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作品名:朝舞探偵事務所〜妖魔のおもてなし〜 作者:空と青とリボン

第43回   43
鶫守は遠い目をして思い出を語った。幸せな思い出なのは目尻が垂れている時点で分かる。
「あの時のしずくは泣いていたようにも見えたぞ。いきなり駆け出したのは涙を見られたくなかったんだな。照れ隠しだ。」
「・・・。」
俺は今、何を聞いたんだろう?
いやいやおかしいところだらけだ。鶫守はギャップの意味をはき違えている。ギャップ演出ってそういうのじゃないだろう?正しいギャップの使い方というのは普段は他人を突き放すような言動をしている人がふとした瞬間に優しさを見せたりするやつだろう?弱さを見せるギャップ演出だとしても命の存亡に関わることを教えちゃ駄目だろう?ツンデレをこよなく愛するひとたちにお叱りを受けるぞ。
というかそもそも夜鶫の鏡を見たら死ぬというのも嘘かよ。
「念の為に聞きますが夜鶫の鏡を見たら一年後に死ぬというのは本当に本当に鶫守さんが作った嘘なんですね?」
「そうだ。嘘を流さないと毎日のように人間どもが家に押しかけて来てわしの貴重なテレビタイムが削られるからな。当然のことをしたまでだ。」
「どこまでテレビに命かけているんですか。」
「そなたはテレビ嫌いか?」
「大好きです。」
「うむ。ならわしの気持ちが分かるだろう。」
「いやそれとこれとは話は別で・・・。」
俺は呆れた。茜さんも淳さんもさすがの伯父も呆れ果てているようだ。呆れついでに茜さんが言う。
「今の話だとギャップでしずくの胸キュン作戦を狙ったけどあえなく失敗、それどころかあなたは死にかけたということになりますけどあなた的にはそれでいいんですか?」
「結果的にはそういうことになったがな、さっきも言った通りあの時はどうかしていたのだ。人間誰しもそういうことはあるだろう?」
「あなたは妖魔ですけど。」
「誰かを好きになるのに人間も妖魔も関係ないわい。」
鶫守は自信満々に言い切った。駄目だこりゃ、全然反省していない。俺たち全員肩を落とした。
「そうですけど、二度とこんなことにならないように気を付けてくださいね!もう二度と他人に秘密を洩らしては駄目ですよ。誰にも言わないでは誰かに言ってねも同然なんですから。」
「分かった。もう二度と話さない。」
茜さんにたしなめられてしゅんとする鶫守。大きな体に似合わないほどの恐縮ぶりだ。
「怪しいもんだわ。またしずくみたいな女性が現れたら鼻の下伸ばしながらペラペラと弱点を話してしまうではないかしら。」
茜さんは疑い深い顔で鶫守の様子を窺った。鶫守は慌てて首を横に振る。
「いやいやそれはないと断言出来る。わしの弱点を話したのは後にも先にもしずくだけだ。これから先もしずく以外の人間にも妖怪にも話すつもりはない。」
鶫守はきっぱりと言い切った。そこに迷いはなさそうだ。まぁ、あういう目には二度とあいたくないだろうし今回で懲りただろう。
「それはそうと。」
鶫守は気持ちを切り替え切り出してきた。急に真顔になったので何事かと思う。
「少しここで待っていてくれ。」
そう言い残すとどこかへ消えて行った。破壊されてぼろぼろになった部屋で俺たちは待たされた。
「それにしてもあの妖怪の奴、ここまで壊さなくてもいいものを。」
俺が忌々しげに呟くと茜さんは肩をすぼめた。
「ここぞとばかり鬱憤を晴らしたんでしょう。毎年12月の満月の夜になると鶫守の妖気が消えていることを期待して遠方はるばるやって来たのに今回も外れ今回も外れを7回も繰り返せばストレスも相当なものでしょう?その度に尻尾まいて逃げ帰って来たのよ。想像すると情けな過ぎて笑えるわね。」
茜さんが軽蔑一杯の顔で笑った。
「確かに情けないですね。」
俺も淳さんもそれには同意した。
鶫守が戻ってきた。その手には白い絹布に覆われた物体があった。
「なんですか、それ?」
「夜鶫の鏡だ。」
「ええ〜!?」
俺は驚いて目を見張った。これが噂の夜鶫の鏡か。やだなにこれ怖い。茜さんたちは感心したように見つめているけど。
「持って行け。」
そう言うと鶫守はいきなり俺の前に鏡を突き出した。
「ひえええええ。」
ビビりまくってムカデのごとく俊敏さで淳さんの背中に回る俺。
「情けないわよ、太郎ちゃん。」
茜さんがため息をつきながら言った。
「だって未来が分かっちゃうんですよ?ホームレスになって河原に掘っ建て小屋を建てて野良猫が拾ってきた魚を奪いあいしている僕が映ったらどうするんですか!?」
「太郎ちゃんは自分の未来がそういう風になっていると想像しているわけね。」
「いやそうならないで欲しいと願っています、心の底から。」
「だったら自分の未来見てみたら?」
「茜さんは僕をからかっていますよね?未来は分からないからいいのだと皆で結論づけたじゃないですか。なんで僕に見せようとするんですか。」
すると茜さんは聞こえるか聞こえないかの音でちぇっと舌打ちした。今、茜さん舌打ちしたよね?完全に俺おもちゃにされているよね?
「これをそなたらに渡す。だが必ず返してくれよ。信じているからな。」
鶫守はなんの疑いもなく俺たちに鏡を差し出した。
「そういうところが駄目なのよ。そうやって簡単に他人を信じるからあんな目に合うんです。これからはもっと相手を疑わないと。」
完全に茜さんと鶫守の立場が逆転している。妖魔も形無しだ。しかし鶫守は自信満々の笑顔を見せ
「だがそなたらは信じるに値する。」
言い切った。なんの迷いもなく。
俺はなんだか妙に照れくさくなって俯いた。茜さんはやれやれという顔をしていたが内心嬉しそうだ。淳さんはにっこりとほほ笑んだ。伯父は興味深げに白絹の下の鏡を見つめている。
「これはせめてものわしからの礼だ。そなたたちがいなかったらわしは今頃あの世行きだった。だからこれは受け取ってくれ。」
茜さんと淳さんは顔を見合わせ目で会話する。そして
「気持ちはありがたいけどこれは受け取れないわ。未来はどうなるか分からないから今を頑張れる。そうでしょう?」
「しかしそれではそなたたちの依頼人が納得しないだろう?」
「いいのよ、ちゃんと丁寧に説明すればきっと分かってくれるわ。人は未来が分からないから希望を持てるのよ。」
茜さんの言葉に鶫守は優しく微笑んだ。
「そうか、まぁ残念だが仕方あるまい。この鏡は人間には重すぎるだろう。わしが守り抜くのが一番だな。」
「そうですとも!」
俺は淳さんの後ろから元気に同意した。これで一件落着という時だ。
「私は見たいぞ。」
伯父が突然言い出した。


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