「陸」
はにかみながら、そう呼ばれるのが好きだ。
窓にカーテンがはためく午後5時。放課後の教室でだらだらとしゃべっていた私たちは、ふいにドアに目を向けた。綺麗な茶色の巻き毛をした男の子が手を振る。 夕日が差し込む教室で、私たちの影が長く伸びる。綺麗な目、と一瞬思う。
「陸。由紀はまだ来てない?」
憧憬と思慕をこの人に抱いた事があった。3つ年上のお兄ちゃんを、何も混じらない無垢な思いで見上げていたあの頃。 いつのまにか何人かの彼女が出来た後に、この人は県外の大学を決めてしまった。
「来てないよ。部活だと思うよ。」 「そう、ありがと。俺、行ってくるわ。」
いつも傍らにたたずむ由紀さんはとても素敵な人だ。
「陸。」 いつまで・・・その声で、名前を呼んでくれるのかと思う。私の気持ちに気づく事なんてきっと一生ないと思う。でも、いつも呼ばれるたびに、嬉しさと、少しの淡い期待と、・・・そうして悲しさを持って、私の心臓は飛び跳ねて、そして、通り過ぎてしまった後に泣きたくなるのだ。 気付くことなんて一生ない、でも、もし・・・その隣で、その手を握って笑うのが私であったなら、どんなに幸せな事だろう。そして、・・・どんなに嬉しい事だろう。
「陸。」
名前を、呼ばれる。 たわいもない、ただそれだけの事を、大事に記憶しておこうと思う私は、きっととても重くて、そして趣味の悪い女なのである。
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