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作品名:朝舞探偵事務所〜妖魔のおもてなし〜 作者:空と青とリボン

第47回   47
車窓は流れゆく景色を映し出している。青空の下で遠くの山々が色濃い水彩画のようにくっきり浮かびあがっている。遠くの景色まではっきり見えるのは空気が澄んでいるという証だ。明日には雪が降ることを予感している田んぼがパッチワークのように並んでいる。
俺たちは今、電車に揺られて帰路の旅についている。田舎の電車、それも平日の午前は乗客も少ない。俺たちは並んで座った。
「でも本当にいいのかしら。」
茜さんがおもむろに切り出した。
「何がですか?」
「鶫守はしずくには言わないでいいと言っていたけど、あういうことがあったという事実だけでもしずくには知らせておいた方がいいような気もするのよね。」
けれど淳さんは茜さんの提案に首を傾げた。
「そうかもしれないけど知らせるのは事実上無理な話だよ。しずくは今や押しも押されぬ大女優だよ。おいそれとは近づけない、警備も厳しいだろうし。」
「そうですよ、茜さん。相手は芸能人ですよ。そう簡単には会えないですよ。ちなみに僕は笑って〇いともの観覧希望に5年間ハガキを送り続けましたけどとうとう当選しませんでした。そうこうしている内に番組が終わってしまうなんて寂しいです。」
「誰も太郎ちゃんのくじ運のなさなんて聞いてないわよ。第一、なんでいきなり笑ってい〇ともの話になるのよ。でも笑ってい〇ともが終わってしまうのは私も寂しいわ。物ごころついた時から観ていたから。」
茜さんが小さくため息をつきながら答えた。一つの時代が終わってしまうようで俺も寂しい。
そこで伯父が提案してきた。
「しずくに手紙でも送ってみたらどうだ?」
「手紙とかまず芸能事務所の人が目を通すんでしょう?鶫守のことを書いても悪質ないたずらだと思われて捨てられるのがオチよ。」
「それもそうだな。」
俺たちは何かいい方法はないかと思案する。
「伯父さん、こういう時何かコネとかないんですか?」
「ある。・・・と言いたいところだがそんなコネがあったらとっくに秋川しずくに会っていたわい。」
「ですよね。」
俺はがっかりした。こういう時に豊富な人脈を披露してくれたら伯父の株も上がるのに。でも伯父は株はおろか人徳さえなさそうだしな。
「だがスポーツ界にはコネがあるぞ。」
「え?スポーツ界?」
聞き捨てならない伯父の言葉。
「あぁ、以前トークス球団の報監督から依頼を受けたことがあったのだが、それ以来報監督とはメル友になったぞ。」
「ええ〜!?」
予想もしていなかった驚きの展開だ。まさか伯父がトークスの報監督とメル友だなんて。そんなの初耳なんですけど。
「凄いじゃないですか!報監督といえば超有名ですよ。その人とメル友なんて伯父さんもなかなかやりますね。」
俺は心底感心した。
「報監督からの依頼といえば僕が担当したやつですね。あの時に所長と報監督がメルアド交換したんですか。僕も監督からまた何かあったら頼みたいと言われてメルアドを聞かれたけどさすがに恐れ多くて朝舞事務所を通してくださいと言ってしまったから。」
どうやら淳さんが引き受けた依頼だったようだ。俺は俄然興味が湧いてきた。
「淳さん、監督からどんな依頼を受けたんですか?」
目を輝かせて尋ねる俺の頬を伯父はいきなり引っ張った。びゅーんと伸びる俺のピチピチ肌。
「いてててて。何するんですか!伯父さん!」
「太郎は知らんでもいい。そんなことより自分の担当依頼の心配でもしてなさい。帰ったらすぐにこき使ってやるからな。」
「でも僕も一応朝舞探偵の社員ですよ。知っておきたいです。」
俺は断然抗議をした。朝舞探偵事務所は皆で情報を共有するから俺が知らなかったということは俺が入社する以前の話だ。しかし今は俺も朝舞探偵事務所の一員、知っておいてもいいと思う。決して野次馬根性ではなく。
「守秘義務だ。お前は自分の担当案件の心配でもしてなさい。」
と一言。俺は引っ込むしかなかった。気にはなるが守秘義務と言われたら仕方がない。
「・・・了解しました。」
「報監督は顔が広いからもしかしてひょっとしてひょっとするかもしれませんね。」
淳さんは一縷の希望を見出したようだ。
「そうだな、一応メールだけでもしておこうか。」
伯父はそう言って懐から携帯電話を取り出した。早速メールを打ち始める。伯父の指先に皆の期待と視線が集まった。その視線の中で伯父は携帯電話を高く掲げた。
「送信、と。」
ポチッ。メールを送った。
「伯父さん、いちいち携帯持ち上げなくてもメールは届きますよ。」
「持ち上げた方がよりアンテナに近づいて確実に電波に乗る気がするだろう?私はこれでいいんだよ。」
「まぁ、たまに見かけますからね、そういうお年寄り。」
「年寄扱いするな。それに所長と呼べ。」
はいはい、所長所長。


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