の蓮の実から発芽して開花したものを譲り受けた歴史のある古代蓮なのよ。そんじゅそこらの蓮と訳がちがうんだから、みんな大切に育ててね〜」
「明ちゃん、すげ〜な! オレ等が住んでるところって!」
 興奮した順一が、明人の脇腹をつついてきた。
「お〜っ、ただの田舎じゃなかったんだな!」
 そう言いつつ、内心明人はそんなスゲー古代蓮の池にこっそりエビカニを放していたのを反省した。珍しく茂雄がなにもギャグを挟まず、頬を紅潮させて言った。
「先生、オレ今まで東京のいとこが来るたび、『こんななにもない田舎』ってバカにされてなにも言い返せなかったんだよね。今度から自慢できるね!」
「そうよ〜、茂雄くん。私たちの郷土に誇りと愛着を持つことはとっても大事な事よ」
 腕組みしながら、大きく茂雄が頷く。
「じゃあ、その丸木舟は一体、なんで出来ているでしょうか? 順一くん!」
「ん〜と、大昔だからぁ、鉄とかないはずだから、木かな」
「アタリマエだろ! 丸木舟っていうんだから木に決まってる。なんの木だよ、順一」
 すかさず茂雄にツッコまれてあたふたする順一。
「スギ? ヒノキ?」
「ブーッ。わかる人いる?」
 学級委員で、クラスで一番の座をテストでいつも奈美と争っている宮田博一が手を挙げた。ノートを広げながら答える。
「ムクノキ、カヤ、イヌガヤなどが多いです。緻密で堅い木が好まれたようですね」
「よく下調べしてきたわね。さすがね、宮田くん」 
 優等生の博一は先生の受けが抜群にいい。勉強も出来て先生受けがいいとなると必然的にクラスの女子の受けもよくなる。本人もそれを意識していた。だが明人は、そのせいで博一がみんなから期待されている『品行方正博一くん』を演じようととして窮屈そうだなと感じていた。だけど、自分から進んでそうなっているわけだから仕方ない。
「みんな、縄文時代の人々の暮らしを想像してみて。住んでいたのは地面に穴を掘っただけの竪穴住居。まだ鉄はなく磨製石器と呼ばれるっ石器の表面を磨いたものを使ってたのよ。今みたいに道路が舗装されてるわけもない。第一道路自体があったかどうか。整備もされてない。湖沼が多かったから、移動の手段は荷物もいっぱい積める丸木舟が最適だったのよ。大きいものでは七メートルくらいあるものも見つかってるの」
 明人は目をつぶって、想像してみた。当時の人々の暮しを……。丸木舟かぁ、作るのにどのくらい時間かかったんだろうか。チェーンソーも電動工具もノコギリすらない時代かぁ。丸木舟で潟湖へ出ていったんだろうなぁ。石器でつくったモリとか持って、魚を見つけて刺してとったんだろうか。そのころもう魚網ってあったのかな? 貝塚がたくさん残ってるから貝もいっぱい食べてたんだろうな。一日の終わり、狭い丸木舟いっぱいに魚や貝を詰め込んで帰ってくる男たち、それを迎える女たち。おかえりなさい。お〜っ、今日は大漁だったぞ! ん、まてよ。縄文人って日本語しゃべってたのか? そもそもどんな言葉使ってたんだろう? ま、いいか。いいマグロが獲れたぞ! まぁ素敵。今日はお刺身にしましょう。ってか、マグロが獲れるわけね〜か。細かい事は気にすんない。喜ぶ女たち。漁から帰ってきた男たちも出迎える女たちも、明人の頭の中のスクリーンでは出演者は全部クラスメートになっていた。順一や輝夫、茂雄、恵子や芳江もいた。順一が漁獲が少ないと恵子に怒られている。あんたはいつもそうなんだから。そして、いつの間にかその女たちの輪の中の中心にいるのは奈美になっていたのだった。明人はいつのまにか、うつらうつらしていた。夢を見ていた。
 パシャッ! 明人の顔に冷たい水しぶきがかかった。
「寝てたでしょ!」
 いたずらっぽい目をして、奈美がにまっと笑った。
「ね、寝てるワケね〜だろ! 瞑想してただけだわ!」
「ウソっぽ〜い!」
 そう言って笑った奈美の白い歯が眩しかった。
 そのとき、一羽のカワセミが滑空してきて川面ではねたクチボソをドンぴしゃのタイミングでキャッチして飛び去って行った。一部始終を目撃した明人と奈美は思わず、顔を見合わせた。
「見た? 今の。すごかったね。なにあの鳥」
「カワセミだな。浄水場の隅からずっと狙ったんだ。さっきから時々、クチボソ跳ねてたからタイミング計ってたんだ!」
 カワセミは、浄水場の屋根に戻って獲物を飲み込んでいた。いにしえの昔から続く生存競争。弱肉強食の掟。生きるための闘いに必死なのだ。そこにいい悪いの感情が入る余地などない。あるのは厳しい自然界の掟のみ。
「五千年前の縄文時代の人たちもこんな風景を見てたのかな……」
 明人がそうつぶやくと、奈美は少し驚いた表情をみせた。
「意外と、ロマンチストなんだね」
 ざわついていた。茂雄と順一が川べりの草むらの上で取っ組合いをしていた。
「何やってのよ! アンタたち!」
 止めに入ろうとした美由紀先生は足を滑らせた。とっさに明人はバランスを崩して川に落ちそうになった先生の手を引っ張った。寸での所で先生は川に落ちずにすんだ。明人が先生を助けていた分、茂雄と順一の取っ組合いは博一が止めていた。
 気を取り直した美由紀先生は髪をかき上げながら言った。
「全く! 授業中なのに何やってんのよ。危うく先生川に落ちそうになったわよ。それで原因は何?」
 順一と茂雄は口ごもって言わない。その様子を察して、博一がとっさに切り出した。
「喧嘩じゃないんです。アオダイショウにびっくりした順一くんが、茂雄くんにしがみついちゃっただけなんです!」
 美由紀先生はちょっと怪しんでいたが、、他ならぬ博一の言うことだから信じることにしたようだった。先生受けがいいとこういう時に得なのである。
「いっけない、もう、こんな時間!」
 腕時計を見ながら美由紀先生が、川べりに思い思いに座ったり立ったりしていた生徒たちに声をかけた。
「そろそろ、帰るわよ〜。早くしないと給食に間に合わなくなっちゃう」
 クラス一の大食漢、見た目もかなり太い和利がうれしそうに一番早く立ち上がった。
 学校に戻る道すがら、明人はふたりに取っ組合いになったきっかけを聞いた。実に些細なことだった。丸木舟についてスラスラ答えた恵子に目を細めていた順一に、茂雄が恵子のこと好きなんだろ!って言ったことがきっかけらしい。好きなわけね〜だろ、照れるなよ、好きじゃね〜よ! この押し問答から例によって茂雄のしつこさに頭にきた順一がキレたっていうのが理由。しょうもないことでケンカすんなよってことでギクシャクしてた順一と茂雄は、すんなり仲直りした。
「博一、さっきは取り繕ってくれてありがとうな。今度うちに遊びに来いよ!」
 順一が言った。「品行方正博一くん」は、ニコッと微笑んだ。こうして博一は明人たちの遊び友達になった。

クラスが騒然としていた。大事件だった。田丸先生が婚約者の高橋先生からもらった婚約指輪を観察池に投げ捨ててしまったのだ。
「……で、それからどうしたんだよ!」
 茂雄が、焦って保健委員の美佐子に詰め寄った。
「そんな怖い顔したら、美佐子が喋れなくなるべ」
 順一が茂雄をたしなめる。さっきの体育の授業中に芳江が貧血で倒れたのはみんなが知ってる。芳江が貧血で倒れるのはよくあることなのでみんなさほど驚きもせず、保健委員の美佐子と田丸先生が付き添って保健室に連れて行った。そこで騒ぎは起こった。その一部始終を目撃していた美佐子の話が聞きたくて、美佐子の席の周りにクラスのみんなが集まっているのだった。
「保健室に行ったらね、先生の婚約者の高橋先生と保険室の白川先生がすごくいい雰囲気で顔を近づけあってたの。あたしなんか最初キスしてるのかと思っちゃったくらい。それを見た田丸先生、ショックを受けちゃったみたいですぐ保健室出て行っちゃったの」
「ホントにキスしてたの?」
 好奇心いっぱいで恵子が問いただしにかかる。この手の話題は五年生といえどもやっぱり女子の大好物であるのは昔も今も変わらない。美佐子は手を前で大きく振りながら否定した。
「それが全くの誤解で、ただ目にゴミが入ったから白川先生に診てもらってただけなんだって!」
「な〜んだ。つまんね〜」
順一が言った。美佐子が続ける。
「田丸先生をすぐ追いかけて高橋先生も保健室を出て行ったんだけど、ことはそう簡単じゃないのよ!」
 茂雄があとを引き取った。
「田丸先生は納得しないって訳だ! それで観察池の前で、田丸先生と高橋先生の言い争いになった。この、浮気者〜、婚約解消よ〜! とばかりに薬指から婚約指輪を引き抜いた先生は、観察池に指輪を投げ捨てちゃった! いや〜、女の嫉妬はコワイですね〜。恐ろしいですね〜。それでは、さよなら、さよなら、さよなら」
 また茂雄がひとり芝居を始めた。最後は淀川長治のモノマネまで入れたけど、またしても誰にもウケない。クラス中がしっちゃかめっちゃかになった。みんな口々に、まずいじゃんかよ〜、先生たちどうなっちゃうの〜?とか言い出して収拾がつかない。奈美の提案で放課後に、田丸先生抜きの緊急ホームルームをやることになった。
「というわけで、田丸先生は、今まさに婚約解消の瀬戸際に立たされています!」
 さすがにそれは大げさだろうと明人は思ったが、学級委員でいちばん勉強が出来て職員室でも他の先生がたの受けもいい「品行方正宮田博一(ひろかず)くん」は、教壇の上から続けた。
「先生受けのいい僕が、いろいろ情報を仕入れてきました」
 なんでも博一の話によると、関校長先生や白川先生の説得もあり、今は田丸先生の気持ちも落ち着いて一時的な感情で指輪を投げ捨てちゃったことを反省しているらしい。誤解がとけて婚約者の高橋先生もホッとしているそうだ。
「なんとか僕たちで、田丸先生のピンチを救ってあげたい! みんなで指輪を見つけてあげたいと思います!」
 クラスのみんなから拍手が起こった。
「あの指輪とても高かったんだってよ」
「当たり前よ! 給料三ヶ月分なんだから!」
 恵子が誰に聞いてきたんだか、知ったかぶりをする。
「いいな〜。ダイヤモンドでしょう? やっぱりエンゲージリングなら断然ダイヤよね〜」
 いつも貧血で倒れる芳江がうっとりしている。おめえはダイヤより鉄分摂るのが先だろうが、と明人は思った。女子はすぐ話題がそれて困る。
「提案があります。みんなで観察池に入って先生の指輪を探しましょう」
 宮田の隣で同じく学級委員である奈美が言うといろいろな反応があった。
「え〜っ、どうやって?」
「あのな〜、観察池って小さそうに見えてけっこう広いぞ」
「水あるし、どうやって探すんだよ〜。水中メガネでもかけんのかよ〜」
「かいぼりしかね〜べな」
 目を閉じて、腕組みをしながら明人は呟いた。
「な〜に? かいぼりって?」
 へぇー、奈美でも知らないことあるんだー、はりきって説明しようと思ったら横から茂雄が口を挟んできた。
「池の水、抜くことだよな〜、明人」
 んだよ、オレが説明しようと思ったのにぃ。
水、抜くたってどうすんだよ〜、みんなでバケツリレーでもすんのかぁ、そんなの日が暮れっちまうわ……男子が口々に騒ぎ出す中、輝夫が言った。
「家に、ポンプあるど。父ちゃんに頼めば出してくれべ」
「じゃあ決まり! 今度の日曜、九時集合! みんなで田丸先生の指輪探すわよ!」
 奈美が目を輝かせて宣言した。
「え〜っ、今度の日曜は姉ちゃんたちと東京ボンバーズ観に行くんだよぉ!」
 予定が入っていた順一はあからさまに嫌な顔をした。
「都合が悪い人は無理にとはいわないわよ。有志だけでいいわ」
 それからの学級委員としての奈美の行動力にはみんな舌を巻いた。何しろその足で関校長先生と直談判して、それは素晴らしい、是非おやりなさい! という言質をとってしまった。さらに田丸先生はあとで関校長に呼ばれて、実に素晴らしいクラスだ、生徒たちにそれほどまでに慕われて先生は幸せ者ですな、と言われたのだという。
 教頭の新塚は苦々しく思っていた。新塚は、校長の関より三つ年上だった。
校長の関が、奈美に「これは理科の授業の一環でもありますから是非おやりなさい」と太鼓判を押したことに対して、異を唱えた。
「ずいぶん、お優しいんですなぁ、校長。この件はいわば、職場恋愛の末の痴話げんかではないですか。どちらかといえば、学校の恥に数えられるべきではないかと……。本来ならば処分ものですよ。それが一転、『かいぼりは、理科の授業』の大岡裁きですか。付き合わされる生徒が気の毒というものです」
「なにがおっしゃりたいんですか。教頭先生……」
 関校長は、顔の前で指を交差させたまま、まっすぐ新塚教頭の目を見ながら静かに尋ねた。
「つまりね、田丸先生が教育長の遠い親戚筋だからなのかなぁと思いましてねぇ。やっぱり校長っていうのは普段からそういう点数稼ぎをしないとなれないものですかねぇ」
「面白い事をおっしゃいますね。教頭先生。日々、教育の現場ではいろいろなことが起こります。起こってしまった出来事にいい悪いはありません。それを決めるのはあくまでも我々なんですよ。それをピンチと捉えるか、チャンスに変えられるかは裁量次第……。生徒たちの純真な心を、そんな風にしか判断できないから、アナタは校長になれないんではないですかね?」
 そう言って、関校長は、教頭の言いがかりを一蹴した。

 かくして日曜は朝から『かいぼりデー』となった。.午前九時前には、観察池の前は各種の網やスコップ等を持参した生徒たちや駆けつけた何人かの保護者たちでいっぱいになった。なかには本格的な胴付長靴に魚捕獲用たも網という猛者もいてそれは賑やかだった。この賑わいをみた当事者である田丸先生や高橋先生は恐縮の面持ちだったが、関校長は朝からテンションが高かった。関校長の『かいぼりは理科の授業の一環』というツルの一声で、順一も東京ボンバーズを諦めて来ていた。順一はそれでもまだぶちぶち言っていた。ちきしょ〜、ローラーゲーム観たかったなぁ、オレは佐々木ヨーコ命なんだよとか、ダブルホイップ生で観たかったとか言ってた。気持ちはわかるよと明人は慰めた。当時の少年たちはみんな夢中でローラーゲームを観ていた。明人はスター然とした長い髪の佐々木ヨーコよりも、目立たないけど、ここ一番でいい働きをする堀井由美子のファンだった。
 高橋先生から注意事項の説明があった。在来種と外来種はわけること。ふざけたりしないで真剣に取り組まないと怪我をしたりするから気をつけるようにというような話だったけれど、もうみんな軽い興奮状態でほとんど上の空だった。
 輝夫の父ちゃんがポンプのスイッチを入れると、観察池から吸い出された池の水がみるみる校庭にあふれた。どんどん観察池の水かさが少なくなり十五分ほどで池に植えてある古代蓮の根元が見えてきた。網をもった生徒たちが底が見えた池の中に入り、残っている水たまりに集まって跳ねている魚たちや生きものを次々と掬って、あらかじめ校庭に用意されたバケツに分類していく。
 高橋先生は在来種、田丸先生は外来種の担当だ。分類がわからないのは先生に見せるというルール。いろいろななものが棄てられているのが確認できた。あちこちでなんだこれ〜の声が上がる。時に悲鳴だったり、嬌声だったり、普段の日曜の朝ならば閑散としている小学校の校庭は、活気があふれる朝となった。
 古代蓮の根元周辺にはアメリカザリガニがうじゃうじゃいた。誰かが叫んだ。
「あ〜っ、このエビカニ甲羅が柔らかいよ〜。気持ちわり〜!」
「ホントだァ。ぷよぷよしてるぅ。なにこれぇ、友納くん、教えて〜」
「こっちのエビカニはお腹にいっぱい紫色のつぶつぶがついてるよ〜。これなに? 卵?」
 エビカニに詳しい明人は大忙しだ。
「甲羅がぷよぷよなのは脱皮直後だから。もう何日かすると甲羅は硬くなってくるよ。おお腹のつぶつぶはメスが卵抱いてるんだよ。ちなみにつぶつぶがオレンジ色になるとその卵はもう死んでるから」
 小一時間もすると複数用意されたそれぞれのバケツはいっぱいになった。在来種のバケツにはギンブナやクチボソ、メダカやドジョウなどがいた。かたや外来種では何と言っても、明人もこっそり放していたアメリカザリガニがダントツでバケツ一杯とれた。他にはウシガエル、ミドリガメなど。ミドリガメなどは明らかにペットとして飼育していて飼いきれなくなって観察池に誰かが棄てたものだろう。可哀そうだが、外来種は処分せざるを得ない。それが本来のかいぼりのやり方なのだ。
 それにしても、それ以上に驚かされたのが、出るわ出るわ、がらくたの山だった。小さな観察池の中にこれほどいろいろ捨てられていたのかというのが率直な感想だった。ざっと列挙してみよう。体操服、傘、タンバリン、縦笛、弁当箱、どんぶり、茶碗の食器からのこぎり、バット、何故かトロフィー、いちばんのケッサクだったのは、くしゃくしゃに丸めて捨ててあった古い通知表。名前はもう読めないが、誰かが成績が悪くて親に見せたくなくて棄てたものに違いなかった。
 いろんなものが棄ててあったが、肝心の田丸先生の婚約指輪は出てこない。順一は捕獲網で泥を掬って網の中に入った泥を校庭にはたいている。時折まだ捕獲し損ねたザリガニやなまずなんかが出てきたが、指輪は出てこない。明人をはじめとした何人かの生徒は泥まみれになって観察池の古代蓮の根元あたりをしらみつぶしに調べていた。
 次第にみんなの顔に落胆の色が浮かびだした。校庭の片隅に積み上げたがらくたの山を丹念に恵子たち女子は探していた。心なしか田丸先生は元気がない。それでも、もとはと言えば自分が悪いんだからと諦めてたのか、さばさばした声でみんなに呼びかけた。
「みんな、今日はありがとうね。これだけ探しても出てこないんだから諦めよう。でも初めてかいぼりやって、本当に良かったと思う。みんなは今日、身をもって生態系ってことを考えることが出来たんじゃないかな。外来種をむやみに池にすてたりすると生態系を壊すってことを学べたのはとっても有意義だったと先生は思うわ」
 奈美が額の汗を手の甲で拭きながら言った。
「先生、諦めたらそこで終わりです。もうちょっと探しましょう!」
「そうだよ、先生。見つからなかったらオレ、東京ボンバーズ観に行かなかった意味がなくなっちゃう!」
 順一は最後までそこにこだわっていた。
「でもね、みんな。指輪がないからって先生たち、結婚できなくなったわけじゃないから……」
 そのとき、明人は泥まみれになって古代蓮の根元をほじくっていたが、束になって固まってる古代蓮の根の奥に赤爪が一尾潜んでいるのを見つけた。そしてその赤爪の先が陽の光でキラッと光ったのを見逃さなかった。
「あったどーっ」
 思わず、明人は叫んでいた。明人が掲げた赤爪のハサミの先にダイヤの指輪が眩しく輝いていた。日曜午前の小学校の校庭に歓声が響いた。


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