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作品名:朝舞探偵事務所〜妖魔のおもてなし〜 作者:空と青とリボン

第8回   8
なんということでしょう。依頼人から運の良さを延々自慢されたあげく本題に入ったら10分で去られてしまった朝舞事務所の探偵たち。
「あれはなんだったんだろう、夢幻?」
俺がぼそっと呟けば茜さんたちもどっと疲れが出たらしく自分の机に戻って肩を叩いている。
「それにしてもあんなに運のいい人がいるもんなんですね。そりゃあ、やたらくじ運が良い人はたまにいるけどあの人はそれどころではないですよね?」
「そうね、私もあんなに運が良い人には初めて会ったわ。」
「世の中不公平ですよ。僕なんか今日一日だけで100円拾ったとぬか喜びしていたら1000円落としていて、それだけでなくい・・・。」
言いかけて焦った。思わず犬のフンと言いそうになった。危うく口を滑らせるところだった、危ない危ない。危機一髪を逃れて額の汗を拭ったその時。
「犬のフンを踏んでしまったりね。」
茜さんだった。俺は驚愕する。
「なぜそのことを知っているんですか!?」
慌てて聞き返した俺に集まる淳さんと伯父の視線。しまったーーーー!!
「太郎、お前確か今日はプレミアがついているスニーカーを履いてきたと自慢していたよな。」
「うっ。」
俺のおでこに見るも鮮やかな青い縦線が入る。
「まぁ、そういうことはあるさ。僕にだってそういうことあったよ。」
淳さんが俺を励まそうとしてくれている。
「た、例えば!?」
完璧イケメン淳さんにもそういうことがあるなら俺にも希望が持てる。どんなドジ話が聞けるのだろうと目を輝かせる俺。しかし期待に胸が痛んだのか、淳さんの目が突然泳いだ。
「淳さん?」
淳さんの目が泳ぐ泳ぐ。太平洋を全速力でクロールしている。今必死にドジ話を思い出しているんだな。いや、絶賛製作中か。
「淳さん、もういいです。」
「ごめん。」
「それにしても茜さん、見ていたんですね。」
俺は開き直って聞いた。もちろん恨みがましい視線を添えるのは忘れない。
「偶然見てしまったのよ。わざわざ見ていたわけではないわ。」
「でもわざと話しましたよね?」
「そんなことはないわよ。口が滑ったの。ごめんね。」
うん、茜さん、実に楽しそうに謝っている。明らかに茜さんは俺を弄って楽しんでいる。俺は虚しい反論は諦めた。
「しかしあんなに運が良いことばかりの人生を歩んでいる人がこの世にいるんですね。僕なんかとは大違いだ。」
俺は自分の運のなさを嘆いた。すると茜さんは。
「そうかしら。」
「え?」
「福多さんが自分の身の上に起こっている不幸に気が付かないだけかもしれないわよ。」
「どういうことですか?」
俺を納得させてくれる話?
「例え悪いことが起こったとしても本人がそれを悪いことだと思わなければそれは悪いことではないのよ。福多さんにしたって仕事先が栄転して東京に行ってしまった時は寂しかったでしょう?それを寂しいことだって嘆かずに栄転は素晴らしいことだと思った瞬間それは福多さんにとって悪いことではなくなる。要は自分の気持ち次第なのよ。」
「茜ちゃんの言う通り。超前向きな考えの持ち主ということだよ。」
「そういうこと。だから太郎ちゃんも1000円落としてしまったと思えば落ち込むけど1000円落としたけど100円拾ったおかげで900円の損で済んだと思えばいいのよ。」
「そんなものですかね。」
「そんなものよ。運が良いと悪いの違いって。」
なんか上手く丸め込まれているような気がするが確かに自分の心がけ次第というのは分かる。犬のフンを踏んでしまったことだって考え方を変えればウンを踏んだ、つまり運を踏んだということになるかも。じゃあそのうち良いことがあるのか?それだったら嬉しいけど。まぁ期待して待っていよう。
「でもどのみち夜鶫の鏡は手に入れなければ駄目ね。他の依頼者が欲しがっていることだし。」
茜さんが言った。そういえば福多さんが夜鶫の鏡の存在を知ったのは茜さんたちの話を盗み聞きしたからだった。茜さんたちは鏡を手に入れて欲しいと依頼されていたんだな。
「それにしてもその依頼者は夜鶫の鏡を手に入れてどうするんでしょうね。自分の未来がどうなるか分かったとしても一年後には死んでしまうんですよね?何のために未来を見るんですか?鏡を覗いても一年後には死んでいる自分の姿を見てしまうだけなんじゃないですか?そんなの死ぬために未来を見るようなもんですよ。」
俺にはどうしても理解出来なかった。だって一年後には死んでしまうなら一年先までの未来を見ただけに過ぎないではないか。そんなの割に合わないにもほどがある。すると茜さんと淳さんは視線を合わせなにかを確認し合っている。その瞳に悲しげなものが揺れているのを俺は見逃さなかった。
「太郎ちゃんにも話しておいて方がいいわね。私たちと一緒に鏡を取りに行くんだし。」
「そうですよ、一緒に鏡を・・・って、えっ一緒に!?僕、相変わらずの凡人なんで魔鏡を取りに行くなんて無理ですよ。」
一人焦る俺に淳さんはにこやかな笑顔を向けてきてきた。
「今回の依頼は茜ちゃんと僕と太郎君の三人で遂行することに決めたんだ。よろしくな。」
「そ、そんなっ!魔鏡といえど鏡を取ってくるだけですよね?茜さんと淳さんだけで十分じゃないですか?わざわざ僕が行かなくても!」
「魔鏡を取ってくるのは無理だと言ったり鏡を取ってくるだけだと言ったり忙しいわね。まさか夜鶫の鏡がどこかの民家の押し入れに眠っていてそれを取ってくるだけだと思っているの?」
「違うんですか?」
俺は恐る恐る尋ねた。
「違うに決まっているじゃないの。夜鶫の鏡は魔鏡よ。何百年、何千年前からこの世に存在しているの。そしてその鏡を守り続けている者がいるのよ。その者から鏡を拝借してこなければならないから面倒なのよ。」
嫌な予感がしてきた。
「・・・つかぬことお伺いしますが鏡を守り続けている者ってもしかして妖怪かなにかですか。」
「もしかしなくても妖怪よ。というか妖魔。」
「どっちでも同じです!!」
俺は果てしなく落胆した。またこのパターンだ。俺にはなんの力もないのに茜さんや淳さんの助手にやたら狩り出される。この際不倫調査でもいい、ぬる〜く人間相手の仕事がしたい。ここのところの俺の法則は崩れ、妖怪・ペット探し・ペット探し・妖怪・幽霊・妖怪になって困っている。
「太郎、お前の為だぞ。お前に早く一人前になって欲しいからだ。ありがたく思え。」
伯父はそう言うけど俺はすでに涙目だ。


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