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作品名:朝舞探偵事務所〜妖魔のおもてなし〜 作者:空と青とリボン

第7回   7
「10年前に高校の同窓会がありましてそれに出席した時のことなんですが。」
お?もしかして美しかった初恋の相手が想像を絶するような変貌を遂げていたとか?
「その時に次回の同窓会の幹事を誰にするかを決めようということになりましてくじ引きをしたんです。」
「そのくじ引きで当たってしまったんですね。」
茜さんは先回りして答えたがこれはその場にいる全員が予想出来た。福多さんだったらそりゃあ当たるやろ。
「そうなんです。そのおかげで次回の幹事をやらされるはめになってしまいまして。」
ちょっと待て。次回の幹事をやることが運の悪さなのか。いや、でも確かに幹事は大変だ。出席の有無確認、会場、料理の取り決め、司会運行、会計の際の集金。特に司会運行が曲者だ。ここで盛り上げられなかったら使えない幹事というレッテルが貼られる。
「それで今度は自分が幹事となった同窓会が二年前に行われたのですが・・・。」
ここで福多さんが声を詰まらせた。なにか言いにくそうだ。
あ・・・そうか・・・失敗してしまったのか、お気の毒な話だ。もしかしてビンゴゲームで景品を一人でかっさらってしまったとかかな?でも幹事は普通ビンゴゲームには参加しないよな?頼んでいた料理がしょぼすぎて皆からブーイングがきたとか、友人同士懐かしくなってつい昔の暴露話をしてしまい「実は昔あの人と私、内緒で付き合っていたの。」「え、私もあの人と付き合っていたのよ!?」で修羅場になって皿が飛び交い、血吹雪が舞う乱闘騒ぎになったとか。まぁそんなところだろう。福多さんが黙りこくっている内に俺の頭の中では同窓会殺人未遂事件が起こり密かに解決していた。
「それはさんざんな同窓会でしたね、お気の毒に。でも人生にはそんなこともありますよ。」
福多さんを慰める俺ってかっこいいな。だが福多さんはこの人何を言っているんだという目で見てくる。
「同窓会は盛り上がったまま無事に終わりました。」
「え?」
想像と正反対の言葉が今聞こえてきた気がするのだが気のせいだろうか。そうだ気のせいだな。
「それで僕の幹事ぶりを見ていた居酒屋の店長にスカウトされまして。」
「ええ?」
なんか俺は夢でも見ているのかな?
「うちの店で働かないかと誘われました。別に働かなくてもお金には不自由していなかったので断っても良かったんですが、なにしろその時の僕は時間を持て余していてどうにも暇で、それで店長の誘いを受けてそこで働くことにしたんです。」
「ではそろそろ仕事先に向かった方がいいですね。早く行かないと遅刻してしまいますよ?みなさん、福多さんはお帰りのようです。」
俺は死んだ魚の目で福多さんのお帰りを促した。
「太郎ちゃん・・・。」
茜さんが憐みの表情で俺を見る。そんな目で俺を見ないでくれーーー。
「でも今はその仕事場はなくなってしまいました。」
突然告げられた福多さんの言葉に一同唖然とした。いやこの不景気な世の中、突然自分の仕事場がなくなってしまうということはありえるが福多さんの運の良さをさんざん聞かされたあとではその勤め先が潰れるという発想は思いつかなかった。
そうか、それが福多さんにとっての運の悪いことだったんだな。確かに気の置けない仲間がいて、やりがいもあった最高の仕事場がなくなってしまうのは辛いことだろう。俺だってこの朝舞探偵事務所が突然なくなってしまったら・・・考えるだけで怖くなった。
「なんと声をかけたらいいか分かりませんけどこのご時世ですし、また新しい職場を探したらどうですか。福多さんならすぐに見つかりますよ。」
「このご時世とは?」
「不景気で勤め先が潰れてしまったんですよね?」
「誰が潰れてしまったと言いました?僕はなくなってしまったとかしか言いませんでしたけど。」
「え?でもなくなるってそういうことじゃ・・・。」
この流れって。言っているそばから俺は再びのデジャヴーを感じた。
「勤め先は移転しました。ちなみに栄転というやつです。それまでは手狭なビルの一階で細々と経営していたんですけど僕が発案した『鶴富スペシャル』が大好評、鶏肉で牛肉を包んで揚げた肉巻肉が売れに売れて大ヒットしました。おかげで連日客がひっきりなしに訪れて店は大盛況。狭い店ではお客が入りきれなくて店を広げようということになりまして、それならいっそ東京に店を構えて一か八かやってみようということで移転しました。」
「・・・・。」
俺の同情と想像を返してくれないかな。なんだかすごい落ち込んできた。第一、肉巻肉って胸やけしないか?
「店長や仲間は一緒に東京に行かないかと泣いて誘ってくれましたが、僕も皆と働いてとても楽しかったので一緒に行きたい気持ちはやまやまだったのですが、東京となると・・・。僕はこの地元をこよなく愛しているんでなくなく諦めました。」
今の俺を襲う果てしない敗北感。落ち込み過ぎて地下に潜りそうな勢いだ。地底人と一緒にコサックダンスでも踊ってこようかな・・・あははははは。
突然薄ら笑いを始めた俺のことが心配になった淳さんが優しく俺の肩を叩いてくれた。
「ドンマイ。」
その優しさがかえって俺をみじめにさせる。しかしまさかこの後にこんな俺にとどめをさす一言が放たれるとは。
「どうして僕はこんなに運が良いのでしょう?」
「知るかーーーー!!」
俺の渾身の叫びが室内に響き渡った。もうこうなったら初対面だろうが依頼主だろうが関係ない!!・・・ってそもそもここになんの依頼にやってきたんだよ!幸運自慢か!?おらっ!!だったらとっとと帰りやがれ!!やさぐれる俺。まぁまぁと宥める茜さんと淳さん。さすがの伯父も話が脱線していることに気が付いたのだろう、軌道修正に乗り出した。
「ここは探偵事務所です。人生相談所でも宗教施設でもありません。ご自分の運の良さの理由が知りたければそちらへご相談に伺われるか、ご両親に聞かれたらいかがでしょう。」
「両親は世界一周旅行が当選しまして今頃パリです。」
「でしょね。」
茜さんの返答は早かった。それにしてもこの運の良さは家系か?親が強運の持ち主でそれが子供に遺伝したのか?それとも子供の運の良さが親に伝染したのか。ま、どっちにしても俺には関係ないが。俺の両親はごく平凡なサラリーマンとパート勤めだ。
「僕がみなさんに依頼したいのはあるものを探していただきたいからです。」
「あるものとは?」
長かった。ここまでくるのにどれだけの時間がかかるのだ。このまま永遠に幸せ自慢を聞かせられるのかと思ったぞ。
「夜鶫の鏡。」
「!!」
とたんに茜さんと淳さんの顔色が変わった。明らかに動揺している。その場の空気が瞬時にして凍りついた。
「茜さん?淳さん?」
俺は不安になって二人に声をかけた。伯父も神妙な視線を茜さんたちに送っている。
「どうしてそれを知っているんです。」
茜さんの声が緊張している。淳さんも警戒しているようだ。やつぐみの鏡、それほどまでにヤバい鏡なのか。
「三日前、ここの近くの喫茶店でお二人が夜鶫の鏡について話しているのを偶然耳にしまして。」
「え!?」
茜さんと淳さんが瞬時に固まった。伯父が目を細めて責めるような視線を送り二人に尋ねる。
「これはどういうことかね。なぜそんな大事な情報を喫茶店で呑気にだべりながら漏らしているんだね。」
伯父さん、目が怖い怖い。まぁ腐っても所長だしな。茜さんと淳さんは申し訳なさそうに肩をすぼめた。
「まさか聞かれているとは思わなかったので。夜鶫のことで打ち合わせをしていたのです。でも盗み聞きしている人がいるなんて!」
茜さんは非難のまなざしを福多さんに向けるが福多さんは悪びれることもなく。
「盗み聞きなんてとんでもない。たまたまお二人が座っていた席の後ろに僕が座ってしまい、偶然聞いてしまったんです。」
「茜ちゃん、淳君、これからは用心して仕事の話はここ以外ではしないように。どうしても話さなければならない時は電話かメールで。他人に聞かれないようにな。」
伯父が所長らしく注意した。でも俺が知る限り今まで茜さんと淳さんが不用意に外で仕事関係の話をして他人に漏らすなんてヘマはしたことなかったはずだ。もしかして気が緩んだのかな。
「お二人を責めないで下さい。お二人は他人に聞こえないように本当に小さな声で喋っていましたよ。僕が人一倍耳が良い上に聞き耳を立てていたからかろうじて聞こえただけです。」
「それを盗み聞きって言うんじゃーーーーい!!」
伯父が切れた。茜さんと淳さんは呆れている。でもどうであれ他人に情報を漏らしたことは事実、茜さんと淳さんは今後気を付けようと表情を引き締めた。
「聞かれてしまったのはもうどうしようもないとしてどうして茜さんたちはそんなところで夜鶫の鏡とやらの話をしていたんですか?」
俺は素朴な疑問をぶつけてみた。だが、茜さんも淳さんも答えることに困窮している。
「あぁそれなら。お二人は他の人からもその鏡の捜索の依頼を受けていてその打ち合わせをしていたみたいですよ。」
「君が説明しないでくれるかな。」
「盗み聞きも甚だしいわ。一体どこまで聞いていたの?」
淳さんと茜さんがそれぞれツッコミを入れた。
「最後まで全部。」
福多さんはケロっとして答えた。際限なくがっくりする淳さんと茜さん。珍しいものを見た。
「お願いしますよ!夜鶫の鏡を僕にも見せて下さい!僕もこの先どうなるかどうしても知りたいんです!未来のことを思うと不安で不安で夜も眠れないんです!」
突如必死な形相になり訴えかけてくる福多さん。その姿は藁にもすがるようなといった感じだ。
「その夜鶫の鏡って一体なんなんですか。」
なんでも手に入りそうな運の良い福多さんがここまで必死になるものってなんだろう。不思議で仕方がないので一応聞いてみた。茜さんは一つため息をつき
「未来のことが分かる鏡よ。」
「未来のことが分かる?」
「そう。夜鶫の鏡とは魔鏡なの。その鏡を覗いた者のそれからの人生、つまり未来を映し出すと言われている伝説の鏡。」
「そんなものがこの世にあるんですか。」
「あるわ。太郎ちゃんは今までもっとすごいものを見てきたでしょう?太郎ちゃんのことを食べようとする妖怪とか太郎ちゃんのことを虫けら以下のゴミみたいに見下す妖怪とか、幽霊とか。」
・・・虫けら以下のゴミみたいに見下す妖怪とか、幽霊とかはここで言わなくてもいいじゃないですか?でもさんざん人でないものを見てきたから未来を映し出す鏡が存在することも分かる。
「僕はどうしても自分の未来がどうなるか知りたいんです。この運の良さがいつまで続くのか。もしかして明日までか、それとも今日までか。今まで凄まじく運が良かった分、その反動が怖いんです。もしかしてこの先地獄が待っているのではないかと思うと恐ろしくて仕方がない!」
今にも泣き出しそうな悲壮な表情で縋る福多さんを見ていると運が良いのも善し悪しなんだなと実感した。運が良い人には良い人なりの苦労や不安がある。そう、皆から天才と言われる人が人知れず孤独や悩みを抱えているように。そう思えば俺の運の悪さなんてかわいいものじゃないか。伯父も労わるように優しく声を掛ける。
「眠れないのは辛いですね。でも眠らないと体に毒ですよ。ちなみにどれだけ眠れないんですか。」
「8時間しか眠れません。」
「それは寝過ぎですね!!」
俺はつっこんだ。反射的につっこんだ。なんだたいして気にしてないじゃないか。なんかその鏡探してあげたくなくなってきたんですけど?
「お願いします!!報酬ならいくらでも払います!金はいくらでもあるんで!!」
益々鏡を探したくなくなってきた。この運つかみ取り放大野郎が!!
「・・・分かりました。」
茜さんが一言。え、茜さん分かっちゃったの?こんなの放っておけばいいのに!!
「しかしあなたは先ほど最後まで私たちの会話を聞いたと言いましたけどあの場で話していないことがあります。」
茜さんが厳しい表情で福多さんと向き合った。淳さんも神妙な顔をしている。なんだなんだこの空気?
「・・・なんでしょう?」
福多さんは茜さんが急に真剣になったのを見てこれは只ことではないと感じたらしく襟を正した。
「夜鶫の鏡には伝説があります。それは覗いた者の未来を映し出すこと、そしてもう一つ。」
福多さんの喉がごくりと鳴った。
「覗いた者の命を取るということです。」
「!!」
福多さんと俺は驚愕した。二人そろって固まっている。どうやら伯父は知っていたようで表情は崩さないが。
「鏡だってただで未来を見せるわけがありません。慈善事業ではないのですから。相手は魔鏡です。鏡を覗いて自分の未来を知ったその日から数えてちょうど一年後、その者は死ぬ。未来を知る為の代償は自分の命。自分の命を支払う覚悟で鏡を見て下さい。一年間は生きられるでしょうからその間自分に何が出来るかを考えながら生きて下さい。」
茜さんの容赦ない言葉が室内に響き渡る。それは死刑宣告にも似ていて、俺の背筋がぞっとした。
「それでも鏡を見たいですか?」
淳さんが感情を伴わない冷たい声色で質問した。その時だ。
いきなり福多さんが立ち上がった。立ち上がってそのまま動かない。
「?」
俺たちの視線を一斉に浴びる中、福多さんが口を開く。
「今回の依頼はなかったことにしてください。では失礼します。」
そう言ったかと思うとあっという間にドアの所に移動し、電光石火の勢いで去って行ってしまった。唖然とする朝舞の面々。
「はやっ!!」
俺は今頃つっこむことしか出来なかった。


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