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作品名:type X 作者:鷺町一平

第6回   第六章
第六章



 橘法律事務所は閑静な住宅街のど真ん中にあった。初めて来訪する人はたいてい迷う。テナントビルの三階を間借りしている。一階は花屋が入っている。その隣は流行っていた雑貨屋だったが、三年前にオーナーが変わってからは客足がだいぶ減った。それからは店は開けたり開けなかったりで、営業日は不規則だ。ここ数週間はずっとシャッターは閉まったままだ。その三階の事務所で弁護士、橘修作は昼食のカップ麺をすすりながら、ワイドショーを見ていた。
 そのワイドショー、「ホットダイナミックヌーンショー」では、話題の事件であるラブドール心中を特集していた。渦中の人物、原夫妻が住んでいるというタワーマンションが画面に大写しになった。リポーターがそのマンション前から中継している。雅人さんは都内のIT企業勤務、しかしながらこのマンションは二十代の夫婦がおいそれと購入できる金額ではありません…。その資金はどうやら奥さんである千草さんのご両親から出ている模様であります……。橘修作は辟易していた。そんなことどうでもいいじゃないか! いまどきのワイドショーってここまでやるのかと鼻白んでいた。
 数日前に、橘修作は、この原千草に会っていた。金属加工の会社の経営者である千草の父親光一とは経営セミナーを通して旧知の仲であった。その光一から娘が今度の事件で、被害者の会を立ち上げたいから手伝ってやってくれないかと頼まれたのである。民事裁判で離婚訴訟などを主に扱っていたが、事務所を開いてから三年。ジリ貧気味であった橘は、このあたりで新しいことに手を染めるのも悪くないと思った。なにより世間を騒がせているこの事件にも多少の興味があった。
 千草に初めて会う前は少し、緊張した。この事務所で会う約束になっていた。事件の当事者としてもっと落胆しているかと思っていた。どういう応対をすべきか考えていた。落ち込んでいるようならば、励ましの言葉もかけてやらねばならないと橘は考えていた。いくつかのフレーズも用意していた。しかしそんな必要は全くなかった。時間通りに現れた千草は落ち込んでる様子もなく、むしろ吹っ切れていた。微笑みすら浮かべていた。被害者の会を作りたいときっぱりと宣言した。奇麗な人だと思った。手伝うことを約束して握手を交わした。柔らかい手のひらの感触が伝わってきた。ホームページを立ち上げて、何人かの同じようにtypeXの被害を受けて恋人や夫を失った女性たちと連絡を取り続けているという。その女性たちともすでに合意は出来ているのだという。
 具体的な話をいくつかした。「被害者の会」の設立目的を明確にすること、代表、副代表、幹事などの役員を決めること、活動内容をはっきりさせる事など。彼女はうなずきながら聞いていたが、活動内容については明確なビジョンを持っていた。それは、typeXの規制だった。女性にとって、男性を“おとなのおもちゃ”に奪われること程、屈辱的なことはないだろうというのは容易に橘にとっても想像できた。本当なら逃げたしたいくらいに、身の置き所がないくらいに悔しく恥ずかしいことであるはずなのに、彼女は堂々としていた。腹が据わっていた。実のところ、橘は感動してしまったのであった。



 東都テレビ会議室では激論が交わされていた。先日の原夫妻のタワーマンションの放送については賛否が分かれていた。事件となにも関係ない、ただの露悪趣味じゃないかという意見と事件の背景を知るには細かい事実を積み重ねていくべきで視聴者の興味をそそることを、言い換えれば視聴者の知りたいという欲求に徹底的に応えていくべきだという意見だ。
「そうはいうけどね〜、数字をみてみなよ! ぶっちぎってるでしょう。他局を!」
 ディレクターの犬養はそういうと顎髭を撫でつけた。縁起をかついでか、数字がとれるように顎髭を伸ばすことにしたようだ。
「明らかにやりすぎだわ。原夫妻のタワーマンションの購入資金がどこから出たかなんて、大部分の視聴者には関係ないことでしょう? 他人のプライバシーにメディアがそこまで立ち入っていいものかしら?」
 そう主張しているのは、番組のメインキャスターを務める紅東洋子だった。
 アシスタントディレクターの村井がネットの声をいくつか読上げた。
《親の金でこんなところに住んでやがるのかよ!》《許せんな! 原千草》《ガキのくせに生意気》……、巨大掲示板の鬼女版で炎上しかかってます! 村井はまるで他人事のように言った。ちなみに鬼女板というのはこの掲示板用語で、正しくは既婚女性板という。既婚女性すなわち既女、それが通称「鬼女」になるわけなのだ。
「明らかに主婦層は、原千草に対して敵愾心を燃やしています。燃料がもっと欲しいところですね」
 洋子は聞こえないくらい小さく舌打ちをした。この坊やは、いつでも犬養の顔色ばかり窺っている。そのニキビ跡の残る顔面にパンチをお見舞いしたい心境だった。
「放送局が、それを煽っちゃだめなんじゃないですか? 放送法にも明記されてるでしょう? 公正中立でなくちゃならないはずです。なにより倫理を守らなくちゃメディアは堕落する一方よ。そうじゃないですか。中臣プロデューサー?」
 そう、洋子が主張すると、ニヤニヤして伸ばし始めた顎髭をさすりながら、犬養は言った。
「放送法第四条に書かれてるのは、あくまで政治的に公平であることってだけさ。この件は政治には関係ない。それに事実を曲げてるわけでもない。事件に付随する詳細なデータを視聴者に提供しているに過ぎない。あとは視聴者がどう判断するかだよ、洋子ちゃん」
 そううそぶくと勝ち誇ったように犬養は口角をあげた。垣間見えた歯はたばこのヤニで黄色かった。洋子はこんな男とは絶対キスしたくないと思った。
 それまでずっと口を挟まず、聞いていたプロデューサーの中臣が、ようやく重い口を開いた。
「まず、犬養の言うように数字は上がってるんだよね〜。やっぱりこの世界は視聴率がものをいう。それにさ、洋子ちゃん。今更終わった放送のことごちゃごちゃ言ってもさ〜。しょうがない」
「だから、これからの方針について、どういう方向性で行くかを真剣に議論してるんじゃないですか! マスメディアとしての、報道する側の矜持(きょうじ)の問題を言ってるんです!」
 洋子は必死に食い下がった。
「洋子ちゃん、報道からウチの番組に来てから何年たったんだっけか? いまだに報道に居たころの夢を追いたいのはわかるけど、うちはあくまで報道の衣を着たバラエティ番組なんだから、主婦層が原千草に反感もったって、それで数字がとれるなら万々歳。もっと肩の力抜いて、気楽にいこうよ!」
 努めて明るくそういうと、中臣はポンと紅東洋子の肩を叩いた。洋子は、気安く触んな! セクハラオヤジが! 今度やったらオメエがズラだってことばらしてやっからな! と心の中で呪詛(じゅそ)の言葉を吐いた。
 会議室の空気が微妙に淀んでいる中、新たなニュースが飛び込んできた。原千草が被害者の会を立ち上げて、記者会見をするというのだ。スタッフがマスコミ各社に送られてきた原千草からのファクスをもって会議室に駆け込んできたのだった。それを見た犬養以下は色めき立った。息せききって部屋を飛び出していった。

 三
 
 記者会見場のホテルは取材に詰めかけたマスコミ、テレビなどで人いきれがするほどむんむんしていた。冷房は十分すぎるほど効いていたが、それ以上の熱気に包まれていた。
 ひな壇の上には三人の男女が座っていた。ひとりはもちろん原千草だったが、もうひとりの女性と男性は初めて見る顔だった。彼が、手元に回っている書類に記載されてる橘弁護士だろうと洋子は思った。「ホットダイナミックヌーンショー」の東都テレビをはじめとするテレビ局数社が来ていた。会見時間は午後六時半。当然、ホットダイナミックヌーンショーは間に合わない。各局共に、夕方のニュース枠で生中継する体制をとっていた。
 紅東洋子も、毎日その動向を注視している原千草の会見ということでもちろん現場に来ていた。一体彼女は何を言うのだろうか? 洋子はこの時点で自分が十分千草にシンパシーを感じつつあることを理解していた。
 定刻になった。橘が冒頭のあいさつをして会見は始まった。《TypeX被害者の会》が発足した旨を発表した。続いて役員の名が次々と発表されていく。代表はもちろん原千草、副代表金沢ユキ、千草の右隣に座っているショートヘアの三十代の女性がそうであるらしかった。そして数人の幹事、会計監査、顧問弁護士、橘修作と自らを紹介した。
「それではまず、代表である原千草のほうからひと言ご挨拶を申し上げます」
 ひな壇に置かれた無数のマイクを前に、千草が口を開いた。
「皆様、この度、私、原千草は多方面からのご支援、賛同を得て《typeX被害者の会》を立ち上げたことをご報告させていただきます。私の夫である原雅人は、桜の花も散りきらない本年四月、茨城県北茨城市五浦海岸近くの駐車場で焼死体となって発見されました。一緒に燃えていたのはtypeXと呼ばれている愛玩人形でした。世間的には心中事件として通っています。警察からは自殺であると言われ、事件性はないと判断されました。
 私の夫の死を契機としてそれ以降も、妻や恋人を残してtypeXというラブドールと共に命を落とす男性が後を絶ちません。typeXという人間ですらない玩具のラブドールに最愛の夫を奪われ、私は一生立ち直れないほどの痛手を受けました。人前に出ることすら出来ないほどの屈辱感の中、マスコミの容赦ない暴力により偏見と好奇の目にさらされ、夫を失った悲しみを癒す間もなくプライバシーを暴かれ侵害されて、あることないこと公表されて、毎日が針のムシロに座らされているような心境です。私のように夫を理不尽に失い未亡人になるような女性をこれ以上増やしたくないのです。私のように苦しむ女性をこれ以上みたくないのです。また不幸にして夫や恋人を失った女性がいるならば手を携えあって、支えていきたいと思います。精神的にも物質的にも。
 そして、私たちはtypeXのようなラブドールはもう作ってほしくありません。販売停止を強くメーカー側に求めていきたいと思います。日本では出生率の低下が叫ばれて久しいです。そんな中、世の男性すべてとは言いませんが、一部に私たち女性をないがしろにして外見のみのラブドールたちに心奪われ、夢中になっている男性たちがいるのは滑稽です。こんなことではますます少子化が進み出生率の低下に拍車をかけるだけの実に愚かな行為です。
 男性諸氏の皆さん、あなた方の帰るべきところは、typeXではありません! あなた達のふるさとは私たち女性なのです!」
 そういうと、千草は小さく礼をした。
 橘弁護士がマイクを引き取った。
「私たちは現在、被害にあわれた女性たちからの総意として集団訴訟を準備中です。むろん、typeXの製造元であるオリガント・インダストリー社に向けてのことになります。それでは質疑応答に移りたいと思います。ご質問のある方は挙手をどうぞ」
 早速、手が上がった。
「共用通信の永井です。集団訴訟について検討中とのことですが、訴訟内容についてもう少し詳しくお願いします」
 橘が答える。
「具体的には、販売差し止め訴訟ということになると思います。ええ、民事訴訟です」
 次の質問の手が上がった。
「朝毎新聞の秋川です。単刀直入に伺います。《被害者の会》といいますが、少なくともこれは誰かが犯罪被害を被ったわけではありませんよね? 何に対する被害なのかがいまひとつはっきりしないんですが。typeXの販売規制をかけたいとのことですが、場合によっては逆に営業妨害に当たることはないのでしょうか? その辺については?」
 千草が答える。
「ひとことで言えば“女性に対する冒とく”です。私たちは、現代社会において限りなく《性》が商品化されていくことに憤りを覚えます。それはつまり生身の女性にアタックすることを最初から諦め、より手軽な性を提供してくれるラブドールtypeXで済まそうとする、あえていうならば、ひ弱な男性を多く生み出すことに繋がっていると思うのです。女性と交際するということは確かに億劫で面倒くさいことかもしれません。でも元々、人と人とのコミュニケーションとはそういうものなのです。それを億劫だとか煩わしいとかで避けてしまっては、人間的な成長もありません。
 私たちは決して男性を拒否しません。私たち女性の元から逃げ出して、安易にtypeXに安住の地や愛の理想を求めるのは間違っているのです。私たちはtypeXにないがしろにされることを是としません。世の中にこのような多様性は必要ないのです。確かに様々な愛の形はあるのかもしれません。ですが、それをtypeXの中に見つけるのは明白な間違いなのです。これは一企業の利益云々の問題ではなく人間としての未来、これから進むべき道の岐路の問題なのです!」
 紅東洋子は、キャスターとしての立場も忘れ、感動していた。それほど千草の言葉は洋子の心に刺さった。この千草という女性は、一見たおやかな風情で、プレッシャーに弱そうに見えるが、この人は柳だ。どんなに強い風が吹こうとその枝は風に流されこそすれ、柳は折れることがない柔軟でいて強力な弾性を見せつける。この芯の強さを見習わなければならない。この芯の強さが今、自分にも求められているのではないだろうか。メインキャスターの地位なんかに固執したりしない。いつ辞めたっていい。これからは辞表を胸に仕事をしよう。私らしく生きよう、そう心に誓った。紅東洋子としての矜持を胸に。



 千草の被害者の会設立会見は、各方面で賛否両論を巻き起こした。前年に雑誌に論文を発表してその中で「生産性」という言葉を使ったために猛烈なバッシングを浴びた友愛党の杉本理央議員が賛同したことでさらに話題になった。その他に、おバカキャラで茶の間の人気者になったハーフの女性タレント、映画賞を総なめにしてきたベテラン女優、ミリオンセラーを持つ複数の歌手たち、以前クイズ番組によく出ていた保守派の外国人弁護士などがこぞって被害者の会に名前を連ねた。
 すさまじいほどの反発をみせたのは、ラブドールとの結婚を認めろという運動を支援しているLGBT系のグループや切実にtypeXを必要としている障害者の団体などである。ここにきてハッキリとtypeX規制派 VS typeX擁護派の様相を呈してきたのだった。
 須藤琢磨首相も、最近のtypeX心中多発には無関心ではいられなかった。須藤内閣の最重要課題の一つに、少子化問題への取組みがあった。政府としてなにか手を打たねばならないと考えていた。しかし有効な手立てはなかなか打てなかった。相変わらず出生率は低いままだったし、厚生労働省が去年発表した人口動態統計は九十四万人余りで過去最低を記録し、ここ数年ずっと百万人を割り続けている。これ以上の出生数の低下はなんとしても避けたいところだ。そんな中、出生数の低下につながる要因は出来るだけ取り除いておきたいと、須藤総理が考えたのは当然であった。かくして政府と被害者の会の考えは一致した。まさに渡りに船であったのだ。ここに両者の利害は重なったのである。
 千草は衆議院の「少子化に関する特別委員会」に参考人招致されて、被害の実態を証言した。この少子化に関する特別委員会の所管事項は、一、少子化による人口減少に関する対策樹立及び国勢調査というものである。簡単にいうとtypeX等の成人男子における認知度及び普及率を調査して対策を講ずるというものだ。
 これらの動きに最も神経を尖らせていたのは多岐川であった。規制を求められる当事者であるオリガント・インダストリー社の営業部長という立場上当然であった。赤坂の高級料亭の和室で、多岐川はある人物を待っていた。
「お連れ様がお見えになりました」
 襖の向こうで女将の声がして襖が開いた。
「遅れてすまんね。予算委員会が長引いちゃって……」
 右手を振りながら、そう言って恰幅のいい体をスーツに包んだ男が入ってきた。笑顔を浮かべていたがそのてかてかした額には早くも汗が浮かんでいた。今年の猛暑は夜になっても気温が下がらないのでスーツはなかなかに厳しいものがあった。かといって赤坂の料亭に来るにはいかにもクールビズのアロハシャツは似合わなかった。男は十一回連続当選を誇り重要閣僚を歴任した友愛党の大物政治家、和久徳一郎だった。
「いやいや、お忙しいところ、わざわざ時間を割いていただいて申し訳ありません。先生、いつぞやは次世代AIプラットフォームにわが社をご推薦下さりありがとうございました。まずは一献……」
 多岐川からの盃を一気に飲み干すと、さきほどまでの笑顔が消えて神妙な顔つきになると和久は、自分から切り出した。
「それにしても、ちょっと困った流れになってきたね」
「はぁ、まさか被害者の会を結成してtypeXの販売規制を求めてくるとは思いもしませんでした」
 忌々し気に多岐川はつぶやいた。
「政府もそれに乗っかったからなぁ……。須藤め〜!」
 不快そうに和久は唇をゆがめた。須藤総理と和久は友愛党次期総裁選を争うライバルである。和久は三選を狙う須藤を阻止すべく目下、党内の推薦人二十人を確保している段階だ。多岐川の知る限り、この推薦人の確保は何の問題もない。下馬評では須藤の圧倒的有利が伝えられている。基本的に須藤と和久では総裁選になったときの公約にそれほど大きな差があるわけではない。だからこそこのtypeX規制阻止を目玉にしたいと和久が考えているのは明白であった。そして反対派を引き入れなおかつLGBT運動家も含めた一大ムーブメントとして多様性を認めることを主題にして総裁選への票固めをしたいと考えていることは手に取るようにわかった。千草の被害者の会が須藤内閣と結託するならば、こっちは和久と組んでtypeX規制をぶっ潰すまでのことだ。今日はそのための和久との密談なのだ。手はいくらでもある。
 こういう時の為に、今まで和久の無理難題にも応えてきてやったのだ。和久にはtypeXのスペシャルバージョンを無償提供しているのだった。尤もそのスペシャルバージョンが盗難にあったことでこの現状を招いているのではあったのだが……。
「つきましては先生、ご相談なのですが……」
多岐川と和久は額を突き合わせるようにしてにんまりと笑いあった。



 当初こそ賛同するものも多く、特別委員会も中継され、ネット上でも盛り上がっていた《typeX被害者の会》だったが、日が経つにつれニュースソースも少なく、テレビでも取り上げる局は少なくなっていった。大企業であるオリガント・インダストリーと和久の結託によって、その資本力と影響力でメディアにこの報道を抑えさせたのである。同時にネガティブキャンペーンにも力を入れていた。いろんな対談や鼎談、討論番組で、性の多様性を認めるべきという主張がむやみに展開、強調されていった。さもないと日本は国際化のバスに乗り遅れる、世界から置いていかれるという意見が幅を利かせた。
 極めつけは、千草のスキャンダル報道だった。橘弁護士を巡る三角関係! というような記事が週刊誌の紙面を賑わした。ここへきて完全に《typeX被害者の会》は逆風にさらされた。

「こんなの根も葉もないわ。よくこんな嘘がかけたもんだわ!」
読んでいた女性週刊誌を千草は放り投げた。
「やられましたね。これは陰謀です。おそらくオリガント側が仕掛けているのでしょう。向こうは資本力がありますからね。情報戦を仕掛けられたら一たまりもないです」
「でも本当のことなら仕方ないけど、全くのねつ造記事を書かれてるんだからなんとかならないの? 橘さん!」
 金沢ユキが食い下がる。当然だった。自分のことも書かれているのだ。
「もちろん名誉棄損で訴えますけど、それはたぶんほんの数行の記事にしかならない。仮に勝訴しても同じです。向こうはインパクトだけ狙ってきてるので、書いたもの勝ち、言ったもの勝ちなのです」
「そんなの不公平だわ!」
 ユキがショートヘアの髪をかきむしった。
「そうなんです。常に正しきものが勝つとは限らない、それが今の現代社会の情報戦の怖さです」
「要は声の大きいものが勝ってしまうの? 嘘も百回言えば真実になってしまうの? そんなのありえないわ」
 千草が吐き捨てるように言った。悔しさが滲んでいた。
 夏がやってきていた。今年の夏は酷暑だった。三十五度以上の猛暑日がすでに二十日以上続いていた。各地で水不足が深刻だった。ニュースでは連日、ダムの貯水率が危機的状況だと伝えていた。このままでは給水制限になるとテレビや新聞は煽っていた。そんな中、友愛党の総裁選が近づいてきていた。


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