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作品名:朝舞探偵事務所〜妖魔のおもてなし〜 作者:空と青とリボン

第46回   46
「ではこのまましずくには何も知らなせないままでいいんですね。」
茜さんが思い出したように尋ねた。俺もそのこと忘れてた。
「あぁ、しずくは何も知らないでただひたすらに女優の道を突き進んで行って欲しい。」
鶫守のしずくに対する優しい眼差しは何も変わっていない。それどころかもっと深みが増したように見える。
でも俺にはそれが理解出来なかった。
しずくにどんなのっぴきならない事情があったにせよ、他人の命を犠牲にしようとしたのは事実だ。
「鶫守さんは本当にそれでいいんですか。一言も何も言わないんですか。果たしてそれがしずくの為になるんでしょうか。」
どうにも納得がいかない俺を見て、伯父が言葉をかけてくる。
「太郎、鶫守がいいと言ってるんだ、それでいいだろう。」
「じゃあ伯父さんは許せるんですか?伯父さんだって秋川しずくのファンでしょう?がっかりしないんですか!ファンクラブにまで入ろうとしていたぐらい好きだったんでしょ!」
わけも分からず伯父に食ってかかる。なぜこんなに腹が立っているのか自分でも分からない。
「がっかりしないのかと言われてもな、私は鶫守と違って実害があったわけでもなし。勝手にこっちが幻想していただけの話だ。」
伯父は極めて冷静だった。逆にその冷静さが悔しかった。納得のいかない俺を見て鶫守が静かに微笑む。
「太郎、そなたの気持ちは嬉しい。だがな、しずくとのことは良き思い出にしたいのだ。いや、させてくれ、頼む。」
鶫守が頼み込んでくる。こんなことされたらもう何も言えないじゃないか。一番辛いのは鶫守なのに。
俺は無理矢理納得するしかなかった。
「いえ、こちらこそすみません、出しゃばったことを言って・・・。」
謝る俺を見て茜さんが子供を見つめる母親のような眼差しを向けてくる。
「大人になったわね、太郎ちゃん。」
「子ども扱いしないで下さい。それにもともとこのままで良いのかと言い出したのは茜さんですよ。」
「あら、そうだったかしら。でも私は鶫守の気持ちを尊重するわ。鶫守がそれでいいのならそれでいい。」
「そうだな。」
淳さんも茜さんの意見に同意した。なんか俺だけむきになって馬鹿みたいだ。すると鶫守はそんな俺の気持ちを察したのかいきなり俺の頭をぽんぽんした。
キーーーッ!!これじゃ完全に俺が子供扱いされているじゃないか!!
くすっと笑っていた茜さんだが次に感心したような目で伯父を見つめ
「それにしても所長は意外と冷静なんですね。しずくに会えると思い込んでセスナ機で飛んできた人と同一人物とはとても思えないですよ。秋川しずくの本性を知ってもしずくに対する気持ちは揺るがないんですね。正直所長の事をみくびっていました、ごめんなさい。」
「会えると思い込んでここまで来たのではなく騙されてここまで来たと言ってくれ。だがな、謝ることはない。それにな、しずくに対する気持ちが揺るがないというよりは遠くになったと言う方が正しいな。」
「え?」
「私はな、花は枯れるから美しいと思っている。いつか枯れてしまうと分かっているから咲ける内は精いっぱい咲くのだ。後悔しないようにな。」
「所長・・・。」
茜さんも淳さんも、むろん俺もなんだか感動した。伯父はそんなキャラクターではないのにこんな真摯なことを言うなんて。これも鶫守が言っていたギャップというやつか。
「花はいつか枯れるから美しい、確かにそうだな。わしもそう思うぞ。」
鶫守はそう呟くと庭のサザンカを見つめた。おおよそごつい体格と怖い顔にサザンカは似合わないが、その優しい眼差しはサザンカの花もちゃんと受け止めている。
その場にいる全員がサザンカを見つめ感慨に更けていた。どれくらいの時間が経っただろう、それは長くもあり、短くもあり。
鶫守がハッと何かを思い出した。
「そろそろバスの時間だぞ。」
「あっ、そうだ。」
俺たちは慌てて帰り支度をした。
いよいよお別れの時間がきた。寂しいような切ないような複雑な気持ちになって言葉が出ない。鶫守に会えて本当に良かった。最初は怖かったけど、正体不明の白いお茶を飲まされたけど。そういえばあの白い茶は一体なんだったのだろうな。まぁそれも良い思い出だ。
名残惜しくてたまらない、それは鶫守も茜さんたちも同じようで寂しそうな表情をしている。俺は気を緩めると泣いてしまいそうなので必死で心の中で伯父に悪態をついた。
給料あげろ、守銭奴。給料あげろ、守銭奴。給料あげろ、エロじじぃ・・・。
伯父は俺に睨まれしかもぶつぶつ言われてわけが分からなくてきょとんとしている。
「では今度は遊びに来ますね。」
茜さんが寂しい心を隠しながら明るく挨拶をした。
「おぉ、いつでも来い。歓迎するぞ。その時は撮りだめしてあるわしのコレクションを見せよう。」
「コレクション?」
「雨上がり決〇隊のアメトークだ。」
「どんだけテレビ好きなんですか。」
バスの時間は近づいてきた。
「では行きますね、お元気で。」
淳さんがにこやかに握手を求め、鶫守もそれに快く応じた。それぞれに握手を交わす。
「そなたたちもテレビの見過ぎで目を悪くするなよ。」
「いや、鶫守さんじゃあるまいし。」
「わしの身分証明書作ってくれよ。速達で送るのを忘れるな。ちゃんと請求書もよこせよ。」
「分かっていますって。」
俺はつっこんだ。鶫守なりの寂しさ隠しなんだろう。俺だって寂しいのだから勘弁してくれ、泣きそうになるだろう。
冬の澄んだ空が太陽のぬくもりを直接地上に届けてくれる。青空に映えるまっ白な雲はうたかたの唄をうたっている。
俺たちは寒々とした田園風景にひっそりと溶け込むバス停に向かって歩き出した。
俺は振り返って大きく手を振る。
「鶫守さんお元気でーーー。」
「太郎も元気でなー。」
鶫守は俺たちが小さくなって見えなくなるまで見送ってくれた。


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